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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

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第61話 省みること、頼るべきこと

「へー、このコがホンモノの【モモイロハネウサギ】! やっぱ実物は、めっちゃかわいいなあ〜!」


 アリスの新たなパートナーになったモモイロハネウサギ――モモを見て、もふるは感激に目をキラキラと輝かせていた。


 当のモモ本人はというと、ずっとブルーにべったりとくっついている。


 ブルーの腕に抱きつき、胸にほおをすり寄せて、すっかり安心しきったようすだ。


 ブルーはほっぺを赤らめて照れくさそうにしているが、いやがっているようすはまったくない。


 むしろ、どこかうれしそうですらある。


『ワフ〜!』


『あははっ! わたあめくんは、ほんとうにもふもふですね〜!』


 もふるのパートナーである巨大ポメラニアンのわたあめは、人間のお姫さまのようなすがたに進化したミルフィーヌと、楽しそうにじゃれ合っていた。


 わたあめは大きな尾をぶんぶん振りながら、ミルフィーヌのまわりをくるくる回る。


 ミルフィーヌのほうも、やさしく頭をなでたり、抱きしめたりして、うれしそうに笑っている。


 すがたは大きく変わっても――


 子犬のころの無邪気な本質は、少しも変わっていないようだ。


 それを見て、アリスは胸をなで下ろした。


「……ハネウサギのことも、ミルフィーヌの進化もオドロキだけど――なによりいちばん驚かされたのは、コイツね」


 もふるは、うんざりしたような顔で言いながら、鎖のようなヒモで縛り上げられている、ハンターのガンマン男に視線を向けた。


 男はまだ気を失っているのか、ぐったりとうなだれている。


 その姿は、先ほどまでの凶悪さが嘘のように、静かだった。


「コイツは通称、“マッド・ハット”……警察やレンジャーのブラックリストに載ってる、超危険人物よ。貴重なワンダーを何百体も捕獲してきたっていう、ウデ利きのハンターなの。よくこんなのに勝てたね……」


 もふるは神妙な面持ちで言った。


 マッド・ハット――


 その名前には、アリスも聞き覚えがあった。


 探偵をしている保護者の沙織から、本格的にウィザード活動をはじめるなら、必ず警戒するようにと言われていた人物のひとりだ。


 外見的特徴も教えられていた。


 それなのに――


(わたし……気づけなかった)


 バトルの最中。


 ブルーを傷つけられた怒りと、モモが捕らえられていたくやしさで、相手を「倒すべき敵」としてしか見ていなかった。


 本来なら、もっと冷静に観察し、判断すべきだったのに。


 ――敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。


 沙織に教わったその言葉を、またしても、頭に血がのぼったせいで忘れてしまっていたのだ。


(わたし……やっぱり、まだまだ、未熟だ……)


 アリスは、ぎゅっとこぶしをにぎりしめた。


 結果として勝利はした。


 けれど、その過程には、反省すべき点が多すぎる。


 敵の情報を見落としていたこと。


 そしてなにより――


 大切な親友と、そのパートナーを危険にさらしてしまったこと。


「アリス……」


 やさしい声がした。


 気づくと、緋羽莉がすぐそばに立っていた。


 心配そうな、それでいて包みこむようなひとみで、アリスを見つめている。


 そして――アリスの左手を、自分の大きくてあたたかな右手で、そっと包みこんだ。


 指は長く、しっかりとしているのに、触れ方は信じられないほどやさしい。


 わずかに身をかがめるその動きに合わせて、豊かな胸元がゆるやかに揺れ、甘い香りがふわりと漂う。


 その手は、戦いのあとで少し汗ばんでいたけれど、驚くほどやさしくて、安心できるぬくもりに満ちていた。


「緋羽莉ちゃん……」


 アリスは顔を上げる。


 緋羽莉は、にっこりとほほえんだ。


 童顔のあどけない輪郭がやわらかくほどけ、大きな黄色いひとみが、ひまわりのようにあかるく輝く。


 その笑顔はまぶしいほど無垢で――見ているだけで、胸の奥があたたかくなるような、ふしぎな力を持っていた。


 その笑顔は――言葉よりも雄弁に語っていた。


 どんなに反省することがあっても、この勝利は、誇っていいんだよ――と。


 アリスはちゃんと、みんなを守り抜いたんだよ――と。


(……また、救われちゃったな)


