第64話 四人娘集合
お弁当を食べ終わったアリスたちは、ピンクの水筒から注いだ紅茶を飲みながら、ひと息ついていた。
この紅茶も、緋羽莉が用意してくれたものだ。
紅茶がアリスの大好物だということを、緋羽莉はもちろん知っている。だからこそ、わざわざ上質な茶葉を選んで持ってきたのだ。
おいしく飲んでもらうために、きちんとした淹れ方まで調べてきたという周到ぶりである。
緋羽莉という女の子は、本当に――大切な人のためなら、どこまでも一生懸命になれるのだ。
その横顔には、相手のよろこぶ顔を思い浮かべているとき特有の、やさしく満ち足りた表情が浮かんでいた。
大きな黄色のひとみは陽だまりのようにあたたかく、見つめられるだけで胸の奥までぽかぽかしてくるような、ふしぎな安心感を与えてくれる。
『【モモイロハネウサギ】……モモはパートナーにできたけど、次はどうするの?』
ブルーは紙コップを両手で持ち、ふーふーと息を吹きかけながらたずねた。まだ湯気の立つ紅茶が、ほんのり甘い香りを運んでくる。
きょうの予定は、明日開催される校内大会敗者復活戦、そしてその後の本戦に向けての修行だ。
モモイロハネウサギを探したのは、その第一段階。手持ちのパートナーを増やすことで、連戦となる大会でのローテーションを安定させるためである。
きのうの予選では、ブルーとミルフィーヌの二体しかいなかったために、準決勝を前にして力尽きてしまったのだから。
アリスは紙コップの紅茶を軽くすすり、答えた。
「そうだね。実はもう一ヶ所、ほかに行ってみたいワールドがあるんだ。お昼は、そこで修行しようと思ってる」
「それって、どんなところ?」
緋羽莉は空になった紙コップを両手で包みこんだまま、ぐっと身を乗り出した。大きなひとみがきらきらと輝き、まるで宝箱の中身を待ちきれない子どものような顔をしている。
体も心もぽかぽかとあたたかい緋羽莉は、熱い飲み物もすぐに飲み干してしまうのだ。
そのしぐさは実に素直で、心の中の期待がそのまま体の動きになって現れているようだった。
隠しきれないわくわくが全身からあふれ出していて、見ているだけでこちらまで笑顔になってしまう。
「ふっふっふ。それは、行ってみてのお楽しみ!」
アリスは、ぱちんとウインクして人さし指を振った。
修行と聞いて、自分磨きが大好きな緋羽莉のテンションは、すでに最高潮に達している。
『修行かあ……』
ブルーは、静かに考えをめぐらせた。
たとえ新しいワンダーを仲間にできたとしても、それだけで剣城玲那やコハクに勝てるとは思えない。それに、相手はまだ見せていない強力なパートナーを隠し持っている可能性だってある。
だからこそ、自分たち自身のレベルアップも至上命題である――そのことは、ブルーも重々理解していた。
異空間・ブロッサムスクエアでの戦いで、ミルフィーヌは進化し、大幅なパワーアップを果たした。
次の冒険では、自分も負けじと、もっと強くならなければならない。
ドラゴピアに帰るために。アリスの力になるために。
そして――
『キュー!』
自分に好意を寄せてくれる、この小さな、新しい仲間を。
今度こそ、自分だけの力で守れるように。
そんなふうに思えるようになったこと自体が、大きな成長なのだということを、ブルーはまだ自覚していなかった。
そのとき。
パン! と、元気な音が空気を弾いた。
緋羽莉が、両手を大きく打ち鳴らしたのだ。
「そうだ! 次の冒険は、りんごちゃんと閃芽ちゃんも誘おうよ!」
新戸りんごと天野閃芽。アリスと緋羽莉の、もうふたりの親友だ。
きょうは緋羽莉とふたりきりでもいいかな……と、アリスは少しだけ思わなくもなかった。
けれど――せっかくの冒険だ。
なかよし四人組で行くのも、きっと楽しい。
りんごも閃芽もインドア派で、アリスよりずっと物知りなところがある。きっと、今回の修行でも力を貸してくれるはずだ。
「わかった。じゃあ、連絡してみるね」
アリスは右手のスマートウォッチを操作し、ふたりにメッセージを送った。
こうしてお昼休憩もそこそこに、シートを片付け、アリスたちは立ち上がる。
木々の間を抜けた風が、新たな冒険のはじまりを祝うように吹き抜けた。
「それじゃ、次の冒険の地へ――しゅっぱーつ!」
「『おー!』」
緋羽莉の元気いっぱいの掛け声に、みんなの声が重なる。
その声は、公園じゅうにあかるく響きわたった。
☆ ☆ ☆
アリスたちは、自分たちの通うふしぎ小学校の校門前にやってきた。
きょうは土曜日。休日だというのに、わざわざ学校まで来たのには理由がある。
「あ! いたいた! おーい!」
緋羽莉が、大きく手を振りながら呼びかけた。
その先にいたのは、ふたりの女の子。
ひとりは、真っ赤なボブカットの髪にピンクのカーディガンを羽織った、ひかえめな女の子。
もうひとりは、長いブラウンの髪にハーフリムのメガネ、そして丈の長い白衣を身につけた、知的な雰囲気の女の子。
アリスのメッセージに応じてやってきた、親友のりんごと閃芽だ。
校門の前を、待ち合わせ場所に指定しておいたのである。
突発的な呼び出しだったにもかかわらず、こうしてすぐに来てくれる。
呼べばいつでも、応えてくれる――それはきっと、“腐れ縁”なんて言葉では片づけられない、大切な絆だった。
その中心には、誰よりも仲間を大切に思う緋羽莉の存在がある。
