第79話 モグラとウサギとヒマワリス
地上サイド――
突然現れた、体長一メートル半を超えるモグラ型ワンダー【モリモール】に戦いを挑まれたアリスと閃芽。
アリスは、長いたれ耳を持つ【モモイロハネウサギ】のモモを。
閃芽は、大輪のひまわりの花の茎を両手で握る小さなリス型ワンダー【ヒマワリス】のリースを、戦うパートナーに選んだ。
こうして、バトルの火ぶたが切って落とされた。
『モリー!』
口火を切ったのは、対戦相手のモリモールだった。
すばやく地面にもぐり込み、土を盛り上げながらこちらへ突進してくる。
まるで地面の下を巨大な魚が泳いでいるかのように、土がモコモコと波打った。
「よけて!」
アリスと閃芽、ふたりの声が同時に響く。
『キュー!』
『キュルッ!』
その瞬間、モモがなにか注意するように声をあげ、リースはそれに反応して小さくうなずいた。
そして二体は、同時にその場からすばやく跳び退く。
次の瞬間――
ボコッ!
大きな音を立てて地面が弾け、モリモールがいきおいよく飛び出した。
両手の長いツメを振り上げ、鋭く振り下ろす。
しかし――
スカッ!
攻撃は、空振り。
もしその場にとどまっていれば、まちがいなくエジキになっていただろう。
体長一メートル半のモリモールに対し、モモとリースはせいぜい三、四十センチほどの小さな体。
この体格差では、一撃でもまともに受ければ致命傷になりかねない。
アリスの足もとで見守っていたブルーも、モモが攻撃をよけたのを見て、ほっと胸をなでおろした。
そして同時に、その動きに感心する。
「ハネウサギは警戒心が強いし、すばしっこいからね。攻撃なんて、そう簡単には当たらないよ」
そんなブルーを安心させるように、アリスが解説した。
『モリー!』
モリモールは攻撃をかわされたことに腹を立て、怒鳴り声をあげる。
そして、ギロリとリースのほうをにらみつけた。
小さな両手に握られた、大きなひまわりの花がどうしても目立つのだ。
しかし――それでは困る。
アリスはすぐさま指示を飛ばした。
「《プチウインド》!」
『キュー!』
モモは軽やかにジャンプし、空中でくるりと一回転。
その動きによって生まれた、小さな渦を巻く風がモリモールの顔に命中した。
パアンッ!
小さく弾ける音とともに、風がモリモールの顔面にぶつかる。
『モリッ!?』
モリモールは思わず身をよじった。
だがダメージ自体は、ほとんどないようだった。
しかし、顔を撃たれたという屈辱が、怒りに火をつけた。
どうやら敵意の標的を、リースからモモへと切り替えたらしい。
「よし! チャージ開始!」
この瞬間を待っていたとばかりに、閃芽が右手をばっと掲げ、指示を出した。
『キュルーッ!』
すると、リースが抱える大輪のひまわりに光が集まりはじめる。
まるで太陽の光を吸い込んでいるかのように、花びらの中心がじわじわと輝きを増していく。
ブルーも、そのまぶしい光に思わず目を奪われた。
『モリーッ!』
いっぽうモリモールは、その光には目もくれない。
怒りにまかせ、モモへ向かって猛然と突進してきた。
両手の鋭いツメを振り回し、めちゃくちゃに切り裂こうとしてくる。
『あぶない!』
ブルーは思わず叫んだ。
『キューッ!』
しかし――
モモはその心配をよそに、軽やかなステップでツメをぴょんぴょんとかわしていく。
まるでダンスでもしているかのような身のこなしだ。
ブルーは一転、びっくり仰天する。
『すごっ……』
思わずそんな言葉がこぼれた。
あんな動き、自分には――きっとミルフィーヌにだって、そう簡単にはできない。
モモが、あんなにもすごい子だったなんて。
アリスが彼女を仲間にした理由が、またひとつわかった気がした。
『モリー!』
何度ツメを振っても当たらない。
モリモールは顔を真っ赤にして、ぷんすか怒り出した。
ドン! ドン!
何度も地団駄を踏みつける。
すると――
ボコッ! ボコボコッ!
『わあっ!?』
ブルーは驚き、目を丸くした。
なんと、地団駄の振動によって、周囲の地面に無数の穴があきはじめたのだ。
それらはすべて、この一帯をナワバリにしているモグラ型ワンダーたちが掘った穴なのだろう。
表面が土で薄く覆われていたため、今まで気づかなかったのだ。
『……そうか!』
そのとき、ブルーは気づいた。
閃芽がモモを戦わせるよう提案した理由に。
この穴だらけの地面を踏み抜く危険があるからだ。
危機察知能力の高いモモならともかく、もし自分が戦っていたら――きっと気づかずに足を踏み外し、そのまま穴へ落ちていただろう。
現にモモは、あれほどちょこまか動き回っているのに、一度も穴を踏んでいない。
どこに穴があるのか、すべて把握しているかのようだった。
さっきリースに合図を送っていたのも、きっと穴の場所を教えていたんだろう。
これが「適所適材」というものなのだ。
ブルーはまたひとつ、大切なことを学んだのだった。
「準備できたよ! 動き止めて!」
そこに、閃芽からするどい指示が飛んだ。
『うわっ!?』
ブルーがリースのほうを見ると、その手ににぎられている大輪のひまわりが、まばゆいばかりの光を放っていた。
それはまるで、ミニチュアの太陽。
どうやら、エネルギーの充填が完了したらしい。
ひまわりの中心は白く燃えるように輝き、花びらの一枚一枚まで光をまとっている。
「モモ、よく狙って! 《プチウインド》!」
『キューッ!』
モモはまたも空中でくるりと一回転。
緑色に渦巻く小さな風を、モリモールめがけて放った。
『モリーッ!?』
風はモリモールの鼻先でパーンと弾ける。
視界をさえぎる突風に、モリモールは思わず身をすくめた。
一瞬――動きが止まる。それを、閃芽は逃さなかった。
「グッジョブだよモモ! リース! 《サンシャインレーザー》!」
閃芽がメガネをキラリと光らせ、高らかに右手をかかげる。
『キュルーッ!』
リースが両手でかかげたひまわりの中心から――
極太のレーザービームが、一直線にモリモールへ放たれた!
