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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

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第69話 ミルフィーヌの成長のたしかな手ごたえ

 裏山の開けた原っぱで、アリスとカジラはじゅうぶんな距離をとって向かい合った。


 足もとの地面は乾いた土と小石が混じり、ところどころにゴツゴツとした岩が突き出している。風が吹くたび、草がざわりと揺れた。


「アリスー! がんばれー!」


 うしろのアリス陣営から、ひときわ大きな声が響く。


 声の主はもちろん、緋羽莉だ。


 緋色のポニーテールが弾むように揺れ、黄色いリボンがひらりと光る。健康的に日焼けしたつややかな肌は、陽射しを受けてほんのり輝いていた。


 ピンクの長袖オフショルダーはところどころに白いフリルがあしらわれ、動くたびにふわりと揺れる。たすきがけのポーチも、元気いっぱいの彼女によく似合っている。


 小学生とは思えないほどすらりと長い手足。よく鍛えられた太ももがミニスカートのすそからのぞき、どっしりと大地を踏みしめていた。その立ち姿だけで、安心感がある。


 その声は、あかるく、まっすぐで、どこまでも大きい。


 まるで、声そのものがエールになって、アリスの背中を押してくれるみたいだった。


 りんごと閃芽ももちろん応援している。だが、緋羽莉ひとりでじゅうぶんすぎるほどの声量と迫力だ。ふたりは顔を見合わせ、苦笑いしながら視線だけをアリスへ送った。


「カジラー! やっちゃえー!」「アリスなんかに負けんなー!」


 カジラ陣営も負けじと、取り巻きの男子ふたりが声を張り上げる。


 とはいえ、緋羽莉ひとりの声量には遠く及ばない。しかも、その内容は「カジラに勝ってほしい」というより、「アリスに負けてほしい」という響きが強い。人望の差、というやつだろうか。


「勝負は、相手のワンダーを全部倒したほうの勝ち! 負けたほうが、いさぎよく山を下りる! いいな!」


 カジラが、腕を組んで半ば強引にルールを宣言する。


 横暴に聞こえるが、一本杉をめざす者同士――いまだ数人しか成し得ていない往復達成を目標にしている以上、ライバルは少ないほうがいい。その気持ちは、アリスにもわかる。


「いいわよ。それで!」


 アリスは腕を組み、とくいげにあごを上げた。


 きのうの校内大会クラス予選一回戦では、すでにカジラに勝っている。


 男子三日会わざれば刮目して見よ、とはいうけれど、それは自分だって同じだ。実力差が簡単に埋まるとは思っていない。


 それに――進化を果たしたミルフィーヌ。そして死闘をくぐり抜け、確かな成長を見せたブルー。


 そのチカラ試しの相手として、カジラはもってこいだと思っていた。


「いくぜ! 出てこい! ステゴ!」


 カジラがウォッチを掲げ、一体目のパートナーを呼び出した。


 光の粒子が集まり、姿を形作る。


 深緑色の体を持つ、二足歩行のステゴサウルス――【ステゴロサウルス】。


 身長はおよそ170センチ。緋羽莉より、ほんの少し高い。


 分厚い尻尾が地面を打ち、ずしん、と鈍い音を響かせる。両のこぶしをシュッシュッと突き出し、シャドーボクシングのように空を切る。するどい目つきは、はじめから殴り合う気まんまんだ。


