第78話 モモの初陣
モグラ型ワンダーが掘った穴に落ちてしまった緋羽莉とりんご。
地上に取り残されたアリスと閃芽。
分断された二組は、それぞれ別のルートで山のボスのナワバリをめざすことになった。
さいわいなことに、進んでいる方向は同じだ。運がよければ、再会できる可能性もなくはない……かもしれない。
『キュー!』
「こっち、穴があるみたい。気をつけて」
地上サイド――アリスと閃芽は山道を進んでいた。
この一帯はモグラ型ワンダーの生息域。彼らが掘った見えない落とし穴が、あちこちに口を開けている。
……いや、彼らも誰かを落とすつもりで掘ったわけではないのだろう。だが、登る側からすれば迷惑な話であることには変わりない。
感知能力の高い【モモイロハネウサギ】のモモの協力を得て、落とし穴を避けながら、少しずつ進んでいく。
「モモは、最初から出しっぱなしにしておいたほうがよかったね」
閃芽が、息を少し荒くしながら苦言を呈した。
アリスは何も言葉を返さなかった。
けれど、心の中では、たしかにその通りだと思っていた。
最初からモモをウォッチから出していれば、緋羽莉が穴に落ちることもなかったはずだ。
ハンターに目をつけられることや、人目にさらされてモモが奇異の目を向けられることをおそれて、仲間にしてから、アリスはモモをウォッチから出すのを控えていた。
しかし、ブロッサムガーデンを出るとき、レンジャーのもふるに誓ったはずだった。
すべて覚悟のうえで、この道を進む――どんなことがあっても、パートナーを守り抜いてみせる、と。
その真意は、パートナーたちが思う存分、自由にすごせる日常を守るということ。
ウォッチの中に閉じ込めっぱなしでは、アリスの基準では、それを守れているとは言えない。
どうせ明日の大会で、いずれ知られてしまうことだったはずなのに――どうして自分は、こんな中途半端な判断をしてしまったのだろう。
原因は、なんとなくわかっている。
きのうの予選棄権から、ここまでの冒険で、自分の未熟さを何度も痛感したからだ。
自分に自信が持てていないのはブルーだけじゃない。アリスもまた、同じだった。
もしまたハンターに襲われたとき、今度はモモを守りきれるのか。
その絶対の自信が、まだ持てなかったのだ。
閃芽の言葉で、アリスはこれまでのことをあらためて反省した。
そして、これからはもっと堂々と、モモやパートナーたちを大切にしよう――そう思い直す。
『キュ!』
そのとき、アリスの足もとで、モモの長いたれ耳がピンと立ち上がった。
モモの言葉はわからない。
だが、この反応には見覚えがある。
なにか厄介な存在が、近くにいるという合図だ。
『キュー!』
『わっ!?』
モモはあわてて、そばにいたブルーにしがみついた。不安からの行動。
つまり――その厄介な存在は、どうやら避けて通れないらしい。
「来るよ、警戒して!」
「オーライ!」
アリスと閃芽は、表情を引きしめた。
そして、モモが示す方向を見すえる。
すると――
モコモコモコ……と、地面がこちらへ向かって盛り上がってくる。
まるで地面の下をなにかが泳いでいるようだ。
それはぐんぐん近づき、やがて――
ボコッ!
勢いよく地面を突き破り、姿を現した。
『モリー!』
現れたのは、体長一メートル半はあろうかという巨大なモグラ型ワンダー。
緑色の、草むらのようにもこもこしたアフロヘアーが特徴の――【モリモール】だ。
モリモールはキラリと両手のツメを光らせている。どうやら、戦う気まんまんのようだった。
『キュー……』
モモは、ブルーにしがみつく力をさらに強める。
赤いつぶらなひとみはうるみ、かなりおびえているのがわかった。
その反応を見て、アリスは目の前のモリモールの強さをおおよそ判断した。
「一体だけど……あの相手は骨が折れそうだな。閃芽ちゃんも、協力して!」
「どうやら、そうみたいだね……」
閃芽はメガネをくいっと持ち上げながら、静かにうなずく。
ワンダーにくわしい彼女も、アリスひとりでモリモールを攻略するのは難しいと判断したのだ。
さらに――苦戦が予想される理由は、もうひとつあった。
「アリス、今回はモモに指示を出して。アタッカーは、私がやるよ」
ふだん一歩引いている閃芽にしては、めずらしく前に出る提案だった。
おりこうさんのアリスは、その意図を瞬時に察する。
「わかった。ブルー、いったんわたしのそばに! モモ、はじめてのバトルになるけど、おねがい!」
そう言って、ブルーだけを自分の足もとへ呼び戻そうとした。
『え? ダ、ダメだよ! モモを戦わせるなんて!』
だが――ブルーは、めずらしくアリスの指示を拒んだ。
ブルーにとって、モモは守るべき存在だ。
たしかにアリスは、戦ってもらうためにモモを仲間にしたのだろう。
それでも――ブルーは、どうしてもモモを戦わせたくなかった。危険な目にあわせたくなかった。
「だいじょうぶよ。あぶない目にあわせないよう努力する。この戦いに勝つには、モモのチカラが必要なんだよ」
アリスはブルーを説得しようとした。
そのまなざしと言葉には、あいかわらず強い意思が宿っている。
ブルーもそれを感じ取り、賛成と反対の気持ちの板挟みになって、口をもごもごさせるが――
『キュ!』
くっついてふるえていたモモ自身が、覚悟を決めたまなざしでこちらを見上げていることに気づき、ハッとする。
「わたしにやらせて」――まっかなつぶらなひとみが、そう訴えかけてくるのだ。体を、小さく震わせたまま。
