第69話 ミルフィーヌの成長のたしかな手ごたえ
裏山の開けた原っぱで、アリスとカジラはじゅうぶんな距離をとって向かい合った。
足もとの地面は乾いた土と小石が混じり、ところどころにゴツゴツとした岩が突き出している。風が吹くたび、草がざわりと揺れた。
「アリスー! がんばれー!」
うしろのアリス陣営から、ひときわ大きな声が響く。
声の主はもちろん、緋羽莉だ。
緋色のポニーテールが弾むように揺れ、黄色いリボンがひらりと光る。健康的に日焼けしたつややかな肌は、陽射しを受けてほんのり輝いていた。
ピンクの長袖オフショルダーはところどころに白いフリルがあしらわれ、動くたびにふわりと揺れる。たすきがけのポーチも、元気いっぱいの彼女によく似合っている。
小学生とは思えないほどすらりと長い手足。よく鍛えられた太ももがミニスカートのすそからのぞき、どっしりと大地を踏みしめていた。その立ち姿だけで、安心感がある。
その声は、あかるく、まっすぐで、どこまでも大きい。
まるで、声そのものがエールになって、アリスの背中を押してくれるみたいだった。
りんごと閃芽ももちろん応援している。だが、緋羽莉ひとりでじゅうぶんすぎるほどの声量と迫力だ。ふたりは顔を見合わせ、苦笑いしながら視線だけをアリスへ送った。
「カジラー! やっちゃえー!」「アリスなんかに負けんなー!」
カジラ陣営も負けじと、取り巻きの男子ふたりが声を張り上げる。
とはいえ、緋羽莉ひとりの声量には遠く及ばない。しかも、その内容は「カジラに勝ってほしい」というより、「アリスに負けてほしい」という響きが強い。人望の差、というやつだろうか。
「勝負は、相手のワンダーを全部倒したほうの勝ち! 負けたほうが、いさぎよく山を下りる! いいな!」
カジラが、腕を組んで半ば強引にルールを宣言する。
横暴に聞こえるが、一本杉をめざす者同士――いまだ数人しか成し得ていない往復達成を目標にしている以上、ライバルは少ないほうがいい。その気持ちは、アリスにもわかる。
「いいわよ。それで!」
アリスは腕を組み、とくいげにあごを上げた。
きのうの校内大会クラス予選一回戦では、すでにカジラに勝っている。
男子三日会わざれば刮目して見よ、とはいうけれど、それは自分だって同じだ。実力差が簡単に埋まるとは思っていない。
それに――進化を果たしたミルフィーヌ。そして死闘をくぐり抜け、確かな成長を見せたブルー。
そのチカラ試しの相手として、カジラはもってこいだと思っていた。
「いくぜ! 出てこい! ステゴ!」
カジラがウォッチを掲げ、一体目のパートナーを呼び出した。
光の粒子が集まり、姿を形作る。
深緑色の体を持つ、二足歩行のステゴサウルス――【ステゴロサウルス】。
身長はおよそ170センチ。緋羽莉より、ほんの少し高い。
分厚い尻尾が地面を打ち、ずしん、と鈍い音を響かせる。両のこぶしをシュッシュッと突き出し、シャドーボクシングのように空を切る。するどい目つきは、はじめから殴り合う気まんまんだ。
きのうは見なかったワンダーなので、ウォッチの中でようすをうかがうブルーも、わずかに息をのんだ。
「ミルフィーヌ、おねがいね!」
アリスもウォッチをかざす。
あふれ出した光が集まり、ひとりの少女の姿を描き出す。
ライトブラウンの長い髪を風になびかせ、白いオーバースカートをひるがえす、戦うお姫さま――【ワンダフルプリンセス・ミルフィーヌ】。
手にした水色の剣は、アメ細工のように透き通り、きらきらと輝いている。
ミルフィーヌは軽やかに一歩踏み出し、剣をぶん、と振った。空気がするどく裂け、かすかな風圧が地面の草を揺らす。
ウォーミングアップの動きだけで、以前とはくらべものにならないキレがある。
「え? あれ、ミルフィーヌ?」「ぜんぜんちがうじゃん!」
子犬だったころのミルフィーヌを知る取り巻きたちは、目を丸くした。
カジラも同じだ。驚きに目を見開き、それが進化によるものだと理解した瞬間、歯をぎりりとかみしめる。
「あの立ち振る舞い……たしかに、あの子はミルフィーヌだよね」
りんごは感心したようにうなずいた。
「姿が大きく変わっても、雰囲気は変わってない。いい進化をした証拠だよ」
閃芽も、静かに評価する。
「うんうん! ミルフィーヌは、どんなすがたになってもかわいいよっ!」
緋羽莉は満面の笑みで、両手を胸の前でぎゅっとにぎった。ポニーテールがぶんぶんと左右に揺れ、ほのかに甘い香りが風に乗る。
興奮のあまり、つい一歩、また一歩と前に出てしまう。距離が近い。
りんごがあわてて袖を引いた。
「ひ、緋羽莉ちゃん、ちょっと前すぎ……」
「あ、ごめんごめん!」
にへら、と無邪気に笑う。
これでは、どっちが犬なのか、わからない。
「先手はどうぞ!」
アリスは腕を組み、とくいげな顔で宣言した。青いひとみがきらりと光る。
その余裕に、カジラはニッと凶暴な笑みを浮かべる。
「くらえ! 《メンチビーム》!」
ステゴロサウルスの両目が、どす黒い赤にぎらりと光った。次の瞬間、空気を焼くような閃光がほとばしる。
