第9話 ぼくのはじめてのバトル
アリスとりんごは、バトルコートの両端で向かい合った。
バトル歴二日のわりに堂々としているアリスに対し、練習試合とはいえ、りんごの顔はこわばっている。
それもそのはず。りんごは友だちづきあいでバトルはするものの、緋羽莉や閃芽ほど積極的ではない。
むしろ、みんなの活躍を応援するほうが好きな、争いごとが苦手な、見た目どおりのおだやかな女の子なのだ。
そんな彼女が、いまはすすんでコートに立とうとしている。
ブルーの「はじめて」のために。
「さあ、ブルー、準備はいい?」
『い、いいよ!』
センターサークルに立つブルーも、同じくらい緊張していた。
いまわしい記憶はなんとか胸の奥に押しこめたけれど、これがはじめての正式なバトルなのだから無理もない。
(そうだ、これは遊びなんだ。ケンカでもいじめでもない。気楽にやればいいんだ)
ブルーは自分に言い聞かせ、ぎゅっと大きなこぶしをにぎった。そして、りんごのほうをまっすぐ見つめる。
「おいで、ザック」
りんごは左手のスマートウォッチにふれ、自分のパートナーを呼び出した。
ぱあっと光の粒子が集まり、そこから現れたのは――
ペールオレンジの羽毛と、木の葉のような緑色の翼を持つ、ミミズク型のワンダーだった。大きさはブルーと同じくらい。
するどい目つきに、きりっとしたくちばし。立ち姿まで品がある。
「【ワカバズク】のアイザックっていうの。わたしはザックって呼んでるけどね」
『よろしくお願いします、ブルー』
ザックは、胸に翼を当ててていねいに一礼した。
そのしぐさはとても落ち着いていて、まるで小さな紳士だ。
『よ、よろしく』
ブルーもあわててぺこりと頭を下げる。
こうした礼儀は、ドラゴピアでお母さん竜に教えられた大切な作法だった。
「それじゃあ、わたしが開始宣言するね!」
コートの外で見守っていた緋羽莉が、ぱっと前に出る。緋色のポニーテールがふわりとゆれ、はつらつとした笑顔がみんなの緊張をほぐした。
「バトル――スタート!」
元気いっぱいに右手が振り下ろされる。
ワンダーバトルのルールは単純明快。
戦って相手のワンダーを気絶させるなどして、戦闘不能にしたほうの勝ち。
ふしぎなチカラを持たないウィザードは、指示や声援でパートナーを支えるのが役目だ。
「よし! ブルー、レッツゴー!」
『え、え?』
アリスはいきおいよく指を前に突き出したが、ブルーはきょとんとしたまま固まっていた。
「え? じゃないよ。攻撃しなきゃ、こうげき!」
『こ、攻撃っていったって、どうすればいいかわからないよ!』
これも、無理のないことだった。
ブルーはいじめられっ子だったけれど、自分からだれかを傷つけようとしたことなんて一度もない。
彼の心の中に、「攻撃」という選択肢は存在していなかったのだ。
「りんご、先に見せてやりなよ」
見かねた閃芽が口をはさんだ。
「え? い、いいのかなあ……」
「まずは体に教えてやったほうがいいよ」
知的な外見に似合わず、なかなかスパルタな発言だ。
りんごはためらったが、これもブルーのためだと、小さくうなずいた。
「う、うん……それなら、ザック! 《ウイングダーツ》!」
『非紳士的ですが、やむを得ませんね……とうっ!』
ザックはすばやく翼を振る。
すると、緑色の羽が数本、キラリと光を反射しながらダーツのように放たれた。
「ブルー、よけて!」
『あわわわわっ!?』
しかし、あわてたブルーは足がもつれてしまう。
次の瞬間――羽のダーツが、さくさくっとブルーの体に命中した。
『いたたた!』
全身を小さな針でつつかれたような痛みが走る。
きのうのワルイヌたちの攻撃に比べれば軽いけれど、それでも痛いものは痛い。
「だ、だいじょうぶ?」
りんごは思わず前に身を乗り出した。
ザックももうしわけなさそうに目を細めている。ちゃんと手加減はしたつもりらしい。
「もう、ブルー! ちゃんとよけるか、防ぐかしなきゃ!」
『ム、ムリだよ、そんなの!』
「ううん、ムリじゃない!」
アリスはきっぱりと言い切った。
『どうして、そんなことが言えるのさ!?』
