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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

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第72話 お姫さま救出ゲーム

 アリスたちは、親友の緋羽莉をさらった三体の木の怪物【トオレント】を探して、裏山に広がる森を歩き続けていた。


 けれど、まったくあてもなくさまよっているわけではない。


 主人であるアリスと、親友である緋羽莉。ふたりと長く行動をともにしてきたミルフィーヌは、緋羽莉のにおいをはっきりと覚えている。


 人間の姿に進化しても、子犬だったころの嗅覚は健在――いや、それ以上に研ぎ澄まされているのだ。


 さらに今は、【モモイロハネウサギ】のモモもいる。


 モモは幻とまでいわれるほどめずらしいワンダーで、外敵から身を隠す力に長けている。それは裏を返せば、とてつもなく高い感知能力を持っているということだ。


 緋羽莉のはじけるような生命力の気配と、トオレントたちの残したエナの痕跡。その両方を追うことができる。


 おかげで、野生のワンダーとの無用な戦いも避けられるし、道に迷うこともない。こういうとき、本当に頼りになる存在だった。


 いっぽう、ブルーも感知能力は高いものの、残念ながらふたりにはまだ遠くおよばない。


 彼のチカラでは、遠くの気配まではつかめず、緋羽莉の存在を感じ取ることすらできないのだ。


 だからせめて、感知に集中しているモモを、いつでも守れる位置で身構えている。


 その背中は小さいけれど、まっすぐだ。


 モモにとっては、それがなによりも心強い。安心とぬくもりに包まれながら、ほっぺをほんのり赤く染めつつ、自分の役目に集中していた。


「っつ……」


 そんな三体のパートナーたちの主人であるアリスは、右脇腹を押さえて顔をしかめた。


 せっかくおさまりかけていた痛みが、閃芽のひじ打ちでぶり返してしまったのだ。


 けれど、その一撃のおかげで、血がのぼっていた頭が冷えたのも事実だった。


 最近ほんとうに、緋羽莉のことになると、なにも考えられなくなってしまう。


 ついさっき、ブロッサムスクエアでの冒険でも似たような状態に陥り、手痛い目にあったばかりだ。


 ……ちょっと前までは、こんなことはなかったはずなのに。


 もちろん、緋羽莉はなにも悪くない。どんなときだって、彼女に非があるはずがない。


 バトルが解禁され、正式にウィザードとなり、彼女と同じ立場に立てた。そのことがうれしくて、誇らしくて、自分の心境が変わってしまったのかもしれない。


 あるいは……半成人を過ぎたことで、心が少しずつ大人へ近づいているせいか。


 けれど今は、そんなことを考えている場合じゃない。


 親友を迎えにいくために、前へ進む。それだけだ。


『ヒバリちゃん……だいじょうぶかな……』


 歩きながら、ブルーが不安そうにつぶやく。


 頭の中には、木の枝に縛り上げられ、それでも笑おうとしていた緋羽莉の姿が浮かんでいた。


 引き締まった、たくましくも美しい体が、四本の枝に締めつけられて宙づりにされる光景は、思い出すだけで胸が痛む。


 アリスはふっとやわらかくほほえんだ。


「だいじょうぶよ。緋羽莉ちゃんは、なにがあってもだいじょうぶ」


 一見、根拠のない言葉のように聞こえる。


 けれど7年間、彼女と濃密な時間をともに過ごしてきたアリスの声には、揺るがない確信があった。多くを語らなくても、そこには絶大な信頼がある。


 それでも、まだブルーには伝わりきらないだろうと、閃芽が横から口をはさんだ。


「緋羽莉はね、殺されたって死なないんじゃないかって思うくらいタフなんだよ。パートナーだけじゃなく、本人も不死鳥みたいなヤツだからね。今までも、もっとヤバい状況に何度も遭ってきたけど、いつもケロッとしてたし」


