第88話 裏山のボス
異空間化した学校の裏山を登っていたアリスたち――
チカッ! チカッ!
そのとき、手に持っていた導きの枝――その先端についている一枚の葉っぱが、点滅するランプのように光りはじめた。
「おおっ! これは、ボスが近いってことね!」
アリスはぱあっと顔をあかるくして、すぐに理解した。
りんごはぞわっと顔を青くして、すぐに緋羽莉の背中に引っこんだ。
それでも「やっぱりやめよう」とは言い出さない。そこまでの覚悟は、もう決まっているのだ。――あくまで、そこまでなら。
「仲間になってくれるといいね!」
ヒメヒバリの花冠とテラソールの花飾りをつけた緋羽莉が、満面の笑顔で言った。
笑った拍子に、花冠の小さな花びらがふわりと揺れ、緋色のポニーテールがやさしく弾む。
その動きにあわせて、やわらかな髪の先からほのかに甘い香りがただよい、近くにいたアリスの鼻先をくすぐった。
「うん! ブルー、モモ、引き続きボディガードお願いね!」
『うん!』『キュー!』
アリスは進む足を早め、ブルーとモモはそれに追従する。
緋羽莉はまたりんごを背負い、閃芽もやれやれと苦笑いしながら、そのあとをついていくのだった。
☆ ☆ ☆
「見て! あれが一本杉よ!」
アリスが指さした方角――そのずっと先、山の上のほうには、一本のスギの木が立っていた。
遠くからでも、相当な大きさであることがはっきりとわかる。
ブルーもモモも、口をあんぐりと開けて見上げていた。
「やっと、ここまで来たって感じだね!」
りんごを背負った緋羽莉は、感激と感慨が入り混じったように、ひとみをきらめかせる。
大きく見開かれた黄色いひとみは、子どものような純粋さで輝いているのに、その奥には生命力あふれる強い光が宿っている。
無邪気さとたくましさが同時に感じられる、ふしぎな表情だった。
「ずいぶんな大冒険だったもんねえ。……おもに、だれかさんのせいで」
閃芽はいたずらっぽく笑いながら、じっと緋羽莉を見つめた。
「あはは……ごめんね、二回もさらわれちゃって……」
緋羽莉はバツの悪そうな笑顔であやまった。
ぺこりと頭を下げると、ゆるやかなウェーブのかかった前髪がさらりと頬に落ちる。
「二度あることは三度ある、ってことにならないのを祈るよ」
「そういうことは、あんまり口に出さないほうがいいと思うよ……ホントになっちゃうから」
閃芽の苦言に、りんごが疲れた苦笑いを浮かべてツッコむ。
「でも、てっぺんを目指すのはいまはあと回し! まずは山のボスとやらに会いに行くよ!」
はりきって音頭を取るアリスに、りんごはさらに疲れた顔をするのだった。
☆ ☆ ☆
導きの枝が示す先は、深い森の中だった。
モモの感知のおかげで安全な道を進めてはいるが、それでもいくつかの野生ワンダーとの戦闘は避けられなかった。
山頂が近いこともあって、生息するワンダーの強さも、ふもとや中腹とは段ちがいだ。あたりまえのように【トオレント】や【モリモール】など、さっき苦戦させられたばかりの相手が出現する。
けれど、ここまでの冒険でさらに数段レベルアップしたアリスや、さらわれ続けた汚名を返上しようとがんばる緋羽莉の活躍によって、それらを苦もなく退けることができていた。
以前戦った相手に、より楽に勝てるようになったという事実に、ブルーもたしかな強さの実感を得ていた。大変ではあるが、確実にいい修行になっている。
そして――森林地帯を抜け出した一行は、開けた場所に出た。
その中心には、こんもりと大きく盛り上がった土の山があり、そこにぽっかりと穴があいている。
まるで公園で作る砂山のトンネルのような形だが――どう見ても、だれかのすみかだと言わんばかりの存在感を放っていた。
「おおっ!」
突然、導きの枝の先端の葉が、ピカピカと光りながらぐるんぐるんと回りはじめたので、にぎっていたアリスはびっくりした。
誰の目から見てもあきらかだった。あの土山こそが、山のボスのすみかだということが。
「……にしても、ずいぶんうるさい反応だね……」
閃芽がけわしい顔をしながら、枝をにらみつける。
ブルーとモモをふくめたこの場の全員が、心の中でうなずいた。
「さて、と……じゃあ、呼び鈴でも鳴らしてみますか!」
アリスは冗談めかしながら、土山に向かって一歩踏み出そうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんな、いきなり……」
緋羽莉の背中のりんごが、あわてて制止する。
アリスは振り返って答えた。
「待てって言われても……わたしたちは、山のボスに用があるんだから」
「よ、用があるのはアリスちゃんだけでしょ!?」
りんごは、ついムキになって叫んでしまった。
それは――わたしには関係ないんだから、ひとりで行ってこい、こっちを巻きこむな――そう言っているのと同じ意味になってしまう。
自分でも、そのニュアンスに気づいたりんごはハッとした。
「ご……ごめんなさい、わたし、そんなつもりじゃ……」
緋羽莉の両肩をぎゅっとつかみ、暗い顔でうつむく。
自分からついていくと決めたのに、いざとなると弱気になってしまう情けなさ。
さらに、自分から親友を突き放すような言葉を口にしてしまったことで、りんごは大きな自己嫌悪におちいっていた。
アリスと緋羽莉と閃芽、ブルーとモモは、いたたまれない表情で顔を見合わせる。
