第7話 アリスのゆかいな親友たち
アリスは、道行く人たちにあいさつをしたり、声をかけられて返事をしたりしながら、いつもどおり通学路を歩いていた。
――とはいえ今日は、いつもどおりとは少しちがう。
ブルーが新しくパートナーになったよろこびで、気分はふわふわ、足どりはスキップしそうなくらい軽いのだ。
「おはよう、アリスちゃん。今日はずいぶんごきげんだねえ」
顔なじみのおばさんにそう言われて、
「えへへ、ちょっといいことがあって!」
と、にこにこ答える。
通りがかりの人たちからも、今日はやけに楽しそうだね、と何度も声をかけられるほどだった。
そのようすを、ブルーはスマートウォッチの中の空間から、興味しんしんで見ている。
(すごいなあ……)
子どもからお年寄りまで、いろいろな人間たち。
地面を歩くワンダー、電線の上で羽を休めるワンダー、空を気持ちよさそうに飛んでいるワンダー。
まさに多種多様な世界。
ブルーの故郷ドラゴピアには、ほとんどドラゴンしかいなかった。ほかの生きものもいないわけではなかったが、ここまでにぎやかで、色とりどりな世界ではなかった。
『ワンワン!』
すぐそばでは、ミルフィーヌが楽しそうにしっぽを振っている。ウォッチの中でも元気いっぱいだ。
あとでアリスに、ウォッチの中は快適だったよって伝えよう。
ブルーはそう思い、外の世界を目に焼きつけるのだった。
☆ ☆ ☆
家から歩いて10分ほど。
アリスは学校の校門へとたどり着いた。
公立ふしぎ小学校。
児童数600人以上をほこる、大きな学校だ。
校庭はとにかく広く、門から校舎までの距離もなかなかのもの。そのあいだを元気いっぱい走り回る児童たちをよけながら進むのも、ちょっとした冒険である。
けれどアリスは、そんなにぎやかさが大好きだった。
まわりが楽しそうだと、自分まで楽しくなってくる。そんな性格なのだ。
転がってきたサッカーボールを、まるでプロ選手みたいに軽やかにトラップ。
「よっと!」
ぽーん、と正確に蹴り返すと、向こうから歓声が上がった。
ちょっととくいげに笑ってから、アリスは校舎の中へ入っていった。
今日からアリスは高学年の5年生。教室は三階だ。
(いちばん上の階かあ……!)
低学年のころから、高い階にはひそかにあこがれていた。だから階段をのぼる足どりも、いつもより少しはずんでいる。
「5−2」と書かれた表札のある教室のドアを、ガラリと開けた。
「おはよう!」
元気いっぱいのあいさつが、教室にひびく。
おしゃべりしていた子、本を読んでいた子、朝のしたくをしていた子。教室にいた児童たちの視線が、いっせいにアリスに集まった。
ウォッチの中のブルーは、思わずびくっとする。
(み、みんなに見られてる気がする……)
自分が直接見られているわけではないのに、胸がきゅっと縮む。ドラゴピアでいじめられていたころの記憶が、少しだけよみがえったのだ。
けれど次の瞬間、その不安はふき飛んだ。
「おはよう! アリス!」
教室の奥から、太陽みたいにあかるい声が飛んできたからだ。
ひとつの机を囲んで集まっている三人の女子。その中心で、ひときわ元気に手を振っているのが――花菱緋羽莉。
燃えるような緋色のポニーテールがふわりと揺れ、たくましく長い手足がすらりと伸びている。立っているだけで目を引く存在感。
きのう、アリスの初バトルの相手をつとめた幼なじみであり、大切な親友だ。
その笑顔は、見ているだけで周りまで元気にしてしまう、ふしぎな力があった。
「うん、おはよう、みんな」
アリスもほっとしたように笑い返す。
「メッセージ見たけど、ドラゴンをパートナーにしたんだって? バトル解禁令が出て早々、ずいぶんラッキーだね」
半目でニヤリと笑うのは、インテリジェンスな雰囲気ただよう天野閃芽。
明るいブラウンの長髪にハーフリムメガネ、そしてなぜか丈の長い白衣を着ている。
そんな科学者みたいなかっこうのため、かなり目立つのだが、それでも長身で恵まれた体格の緋羽莉や金髪碧眼のアリスのくらべると、かすんでしまう。
「なんというか、さすがアリスちゃんって感じだね。わたしもドラゴン、見てみたいな」
少しはにかみながら言うのは、新戸りんご。