一直線に放たれたビームは、地面の草をわずかに焦がしながらミルフィーヌへ迫った。
けれど――ミルフィーヌはあわてない。空いた左手を、すっと目の前にかざす。
ぱん、と小さな光が弾け、手のひらの倍ほどの大きさの、ピンク色の肉球型バリアが展開された。
どこか愛らしい形とは裏腹に、そこへ叩きつけられたメンチビームは、激しく火花を散らして四方へはじけ飛ぶ。
ジュウゥッ、と焦げたにおいがただよった。
「チッ!」
カジラは舌打ちする。
「いいよ! ミルフィーヌ!」
アリスは力強くほめた。
本当は、よけることだってできたはずだ。
だが「先手はどうぞ」と言った以上、正面から受け止める。それが礼儀だと、アリスは考えていた。
指示を出さなかったのも、そのためだ。
そしてミルフィーヌも、長い付き合いのなかで、アリスのそんな思いをちゃんと理解している。
「だったら、ぶんなぐる!」
カジラが叫ぶ。
ステゴロサウルスは『ギャオー!』と雄たけびをあげ、地面を踏み鳴らした。ボクサーのようなステップで、一気に距離を詰める。
ずしん、ずしん、と重い足音が原っぱに響いた。
ミルフィーヌは剣をかまえ、すっと重心を落とす。スカートのすそがふわりと揺れ、風が巻き起こる。
「《ダイナマイトパーンチ》!」
ステゴロサウルスの右こぶしが、どす赤く染まる。筋肉がふくれあがり、血管が浮き出た。
「今度は、よけて!」
アリスの指示が飛ぶ。
次の瞬間、巨大な拳が、ミルフィーヌのかわいらしい顔めがけて振り下ろされた。
――スカッ!
ミルフィーヌは、余裕のバックステップ。
靴底が地面を軽やかにこすり、紙一重でこぶしをかわす。
『ギャオッ!?』
パンチを空振りした反動で、ステゴロサウルスは前のめりにつんのめる。巨体がぐらりと揺れ、バランスを崩した。
そのスキを逃さない。
「《ハニースパイク》!」
ミルフィーヌはキッと眉をつり上げ、右手の剣をまっすぐ突き出した。
剣先が空気を裂き、一直線に胸元へ吸い込まれる。
ズドォン!
『ギャオーッ!?』
衝撃が爆ぜた。
突きが命中した瞬間、見えない衝撃波がステゴロサウルスの体内を駆け抜ける。
外から見れば、剣は浅く触れただけのように見える。だが内部では、骨と筋肉を震わせる衝撃が暴れまわっていた。
巨体が宙に浮き、後方へ大きく吹き飛ぶ。地面を何度も転がり、岩にぶつかってようやく止まった。
《ハニースパイク》――突きの瞬間に生じた衝撃波が、相手の体を内側から打ち抜く技。
硬い皮膚も、分厚い筋肉も、装甲も関係ない。衝撃は内部を直接駆けめぐる。
つい数時間前、アンドロイド・【ガンマ-10000】の重装甲をたやすく破壊したのも、その特性ゆえだ。
「すっごい! ミルフィーヌ!」
緋羽莉が、うれしさのあまり大ジャンプした。
長い脚がしなやかに伸び、ふわりと舞う。フリルつきのミニスカートが大きく揺れ、ポニーテールも弾むように跳ねた。汗ばんだ健康的な肌が陽光をはじき、きらりと光る。
興奮のあまり、ぐっとこぶしをにぎりしめる。その大きな手は頼もしく、まるで自分が戦っているかのような気迫だ。
「アリスもミルフィーヌも、最高だよーっ!」
声も相変わらず大きい。
そのとなりで、閃芽はちょっぴり顔をしかめる。
(かわいいけど……声も動きも、ほんと派手だな……)
と、ちょっぴりわずらわしく思っているのだ。
反対側のりんごは苦笑いを浮かべる。
けれど、あの底抜けにあかるいところも、まっすぐなところも、全部ひっくるめて緋羽莉らしい。だから文句は言わない。
『ギャオ……!』
あおむけに倒れたステゴロサウルスが、うめき声をあげる。
胸を押さえながら、ぐぐっと上体を起こす。口の端から、かすかに血がにじんだ。衝撃は確実に内部を揺さぶっている。
それでも、まだ戦意は消えていない。
重い息を吐きながら、なんとか立ち上がろうとする。
そのようすを、ミルフィーヌは追い打ちをかけるでもなく、静かに見つめていた。
剣を下ろし、まっすぐに。
その気になれば、今すぐ決着をつけられるだろう。
だが、動けない相手を一方的に攻めるのは、騎士道にも、淑女のたしなみにも反する。
なにより――これは命がけの死闘じゃない。ゲームだ。
自分も、相手も、くいが残る戦いをするのは、気持ちがよくない。
「こうなりゃ、フルボッコだ! 《ステゴロラッシュ》!」
カジラは必死の形相で叫んだ。額に汗をにじませ、歯をむき出しにしている。
立ち上がったステゴロサウルスは、こぶしをシュッシュッと振るいながら、ダッと地面を蹴ってミルフィーヌへ突進した。踏みしめるたびに土がえぐれ、小石が弾け飛ぶ。
「今度は受けて!」
アリスの指示――というより、これは注文だった。
相手のすばやい連続攻撃を、どうしのぐのか見せてほしい。
そんな期待がこめられている。
ステゴロサウルスの、目にもとまらぬ連打が迫る。
風を切る音が何重にも重なり、空気そのものが震える。
ミルフィーヌは剣を両手でにぎり、真正面から受け止めた。
キン! キン! キンキンキン!
