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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

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第73話 予想外のプリンセス

『わわっ!? なんにも見えなくなっちゃった!?』


 ブルーは一瞬、あわてふためいた。


 紫がかった霧が、まるで生き物のように足もとから這いのぼり、視界をのみこんでいく。木々の輪郭はにじみ、仲間の姿さえ影のようにぼやけていた。


 けれど、胸にしがみついているモモのぬくもりに気づき、はっとする。


 ――ぼくが、しっかりしなきゃ。


 ぎゅっと小さな体を抱きしめ、ブルーは気持ちを立て直した。


『私のハナも、利かなくなっちゃいました!』


 りんごを背負っているミルフィーヌも、困ったような声をあげる。


 ご自慢のするどい嗅覚が、まるで厚い布で包まれたかのように鈍っているのだ。


「《幻惑の霧》か……やっかいだね」


 閃芽が、険しい顔でつぶやいた。


『げんわくのきり?』


 ブルーがたずねる。


「ワンダーの技のひとつだよ。視界を奪うだけじゃない。感覚そのものを狂わせる。キミらがいま感じているとおりね」


 言われてみれば、ブルーははっきりと気づいた。


 ふだんなら、風の流れや地面の振動、遠くの気配まで、なんとなく“感じ取れて”いたはずなのに、それがすっぽりと抜け落ちている。


 においも、音の方向も、距離感もあいまいだ。


 まるで、世界からヒントをぜんぶ取り上げられたみたいに。


「しかもこれは、一体や二体の仕業じゃないね」


 閃芽は霧の奥をにらみながら続ける。


「【トオレント】は樹木のワンダー、森の親分みたいなもんだ。ほかの野生のワンダーたちに命じて、一斉に技を重ねがけしてるんだろうね。だから、こんな規模になってるんだよ」