『えっ……』


 ブルーの顔が、もともと青いのにさらに青ざめる。


 心配は少しやわらいだようだが、緋羽莉という存在への謎と畏怖は、むしろ増してしまったらしい。


 逆効果だったと気づき、閃芽はほんの一瞬だけ反省の色を見せる。だが、すぐにいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「冒険が終わったら、本人にゆっくり聞いてみればいいよ。きっと、なんでも答えてくれるから」


 アリスもにっこりと、ブルーを見下ろしながらうなずく。


『う……うん』


 ブルーは、興味半分、怖さ半分といったようすで、おずおずとうなずいた。


「それにしても……緋羽莉ちゃんがさらわれるお姫さまの役、っていうのは、ちょっと似合わないよね」


 歩きながら、りんごはふとつぶやいた。


 隊列の最後尾。足取りは重く、肩もすこし内側に入っている。不安を押しこめるみたいに、少しでもあかるい話題を探して、むりやり言葉をしぼり出したのだろう――そんなことが、アリスと閃芽にはすぐにわかった。


「たしかにねえ。そういうのは、アリスがいちばん似合うよね」


 閃芽が、わざとらしくうなずく。


「それは、わたしがお姫さまみたいにステキってこと?」


 からかい気味の言葉に、すかさず乗っかるアリス。とくいげに長い金髪をさらりとかきあげ、きらりと青いひとみを輝かせる。


 その大げさな仕草に、りんごは思わずくすくすと笑った。ブルーもモモも、ミルフィーヌも、つられるように頬がゆるむ。


 りんごののぞみどおり、胸にまとわりついていた「緋羽莉がさらわれた」という不安は、ひとまず霧のように薄れていく。あかるい空気のなかで、冒険は続いていった。


「でもね、りんごちゃん。わたしは、緋羽莉ちゃんほどお姫さまが似合う女の子は、いないって思ってるよ」


 ふいに振り向いたアリスが、とくいげな笑顔のまま言った。


 りんごは目をぱちくりさせる。


「え?」


「そういう正妻マウント、やめてくれる?」


 閃芽が、やれやれと肩をすくめた。


 小学校に上がってから仲良くなったりんごと閃芽よりも、幼稚園の年少からずっといっしょのアリスと緋羽莉のほうが、濃い時間を共有している。それは、どうしたって変わらない事実だ。


 少し前までのアリスなら、「そんなつもりはないよ」とやんわり否定したはずだった。


 けれど今回は、なにも言い返さない。


 まるで、閃芽の言葉をそのまま認めるみたいに。


 無意識のうちに、緋羽莉に対する独占欲のような感情が、ほんのりと芽を出しはじめていることに――アリス自身、まだ気づいていない。


「……」


 りんごは、また視線を落とした。


 けれどそれは、恐怖のせいではない。胸の奥に生まれた、言葉にしづらいもやもやのせいだ。


『キュー……』


 感受性の強いモモが、りんごの心の揺らぎを察したように、小さく鳴いた。悲しげな顔で、ブルーにぎゅっとしがみつく。


 それを「怖いからだ」とカンちがいしたブルーは、やさしく抱き返した。


『だいじょうぶ、ぼ……ぼくや、みんながついてるからね』


 少しどもりながらも、精いっぱいの勇気をこめた言葉。


 本当はそういう意味じゃなかったのに――それでも、ブルーのまっすぐな気持ちがうれしくて、モモはにこっと笑った。


 小さなぬくもりが、隊列の先頭をほんのりあたためる。



 ☆ ☆ ☆



 いっぽう、さらわれた緋羽莉はというと――


 まだ二体のトオレントの枝に体を巻きつかれたまま、宙ぶらりんにされていた。


 高い位置に吊られた長身が、ゆるやかに揺れている。ミニスカートのすそがかすかに翻り、引き締まった脚線がのぞく。健康的な小麦色の肌は森の薄明かりを受けてほのかに光り、くせのある髪はやわらかな波を描いて肩にかかっていた。