 きのうは見なかったワンダーなので、ウォッチの中でようすをうかがうブルーも、わずかに息をのんだ。


「ミルフィーヌ、おねがいね!」


 アリスもウォッチをかざす。


 あふれ出した光が集まり、ひとりの少女の姿を描き出す。


 ライトブラウンの長い髪を風になびかせ、白いオーバースカートをひるがえす、戦うお姫さま――【ワンダフルプリンセス・ミルフィーヌ】。


 手にした水色の剣は、アメ細工のように透き通り、きらきらと輝いている。


 ミルフィーヌは軽やかに一歩踏み出し、剣をぶん、と振った。空気がするどく裂け、かすかな風圧が地面の草を揺らす。


 ウォーミングアップの動きだけで、以前とはくらべものにならないキレがある。


「え? あれ、ミルフィーヌ?」「ぜんぜんちがうじゃん!」


 子犬だったころのミルフィーヌを知る取り巻きたちは、目を丸くした。


 カジラも同じだ。驚きに目を見開き、それが進化によるものだと理解した瞬間、歯をぎりりとかみしめる。


「あの立ち振る舞い……たしかに、あの子はミルフィーヌだよね」


 りんごは感心したようにうなずいた。


「姿が大きく変わっても、雰囲気は変わってない。いい進化をした証拠だよ」


 閃芽も、静かに評価する。


「うんうん! ミルフィーヌは、どんなすがたになってもかわいいよっ!」


 緋羽莉は満面の笑みで、両手を胸の前でぎゅっとにぎった。ポニーテールがぶんぶんと左右に揺れ、ほのかに甘い香りが風に乗る。


 興奮のあまり、つい一歩、また一歩と前に出てしまう。距離が近い。


 りんごがあわてて袖を引いた。


「ひ、緋羽莉ちゃん、ちょっと前すぎ……」


「あ、ごめんごめん!」


 にへら、と無邪気に笑う。


 これでは、どっちが犬なのか、わからない。


「先手はどうぞ!」


 アリスは腕を組み、とくいげな顔で宣言した。青いひとみがきらりと光る。


 その余裕に、カジラはニッと凶暴な笑みを浮かべる。


「くらえ! 《メンチビーム》!」


 ステゴロサウルスの両目が、どす黒い赤にぎらりと光った。次の瞬間、空気を焼くような閃光がほとばしる。


 一直線に放たれたビームは、地面の草をわずかに焦がしながらミルフィーヌへ迫った。


 けれど――ミルフィーヌはあわてない。空いた左手を、すっと目の前にかざす。


 ぱん、と小さな光が弾け、手のひらの倍ほどの大きさの、ピンク色の肉球型バリアが展開された。


 どこか愛らしい形とは裏腹に、そこへ叩きつけられたメンチビームは、激しく火花を散らして四方へはじけ飛ぶ。


 ジュウゥッ、と焦げたにおいがただよった。


「チッ!」


 カジラは舌打ちする。


「いいよ! ミルフィーヌ!」


 アリスは力強くほめた。


 本当は、よけることだってできたはずだ。


 だが「先手はどうぞ」と言った以上、正面から受け止める。それが礼儀だと、アリスは考えていた。


 指示を出さなかったのも、そのためだ。


 そしてミルフィーヌも、長い付き合いのなかで、アリスのそんな思いをちゃんと理解している。


「だったら、ぶんなぐる!」


 カジラが叫ぶ。


 ステゴロサウルスは『ギャオー!』と雄たけびをあげ、地面を踏み鳴らした。ボクサーのようなステップで、一気に距離を詰める。


 ずしん、ずしん、と重い足音が原っぱに響いた。


 ミルフィーヌは剣をかまえ、すっと重心を落とす。スカートのすそがふわりと揺れ、風が巻き起こる。


「《ダイナマイトパーンチ》!」


 ステゴロサウルスの右こぶしが、どす赤く染まる。筋肉がふくれあがり、血管が浮き出た。


「今度は、よけて!」


 アリスの指示が飛ぶ。


 次の瞬間、巨大な拳が、ミルフィーヌのかわいらしい顔めがけて振り下ろされた。


 ――スカッ!


