第85話 緋羽莉ちゃんパワー
『どらららあ!』
キングハナモグラの猛攻は続く。
左右のするどいツメが、何度も何度もブルーを攻め立てる。
ブルーはちょこまかと動き回り、それらをよけ続けた。
モモやミルフィーヌの動きを見て研究していたこともあり、さらに相手の動きにも目が慣れてきたため、だんだんと楽によけられるようになってきたのだ。
もちろん、リースやザックが葉や羽を飛ばし、キングの顔を攻撃して動きをにぶらせてくれているおかげでもある。
一度のしくじりで心が沈んでいたりんごも、顔を狙えばいいことに気づき、閃芽に便乗する形ではあるが、少しでも役に立とうとザックに指示を出せるようになっていた。
「ブルー! よけながら聞いて!」
そこに、アリスの声が響いた。
ブルーは言われた通り、ツメをかわしながら耳をかたむける。少し余裕が出てきたからこそ、そちらに意識を割くことができるのだ。
「相手は、緋羽莉ちゃんの影響でパワーアップしてる! でもそれは、ブルーにだってできる!」
「はあ!?」
アリスの叫びに、まっさきにそう返したのは閃芽だった。
なに言ってんだコイツ、とでも言いたげな顔だ。
りんごも口には出さないが、同じような表情で固まっている。
ブルーも一瞬、そう思ったが……すぐに、アリスの言いたいことを理解した。
『わかった! でも、どうすればいい?』
だから、聞き返した。
「緋羽莉ちゃんを、強く感じて! 緋羽莉ちゃんへの想いも胸に!」
なんとも抽象的な、アリスの答え。
けれどブルーは、それだけですべてを理解できた。
『わかった!』
自信ありげに返事をして、ダッとキングに向かって駆け出す!
『あん!?』
キングは一瞬面食らうが、ブルーを迎え撃とうと右のツメを振り上げる。
ブルーも、右のこぶしにオーラを集めはじめた。
アリスの言う通り、緋羽莉を感じて、彼女のことを想いながら。
そう――ブロッサムスクエアで、レンジャーのもふるのパートナー、【ドデカニアン】のわたあめと戦ったときと同じように。
あのときも、緋羽莉の声援から、いままでに感じたことのないチカラをもらった。
けれど今回は、彼女は眠っている。声援なんて、のぞむべくもない。
だが彼女の存在は、さっきのトオレントや目の前のキングハナモグラなど、ほかのワンダーに影響を与え、チカラをもたらしている。
そのきっかけは彼らの――緋羽莉をわたしたくないという、彼女への想いからだ。
だったら、こっちも――強く緋羽莉ちゃんを求めればいい!
アリスはそう考え、ブルーもそれを理解していた。
ブルーだって、緋羽莉の影響でパワーアップした経験がある以上、やってやれないことはないはずだと信じていたのだ。
(ヒバリちゃんは、アリスと……ぼくの大切な友だちなんだ! モグラのお嫁さんになんて、させてたまるもんか! ヒバリちゃんには、こんなうす暗い穴ぐらより……おひさまのほうが似合うんだ!)
そう強く想うと、ブルーの右手の空色のオーラに、緋羽莉の体から漏れ出している生命力――緋色のオーラが混じりはじめた。
空色と緋色の光が重なり合い、ゆらゆらと燃えるように輝く。
これはまさに、わたあめにとどめの一撃をくらわせたときと同じ現象。
それを見たアリスは、「よし!」と、力強くこぶしをにぎった。
混じり合う空色と緋色のオーラは、バチバチと電気のように変化し、ヴァイオレットの光を放ちはじめる。
りんごと閃芽、そしてパートナーたちは、その輝きにおどろき、思わず目を奪われた。
モグラたちも同様だ。光が苦手なはずなのに、食い入るようにそれを見つめ、なかには羨望のまなざしさえ向けている者もいる。
『バカな……! これは、王の……こんなチビスケが!?』
キングはそう言いながら、思わずたじろいだ。
モグラの王様を名乗るだけあって、ブルーからただならぬものを感じ取ったのかもしれない。
『たあーーーっ!』
そのスキをついて、ブルーはふたたびキングのどてっ腹へ、ヴァイオレットのこぶしを叩き込んだ!
ズガアーン!
まるで落雷のような、すさまじい衝撃音と稲光。
地下空間が、一瞬まばゆい光に満たされる。
『ぐげっ……!』
キングハナモグラは、またもヘドを吐き、その巨体はさきほどよりもさらに大きく吹き飛ばされた。
ドガーン!
