第8話 学校での一日
チャイムが鳴り、教室に朝の空気が満ちていく。
ざわざわしていた声が少しずつ静まり、朝の会が始まった。
「はいは~い、みんなおはよ~。今日から本格的に授業がはじまるけど、だらけちゃダメだよ~。みんな高学年になったんだから、下の子たちのお手本にならなきゃね~」
教壇に立っているのは、さらさらのロングヘアと大きなまんまるメガネがチャームポイントの間宮真水先生。通称マミ先生。
アリスが2年生のころから、なんと4年連続で担任をしてくれている先生だ。
ちょっぴりドジで、のんびり屋さん。
だけど児童思いでとびきりやさしい人なので、みんなから愛されている。もちろんアリスたち四人組にとっても大好きな先生だ。
「とまあ、そうは言っても、どうせだらけちゃうキミたちのために、シャキッとするニュースを教えちゃうよ~」
マミ先生の言う通り、教室の空気はどこかゆるい。
春休みボケがまだ抜けきっていないのだろう。
この話題に食いついているのも、アリスたちをふくめてほんの一部だけだった。
「毎年恒例の校内ワンダーバトル大会・春の陣が、今年は二週間前倒しで、急きょ今週末に行われることになったんだってさ~! というわけで、明日からさっそく予選やるから、よろしくね~!」
その瞬間。
教室の空気が一変した。
「ええええっ!?」「マジで!?」「やったー!!」
児童たちの目が一斉に輝き、大歓声が巻き起こる。
ワンダーバトルは今や世界一の人気競技。
このクラスのほとんどの児童が、観るのも戦うのも大好きだ。
校内大会――つまり、学校で堂々とバトルができて、観戦もできる特別な期間。
それが目前に迫っていると聞けば、だらけた心も一瞬でシャキッとする。
マミ先生の作戦は、大成功だった。
……もっとも、そのやる気が授業に向くかどうかは、また別の話だけれど。
☆ ☆ ☆
授業が始まった。
アリスは背筋をしゃんと伸ばし、熱心にノートを取っている。
マミ先生のほんわかした授業は楽しくて、退屈とも眠気とも無縁だ。
ウォッチの中では、ミルフィーヌが気持ちよさそうに丸くなって眠っている。
けれどブルーは、目をきらきらさせながら授業のようすを見聞きしていた。
地上の常識は、多く知っておくに越したことはない。
ブルーはそれをちゃんと理解している。
ドラゴピアにいたころも、お母さん竜からいろいろなことを教わっていた。
勉強は嫌いじゃない。むしろ好きなほうだ。
新しいことを知るたび、頭の中の霧が晴れていくような感覚がある。
それがたまらなく気持ちいいのだ。
(地上って……ほんとうに、おもしろいことばっかりだなあ)
ブルーはしみじみ思った。
☆ ☆ ☆
午前の授業が終わり、給食の時間がやってきた。
教室にはいい匂いがひろがり、あちこちでおなかの虫が鳴っている。
成長ざかりの子どもたちにとって、給食は一大イベントだ。
もちろんアリスたちにとっても。
とくに緋羽莉は、背が高く体も大きいぶん、とにかくよく食べる。
「おかわりいきまーす!」
元気いっぱいに手を上げ、配膳ワゴンへ向かう姿はすでに三回目。
「緋羽莉、また!?」「すご……」
まわりの子たちが目を丸くする。
「いっぱい食べて、いっぱい動く! それが元気のヒミツだから!」
にかっと笑う緋羽莉は、太陽みたいにあかるい。
その食べっぷりを見ているだけで、こっちまで元気になる。
ウォッチの中では、ブルーとミルフィーヌもワンダー専用の固形フードを食べていた。
カラフルなサイコロ状のそれは栄養満点で安価、味も悪くない。
でも――
(昨日のカレーとか、アイスとか……今朝のベーコンエッグのほうが、おいしかったなあ……)
ブルーはちょっぴりぜいたくなことを思ってしまう。
