第70話 ブルーの成長のたしかな手ごたえ
「《ハニースパイク》!」
ガキーン!
『ガロッ……!』
ズズーン……
ミルフィーヌのするどい突きが、岩のような装甲とするどい眼光を持つ【ガンキロサウルス】に炸裂した。
金属を叩き割ったかのような衝撃音が響いた次の瞬間、その巨体は大地を震わせながら崩れ落ちた。
ガンキロサウルスは、見た目どおり防御力とタフさが自慢のワンダーだ。
しかし、体内に直接衝撃波を流し込む《ハニースパイク》の前では、その硬い装甲も意味をなさない。
外側の強さでは、内側までは守れないのだ。
「マジかよ……」「ワンパンじゃん……」
カジラの取り巻きの男子二人は、ぽかんと口を開けて呆然としている。
カジラ本人はそれ以上だった。
あごが外れそうなほど口を開き、目を見開いたまま固まっている。
たった一日で、アリスにここまで差をつけられている――それがどうしても受け入れられないのだ。
……もっとも、昨日の予選でカジラが戦った相手は、バトル経験ほぼゼロのブルーだった。ミルフィーヌの出番はなかった。
だからカジラは想像もしていない。
もし子犬のころのミルフィーヌと戦っていたとしても、結果は大きく変わらなかったかもしれないということを。
7年間、ミルフィーヌはアリスの保護者――沙織のもとで、厳しく鍛えられてきた。
なによりも大切な養女――アリスを守るための、忠実なパートナーとして。
「すごいすごいっ! ミルフィーヌ二連勝っ! すごすぎるよ~っ!」
緋羽莉は大興奮だった。
頬をぱっと赤く染め、まるで自分のことのように胸を弾ませている。
大きな黄色いひとみはきらきらと輝き、その無邪気なよろこびが全身からあふれていた。
緋色のポニーテールを大きく揺らし、黄色いリボンをひらひらと躍らせながら、長い手足をいっぱいに使ってぴょんぴょん跳ね回る。
白いフリルがあしらわれたピンクのトップスと、マゼンタのミニスカートが元気いっぱいに揺れる。
健康的に引き締まった肢体はしなやかで、動くたびに若々しい躍動感があふれていた。
鍛えられた体つきでありながら、どこかやわらかな丸みも感じさせる。
力強さとかわいらしさが同居する姿は、目を引かずにはいられない。
「ねっ、ねっ! アリスとミルフィーヌ、すごいよねっ!」
底抜けにあかるい声が、張りつめた空気を一気にやわらげる。
りんごは思わず、顔を赤らめながら苦笑い。
こんなにまっすぐによろこべるところも、身を乗り出すようにして話しかける距離の近さも、いかにも緋羽莉らしい。
そういうところが、ほんとうに大好きなのだ。
ほのかに甘い香りがふわりと漂い、りんごはさらに顔を赤らめた。
「大会ルールなら、これでリーチだね」
閃芽は腕を組み、冷静に状況を整理する。
大会では使用ワンダーは三体。たしかにそれにのっとった場合、あと一体倒せばアリスの勝利だ。
しかし――これは野試合だ。公式ルールは関係ない。
閃芽の視線がカジラへ向く。
カジラはぎり、と歯を食いしばった。
「くっ……! ガブ! このままじゃすまさねぇ!」
怒声とともに、三体目のパートナーを呼び出す。
現れたのは、大きな顔に小さな体がアンバランスな、全長一メートルほどの黄色い恐竜の子ども――【ガブリュー】。
昨日の予選でブルーと激闘を繰り広げた、おそらくカジラのエースパートナー。
このタイミングで呼び出すということは、切り札を切ったも同然だ。
ガブリューはするどいキバをのぞかせ、低くうなった。
小柄だが、その目には獰猛な光が宿っている。空気が変わった。
そのとき――
「ミルフィーヌ! おつかれさま! 一旦もどっておいで!」
アリスは落ち着いた声で呼びかけた。
ミルフィーヌはくるりと振り向き、
『はーい!』
と、のんびりした満面の笑みで返事をする。
二連戦を終えたとは思えない余裕。息ひとつ乱れていない。
体が光の粒子へと変わり、アリスの右手のスマートウォッチへ吸い込まれていく。
それを見たカジラは、怒りで顔を真っ赤にした。
「どーゆーつもりだ!? ナメてんのか!?」
原っぱに怒声が響く。
勝ちの流れを自ら切るなど、侮辱としか思えない。
だがアリスは、静かにガブリューを見つめていた。
「……ガブの相手なら、もっとふさわしい子がいるからよ! おいで!」
アリスはきっぱりと言い放ち、新たなパートナーを呼び出した。
光の粒子が集まり、姿を結ぶ。