「それで、ミルフィーヌやモモの感覚も利かなくなっちゃったんだ……」


 りんごが、不安そうにつぶやいた。


 ワンダーとその技にくわしく、ミルフィーヌの能力もよく知っている彼女だからわかる。


 本来なら、《幻惑の霧》ひとつ程度で、ミルフィーヌの高い感知能力が完全に封じられるはずはないのだ。


 けれど、今はちがう。


 森じゅうから重ねられた霧が、何重もの壁となって立ちはだかっている。


『どうするの? これじゃ、ヒバリちゃんを探せないよ?』


 ブルーは、すがるようにアリスを見上げた。


 紫の霧の中でも、アリスの金髪だけは、かすかに光をはじいて見える。


「だいじょうぶ。手はあるよ……というか、ブルーにがんばってもらうんだけどね」


 アリスはにっと笑い、ブルーの金色の目をまっすぐ見つめた。


 その視線は、冗談めいているようでいて、本気だ。


 ブルーはどきりとして、思わずモモをぎゅっと抱き寄せる。


 そして――


「さあ、ブルー! 《バタフライエフェクト》よ!」


 アリスは大仰な手ぶりで、びしっと指示を出した。


『ええっ!?』


 ブルーはびっくり仰天。腕の中のモモも、目を丸くする。


「バタフライエフェクトって……たしか、技を無効化する技だよね?」


 閃芽が眉をひそめる。


「理屈としては合ってるけど、この規模だよ? 森じゅうから重ねがけされてる技を、ぜんぶ消しきれるの?」


 その懸念はもっともだった。


 バタフライエフェクトは、相手の技を構成するエナに直接干渉し、発動を打ち消す技だ。


 だが以前、巨大ポメラニアン・わたあめの《音波砲》のような、あまりにも規模の大きい技を相手にしたときは、完全には消しきれなかった。


 その結果、アリスはあやうく死ぬところだった。忘れたくても忘れられない経験だ。


「さいわい、いまはバトル中じゃないからね」


 それでも、アリスは自信満々に言い切る。


「ゆっくり集中して、じっくりチカラを溜めればいけるはず!」


 そのまなざしと声には、一分の迷いもない。絶対的な信頼。


 それが、ブルーの胸にまっすぐ届く。


 たしかに――チカラを溜めきった状態で、バタフライエフェクトを放ったことはまだない。


 やってみる価値は、ある。


 なにより、自分がなんとかしなければ、この霧は晴れない。


 霧を抜けられなければ、緋羽莉のもとへはたどり着けない。


 花畑みたいにあかるく笑う彼女の顔が、ふっと脳裏によぎる。


 あの大きな黄色いひとみ。つややかな頬。背筋のすっと伸びた立ち姿。


 アリスと同じ歳とは思えないほどすらりとした長身に、やわらかな曲線をえがくシルエット――森の中でも、きっとひときわ目立っているにちがいない、その輝きが。


 友だちのために。緋羽莉のために。


 そう思った瞬間、胸の奥に小さな炎が灯った。


『……わかった。やってみるよ』


 ブルーは、きりっと顔を引きしめて言った。


「そうこなくっちゃ!」


 アリスは笑顔で、ぱんっと手を打ち鳴らす。


『モモ、ちょっとごめんね』


『キュー……』


 ブルーは集中するため、くっついていたモモをそっと体から離した。


 モモは一瞬だけ、さみしそうな顔をする。


 けれどすぐに、長い耳をぴんと立て、小さくうなずいた。


 ――がんばって。


 そんな声が聞こえてきそうな、まっすぐなまなざしだった。


『むむむむ……』


 ブルーは目を閉じ、両手を突き出したまま、じっと集中していた。


 大事なのは、“できるって信じること”。


 この技を習得したとき、アリスが言ってくれた言葉が、胸の奥で何度も反響する。


 ――この霧を、消し去りたい。


 強く念じながら、両手にエナを集めていく。


 それは、ふだん《スカイナックル》を放つとき、こぶしにエナをこめるのと同じ要領だ。けれど今回は、もっと繊細に、もっと深く。


 ブルーの手のひらから、やわらかなピンク色の光が生まれた。


 それは鼓動するように明滅し、次第に大きく、強くなっていく。


「いいよ、ブルー。その調子!」


 アリスは、集中を妨げない程度に、そっと声援を送る。


 その声は、まるで背中を押す追い風のようだった。


 ブルーの胸の炎がさらに燃え上がり、ピンクの光はどんどん膨らんでいく。


「わあ……」


「おお……」


 半信半疑だったりんごと閃芽の目にも、はっきりと希望の色が宿る。


 ミルフィーヌも、ブルーのがんばりに目をきらきらさせていた。


『キュー!』


 モモはたまらず、精いっぱいの声で応援する。


 すると、ふしぎなことに――モモの体も、ほんのりとピンク色の光に包まれはじめた。


「これは……!」


 りんごと閃芽が、同時に息をのむ。


 まるでモモのエナが、ブルーのエナと共鳴しているかのようだ。


 次の瞬間、ブルーの手の先の光が、ぐわっと一気に巨大化した。


 大玉転がしのボールほどもある、まばゆい光のかたまり。


 周囲の霧が、びりびりと震えはじめる。


「今よ!」


『うん! 《ソアリング・バタフライエフェクト》!』


 アリスの合図と同時に、ブルーはカッと目を見開き、溜めこんでいたチカラを解き放った。


 ――ブワァァァッ!