「ブルー、ミルフィーヌ、おいしい?」
アリスがそっとウォッチに話しかけた。
『ワンワンッ!』
本当は少し物足りなくても、みんなといっしょに食べている。
そのうれしさが、ごはんの味を何倍にもしてくれる。
『うん!』
だからブルーは、迷いなく笑顔でうなずいた。
☆ ☆ ☆
給食が終わり、待ちに待った昼休み。
アリスたちは校舎の西側にある、開けた場所へやってきた。
四方を高いフェンスに囲まれた、ワンダーバトル専用コート。
2×2、合計四面の長方形コートが並んでいる。
コートの中では、すでにワンダーバトルが行われていた。
取っ組み合いの格闘。
色とりどりのエネルギーの衝突。
風が渦を巻き、花びらが舞い、鳴き声が空気を震わせる。
まるでカラフルなショーのような光景に、ブルーは目を奪われた。
(きょうから……ぼくも、この世界に飛びこんでいくんだ)
胸の奥が、そわっと熱くなる。
「はーい! ここが、わがふしぎ小がほこるワンダーバトル専用コートでございまーす!」
アリスが両手をひろげ、ツアーガイドのように紹介する。
親友三人娘もいっしょにフェンスの中へ入り、ひとつだけ空いているコートへ向かった。
アリスはちょっぴり誇らしげにウインクする。
休み時間にコートを使うには事前申請が必要。
無許可の児童はフェンスの中に入れない。
そうでもしなければ、世界一の人気競技であるワンダーバトルに児童が殺到し、収拾がつかなくなってしまうからだ。
しかも使用許可が出るのは、学業成績が優秀な児童のみ。
学生の本分は勉強――という学校の方針である。
アリスは授業態度もまじめで、発表も積極的。
さっきの授業でも、難しい問題にすらすら答えていた。
体育でも運動神経のよさを発揮している。
体格に恵まれた緋羽莉がパワフルなのはもちろんだが、小柄でスリムなアリスも、すばしっこさと身のこなしの軽さでは負けていない。
(こんなにすごい子に出会えたなんて……ぼく、ほんとうにラッキーだったのかも)
ブルーはしみじみ思うのだった。
「それにしても、進級していきなり校内大会とはね」
閃芽は腕を組み、少し大人びた口調で話を切り出した。
「急きょ前倒しって、なんでそんなことになったのかな……」
りんごは指先をあごに当て、うーんとうなった。
「理由は気になるけど、楽しいことが早まったのはいいことだよ!」
緋羽莉は太陽みたいな笑顔で、ぎゅっと両手のこぶしをにぎった。そのあかるさにつられて、まわりの空気までぱっと軽くなる。
「そうだね。はじめての大会だもん。楽しまなくちゃ」
アリスのひとみも、きらきらと期待にかがやいていた。
ちなみに校内大会・春の陣は、5・6年生のみが参加できる。
バトルが解禁されたばかりのアリスだけでなく、5年生は全員が大会初参加だ。朝の会で体育館が大歓声に包まれたのも、無理はなかった。
「え? まさかキミ、出る気なの?」
閃芽は目を丸くしてアリスを見た。
訓練はしていたとはいえ、実戦経験はまだ二日。そんな状態で大会に出るなんて――無謀もいいところだと言いたいのだ。
「もちろん! すごいウィザードになるための第一歩として、これ以上ない舞台じゃない!」
アリスは胸の前でこぶしをにぎりしめ、まっすぐ前を見た。
こうなったアリスが止まらないことを、親友たちはよく知っている。
「いやー、コート借りておいてよかった! これであしたの予選にそなえて練習できるね!」
アリスはあっはっはと胸を張った。
「練習っていっても、お昼休みは30分しかないんだよ……?」
りんごは心配そうに眉を下げた。
たった30分の練習で、ほかの児童たちとの差が埋められるとはとても思えない。