『……モモ』
ブルーは小さく声をもらす。
たしかにこわいけど、わたしもみんなの役に立ちたい――そんな気持ちがひしひしと伝わってくる。理解できる。
だって、それは自分もいつも抱いている想いだから。
……ブルーに認めてもらいたい、という気持ちは、どうやら伝わっていなかったようだけれど。
『……わかった。今回はモモにまかせるよ。がんばってね』
ブルーは観念したように、モモのひとみをじっと見つめ、その小さな両手をぎゅっとにぎってあげた。
『キュ!』
モモは満開の笑顔で応える。
そしてブルーは、アリスの足もとへと戻り、モモの応援に回るのだった。
「さあ、おいで。リース!」
閃芽も左手のウォッチからパートナーを呼び出した。
あふれた光の粒子が集まり、小さな生きものの姿を形づくっていく。
『チー!』
現れたのは、オレンジ色の体毛を持つ小さなリス型ワンダー――【ヒマワリス】。
名前のとおり、自分の体よりも大きな、大輪のひまわりの花を一本、小さな両手でしっかりにぎっている。
(かわいい……)
ブルーは思わず胸がキュンとなった。
大きな花を抱えた小動物の姿は、そう思ってしまうのも無理がないほど愛らしい。
けれど閃芽は、自らアタッカーを務めると宣言した。
あの小さな子に、そんなチカラがあるのだろうか――という疑問も浮かぶ。
『モリーッ!』
対するモリモールは、両手を振り上げておたけびをあげた。
準備完了。愛らしい小さな生きものふたりが並び立ち、バトルの火ぶたが、いま切って落とされる。
☆ ☆ ☆
いっぽう、こちらは地下サイド。
落ちてしまった緋羽莉とりんごは、穴の中を進んでいた。
薄暗い地下でも、緋色のポニーテールは元気よく揺れ、黄色いリボンがかすかな光を受けてきらりと光る。
白いフリルのついたおめかし服も、歩くたびにふわりと動き、花畑の姫君のような華やかさを失っていなかった。
地面の土はふかふかで柔らかいが、そのぶん足を取られやすく、体力の消耗も大きい。
そのため緋羽莉は、ふたたびりんごを背負って歩いている。
たくましく長い脚は、ふとももにしっかり力が入り、不安定な地面でもぐんぐん前へ進んでいく。
ミニスカートの裾が歩みに合わせて揺れ、健康的な脚のラインがちらりとのぞく。
人を背負っているとは思えないほど、動きは軽やかだった。
りんごは、やはり少しもうしわけない気持ちはある。けれど今この場には、ふたり以外だれもいない。
だれにも見られていないのをいいことに、りんごはぎゅっと緋羽莉に甘えていた。
もし自分とのあいだにどんなことがあっても、緋羽莉はそれをだれかに言いふらしたりしない――そんな信頼感もあるからだ。
花の冠と、揺れる緋色のポニーテールから漂う甘い香りが、りんごの鼻をくすぐる。
動くたびに、くせっ毛ぎみの髪がふわりと揺れ、その香りがまたやさしくひろがる。
背中から伝わる体温が、りんごの胸までぽかぽかと温めてくれる。
しっかり鍛えられた体なのに、ふしぎとやわらかな安心感があった。
ケガの功名という言葉の意味を、りんごは心の中でしみじみとかみしめていた。
「すごいね。どこまで続いてるんだろうね、この穴」
ふいに緋羽莉が口を開いた。
「そうだね……まるでダンジョンみたい」
りんごは反射的にあいづちを打つ。
「ダンジョン……ってことは、どこかに宝物とかあったりするのかな? よく知らないけど、そういうものなんだよね?」
緋羽莉は元気な声で、りんごの言葉に乗るように言った。
くるりと振り向いた横顔には、あかるい笑顔が浮かんでいる。
大きな黄色いひとみがきらきらしていて、地下にいることも忘れそうなほど楽しそうだった。
少しでも気分をあかるくしようという、彼女なりの気づかいなのだと、りんごにもわかった。
「ふふっ……そうだね。もしかしたら、あるかもしれないね」
りんごはおかしくなって、くすくすと笑う。
緋羽莉もそれがうれしくて、自然と笑顔になった。
頬がふんわりゆるみ、童顔らしい愛らしさがいっそう際立つ。
その笑顔は、暗い洞穴の中でもぱっとあかるく感じられるほどだった。
――そのときだった。
緋羽莉が、ぴたりと足を止める。
ポニーテールがふわりと揺れて静かに止まり、さっきまでの柔らかな雰囲気がすっと引き締まる。
長身の体がすっと立ち、頼もしい存在感を放った。
「ど、どうしたの?」
りんごが目を丸くしてたずねた。
「気をつけて、りんごちゃん。なにか来る」
緋羽莉はりんごを背負う手の力を強め、黄色いひとみを細めて前方をにらんだ。
大きな手のひらがしっかり支え、絶対に落とさないという意思が伝わってくる。
背中越しでも、その優しさと力強さがはっきり感じられた。
りんごは、ごくりとつばを飲みこむ。
モコモコモコ……という音とともに、地面が盛り上がりながらこちらへ伸びてきた。
しかも、それは一つや二つではない。
かなりの数だ。
りんごの顔にも、心にも、不安の色が広がる。
ここが地下だということを考えると、その正体はきっと――モグラ型ワンダーの群れ。
そう想像するのは、むずかしくなかった。
りんごはぎゅっと、緋羽莉にしがみつく。
胸の鼓動が背中越しに伝わるほど、ぴったりと抱きついた。
その震えを感じ取り、緋羽莉もまた、この子を守らなければと気を引きしめた。
そして――
無数の盛り上がった地面から、それらはいっせいに飛び出してきた!