ブルーは涙目で叫ぶ。
アリスのことは信頼している。でも、“落ちこぼれ”の自分にそんなことができるなんて、とても信じられなかった。
それに――お母さん竜にも、同じようなことを何度も言ってもらったのに、結局なにもできなかった。その記憶が、心をチクチクと刺してくる。
けれど、アリスは一歩も引かなかった。
「ブルーは、自分で気づいてないだけで、すごいチカラを持ってる!」
『……え?』
「きのう公園で逃げだしたとき、ものすごい速さだったじゃない! わたしもミルフィーヌも、ぜんぜん追いつけなかったんだよ!」
ブルーはきょとんとした。
あのときはホームシックで頭がいっぱいで、自分のことなんて何ひとつ覚えていない。
「それに、ワルイヌにあんなにやられたのに、ケガひとつしてなかったじゃない!」
『……あ』
その言葉で、ブルーの胸の奥にしまっていた記憶が、ゆっくりと浮かび上がった。
たしかに、あのときはすごく痛かった。
でもアリスが来てくれたあと、ふしぎなくらい痛みが消えた。
お風呂で体を見たときも、キズはひとつもなかった。
まるで、攻撃なんて最初から受けていなかったみたいに。
ふしぎだった。でも、新しい世界についていくだけで精いっぱいで、考えるのをやめていた疑問だった。
アリスは、さらに力をこめて言葉をつづける。
「ブルーのママは、強くてすごいドラゴンなんだよね? だったらブルーは、そのチカラをちゃんと受け継いでる! できそこないなんかじゃない!」
まっすぐなひとみが、ブルーを射抜く。
「ブルーだって、強くてすごい! ブルーがそれを信じられたら、チカラはきっとこたえてくれる!」
ブルーの胸が、大きく跳ねた。
(ぼくが……おかあさんのチカラを、受け継いでる?)
そんなこと、考えたこともなかった。
お母さん竜は一度も、自分の強さを自慢しなかった。
いつも謙虚で、やさしくて、ただ「あなたはあなたでいいのよ」と笑ってくれた。
だからブルーも、自分がなにかを受け継いでいるなんて、思いもしなかったのだ。
(もし、ほんとうに……ぼくにチカラがあるなら)
帰ったとき、おかあさんはほめてくれるだろうか。
「がんばったね」って、ほこらしいって、言ってくれるだろうか。
だったら――
(ぼくはまだ自分のことは信じられない。でも)
ぎゅっとこぶしに力をこめる。
(おかあさんのチカラと、アリスの言葉は信じられる!)
「攻撃のやり方がわからないなら――体ごとぶつかっちゃえ!」
『うん! やああああっ!』
アリスが力強く指をさす。
その瞬間、ブルーの体が弾丸のように地面をけった。
「速っ!?」
「わぁ……!」
閃芽と緋羽莉が同時に目を見開く。
さっきまでのぎこちなさがウソみたいなスピード。
昨日アリスが目にした、あの本気の速さだ。
「ザック! よけ……」
りんごが言い終わるより早く、
ドンッ!!
ブルーの体当たりが、ザックに直撃した。
小さな体が宙を舞い、後方のフェンスにガシャン!とぶつかる。
そのまま地面にぽとりと落ちた。
フェンスの外で見ていた児童たちが、びくっと肩を震わせる。
「……! ザ、ザック!」
りんごはあわてて駆け寄る。
ザックは目をぐるぐる回し、ぴくりとも動かない。
「……ザック、戦闘不能! ブルーの勝ち!」
緋羽莉は胸の前で手をぎゅっとにぎり、興奮でほほを赤くしながら宣言した。
その声は、だれよりもうれしそうだった。
『……え? ぼく、勝った……の?』
いきおいあまって前のめりに転んだまま、ブルーはぽかんとつぶやく。
「や……やった! やったんだよブルー! ブルーの初勝利だ!」『ワンワーン!』
アリスとミルフィーヌが一目散に駆け寄り、ブルーをぎゅっと抱きしめたり、ぺろぺろなめたりする。
『そっか……ぼく、勝ったんだ……』
ブルーはあお向けに転がり、青空を見上げた。
胸の奥が、じんわりあたたかい。
『勝つって……こんなに、うれしいんだ……!』
目のはしから、ぽろりと涙がこぼれた。
それは悲しい涙じゃない。
はじめて、自分の力でつかんだ――誇らしい、うれしい涙だった。