現れたのは、昨日の予選でガブリューと激闘を繰り広げた【セルリアンドラコ】――ブルー。
青いチビドラゴンの姿を見た瞬間、ガブリューの目つきが鋭く変わった。
ギリリ、と歯を食いしばり、低くうなる。
昨日の借りを返してやる――その闘志が、はっきりと伝わってくる。
「うっ……」
ブルーは思わず息をのんだ。
これまで幾度となく修羅場をくぐり抜け、精神面も確かに成長してきた。
それでもなお、ガブリューの放つ威圧感は本能を揺さぶる。
胸の奥をぎゅっとつかまれるようなプレッシャー。
いまなら理解できる。ワンダーが持つ“特性”の影響だ。
特性による精神への干渉は、同じく特性のチカラでしか完全には防げない。
「がんばって! ブルー!」
緋羽莉の大きな声援が飛ぶ。
緋色のポニーテールをぶんぶん振りながら、両手をいっぱいにひろげて応援する。
胸いっぱいに空気を吸い込み、澄んだ声を張りあげる。
背すじをぴんと伸ばした立ち姿は堂々としていて、応援しているだけなのに頼もしささえ感じさせた。
「ブルーなら勝てるよっ! 昨日よりずっと強くなってるもん!」
いつもどおりの、底抜けにあかるい声。
そのまっすぐな信頼は、たしかにブルーの背中を押す。
だが――特性による威圧ばっかりは、元気だけではどうにもならなかった。
「ふーん、そういうことか。いいじゃねーか! ガブ! 昨日の借りを返してやろうぜ!」
カジラの表情がにやりとゆがむ。
「いくぜ、さっそく新技だ! 《ダイナクエイク》!」
『ギャオー!』
ガブリューはその場で大きくぴょーんとジャンプした。
次の瞬間――
ズズーンッ!!
たくましい両脚で地面を踏み砕くように着地。
衝撃が波紋となってひろがり、原っぱの大地が激しく揺れた。
『わわっ!?』
ブルーはバランスを崩し、しりもちをつく。
「きゃあっ!?」
りんごは思わず悲鳴をあげ、近くにいた緋羽莉にしがみついた。
緋羽莉は一瞬ぐらりと揺れながらも、たくましい脚で踏んばる。
しっかりと地面をつかむように立つその姿は安定している。
引き締まった太ももに力が入り、大木のように揺るがなかった。
「だいじょうぶだよ、りんごちゃん!」
怪力でりんごを支えつつ、安心させようと声を張りあげる。
大きな手がりんごの背中をやさしく包みこむ。
そのぬくもりには、ふしぎと安心できる力があった。
「いまだ! 《古代の牙》!」
『ギャオー!』
ガブリューのキバが岩石のようにごつごつと変質し、するどさを増す。
さっきの地震は、相手の体勢を崩すための布石だったのだ。
しりもちをついたブルーへ、ドスドスと一直線に迫る。
(ブルーが立ち上がるより、かみつきのほうが早い……!)
アリスは瞬時に判断する。
「転がってよけて!」
ブルーは座りこんだまま体をひねり、くるりと左へ倒れ込んだ。
ガチーンッ!!
牙が空を切り、かみ合わさる。衝撃で、火花が飛び散った。
ほんの髪一重のタイミング。
すかさず、ブルーは素早く起きあがった。
ガブリューは右へ逃れたブルーをギロリとにらむが、キバをかみあわせた反動で一瞬動きが止まる。
そのスキを逃さない。
「《スカイナックル》!」
ブルーのこぶしが空色に輝いた。
空気を裂き、一直線。
ドゴッ!!
鉄拳がガブリューの右頬を撃ち抜く。
『ギャオッ……!』
鈍い衝撃音とともに、ガブリューの体が大きく吹き飛んだ。
地面を転がり、草をなぎ倒す。
頬はじんじんと焼けつくように痛み、全身に衝撃が走る。
筋肉がしびれ、うまく力が入らない。
――男子三日会わざれば刮目して見よ。
昨日より自分も、確かに強くなったはずだった。
だがブルーは、そのさらに上を行っていた。
それを思い知らされるほどの、重く、するどく、迷いのない一撃。
ガブリューの闘志が、ゆらりと揺らぐ。
立ち上がろうとするが、脚が震えて言うことをきかない。
そして――ふっと力が抜けた。
戦闘不能。
その体は光の粒子となり、主人のウォッチへと吸い込まれていった。
原っぱに、静寂が落ちる。
「……勝った」
こぶしを振り抜いたポーズのまま、ブルーは小さくつぶやいた。
ゆっくりと右手を開き、じっと手のひらを見つめる。
きのう、あれほど苦戦させられたガブリューを――たった一撃で倒してしまった。
同じ相手に、この結果。
さすがのブルーも、はっきりと実感せざるをえなかった。
――ぼくは、ちゃんと強くなってる……!