名前のとおり、りんごみたいに丸い髪型と赤い髪、緑の服にピンクのカーディガン。ひかえめな雰囲気の女の子だ。
仲間内ではいちばん目立たない存在だが、目立つのが苦手な本人はそれをよしとしている。
三者三様。でも全員、アリスの大親友。
「もちろん、見せてあげる!」
アリスはうれしそうに右手のスマートウォッチを操作し、三人に画面を向けた。
そこには――目をぱちくりさせて固まっている、空色の小さなドラゴン。
「わぁ……!」
りんごが小さく声をもらす。
「ほほう、空色とは、めずらしいね……」
閃芽の目がきらりと光る。
「紹介するね! この子はブルー! よろしくしてあげて!」
そして緋羽莉は、ぐっと顔を近づけて、太陽みたいな笑顔で言った。
「はじめましてブルー! わたしは緋羽莉だよ! よろしくね!」
その声はまっすぐで、あたたかくて、うそがひとつもなかった。
「私は閃芽だよ」
「わたしの名前はりんご。よろしくね、ブルー」
三人がかわりばんこに顔を画面に近づけ、あいさつする。
ブルーは最初こそ緊張でしっぽを丸めていたが、すぐに気づいた。
(この子たち……みんな、目がやさしい)
画面越しでもわかる。悪意なんてかけらもない。
なにより――
(アリスが、こんなに楽しそうだ)
そう、彼女たちはアリスの友だち。それだけで、信じるには十分だった。
『は、はじめまして、みんな。ぼくの名前はブルーです。よろしくおねがいします』
ぎこちないけれど、精いっぱいのあいさつ。
「かっわいい〜っ!」
緋羽莉がぱあっと顔を輝かせた。
笑い合う四人。
ウォッチの中で、ブルーの胸がじんわりあたたかくなった。
こうしてブルーに――新しい友だちが、三人もできたのだった。
☆ ☆ ☆
アリスは、親友たちにもブルーの事情をていねいに話して聞かせた。
空のかなたにあるという、ドラゴンたちの楽園――ドラゴピアのこと。
そこに帰りたがっている、ブルーの気持ちのこと。
「天空の楽園、ドラゴピア……聞いたことないね」
仲間内でいちばん博識な閃芽でさえ、首をかしげる。
けれどその目は、未知の言葉に出会った研究者のように、きらりと輝いていた。
「でも、ブルーはお母さんのところに帰りたいんだよね? だったら、わたしも協力するよ!」
力強く言いきったのは緋羽莉だった。
大きな体を少しかがめ、ウォッチの画面にぐっと顔を近づける。
まっすぐな瞳は、今にも涙がこぼれそうなくらい真剣だった。
その声は明るいのに、胸の奥がじんわりあたたかくなるような力があった。
「でも……空の世界なんて、探すのも行くのも、すごくたいへんそうだよ?」
りんごは少し不安そうに言ったけれど、声はやさしい。
ブルーのことを心配してくれているのが伝わってくる。
「だからこそ、やりがいがあるんじゃない!」
アリスが元気よく言った。
「みんなで目指そう、ドラゴピア!」
その言葉に、教室の空気がぱっと明るくなる。
いちばん付き合いの長い緋羽莉はもちろん、りんごも閃芽も、表情はそれぞれでも、目の奥はちゃんと前を向いていた。
みんな、なんだかんだ言いながらも、誰かのために本気になれるアリスのことが好きなのだ。だから、親友をやっているのだ。
ブルーにも、それが少しわかった気がした。
「目指すのはいいとして、それまでのロードマップはあるのかな?」
閃芽がメガネをくいっと上げてたずねる。
「もちろん考えてあるよ!」
アリスは胸を張った。
「前人未到の場所を探すんだから、まずわたしが“すごいウィザード”になる!」
「すごいウィザードって、ずいぶんざっくりだね……」
りんごが小さく苦笑する。
閃芽も肩をすくめた。
けれどアリスは気にしない。
「そのために、いっぱいバトルして経験を積んで、強くなって、ウィザードのランクを上げていくの!」
『ウィザードのランクって?』
ウォッチの中でブルーが首をかしげる。
閃芽が説明役を引き受けた。
「ワンダー使い――ウィザードにはね、GからAまでの強さの格付けがあるんだ。それをランクっていうんだよ。ランクが高いほど、その"すごいウィザード"って証明になるんだよ」
『ふむふむ。それで、アリスはいま何ランクなの?』
「え? きのうバトルはじめたばっかりだから、ノーランクだけど」
『えええっ!?』