 巨大なピンクの光が、無数の蝶へと分裂する。


 それぞれが羽ばたきながら、霧の中へ飛び散っていく。


 蝶たちは紫の霧に触れるたび、ぱちん、と小さく弾け、光の粒になった。


 すると――なんということだろう。


 周囲を覆っていた深い霧が、まるで風に吹き払われるように、みるみるうちに薄れていくではないか。


 紫のもやがほどけ、裂け、ちぎれ、空へ吸いこまれていく。


「わあっ……」


 りんごと、彼女を背負うミルフィーヌは、思わず感嘆の声をもらした。


「……さすが。やるもんだね」


 霧が晴れ、あらわになった青空を見上げながら、閃芽は素直にうなずく。


 やがて《幻惑の霧》は完全に消え去り、裏山の森の本来の姿がよみがえった。


 澄んだ空気。木漏れ日。風の音。


 同時に、森のあちこちから、どよめくような声が響く。


 枝を踏みしめる音、慌てて逃げていく気配。


 きっと、霧を張っていた野生のワンダーたちが、技を破られたことに恐れをなして退いたのだろう。


『ふう〜……』


 ブルーは大きく息を吐き、その場にへたりこんだ。


 全身が汗でびっしょりだ。肩で荒く息をし、だらしなく舌を出している。


 相当エナとスタミナを消耗したにちがいない。


「うん、よくやったね。おつかれさま」


 アリスはしゃがみこみ、やさしく頭をなでる。


『キュー!』


 モモも、いきおいよくブルーに抱きついた。


 疲れが全部ふっとぶ、というほどではない。


 けれど、胸の奥がぽかぽかとあたたかくなり、癒される気分だ。


『アリスちゃん! 緋羽莉ちゃんのにおいが近いです!』


 そのとき、ミルフィーヌが声をあげた。


 さきほどまで封じられていた嗅覚が、完全に戻っている。


「よし。またなにか仕掛けられる前に、一気に行くよ!」


 アリスの号令とともに、一行は駆けだした。


 ミルフィーヌが先導し、森の奥へ、さらに奥へ。



 ☆ ☆ ☆



 裏山の森を、かなり深く進んだ。


 もはや自分たちがどのあたりにいるのか、正確にはわからない。地元の子どもでも、ここまで入りこむことはまずない。遭難してもおかしくない深さだ。


 けれど、ミルフィーヌとモモがいる。迷子になる心配はない。だから足は止まらない。


 そして――


 視線の先に、三体のトオレントの姿が見えた。


 ねじれた幹。枝のような腕。不気味に刻まれた顔。


 まちがいない。緋羽莉をさらったやつらだ。


 その向こうに、ひときわ目立つ色があった。


 花の海の中で、燃えるような緋色のポニーテールが揺れている。


 白いフリルの縁どられたピンクの衣装が、陽を受けてやわらかくきらめき、たすきがけのポーチが小さく跳ねる。


「いた!」


 アリスたちは速度を上げ、一気に距離を詰める。


 逃がすものかと、気迫を込めて。


 だが――


 そこにひろがっていた光景は、予想とはまるでちがっていた。


「あはははっ! うふふふふっ!」


 あかるい笑い声。


 捕らわれ、枝に巻きつかれていたはずの緋羽莉が――


 色とりどりの花が咲き乱れる小さな空き地で、森のワンダーたちと楽しそうにたわむれていたのだ。


 蝶が舞い、小鳥型のワンダーが肩にとまり、小さな獣型のワンダーが足元にじゃれついている。


 まるで、森のプリンセス。


 フリルいっぱいのピンクのオフショルダーが、花々と調和し、ひときわ目を引いている。


 ふわりと腰を落として笑うたび、長い脚のラインがちらりとのぞき、引き締まったふとももに絡む草花が、まるで装飾のように映える。


 しなやかに伸びた腕で小さなワンダーを抱き上げる姿は、力強さとやさしさを同時に感じさせた。


 健康的な肌は光を帯び、くせっ毛ぎみの髪は森風にゆるく波打つ。


 危機感は――これっぽっちも感じられない。


「……そんなことだろうと思った!」


 アリスは、なかば呆れ、なかば誇らしげな笑顔で肩をすくめた。


 閃芽も「やれやれ」といったようすで額に手を当てる。


 ブルーとモモはぽかんと口を開け、ミルフィーヌの背中のりんごは、目をまんまるにして固まっていた。