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
アリスはそのようすを見て、にっと満足そうにほほえんだ。
わざわざミルフィーヌを戻し、ブルーにガブリューと戦わせたのは、まさにこれが狙いだった。
まだまだ自己肯定感の低いブルーに、確かな成功体験を刻ませるために。
「やったあ! ブルーっ!」
緋羽莉は歓声をあげ、しがみついていたりんごをそのまま抱きしめて何度も跳びはねる。
満面の笑みがはじける。
白い歯がのぞくその表情は、太陽のようにあかるく、見ている者まで元気にしてしまう。
躍動に合わせて、緋色のポニーテールが大きく弧を描き、黄色いリボンがきらきらと揺れる。
長い脚で力いっぱい地面を踏みしめるたび、スカートの裾と白いフリルがふわりと舞った。
元気いっぱいの仕草のなかに、成長途中とは思えない存在感がにじんでいた。
「ブルーすごいよっ! ほんとにほんとにかっこよかった!」
うれしさのあまり目尻に涙をにじませながら、心の底からほめたたえる。
そのまっすぐさは飾りがなく、だからこそ胸に響く。
「ちょ、ちょっと……くるしい……」
りんごはというと、緋羽莉の胸元に顔をうずめたまま、ゆさゆさと揺さぶられている。
しなやかな腕に抱えられ、すっぽりと包まれる形になる。
思わず甘えてしまいたくなる包容力。
抗議する声は弱々しいが、どこかうれしそうでもあった。
「見事だね。昨日とは、別人みたいだったよ」
閃芽も静かにほほえみ、小さく拍手を送る。
「ぐっ……また、負けちまった……」
カジラは地面に手をつき、がっくりとうなだれた。
昨日はパートナー一体のみの予選ルールだったため、ここまでの差を思い知らされることはなかった。
だが今回は違う。
バトル解禁直後のアリスに、完敗。
その事実が、ずしりと重くのしかかる。
「カジラ~!」
取り巻きの男子二人が、あわてて駆け寄る。
アリスはそっとブルーの頭をなで、ねぎらいの言葉をかけてから、カジラのもとへ歩み寄った。
「わたしの勝ちだね。一本杉には、わたしたちが挑戦するから」
静かな声だったが、揺るぎない宣言だった。
負けたほうが挑戦をあきらめ、裏山を下りる。それが事前に決めたルールだ。
「くそっ……! 帰るぞ、オマエら!」
カジラはよろりと立ち上がると、取り巻きを連れて山を下りていった。
このあたりには、まだ凶暴な野生ワンダーは少ない。
パートナーがダメージを負っていても、下山には問題ないはずだ。
アリスもそれを見越して、必要以上に痛めつけないようミルフィーヌに指示を出していた。
そこまでの余裕があったという事実は、カジラにとっては屈辱以外のなにものでもないが――
「さあ、みんな。先に進もう。めざすは頂上、だよ!」
アリスはぐっと左手を高く掲げ、元気よく号令をかける。
「おーっ!」
緋羽莉はいきおいよく手をあげる。その動作も大きく豪快だ。
ピンクの袖口のフリルが揺れ、あかるい声が原っぱに気持ちよくひびいた。
ブルーも力強くうなずき、りんごも少し遅れて、おずおずと手をあげる。
だが――ただひとり、閃芽だけは去っていくカジラの背中を見つめていた。
ブルーの、そしてアリスのウィザードとしての才能は、本物だ。けれど。
(強すぎる光は、同じだけの影を生む……)
研究肌で理論派の彼女は、どうしても考えてしまう。
この圧倒的な才能が、いずれ誰かの嫉妬や憎悪を呼び寄せるのではないか。
それはやがて巨大な闇となって、アリスや――自分たち親友にキバをむく日が来るのではないか。
さわやかな山風が吹き抜ける。
だがその胸の奥には、かすかな不安が残ったままだった。
アリスだって、人の感情には聡いほうだ。本人もきっと気づいているだろう。
それでも、アリスは前を向いている。
その姿を見ると、今考えてもせんないことだと思い直す。
ブルーと、緋羽莉と、りんごと。
そして閃芽は、ゆっくりと歩き出した。
裏山の頂上をめざして。その先に待つ、新たな試練へ向かって――