 アリスは小さく苦笑しながら、緋羽莉の手を、そっとにぎり返した。


 じんわりと伝わるぬくもりが、心の奥に残っていた不安を、ゆっくりと溶かしていく。


 緋羽莉の体温は高く、生命力そのもののようだった。


 すぐ目の前にある整った体つきと、頼もしい立ち姿が、「だいじょうぶ」と伝えてくれている。


 そんなふたりを、シンディはいとおしそうに見つめていた。


 長い深紅の髪が背中に流れ、なめらかな褐色の肌が陽光を受けて輝く。


 背筋を伸ばしたその立ち姿は、まるで大樹のように揺るがない。


 豊かな包容力を感じさせる落ち着いたほほえみは、見ている者すべてを安心させる力を持っていた。


 大きな手が静かに胸元の前で重ねられ、その仕草には、緋羽莉とその親友を見守る深い愛情がにじんでいる。


 そして――


 戦いを省みていたのは、ブルーも同じだった。


 今回、自分は――ほとんどなにもできなかった。


 ミルフィーヌが助けを呼ぶ時間を稼ぐために、ただひたすら、ガンマに撃たれ続けていただけ。


 アリスが来てからも、安心してしまって、声援を送ることすらできなかった。


 そして――ミルフィーヌは進化した。


 さらに強く、美しくなった。


 それはよろこばしいことのはずなのに――


 ブルーの胸には、安心と同じくらいの、大きな焦りが生まれていた。


(この先……)


(ぼくは、ついていけなくなるんじゃないか……)


(アリスに……必要とされなくなるんじゃないか……)


 そんな不安が、胸の奥に、重たくこびりついていた。


『キュー!』


 そのとき。


 モモが、ブルーの胸にほおをすり寄せた。


 ふわふわの体が、やさしく触れる。


 まるで――その不安を、ぬぐい取ろうとするみたいに。


『モモ……』


 ブルーには、モモの言葉はわからない。


 けれど――


 そのぬくもりと、まっすぐなひとみから、強い感謝と好意が伝わってきた。


 ブルーは、なにもできなかったわけじゃない。


 最後まで耐え続けたからこそ、モモは連れ去られずにすんだのだから。


 モモは、それを伝えてくれているのだ。一生懸命に。まっすぐに。


 ブルーの顔が、自然とほころんだ。


『……ありがとう、モモ』


 素直な気持ちを、言葉にする。


『キュー!』


 モモは満面の笑顔で応えた。


 その笑顔は、春の花のように輝いている。


『あらためて――これから、よろしくね』


『キュー!』


 そして――


 ふたりは、そっと鼻と鼻を触れ合わせた。


 それは、親愛と信頼の――新しい絆の契りだった。


「……じゃあ、私はコイツを警察に引き渡してくるわ。キミたちのこともうまく話しておいてあげる。本当なら事情とかくわしく聞かなきゃいけないところだけど、きょうはそんなヒマ、ないんでしょ?」


「うん。助かる」


 アリスは、まっすぐにもふるを見て、うなずいた。


 きょうの予定は――


 あしたの校内大会に向けての修行、その一点に尽きる。


 事情聴取なんてめんどくさいことに、時間を取られている余裕は、一秒たりともなかった。


 わたしが強くなるために。今度こそ、ちゃんと守るために。


 いまは、立ち止まっているわけにはいかないのだ。


「まあ、せいぜいがんばってちょうだいね。なにかあったら、こっちから連絡するから。ほら、わたあめ、行くよ!」


『ワフッ!』


 ミルフィーヌと追いかけっこをしていたわたあめは、元気よく返事をして、もふるのもとへ駆け戻った。


 大きな体を揺らしながら走る姿は、まるで雲のかたまりのようだ。


「それと、アリスちゃん――最後に忠告」


 もふるは、ふっと表情を引きしめた。


 これまでで、いちばん真剣な顔だった。


「【モモイロハネウサギ】といい、人間化した【キャリバリア】、空色のドラコ……キミのパートナーは、どれもウィザードなら、のどから手が出るほど欲しがるほどの貴重なワンダーよ。マッド・ハットは、人のパートナーには手を出さないってポリシーを持ってるらしいけど――ハンターの中には、人のパートナーだって平気で奪う連中も多い。今後は、いっそう気をつけなさい」