「あ! アリス! みんな! 来てくれたんだね!」


 こちらに気づいた緋羽莉が、子ギツネ型ワンダー【チロリン】を抱きながら、満面の笑顔で大きく手を振った。


 ――およそ、さらわれた人間の態度ではない。


 緋色の髪には、いつの間にか編み込まれた小花と、ピンク色の花冠。服についた土や傷も見当たらず、むしろ森の妖精のような華やかさすらある。


 オフショルダーからのぞく肩は丸みを帯び、すらりと落ちる鎖骨の影が、年相応のあどけなさの中に、どこか大人びた雰囲気をにじませていた。


 花々に囲まれていても、決して埋もれない。むしろ中心にいるのが当然だと、誰もが思わされる存在感だった。


 丁重にあつかわれた、というレベルではない。完全に“もてなされている”。


 そばにいる森のワンダーたちも、警戒するどころか、歓迎するようにアリスたちへ声をあげた。


 小鳥型がさえずり、リス型が枝を叩き、花のワンダーが花びらを舞わせる。


 もはや、自分たちが"救出"に来たという目的を見失いそうになるほど、場はなごやかな空気に満ちていた。


『おお、おぬしら! よくぞここまでたどりついたな!』


 そのとき、三体のトオレントが、どっしりとした足取りで前に出る。


 威厳ある低い声。枝を組み、いかにも“試練の番人”といった風格だ。


 ――だが。


 このほのぼのとした空間では、どうにも締まらない。


「ゲームはわたしたちの勝ちだよね。緋羽莉ちゃん、返してくれる?」


 アリスはしれっと言った。


 ブルーたちも、「あ、そういえば助けに来たんだった」と思い出した顔になる。


『……いいや! まだ終わりではないぞ!』


 次の瞬間。


 三体のトオレントが、ささっと横一列に並び、ばっと枝を広げた。


 花畑の前に立ちはだかる、名前通り見事な“とおせんぼ”。その動きは意外なほど素早い。


 これには、アリスたちも、花畑でかわいらしく割座していた緋羽莉も、そろって目を丸くした。


「ちょっ……どういうつもり!?」


 アリスが叫ぶ。


『この子は、もはやオレたち森のプリンセス!』


『帰すには、あまりにも惜しい存在なのだ!』


 左右のトオレントが、口々に言い放つ。


 その声には、本気の熱がこもっていた。


「おいおい……ここまでのお姫さま待遇は、さすがに予想外なんだけど……」


 閃芽は、心底ひいた顔でつぶやく。


「ア、アリスちゃんの言ったとおりだ……」


 ミルフィーヌの背から降りたりんごも、困惑を隠せない。


 緋羽莉ちゃんほどお姫さまが似合う女の子はいない……そんなアリスの言葉の意味が、理解できてしまったのだ。


『そ、そんなの、ダメだよ! ヒバリちゃんは、ぼくの……ぼくたちの、と、友だちなんだから!』


 ブルーはどもりながらも、勇気をふりしぼって叫んだ。


 トオレントが怖いわけではない。


 “友だち”と、はっきり口に出すことが、まだ少し照れくさいのだ。


「そうよ! 緋羽莉ちゃんはわたしの……わたしたちの友だちなの!」


 アリスも、思わず一瞬だけ言いかけた言葉を飲み込む。


 ――"わたしの"。


 胸の奥に芽生えかけていた独占欲が、顔を出しかけたのだ。


 けれど、今はそれを押しとどめる。


『やかましい!』


 トオレントのリーダーが、くわっと怒鳴った。


 森が震えるほどの大声。


 アリスたちも、周囲のワンダーたちも、びくりとすくみあがる。


 ――これもまた、威圧の特性か?


 一瞬そう思ったブルーだったが、花畑の中心にいる緋羽莉だけが、きょとんと首をかしげている。


 どうやら、単純に声量と迫力の問題らしい。


 さすが、いちばん年長らしき個体だ。


『誰も、ここまで来れば終わりとは言っとらん!』


 リーダーは枝を大きく振り上げ、芝居がかった口調で宣言する。


『姫君を返してほしくば――ワシらのしかばねを越えてみよ!』


「姫君に、しかばねって……」


 りんごは完全に引いていた。


 言葉選びが物騒すぎる。これはゲームであっても、遊びではないということなのか?