 太い枝が腕と胴をがっちり締め上げ、足首にも蔦が絡みついている。逃げようとすれば、樹皮のざらついた感触が肌をこすり、ぴりりと痛みが走るだろう。


 枝は大きな手首を後ろへ引き、胸もとを押し上げるように巻きついている。押さえつけられてもなお、豊かなふくらみは凛とした形を保ち、呼吸のたびにわずかに上下した。


 しなやかな腹部には無駄な贅肉がなく、それでいて少女らしい丸みがきちんと残っている。その対比が、無防備さと力強さを同時に感じさせた。


『この子のエナ、ホントにすごいなあ。ちょっとぐらい養分、吸ってもいいかなあ』


 巻きついているトオレントの一体が、緋羽莉をじろじろと見つめながらつぶやいた。枝の先が、まるで舌のようにぴくりと動く。


『気持ちはわかるが、ガマンしようぜ。子どもは宝だ。心にキズを残すほど痛めつけちゃならねえ』


 もう一体が、低い声でたしなめる。


 緋羽莉の健康的に引き締まった体と、太陽のようにあかるく健全な精神からあふれる生命エネルギー(エナ)。それは森の空気を震わせるほどに純粋で、大妖精すら魅了するほどの輝きを放っている。


 トオレントたちが心を奪われるのも、無理はなかった。


『ところでおぬしは、なぜ抵抗せんのだ? もう少しあがいたり、わめいたりしてもよいだろうに』


 先頭を歩くリーダー格のトオレントが、幹の顔をしかめた。


 まったくの無抵抗では、さらった甲斐がない。


 緋羽莉は枝に吊るされたまま、にっこりと笑う。


「どうもしませんよ。きっと、アリスたちが助けに来てくれますから」


 その声には、疑いがひとかけらもなかった。


 枝に吊られたままでも背すじはまっすぐで、胸を張る姿勢は崩れない。鍛え抜かれたふとももにうっすら力が入り、絡みつく蔦を押し返そうとする。


 その体から立ちのぼる体温と甘い香りが、森の空気に溶けていく。


 親友たちへの、全幅の信頼。


 トオレントたちは思わず顔を見合わせる。


『そーいえば、あの子たち、ハネウサギを連れてたぞ。ここだって、すぐに見つかるんじゃないか?』


 一体が、首――いや、幹をかしげる。


 リーダーは、フッフッフ、と不気味に笑った。


『心配は無用だ。ゲームは、すぐ終わってしまってはつまらん。ふさわしい“試練”を、ちゃーんと用意しておるわ』


『おー、それはおもしろそうだ』


 もう一体が、ケタケタと幹を揺らす。


 その振動が枝を伝い、緋羽莉の体を小刻みに震わせた。締めつけがわずかに強まり、息がふっと詰まる。細いくびれがきゅっと引きしまり、長い脚が空を踏むようにわずかにもがく。


 だが必死の抵抗というよりは、くすぐったさをこらえるような仕草に近い。頬をほんのり染め、息を整えながらも、その大きな黄色いひとみは澄みきったままだ。縛られているというのに、どこか艶やかな生命力がにじみ出ている。


 リーダーは顔をぐっと近づけた。幹に浮かぶ節穴のような目がぎらりと光り、裂け目の口がいやらしく歪む。


『お前さんたちの絆がホンモノかどうか、見せてもらうぞ』


 挑発の言葉が、目と鼻の先でささやかれる。


 それでも――緋羽莉の笑顔は、崩れなかった。


 吊り上げられた状態で揺れながらも、やわらかな頬とつややかな肌は光を失わない。くちびるはふっくらと弧を描き、無邪気な童顔と大人びた体つきの対比がいっそう際立つ。


 縛られている姿でさえ、どこか華やかで、思わず守りたくなる可憐さをまとっていた。


「だいじょうぶですよ。アリスと、みんななら!」


 まぶしいほどにまっすぐな感情。


 その光にあてられ、トオレントたちは思わず目を細めるのだった。



 ☆ ☆ ☆



 場面はもどって、緋羽莉救出に向かっているアリスたち。


 パートナーたちの導きに従い、一行は順調にゴールへと近づきつつあった。森の奥へ進むにつれて木々は密になり、空は細く切り取られた青しか見えない。それでも足取りは、さきほどよりずっと軽い。