小気味よい音が、演奏のように原っぱへ響きわたる。
こぶしと剣がぶつかるたび、火花の代わりに淡い水色の光が弾けた。
「いい音だね~」
緋羽莉は、今度はしずかにうっとりと耳をすませていた。
大きな黄色いひとみを細め、両手を胸の前で組む。豊かなポニーテールが風にそよぎ、ほんのり甘い香りが漂った。興奮しているはずなのに、どこか乙女らしい顔になるのがふしぎだ。
りんごも、閃芽も、思わず聴き入る。
ミルフィーヌの剣が奏でる音は、金属のぶつかり合う不快な音とはちがう。
澄んで、やわらかく、それでいて芯のある響き。
それを奏でているのは、アメ細工を思わせる水色の刀身。その正体はわからないが、ただの金属ではないことだけはたしかだった。
『ギャオオッ!』
打ち込むステゴロサウルスの表情には、疲れと焦りがにじむ。肩で息をし、動きがわずかに鈍りはじめた。
対して、受けるミルフィーヌの顔は余裕そのもの。
澄んだひとみは一点を見すえ、呼吸も乱れない。
「……すごいなぁ」
アリスは、思わずつぶやいた。
進化直後は、自分の脇腹に走る激痛に悶絶していて、正直よく見られていなかった。
だが、こうして万全の状態で目の前の戦いを直視すると――月並みだけれど、そのひとことに尽きる。
――強い。ほんとうに。
ブルーが感じたのと同じように、アリスもまた確信していた。
この強さがあれば、剣城玲那との再戦も、そして明日の校内大会優勝も、じゅうぶんに狙える。
たしかな手ごたえが、胸にひろがる。
「……ミルフィーヌ!」
『はーいっ!』
アリスの呼びかけに、連打をさばきながらもミルフィーヌは元気に返事をする。余裕すら感じさせる声だ。
「もういいよ! 決めちゃえ!」
『オーライです!』
ミルフィーヌは、ぺろりと舌を出した。
次の瞬間、強めに剣を振り抜く。
ガキィンッ!
『ギャオッ!?』
大きくこぶしを弾かれた衝撃で、ステゴロサウルスはのけぞった。巨体がぐらりと揺れ、体勢が完全に崩れる。
「《パウパンチ》!」
アリスの声に合わせ、ミルフィーヌはくるりと体をひねった。
そして、空いた左の掌底を、ステゴロサウルスの胴体へたたきこむ!
ぷにっ――
やわらかな感触の直後。
どかぁん!
『ギャオーッ!?』
ピンク色の肉球エフェクトがぱっとひろがる。
だが、そのかわいらしい見た目とは裏腹に、内部へと走る衝撃は凄まじい。骨と内臓を震わせる波動が体内を駆けめぐり、ステゴロサウルスは大きく宙を舞った。
地面に叩きつけられ、土煙が舞い上がる。
今度は、起き上がる様子はない。完全にダウンだ。
《パウパンチ》――肉球で相手をなぐり、衝撃波を体内へ送りこむ技。
子犬だったころからの、ミルフィーヌの得意技であり、進化してもなお健在の一撃だ。
「ステゴーッ!」
カジラは頭をかかえ、悲鳴をあげた。
「やったーっ!」
緋羽莉は両手を高く上げ、大ジャンプした。長い脚がしなやかに伸び、フリルつきのミニスカートが大きく揺れる。汗ばんだ肌がきらりと光り、息を弾ませながら満面の笑みを浮かべた。
「ミルフィーヌ、すごいよーっ! アリスも最高ーっ!」
その声は原っぱじゅうに響きわたる。
第一ラウンドは、ミルフィーヌの完勝。
土煙の向こうで倒れたステゴロサウルスを見つめながら、閃芽はニヤリと口元をゆがめた。
(このぶんなら……)
バトルはアリスの楽勝で終わる可能性も高い。冷静に、そう分析するのだった。