「だいじょうぶだよ、りんごちゃん!」
緋羽莉は自信満々に、にこっと笑う。
「ウィザードとワンダーはね、たった30分でもぐんと強くなれるんだよ。気持ちが本気なら、なおさら!」
その言葉はふわっとしているのに、なぜか力があった。
緋羽莉は仲間内では修行や特訓が大好きなことで有名だ。努力を楽しめる彼女の言葉には、自然と説得力が宿る。
「まあ、たしかに経験値ゼロ同士なら、30分でも成長の余地はあるかもね」
閃芽も、腕を組み直しながら小さくうなずいた。
そのとき、アリスはふとブルーのほうを見た。
「そういえばブルーって、戦いの経験はある?」
声をかけられたブルーは、びくっと肩をふるわせた。
『うっ……』
小さくのどが鳴る。
ドラゴピアで、同年代のドラゴンたちにいじめられていた記憶が、胸の奥によみがえったのだ。
それに気づいたアリスは、はっとして口をおさえた。
「ご、ごめんね。いやなこと思い出させちゃったね」
ブルーは首を横に振ったが、胸の奥がきゅっと苦しくなる。
さっき、強くなっておかあさんをよろこばせたいと誓ったばかりなのに――いざ戦うと考えると、体がすくみそうになる。
せっかくアリスが居場所をくれて、パートナーとして並んでくれているのに。
すると。
すっと、あたたかい影が目の前にできた。
背の高い緋羽莉が、そっとしゃがみこんでブルーと目線を合わせたのだ。緋色のポニーテールがさらりと肩からこぼれ、やさしい笑顔がすぐ近くにある。
「だいじょうぶだよ、ブルー」
声は春の風みたいにやわらかかった。
「わたしたちもついてる。ちょっとずつでいいから、慣れていこう。ムリだと思ったら、いつやめてもいいからね」
その言葉は、ブルーの心にそっと毛布をかけるみたいにしみこんだ。
見ると、りんごも閃芽も、やさしい顔で見守っている。
『ワンワン!』
ミルフィーヌまで駆け寄ってきて、ぺろっとブルーのほおをなめた。
ひとりじゃない。
その事実が、ブルーの震えを少しずつ止めていく。
アリスは一歩前に出て、両手を大きくひろげた。
「ブルー。ここにいる人たちは、まだあなたのことを知らない。あなたをバカにする人なんて、ここにはいないよ」
まっすぐなひとみ。力強い笑顔。
「だから安心して。あなたのチカラを見せて!」
その言葉で、胸の中の暗い霧が、すっと晴れた気がした。
『……ありがとう、みんな。ぼく、今度こそがんばるよ!』
ブルーの声は、さっきよりもしっかりしていた。
「その意気だよ! それじゃあ、まずはわたしが――」
元気よく立ち上がった緋羽莉を、
「ちょっと待った。キミはきのうアリスとやったでしょ」
と、閃芽が手で制した。
「そ……そうだけど、ブルーのはじめてのバトルも、わたしがしたいよ!」
緋羽莉はだだっ子みたいに訴えた。
「キミのバトルは、はじめてのコには刺激が強すぎるでしょ。まずはりんごがやるべきだよ」
「え!? わ、わたし!?」
りんごは自分を指さして目をぱちくり。
「未経験者の相手は、キミくらいのレベルがちょうどいいんだよ」
「それってもしかして、わたしのことバカにしてない?」
「むしろ逆逆。尊敬してるよ。キミはやればできるヤツだ」
閃芽はへらっと笑った。
「なんだか釈然としないけど……まあ、わたしもブルーの力になりたいし、いいよ」
りんごはくちびるをとがらせながらも前に出る。
そして、アリスとブルーの前で、少しだけ緊張した笑顔を見せた。
「それじゃ……わたしとバトル、お願いできる?」
「もちろん!」
アリスは元気よく答え、
『よ、よろしく、りんごちゃん』
ブルーも、どきどきしながら頭を下げた。
こうして――ブルーのはじめてのバトルが、いま幕を開けようとしていた。