 途中でついに疲れ果ててしまったりんごは、いまはミルフィーヌにおんぶされている。


 小柄な体をふわりと持ち上げるミルフィーヌの腕は、見た目に反してしっかり力強い。


 運んでもらうことに、わずかな後ろめたさはある。けれど、人間の緋羽莉に背負ってもらうよりは、気兼ねせずにすむ――そんな打算がないわけでもなかった。


『キューキュー!』


 モモがあかるい声をあげた。長い耳がぴょこんと揺れる。


 きっと、緋羽莉の居場所が近いことを知らせてくれているのだろう。胸の奥が、ぱっと灯る。


 あのあかるい声と、大きな手のぬくもり。すらりとした長身が前に立つだけで、ふしぎと安心できた。強くて、やさしくて、少し天然で――そして、誰よりもまぶしい存在。その姿を思い浮かべるだけで、足取りに自然と力がこもる。


「さっすがハネウサギ。モノ探しはお手のものだね」


 閃芽は感心したように目を細める。


「だから、アリスちゃんは、モモを仲間にしたかったんだね?」


 ミルフィーヌの背中の上から、りんごがたずねた。


 探偵の沙織に育てられたアリスが、彼女に強いあこがれを抱いていることを、りんごは知っている。


 沙織も【ハネウサギ】のブラウンをパートナーにしており、その優れた探索能力を探偵業に役立てている。だからアリスも欲しがったのだろう、と考えたのだ。


「まあ、それも理由のひとつかな」


 アリスは振り向き、ぱちんとウインクする。


「じゃあ、いちばんの理由は?」


 閃芽が、いつものいたずらっぽい笑みを浮かべてたずねる。


 アリスも負けじと、にいっと笑った。


「そんなの、かわいいからに決まってるでしょ!」


 後ろのりんごは苦笑い。背負っているミルフィーヌは、くすっとほほえむ。閃芽はやっぱり、やれやれと肩をすくめた。


 そして、かわいいと言ってもらえたモモは、うれしそうに頬をゆるめ――


『キュ!』


 次の瞬間、両耳をぴんと立てた。


 これは、はっきりとした警戒のサイン。


 空気が変わる。アリスたちも、とっさに身構えた。


 ――プシュー……


 どこからともなく、かすかな噴き出す音。


 つぎの瞬間、薄紫色の煙が地面をはうように広がり、あっという間に一行を包みこんだ。


「これ……!」


 閃芽が低くつぶやく。


 トオレントが去り際に放ったものと、よく似ている。甘ったるいような、鼻の奥にひっかかるにおい。視界がにじみ、音の距離感がずれる。


 アリスたちの五感は乱れ、ワンダーたちの鋭い感覚も鈍っていく。


 やがて周囲は、うっすらと紫がかった深い霧に閉ざされた。


 木々の輪郭がぼやけ、仲間の姿さえ、半透明の影のように見える。


「っ……!」


 りんごは思わず、ミルフィーヌの首に強くしがみついた。


 モモも同じように、ブルーの胸に顔をうずめる。得意の感知能力がうまく働かないことが、よけいに不安をあおっているのだ。


『だ、だいじょうぶ……だよね?』


 ブルーの声も、どこか頼りない。


 霧の向こうで、木が軋むような音がした。いや、それすら幻聴かもしれない。


「また、めんどくさいことを……」


 アリスは奥歯をかみしめ、いまいましげに空をあおぐ。


 けれど、そこにあるはずの青空は、紫の霧に塗りつぶされて見えない。


 トオレントのしかけたゲームは、ここからが本番だった。

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