 ミルフィーヌは、余裕のバックステップ。


 靴底が地面を軽やかにこすり、紙一重でこぶしをかわす。


『ギャオッ!?』


 パンチを空振りした反動で、ステゴロサウルスは前のめりにつんのめる。巨体がぐらりと揺れ、バランスを崩した。


 そのスキを逃さない。


「《ハニースパイク》!」


 ミルフィーヌはキッと眉をつり上げ、右手の剣をまっすぐ突き出した。


 剣先が空気を裂き、一直線に胸元へ吸い込まれる。


 ズドォン!


『ギャオーッ!?』


 衝撃が爆ぜた。


 突きが命中した瞬間、見えない衝撃波がステゴロサウルスの体内を駆け抜ける。


 外から見れば、剣は浅く触れただけのように見える。だが内部では、骨と筋肉を震わせる衝撃が暴れまわっていた。


 巨体が宙に浮き、後方へ大きく吹き飛ぶ。地面を何度も転がり、岩にぶつかってようやく止まった。


 《ハニースパイク》――突きの瞬間に生じた衝撃波が、相手の体を内側から打ち抜く技。


 硬い皮膚も、分厚い筋肉も、装甲も関係ない。衝撃は内部を直接駆けめぐる。


 つい数時間前、アンドロイド・【ガンマ-10000】の重装甲をたやすく破壊したのも、その特性ゆえだ。


「すっごい! ミルフィーヌ!」


 緋羽莉が、うれしさのあまり大ジャンプした。


 長い脚がしなやかに伸び、ふわりと舞う。フリルつきのミニスカートが大きく揺れ、ポニーテールも弾むように跳ねた。汗ばんだ健康的な肌が陽光をはじき、きらりと光る。


 興奮のあまり、ぐっとこぶしをにぎりしめる。その大きな手は頼もしく、まるで自分が戦っているかのような気迫だ。


「アリスもミルフィーヌも、最高だよーっ!」


 声も相変わらず大きい。


 そのとなりで、閃芽はちょっぴり顔をしかめる。


(かわいいけど……声も動きも、ほんと派手だな……)


 と、ちょっぴりわずらわしく思っているのだ。


 反対側のりんごは苦笑いを浮かべる。


 けれど、あの底抜けにあかるいところも、まっすぐなところも、全部ひっくるめて緋羽莉らしい。だから文句は言わない。


『ギャオ……!』


 あおむけに倒れたステゴロサウルスが、うめき声をあげる。


 胸を押さえながら、ぐぐっと上体を起こす。口の端から、かすかに血がにじんだ。衝撃は確実に内部を揺さぶっている。


 それでも、まだ戦意は消えていない。


 重い息を吐きながら、なんとか立ち上がろうとする。


 そのようすを、ミルフィーヌは追い打ちをかけるでもなく、静かに見つめていた。


 剣を下ろし、まっすぐに。


 その気になれば、今すぐ決着をつけられるだろう。


 だが、動けない相手を一方的に攻めるのは、騎士道にも、淑女のたしなみにも反する。


 なにより――これは命がけの死闘じゃない。ゲームだ。


 自分も、相手も、くいが残る戦いをするのは、気持ちがよくない。


「こうなりゃ、フルボッコだ! 《ステゴロラッシュ》!」


 カジラは必死の形相で叫んだ。額に汗をにじませ、歯をむき出しにしている。


 立ち上がったステゴロサウルスは、こぶしをシュッシュッと振るいながら、ダッと地面を蹴ってミルフィーヌへ突進した。踏みしめるたびに土がえぐれ、小石が弾け飛ぶ。


「今度は受けて!」


 アリスの指示――というより、これは注文だった。


 相手のすばやい連続攻撃を、どうしのぐのか見せてほしい。


 そんな期待がこめられている。


 ステゴロサウルスの、目にもとまらぬ連打が迫る。


 風を切る音が何重にも重なり、空気そのものが震える。


 ミルフィーヌは剣を両手でにぎり、真正面から受け止めた。


 キン! キン! キンキンキン!