ブルーはがーんとショックを受けた。
いちばん下のGランクですらないなんて、道のりが急に遠く感じたのだ。
そのとき――
「だいじょうぶだよ、ブルー!」
ぱっと声を張ったのは緋羽莉だった。
「アリスはね、バトルの実戦は少ないけど、ウィザードの訓練や勉強はずーっとがんばってきたんだよ! 実力なら、わたしが保証するよ!」
ぐっと親指を立てる。
「ランクなんて、すぐにぐんぐん上がっちゃうよ。だってアリスだもん!」
その言葉はまるで太陽みたいにあかるくて、力強かった。
ブルーの胸の中の不安が、すっと軽くなる。
きのうのバトルを思い出す。
たしかにアリスは、あの犬童たちを圧倒していた。
緋羽莉の言葉は少し大げさかもしれない。
でも、うそじゃないと、ブルーにはわかった。
「それでね」
閃芽が話を続ける。
「ワンダーの生息域には危険な場所も多いから、ウィザードが立ち入るには相応のランクが必要なんだよ」
『どうして?』
「あぶないからだよ」
『なるほど……』
ブルーは小さくうなずいた。
強くなければ生き残れない――そのことは、よく知っている。
そういえばドラゴピアにも、お母さん竜のような強いドラゴンしか入れない、立ち入り禁止区域があったことを思い出した。
「キミの故郷みたいに空のはるか上にある場所なら、まちがいなくAランクは必要だろうね」
『じゃあ、まずはAランクを目指せばいいんだね?』
「そういうこと。つらくけわしい道のりになるだろうけどね」
ブルーは少しだけしりごみしそうになった。
でも、すぐに踏みとどまる。
自分のために、みんながこんなに本気になってくれているのだ。
弱気になっている場合じゃない。
「でも……」
りんごが首をかしげる。
「もしAランクになれても、誰も行ったことのないドラゴピアをどうやって探すの?」
もっともな質問だった。
アリスは胸を張って答えた。
「がんばって探す!」
緋羽莉以外の全員がずっこけた。
「なにが計画だよ、結局ノープランなんじゃん」
閃芽があきれ半分で言う。
それでもアリスはまじめな顔で続けた。
「ううん、いまはまだそこまで考える段階じゃないだけ。今のわたしはノーランク。ドラゴピアを探すにも、行くにも、力が足りない。だからまずは、ウィザードとして強くなることが最優先!」
「そうだね!」
緋羽莉がいきおいよくうなずく。
「元気があれば、なんだってできるもん!」
両手でぐっとこぶしを作る姿は、応援団みたいに頼もしい。
閃芽はため息をつきながらも、口元はゆるんでいた。
「まったくキミたちは……たしかに、いきなり1から10まで予定立てるってのもムリな話か。……でも、真剣なのは伝わったよ」
「うん。わたしも、少しずつ目の前のことからがんばるのがいいと思う」
りんごもやさしくほほえむ。
「そういうわけだから、ブルーもがんばってね」
『え?』
急に話を振られて、ブルーはきょとんとする。
自分には関係のない話だと思っていたわけじゃない。
あまり話し慣れていないので、びっくりしただけだ。
「だってブルー、強くなりたいって言ったでしょ? うんと強くなってドラゴピアに帰って、ほかのドラゴンたちを見返してやろう! ママだってきっと、いーっぱいほめてくれるよ!」
その言葉に、ブルーの胸がどきんと鳴った。
――強くなって帰ったら、おかあさんはよろこんでくれる。
いままで迷惑をかけちゃったぶん、いっぱい恩返しもできるはず。
そう思うと、体の奥から力がわいてきた。
「……うん! ぼく、強くなるよ! うんと強くなって、おかあさんのところに帰るんだ!」
アリスとなら、きっとできる。
ブルーはそう信じていた。
「よーし、それならわたしもがんばっちゃうよ!」
緋羽莉がにっと笑う。
「修行、大好きだから!」
ぐっと力こぶのポーズ。
背が高いぶん、ポーズの迫力も満点だ。
アリスはウォッチに向かって、元気いっぱいに言った。
「決まり! 今日からみんなでがんばろうね、ブルー!」
『うん! ぼく、がんばるよ! アリス! みんな!』
ブルーは力強くうなずいた。
この先どんな困難が待っていても。
アリスと、そしてこのあたたかい仲間たちといっしょなら、きっと乗りこえられる。
ブルーは、そう心から思ったのだった。




