第87話 なつかしき地上と王の資質
【キングハナモグラ】の背中にしがみついていたアリスたちは、一気に地上へと飛びだした。
地下空間にいた時間は、わずか数十分程度だったはずなのに、空に輝く太陽の光がなつかしく感じられる。
うす暗い地下を経験したからこそ、陽の光が自分たちにとって、なくてはならない存在だということを、あらためて実感したのかもしれない。
「あーっ! きっもちいいー!」
親分モグラの背中から降りた緋羽莉が、笑顔いっぱいに、ぐーっと伸びをする。
さっきまでずっと眠っていたこともあって、その姿は目覚めたばかりの朝のようだ。
両腕を高く掲げると、すらりと伸びた体のラインがぐんと引き伸ばされる。
オフショルダーの服からのぞく肩や鎖骨に、太陽の光がやわらかく降りそそぎ、つややかな肌がきらりと輝いた。
ポニーテールもふわりと跳ね、花冠の花びらが光を受けてきらきらと瞬く。
健康的に色づいた頬はほんのり赤く、黄色いひとみは太陽の光を映していっそうあかるさを増す。
長い脚はしなやかに伸び、軽く体を揺らすたびに、どこか弾むような生命力があふれていた。
アリスとブルー、りんごと閃芽も、地上の空気を大きく吸い込んで、ほっと胸をなでおろした。
やっぱり、地上こそが、わたしたちの生きる世界なんだ――そんな思いを、あらためて感じていた。
『それじゃあ、オイラたちは地下に戻るよ。本当に、いろいろと申しわけなかった』
『モグー!』『モグモグー!』
親分モグラはぺこりと頭を下げ、見送りに来た子分モグラたちも、わいわいと別れを惜しむような声をあげた。
「こっちこそ、ちょっとムキになりすぎちゃった。ごめんなさい」
アリスも苦笑いして、謝罪を返した。
いくら緋羽莉のキスが奪われそうになったからといって、不意打ちや問答無用の攻撃は、英国淑女として反省すべき点だと思ったからだ。
りんごと閃芽は、子分モグラたちに手を振っていた。
同じように別れのあいさつを交わしていた緋羽莉に、親分モグラが話しかけてくる。
『オイラの花嫁……いや、緋羽莉。キミには、いちばんひどいことをしちまった。おわびとして、これを受け取ってほしい』
そう言って、どこからか取り出した白い花を、ツメを器用に動かして、緋羽莉の花の冠にそっと添えた。
それは太陽を思わせる形をしており、あわく、ふしぎな光を放っていた。
白い花が加わったことで、花冠はいっそう華やかさを増す。
緋色の髪、ピンクの花々、そして白く輝く花——その取り合わせは、思わず見とれてしまうほどの美しさだった。
「これは……?」
緋羽莉は、自分の頭を見上げるようにしてたずねた。
首をかしげるしぐさに合わせて、ゆるやかなウェーブのかかった髪が肩をなぞる。
大きなひとみがきらりと揺れ、その無邪気な反応に、場の空気がふっとやわらいだ。
『それは“テラソール”の花。地下にしか咲かない、どんな暗闇もあかるく照らしてくれる花だ』
親分モグラは答えた。
それを聞いて、陽の光が差さないはずの地下空間があかるかったのは、このテラソールの花のおかげだったのだと、アリスたちは納得した。
『そのテラソールは、とくにひときわきれいに咲いたやつだ。まるで太陽のような……キミが持つにふさわしい』
そう語る親分モグラの顔は、これまでにないおだやかなものだった。
緋羽莉は胸がいっぱいになり、うれしそうににっこりとほほえんで言った。
「ありがとうございます! 親分さん! このお花も、きっと大事にしますね!」
その笑顔は、まるで陽だまりのようにあたたかい。
やわらかくほどけた口元と、きらきら輝くひとみが合わさり、見ている者の心までぽかぽかと満たしていく。
モグラたちはいっせいにキュンとなり、顔を赤らめた。
それはアリスをはじめとした、仲間たち全員も同じだった。
テラソールの花飾りによって、緋羽莉の魅力がいっそう引き立てられているように感じられた。
光を宿した花が、彼女のまわりに淡い輝きをまとわせる。
その中に立つ緋羽莉は、まるで太陽と花に愛された存在のようで、より自然と視線を引き寄せてしまうのだった。
『それと……ブルー、だったか』
親分モグラは、今度はブルーに声をかける。
『え? あ、うん……』
意外そうに、ブルーはちょっとたじろいだ。
『あのイヌ娘の剣も効いたが……オマエのパンチは、とくに痛かった』
親分モグラは、自分のふっくらとしたおなかをさすりながら言った。
『あっ……その……ごめんなさい』
その言葉に恨みはこもっていなかったが、ブルーは思わず反射的に謝罪してしまった。こういうところは、まだ直りそうにないようだ。
『あのときのオマエからは、王の資質を感じた。キングと呼ばれながらも、地下の親分でしかないオイラとはちがう、ホンモノの王者のな』
『えっ?』
ブルーは、きょとんとした。
王様の資質だなんて、急にそんなことを言われても、ピンとくるわけがない。
『今はわからなくてもいいさ。だが、オイラの目にくるいはねえ。緋羽莉を花嫁に選ぼうとまでした、オイラの目にはな。覚えておいてくれ』
『は、はあ……』
そう言われると、そうなのかなあと、ブルーはほんのちょっぴり、納得したようなしないような、複雑な気持ちになった。
そこに、そばに立っていたアリスが、こちらを見下ろしながら言った。
「ブルーのママって、次期王様候補にもあがるほどのすごいドラゴンなんでしょ? その血が流れてるブルーにも、同じような素質があるってことじゃない?」
そう言われて、ブルーはハッとした。ようやく腑に落ちた思いだった。
いちばん大好きな、おかあさんの血を受け継いでいる。
そう思うと、親分モグラの言葉にも、大きな説得力が生まれた。
ブルーは胸の前でぎゅっとこぶしをにぎりしめ、自分の中に眠る資質を、そっと心に刻んだ。
『じゃあな! またいつでも遊びに来いよ! そんときは、穴に向かって大きな声でオイラのことを呼べ!』
「はいっ! ぜったいまた来ます! みんなも、元気でねー!」
『モグー!』『モグモグ!』『モグ~!』
緋羽莉は元気よく、アリスたちもいっしょに手を振り、ふたたび地下へと戻っていくモグラたちを見送った。
そして――アリスは導きの枝を取り出し、宣言する。
「さあ、みんな! あらためて、冒険再開よ!」
「おーっ!」
……と、元気よく返事をするのは、緋羽莉とブルーだけ。
りんごは、また山道を登るのかと思うと気が滅入っているようで、閃芽はもともとそういうキャラではないからだ。
なにはともあれ、裏山異空間の地上に帰還したアリスたちは、山のボスとやらを仲間に加えるべく、登山を再開するのだった……