「ちょっと緋羽莉! キミからもなんか言ってやりなよ!」


 閃芽が、花畑の上でちょこんと座っている緋羽莉に声を飛ばす。


 こっちは本気で助けに来ているというのに、当の本人がのんきに笑っているのだから、少しイラっとするのも無理はない。


「え? う、うん……きゃ!」


 立ち上がろうとした、その瞬間。


 周囲にいた森のワンダーたちが、いっせいに緋羽莉へ飛びついた。


 動物系は手足や腰にしがみつき、植物系はツタやつるをそっと巻きつける。


 逃がすまいとする動き。けれど、そのどれもがやさしい。


 皮膚を締めつけるほど強くはない。傷つけぬよう、絶妙な力加減で抱きとめている。


 守るように。囲うように。


 つる草が腕に沿ってゆるやかに絡み、腰のあたりでふわりと結ばれる。


 動物型ワンダーがしがみつくたび、しなやかな体がわずかにしなり、豊かなラインが強調される。


 逃がさないよう囲まれているはずなのに、その姿はどこか艶やかで、まるで舞台の上のヒロインのよう。


 困ったように笑いながらも、頬をほんのり赤く染めているのが、いっそう人目を引いた。


「ちっ……あの子たちも、緋羽莉をお姫さまあつかいしてるってわけ⁉」


 閃芽が思わず後ずさる。


「あのお花の冠も、ただのプレゼントじゃなくて……ほんとうに、緋羽莉ちゃんを“森のお姫さま”だと思ってるってことなんだ……」


 りんごも同様に動揺した。


『やるぞ! お前たち! 我らが姫をお守りするのだ!』


 リーダーの号令が、森にひびきわたる。


『うおおー!』


 両脇のトオレントも、枝を震わせながら雄たけびをあげた。その目は燃えている。


 ――いや、目だけではない。全身から、赤いオーラが立ちのぼっていた。


 幹のすき間からあふれる光は、まるで内側で炎が燃えているかのよう。葉はざわざわと逆立ち、地面に落ちた花びらが、熱風にあおられて舞い上がる。


 ブルーには覚えがあった。


 あれは――緋羽莉に応援されたときの、自分とよく似た状態だ。


 体の奥底から、力がわきあがるような感覚。


 胸が熱くなり、誰にも負ける気がしなくなる、無敵にでもなったかのような高揚。


「あーもう! バフまでかかっちゃって、ほんっとめんどくさいな!」


 閃芽は本気でいら立ったようすで、がしがしと頭をかきむしる。


 その怒りは、トオレントたちだけでなく、少しばかり緋羽莉にも向いているようだった。


『バフ?』


 聞きなれない単語に、ブルーは首をかしげる。


「パワーアップのことだよ」


 答えたのは、りんごだった。


 本来はゲーム用語だが、彼女たちはそうした知識にもあかるい。


「なんだっていいよ! 緋羽莉ちゃんの待遇は予想外だったけど、こうなること自体は想定内でしょ!」


 アリスはぐっと身構える。


 それに呼応するように、ミルフィーヌもすらりと剣を抜いた。水色の刃が森の光を反射してきらめく。


 その姿を見て、ブルーもはっと自分の役目を思い出す。


 ――そうだ。いまは、目の前の敵を退けなきゃ。


 だが、気持ちに反して、体はひどく重い。


 幻惑の霧を打ち破る際、バタフライエフェクトにチカラを使いすぎた反動だ。足を一歩踏み出すだけで、胸の奥がひりつくように痛む。


「ブルー、モモ。今回はミルフィーヌにまかせるから、ゆっくり休んでて」


 アリスが振り向いて言う。


 ブルーは、わずかにくちびるをかんだ。


 緋羽莉を助けるため、自分も戦いたい。


 その思いがあるからこそ、悔しい。


 だが、いまの自分では足手まといになることも、ちゃんとわかっている。もどかしさが胸にたまる。


 そのとき、ミルフィーヌが一歩前へ出て、まっすぐにブルーを見つめた。


『ブルーくんの気持ちは、私がいっしょに背負います! だから、まかせてください!』


 きっぱりとした声。ぎゅっとにぎられた剣に、迷いはない。


 ブルーは目を見開き――そして、へなへなとその場に座りこんだ。力が抜けたのだ。


 うれしかった。自分の気持ちを、ちゃんと受け取ってくれたことが。


 彼女にまかせれば大丈夫だと、心から思えたことが。


『キュー!』


 ぴたりと寄りそっているモモも、「今回は休もう」と言っているみたいだった。


 ブルーは苦笑し、小さくうなずく。


『……わかった。じゃあ、ぼくのぶんまで、がんばってね』


『はいっ!』


 ミルフィーヌの満面の笑顔。


 それを最後に、ブルーとモモは光の粒となって、アリスのスマートウォッチへと戻っていった。


 静かな電子音が、かすかに鳴る。


「さあいくよ、ミルフィーヌ! ふたりも、力を貸してね!」


 アリスは一歩踏み出し、うしろのりんごと閃芽を振り返る。


「う……うん!」


 本来は争いごとが苦手なりんご。


 けれど今は、強くうなずいた。


 大好きな緋羽莉を取り返したい。その一心が、彼女の心にも火を灯していた。


「そういうことなら、しょうがないね」


 閃芽も、しぶしぶといった口調でウォッチを構える。


 なんだかんだ言いながら、彼女だって緋羽莉のことを大切に思っているのだ。


「みんな……」


 当の緋羽莉は、ワンダーたちにまとわりつかれながら、悲しげな顔を浮かべていた。


 黄色いひとみが揺れる。


 長いまつげの影が頬に落ち、ふだんの太陽みたいな笑顔とはちがう、やわらかな表情を見せる。


 胸の前で指をぎゅっと組み、巻きつくツタの上からでもわかるほど、しっかりとした体幹が静かに息づいている。


 たのもしく、強く、美しく――それでもやさしさを失わない。


 ――わたしのために、争わないで。


 そう訴えているかのようだ。


 けれど、言葉にしても止まらないとわかっている。


 だから、ただ見守るしかない。


 本気になれば、この拘束を力づくで振りほどくこともできる。


 だが、それでは、しがみつくワンダーたちを傷つけかねない。


 そんなこと、緋羽莉にできるはずがなかった。


『かかってこい! 子どもたちよ!』


 リーダーのトオレントが、地を揺らして枝を振り上げる。


 赤いオーラが、さらに激しく燃え上がった。


 花びらが舞い、森の空気が震える。


 ――こうして、予想外の“森のプリンセス”をめぐる戦いの火ぶたが、いま、切って落とされた!

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