彼女のまっすぐな想いが、みんなの心を結びつけているのだと、アリスはあらためて感じていた。
「あはは……来ちゃった」
りんごは照れ笑いを浮かべながら、指先をもじもじと絡めた。
親友四人での、はじめての冒険。そう思うだけで胸がくすぐったくなるようで、頬もほんのり赤くなっている。うれしさを隠しきれていないのが、見ていてすぐにわかった。
「まったく、誘うんなら最初からそうしてほしかったよね」
閃芽は不機嫌そうに口をとがらせ、あきれたように言った。
せっかく、ドラゴピアに帰りたいというブルーの力になる、と言ってあげた手前、頼られなかったことが少し水くさく感じられたのだろう。
閃芽はぶっきらぼうに見えて、実はとても情に厚い女の子なのだ。
「それについては、ごめんね。最初からみんなを頼らなかった、わたしがバカだった。素直に認めるよ」
アリスはバツの悪そうな顔で謝り、ぺこりと頭を下げた。
りんごは「そこまでしなくても……」と言いたげにあわあわし、閃芽はやれやれと肩をすくめて苦笑する。
どうやら、ちゃんと許してもらえたようだ。
そのやり取りを見ていた緋羽莉は、丸くおさまったのがうれしいのか、となりでほっとしたようににっこりと笑った。
立っているだけで、すらりと伸びた手足の長さが目を引く。
しなやかに引き締まった体つきは健康的で、活発な彼女らしさをそのまま映しているようだった。
そして――
「それでアリス! そろそろ、どこに冒険に行くのか教えてよ!」
ずいっと顔を近づけ、黄金色のひとみをきらきらと輝かせる。
身を乗り出した拍子に、均整の取れた体のラインが自然な動きの中で際立つ。
力強さとやわらかさをあわせ持つその姿は、ひときわ存在感を放っていた。
はじめての“四人での冒険”に、胸が高鳴っているのが伝わってくる。
「って言っても、校門前を待ち合わせ場所に指定した時点で、どこに行くかバレバレなんだけどね」
そんな盛り上がった空気に、ちょこんと水を差すように、閃芽がいたずらっぽく笑う。
「うん……わたしも、なんとなく想像ついてる」
りんごも、困ったように小さく笑った。
結局、この場で純粋に行き先を楽しみにしているのは、緋羽莉とブルーだけのようだ。
アリスとしては、実におもしろくない展開である。
だからこそ――いっそ開き直って、堂々と宣言することにした。
「こほん。……次の行き先は……あそこだあ!」
アリスは大げさな動作で、学校の校舎の向こう――さらにその先を指差した。
そこに見えるのは、木々がこんもりと生い茂る、小高い山。
「あー! 学校の裏山かあ!」
緋羽莉は額に手をかざし、まぶしそうに目を細めながら山を見上げ、感心した声をあげた。
『うらやま……?』
ブルーはきょとんとして首をかしげる。
ふしぎ町に来てまだ三日。このあたりの地理には、まだ詳しくないのだ。
「ざっくり言うと、あの裏山――異空間化してるんだよ」
閃芽が説明した。
『いくーかんか?』
ブルーは、さらに首をかしげる。
「つまり、“ワールド化”してるってことだよ」
閃芽は白衣のポケットに手を入れたまま、続けた。
「こっちの世界の土地が、ワンダーたちの影響を受けて、ワンダーの生息域――ワールドに変わった場所、ってことだね」
『ワールドに……』
ブルーは目を丸くする。
すると、りんごがやさしく補足した。
「“乗っ取られた”っていうより……もともと裏山は、昔からワンダーたちが隠れて暮らしていた場所なんだって」
りんごは、山の方を見つめながら続ける。
「それで、数が増えていくうちに、少しずつ彼らにとって暮らしやすい環境に変わっていったの。木が増えたり、空気の感じが変わったり……そうして、自然にワールドになっていったんだよ」
『へー……』
ブルーは素直に感心した。
ワールドが生まれるしくみにも。
それを当たり前のように説明する、りんごの知識の豊富さにも。
「まあ、そういうわけで!」
アリスは、びしっと人さし指を、もう一度裏山へ向けた。
「わたしたち四人の最初の冒険に、これ以上ないくらいふさわしい場所ってわけ!」
「最初の冒険、ねえ……」
閃芽が、じとっとした目でアリスを見る。
ブロッサムスクエアへ、緋羽莉とふたりきりで先に行ってしまったことを、まだ少し根に持っているらしい。
「う……だ、だからそれはもうあやまったじゃない!」
アリスは顔を赤くして反論する。
「私が根に持つタイプだって、知ってるでしょ?」
閃芽は半目で、ニシシと笑った。
「これにこりたら、次からはちゃんと誘うことだね」
その口調には、怒りよりも、からかいの色の方が強かった。
「もう……」
アリスは口をとがらせたが、文句を言い返すことはできなかった。
そんなアリスのようすを見て、緋羽莉が元気いっぱいに両手を上げる。
腕を高く掲げた瞬間、全身が大きく伸び、のびやかな体格の良さがはっきりとわかる。
その姿は、これからはじまる冒険への自信そのもののように見えた。
「それじゃあみんなで、裏山の冒険に――レッツゴー!」
あかるい大きな声が、校門前の空に響く。
その声に引っ張られるように、アリスたちは歩き出した。
木々の向こうにひろがる、未知のワールド。
四人で挑む、はじめての冒険。
胸の奥に、小さな不安と――それ以上に大きな期待を抱きながら。
アリスたちは、学校の裏山へと向かっていった。