そして、閃芽がいちばんに口を開いた。
「ま、気持ちはわかるよ。私だって、来るんじゃなかったって何度も思ったからね」
肩をすくめて、へらへらと笑ってみせる。まったく悪びれたようすはない。
そのようすに、りんごはあっけに取られたのか、きょとんとした。
「でも、りんごちゃんは、ここまで来たよ!」
緋羽莉が背中のほうを振り向いて、いつもどおりの笑顔で言った。
文字通り目と鼻の先だったので、りんごはドキッとほほを染める。
「それに、わたしのことも助けに来てくれた!」
緋羽莉はさらに、にっこりと笑う。
おひさまのようなその輝きに、りんごは思わず目がくらみそうになる。
最後にアリスが、青いひとみでまっすぐなまなざしを向けてきた。
「わたしのほうこそ、ごめんなさい。りんごちゃんの意見も聞かなくて」
そう言って、頭をぺこりと下げる。
「え? ア、アリスちゃんがあやまることなんて……」
りんごは緋羽莉の背中の上で、あわてふためいた。
「あやまることよ。わたしたちはチームなんだから。リーダーとして、みんなの意見を聞く義務があるのです」
アリスはそう言って、とくいげに胸を張る。
そのふるまいも、りんごをはげますための気づかいだろう。
「でも、わたし……自分からついて行きたいって言ったくせに、ほんとうにダメダメで……バトルのときも、大して役に立ててないし……」
りんごはまたしゅんとして、緋羽莉の肩をぎゅっとつかむ。
すると、その緋羽莉がくるりと体を回して、背負っていたりんごの体を前へと抱き上げた。
「ふわあっ!?」
その素早さと力強さに、りんごはおどろきの声をもらす。
体は緋羽莉の腕に包まれて宙に浮かび、両脚がぷらぷらと揺れた。
抱き上げた腕は大きく、包みこむようにやさしいのに、その内側にはしっかりとした力が感じられる。
りんごの体を支える胸元はあたたかく、ふんわりとした感触が伝わり、思わず安心してしまいそうになる。
「だいじょうぶ! わたしたちは、なにがあってもりんごちゃんの味方だから!」
緋羽莉はりんごの顔を見上げながら、満開の笑顔を咲かせる。
ぐっと顔を近づけた緋羽莉の吐息が、ほんのりとりんごの頬にかかる。近すぎる距離に、思わずドキリとしてしまうほどだった。
その太陽のような輝きに、りんごの心の曇りはぶわっと晴れていく。
「役に立ててないって、バカ言っちゃいけないよ。これまでのボス戦ぜんぶ、キミのアシストがなきゃ絶対勝てなかった。この私が言うんだから、まちがいないね」
閃芽が腕を組んで、にししと笑いながら言う。
『りんごちゃん……ぼくも、りんごちゃんの気持ち、すっごくわかるよ。ここにいていいのか、自分なんかが、みんなといっしょにいていいのかって思う気持ち……』
ブルーも、緋羽莉の足もとからりんごを見上げながら、言葉をつむぐ。
『でもね、ぼく、いまはそうじゃないんだって思うんだ。友だちとか、家族とか……大切なひとたちとは、いっしょにいちゃいけないわけがない。そう思えないのは、そのひとたちに対する裏切りなんじゃないかって、思うんだ』
ゆっくりと、確かめるように語るブルーの言葉に、りんごはハッとした。
『だから……うまく言えないんだけどね、自分のことはまだ信じられなくてもいい。けどせめて、自分のことを信じてくれるみんなのことだけは、信じなくちゃダメなんだって……ぼくは、アリスやヒバリちゃん、それに……りんごちゃんから、教わったんだよ』
うれしそうに目を細めながら言葉をしぼり出すブルーを見て、りんごの心の曇りは完全に晴れ、すみわたる青空がひろがった。
赤いひとみからは、降り出した雨のように涙がぽろぽろとこぼれる。
「わたし……みんなといっしょにいていいの……?」
りんごの言葉に――
「……もちろん!」
アリスが満面の笑顔で答えた。
そして緋羽莉も同じ笑顔で、持ち上げていたりんごをぎゅっと胸に抱きしめる。
「ふえ……ええ~ん……!」
りんごは緋羽莉のやわらかな胸に顔をうずめ、声をあげて泣きじゃくった。
緋羽莉は愛おしそうに、その頭と背中を大きな手でやさしくなでてあげる。
「それにしてもブルー。私からは、なにも教わらなかったのかな?」
閃芽がいたずらっぽく笑いながら、ブルーを見下ろしてツッコんだ。
『え!? も、もちろん、ヒラメちゃんからも教わった……よ?』
ブルーは視線をそらしながら、どぎまぎしたようすで答える。
そばにいるモモはやれやれと言わんばかりに、『キュ~……』とため息をついた。
「ぷっ……あははははっ!」
そのようすを見て吹き出したアリスをきっかけに、りんごも含めて、みんなに笑顔の輪がひろがる。
その中心で笑う緋羽莉は、少しだけ目じりを下げて、くしゃっとした無防備な笑顔を見せていた。
飾らないその表情が、場の空気をやわらかくほどいていく。
あらためてチームがひとつになったよろこびをかみしめていた、そのとき――
『あー! さっきからやかましい! 人んちの前で!』
土山が跳び上がるほどの怒鳴り声が、その中から響いてきた。
まわりの小鳥型ワンダーたちが、おびえて逃げていく羽音が聞こえる。
アリスたちももちろん、びくっと体を震わせた。
そして、おそるおそる土山の穴へと目を向ける。
すると――中から、毛むくじゃらの大きな生きものが、ゆっくりと顔を出したのだった。