カッ――!
まばゆい閃光。
次の瞬間、
ドオォーーーン!
地面を震わせる大爆発が巻き起こった。
光と煙が弾け、爆風が草木を揺らす。
モリモールは爆煙を尾のように引きながら、宙を舞った。
そして――
ドシャッ!
地面に叩きつけられる。
全身は真っ黒こげ。自慢の緑のアフロヘアーも、爆発したかのようにチリチリになっていた。
体はピクピクと痙攣し、もはやまともに動けそうにない。
このバトル――モモ&リースの完全勝利だった。
『や……やった!』
ブルーは思わず歓喜の声をあげる。
『キュー!』
『キュルー!』
功労者のモモとリースは、おたがいに駆け寄り――
ちっちゃなおてて同士で、ぱちんとハイタッチ!
小動物同士のなんとも愛らしい光景に、ウォッチの中で見ていたミルフィーヌも含め、みんなの顔が自然とほころんだ。
「おつかれさま!」
「そっちこそね」
アリスと閃芽も、パンと軽いハイタッチを交わす。
あっさりしたやり取りだが、そこにはたしかな信頼が感じられた。
ブルーも、その空気をしっかり感じ取っていた。
『キューキュー!』
次の瞬間。
モモが勢いよく、ブルーに抱きついてきた。
『おつかれさま、モモ! すごかったよ!』
ブルーは彼女をしっかり抱き止め、やさしくねぎらう。
『キュ~!』
大好きなブルーにほめられ、モモはとろけるような笑顔を浮かべた。
『それにしても、びっくりだよ。モモがあんなに戦えるなんて……』
ブルーは素直な感想を口にする。
モモ自身はモリモールに大きなダメージを与えたわけではない。
けれど――相手の攻撃をすべてかわし、注意を引きつける役目を完璧に果たした。
その動きは、はじめてのバトルとは思えないほど堂々としていた。
びびって思うように動けなかった自分の初戦とは、えらい違いだ。
『キュー! キュー!』
するとモモが、まっかなつぶらなひとみをキラキラさせて、ブルーの顔を見上げてきた。
まるで、なにかを伝えようとしているかのように。
『ど、どうしたの?』
また危険が近づいているのか、と一瞬身構える。
けれどモモは、うれしそうに笑っているだけだった。
やっぱり言葉がわからないというのは、少し不便だ。
すると、そのようすを見ていたアリスが、くすくすと笑いながら言った。
「ブルーのときと、同じだよ。モモだって、ブルーの戦う姿を見て学んだり、大切なものを受け取ったりしたんだよ」
ブルーは、ハッとした。
そうだ。ぼくもミルフィーヌの戦いを見て、同じことを感じたんだ。
――今度はぼくが、モモのお手本になってたってこと?
そんな思いで、抱きついているモモを見下ろす。
『キュー! キュー!』
モモは満面の笑みで、あかるい声をあげた。
それが「そのとおりだよ」という返事だと、ブルーにもはっきり伝わった。
自分が誰かの見本になっていた。
その事実が、ブルーの胸をじんわりと熱くする。
『……ありがとう、モモ』
胸がいっぱいになったブルーは、ぎゅっとモモを抱きしめた。
桃のような、さくらんぼのような、甘いフルーツの香りがふわりと漂う。
『キュー!』
大好きなブルーに抱きしめられ、モモも顔を赤らめて幸せそうだ。
「春だねえ」
閃芽がニヤニヤしながら言う。
アリスも、それを見て楽しそうに笑った。
穴ボコだらけの戦場跡とは思えない、なごやかな空気がこの場に流れる。
――そのとき。
ピピピピピ!
アリスのスマートウォッチが激しく振動し、けたたましい音を鳴らした。
「なによ、こんなときに……」
気分をぶち壊されたとばかりに、少しいらだちながら画面を見る。
そこに表示されていたのは――りんごからの着信だった。
その瞬間、アリスの表情が真剣なものへと変わる。
まさか――地下に落ちたふたりに、なにかあったのか?
そう思いながら、通話に出た。
「もしもし、りんごちゃん?」
すると――
泣き叫ぶような、必死な声が響いた。
「アリスちゃん! たいへん! 緋羽莉ちゃんが……緋羽莉ちゃんが……また、さらわれちゃった~!」
数秒。
沈黙が場を支配する。
そして――
「な……なんですってえ!?」
全員の叫び声が、山の中に響きわたった。