そして最奥の岩壁に激突し、頭と背中を強打。
がっくりと崩れ落ち、まとっていた緋色のオーラは、燃え尽きたように消え去った。
「んっ……やった……ね……」
そのとき、お花畑の中で眠る緋羽莉が、にこりと笑顔を浮かべながら、そんな寝言をつぶやいた。
まるで、アリスたちの勝利を称えてくれているかのように。
花びらに頬をうずめるようにして、緋羽莉は幸せそうに小さく笑った。
「やった! ブルー!」
アリスはブルーのもとへダッと駆け寄り、その小さな体を抱き上げた。
ブルーはもうへとへとと言いたげに、ぐったりとした顔をしているが、そのほっぺはほんのり赤く染まっていた。
「……おつかれ、リース。……りんごもね」
閃芽はパートナーをねぎらったあと、となりのりんごにグータッチを求める。
りんごは、自分にはそんな資格なんてないとばかりに、目をそらしたが……
バサバサバサ……ストン。
パートナーのザックが羽ばたき、りんごの頭の上に止まった。
てっぺんの浮き毛が、ぺしゃんとしなだれる。
こちらを見下ろす相棒の目は、まるで「自分を卑下するな」と言っているかのようだった。
「……うん」
りんごはその目力に応えるように、照れ笑いを浮かべながら、閃芽とグータッチを交わすのだった。
「さあ、わたしたちの勝ちよ! どいたどいた!」
そう言って、アリスはブルーをかかえたまま、子分のモグラたちを押しのけて、お花畑の中へ入る。
そこでは、実に満足そうな寝顔で、緋羽莉がすやすやと眠りこけていた。
「まったく! のんきな眠り姫さんだこと」
アリスはあきれたように苦笑いし、ブルーを足もとに置いて、そっと両ひざをつく。
そして、ぺちぺちと緋羽莉のつややかなほっぺを軽くはたいた。
その頬はほんのり温かく、たまごの殻のようになめらかだ。
しかし、彼女は目覚めない。
ぺちぺちとされても、緋羽莉はむにゃむにゃと口を動かすだけだ。
むしろ気持ちよさそうに身じろぎし、花びらのベッドに体をさらに沈めてしまった。
その無防備な姿は、見ているこちらが力を抜いてしまうほどのんびりしている。
「……むう」
アリスは、ほっぺをぷうっとふくらませる。
付き合いが長いだけに知っている。
一度眠りについた緋羽莉は、外部からの刺激では決して目を覚まさないということを。
彼女自身、休息の大事さを理解しているぶん、本能的に徹底して眠りを守ろうとしているのだ。
体内時計にのみしたがうので、目覚ましのアラームだって通用しない。
どうしたものかと、アリスは頭を悩ませていた。
ブルーも考えてはいるが、もちろん緋羽莉を起こす方法なんて、見当もつかない。
「……絵本だと、お姫さまは王子さまのキスで目を覚ますんだけど……」
ふとアリスは、思いついたままのことを口にした。
『えっ?』
ブルーと、うしろでなりゆきを見ていた閃芽とりんごは、そろって目を見開いた。
たしかに目の前で眠る緋羽莉は、ピンクの花の冠と白いフリルがたくさんついたピンクの服装もあいまって、お姫さまと形容してもムリはないだろう。
しかし――王子さまというのは、どこにいるのだろうか。
ここにいる男の子は、ブルーだけだ。
まさか、アリスはぼくにそうしろと……?
ブルーは、かたまってしまった。
人間のキスが、どれだけ大事で、重いことなのか、ブルーはドラゴンの遺伝子に刻まれた記憶で知っている。
だからこそ、キングハナモグラに緋羽莉のくちびるは渡さないと、立ち向かったのだから。
そんな大任を、彼女と出会って数日のぼくなんかが任されていいのか……?
そう思わずにはいられなかった。
『ム……ムリだよ! ぼくには!』
その気持ちが口をついて飛び出し、ブルーは首を何度も横に振った。
「え? だれもブルーにやってほしいなんて、言ってないじゃない」
アリスは、あっさりと否定した。
ブルーは、なーんだと安心した反面、勝手に舞いあがって緋羽莉とのキスを想像してしまった自分が、なんだか恥ずかしくなり、顔を真っ赤にした。
「それに、あくまで絵本の話。現実じゃないわ。前に試したことあるけど、緋羽莉ちゃんには効果なかったもん」
『ふーん……え?』
ブルーは一瞬聞き流したが、数秒ののちに、アリスの顔をもう一度見た。
『モグー……』
すると、子分のハナモグラの一体が、申し訳なさそうな顔で、一輪の花を差し出してきた。
まるで風車のような形をしている、ふしぎな花だ。
「……あ、そうか。ありがとう」
アリスはハッと何かに気づき、モグラから花を受け取った。
『なあに? そのお花……』
ブルーは首をかしげる。
「これは、“フキトバ草”っていう花なの。この花のにおいをかぐと、花粉の効果が吹き飛んじゃうの」
『花粉の効果が、ふきとぶ??』
「緋羽莉ちゃんはたぶん、強い眠り効果のある花のにおいをかがされて、こうなってるんだと思う。だから、この花をかがせれば、目を覚ましてくれるはずだよ」
『なるほどー……』
アリスの解説で、ブルーは納得したようだ。
そういえば、故郷のドラゴピアにも、いろんなふしぎな効き目を持つ花がいくつも存在していたことを思い出した。
さっそくアリスは、フキトバ草の花びらを緋羽莉の小さな鼻に近づけた。
緋羽莉は鼻の穴をかわいらしくひくひくさせながら、すんすんと香りをかぐ。
小さく動く鼻先と、ほんのり開いたくちびる。
すらりとした体を花の上に預けたまま、夢の中でおやつの匂いでもかいでいる子どものようだった。
それでも、つややかな肌と整った体つきのせいで、どこかふしぎな華やかさがある。
花と少女の香りが混ざり合い、地下の花園の空気がやさしく揺れていた。
すると――
「んっ……んん……」
長いまつげに伏せられていたまぶたが、少しずつ開いていく。
やがて、黄色く輝くひとみがあらわとなり――
眠り姫、緋羽莉は目を覚ましたのだった。