 小気味よい音が、演奏のように原っぱへ響きわたる。


 こぶしと剣がぶつかるたび、火花の代わりに淡い水色の光が弾けた。


「いい音だね~」


 緋羽莉は、今度はしずかにうっとりと耳をすませていた。


 大きな黄色いひとみを細め、両手を胸の前で組む。豊かなポニーテールが風にそよぎ、ほんのり甘い香りが漂った。興奮しているはずなのに、どこか乙女らしい顔になるのがふしぎだ。


 りんごも、閃芽も、思わず聴き入る。


 ミルフィーヌの剣が奏でる音は、金属のぶつかり合う不快な音とはちがう。


 澄んで、やわらかく、それでいて芯のある響き。


 それを奏でているのは、アメ細工を思わせる水色の刀身。その正体はわからないが、ただの金属ではないことだけはたしかだった。


『ギャオオッ!』


 打ち込むステゴロサウルスの表情には、疲れと焦りがにじむ。肩で息をし、動きがわずかに鈍りはじめた。


 対して、受けるミルフィーヌの顔は余裕そのもの。


 澄んだひとみは一点を見すえ、呼吸も乱れない。


「……すごいなぁ」


 アリスは、思わずつぶやいた。


 進化直後は、自分の脇腹に走る激痛に悶絶していて、正直よく見られていなかった。


 だが、こうして万全の状態で目の前の戦いを直視すると――月並みだけれど、そのひとことに尽きる。


 ――強い。ほんとうに。


 ブルーが感じたのと同じように、アリスもまた確信していた。


 この強さがあれば、剣城玲那との再戦も、そして明日の校内大会優勝も、じゅうぶんに狙える。


 たしかな手ごたえが、胸にひろがる。


「……ミルフィーヌ!」


『はーいっ!』


 アリスの呼びかけに、連打をさばきながらもミルフィーヌは元気に返事をする。余裕すら感じさせる声だ。


「もういいよ! 決めちゃえ!」


『オーライです!』


 ミルフィーヌは、ぺろりと舌を出した。


 次の瞬間、強めに剣を振り抜く。


 ガキィンッ!


『ギャオッ!?』


 大きくこぶしを弾かれた衝撃で、ステゴロサウルスはのけぞった。巨体がぐらりと揺れ、体勢が完全に崩れる。


「《パウパンチ》!」


 アリスの声に合わせ、ミルフィーヌはくるりと体をひねった。


 そして、空いた左の掌底を、ステゴロサウルスの胴体へたたきこむ!


 ぷにっ――


 やわらかな感触の直後。


 どかぁん!


『ギャオーッ!?』


 ピンク色の肉球エフェクトがぱっとひろがる。


 だが、そのかわいらしい見た目とは裏腹に、内部へと走る衝撃は凄まじい。骨と内臓を震わせる波動が体内を駆けめぐり、ステゴロサウルスは大きく宙を舞った。


 地面に叩きつけられ、土煙が舞い上がる。


 今度は、起き上がる様子はない。完全にダウンだ。


 《パウパンチ》――肉球で相手をなぐり、衝撃波を体内へ送りこむ技。


 子犬だったころからの、ミルフィーヌの得意技であり、進化してもなお健在の一撃だ。


「ステゴーッ!」


 カジラは頭をかかえ、悲鳴をあげた。


「やったーっ!」


 緋羽莉は両手を高く上げ、大ジャンプした。長い脚がしなやかに伸び、フリルつきのミニスカートが大きく揺れる。汗ばんだ肌がきらりと光り、息を弾ませながら満面の笑みを浮かべた。


「ミルフィーヌ、すごいよーっ! アリスも最高ーっ!」


 その声は原っぱじゅうに響きわたる。


 第一ラウンドは、ミルフィーヌの完勝。


 土煙の向こうで倒れたステゴロサウルスを見つめながら、閃芽はニヤリと口元をゆがめた。


(このぶんなら……)


 バトルはアリスの楽勝で終わる可能性も高い。冷静に、そう分析するのだった。

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