 その言葉には、脅しではなく、本気の心配が込められていた。


 アリスと緋羽莉は、思わず息をのむ。


 胸の奥に、ひやりとした現実の重みが落ちてきた。


「……うん。わかってる」


 アリスは、静かに答えた。


「ぜんぶ覚悟のうえで、この道を進むって――決めたんだから」


 そのひとみは、迷いなく、強く、前を見すえていた。


 アリスはもう、正式な魔法生物使い(ウィザード)だ。


 もう、守られるだけの少女ではない。


 守る側の人間として歩む覚悟が、そこにはあった。


 そのとき――


 きゅっ。


 緋羽莉の手が、アリスの左手をにぎる力を、少しだけ強めた。


 すらりと伸びた腕はしなやかで、指先までいきいきとしている。


 大きな手は頼もしいのに、触れ方はどこまでもやさしく、包まれているだけで勇気がわいてくるようだった。


 ――わたしもいるよ。


 言葉にしなくても、そのぬくもりが、はっきりと伝えていた。


「ご忠告、ありがとうございます」


 緋羽莉は、凛とした声で言った。


 胸を軽く張って立つその姿勢は、堂々として美しい。


 白いフリルのついた服がふんわりと揺れ、整った体の線をやわらかく縁取っている。


 大きなひとみはまっすぐ前を見つめ、その表情には迷いがなかった。


「だいじょうぶです。アリスには、わたしやパートナーたち……頼れる仲間が、たくさんいますから!」


 その言葉に応えるように、


 シンディはやさしくほほえみ、


 ミルフィーヌは誇らしげに胸を張り、


 ブルーも少し緊張しながら、きりっと表情を引きしめた。


 モモも、ブルーの腕の中で『キュー!』と元気に鳴く。


 その光景を見て――もふるは、ふっと笑った。


「……なるほどね。本当に、いいチームみたい」


 どこか安心したような、やわらかい笑みだった。


「そういうことなら、私から言うことはもうなにもないわ。それじゃ、元気でね」


『ワフッ!』


 もふるは、気を失ったままのマッド・ハットを口にくわえたわたあめの背に、ひらりと飛び乗った。


 そのとき――


「あーっ! そうだ!」


 突然、アリスが声をあげた。


「な、なに?」


 もふるは驚いて振り返る。


「さっき、バトルに勝ったとき――なんでも力になってくれるって、言ったよね?」


「うん、言ったね」


 あのときは、「いまはないから保留にする」と、アリスが言っていたはずだ。


「じゃあ――」


 アリスは、ぱっと顔を輝かせた。


「わたしたちも、わたあめに乗せてほしいな!」


『キュー!』


 モモも、同意するように元気よく鳴いた。


「モモがパートナーになってくれたから、こっちの用事はもう終わったし。みんなで帰りたいの!」


 その言葉には、仲間といっしょにいたいという、まっすぐな想いが込められていた。


 仲間というのは、もちろんもふるやわたあめのことも含まれている。


 もふるは、くすっと笑った。


「――そういうことなら、お安いご用よ」


 ぽん、とわたあめの背中を叩く。


「このコ、図体だけは大きいから、スペースにはまだまだ余裕があるし――キミたちのこと、気に入ってるみたいだしね」


『ワフ!』


 わたあめも、「いいよ!」と言うように、うれしそうに鳴いた。


「わあっ! 本当にいいんですか? ありがとうございます!」


 両手を胸の前で合わせて、真っ先に歓喜の声をあげたのは、やっぱり緋羽莉だった。


 その瞬間、彼女の顔いっぱいに笑顔がひろがった。


 頬がほんのり赤く染まり、黄色いひとみがきらきらと輝く。その表情は無邪気で愛らしい。


 くせのある髪がふわっと弾み、全身からよろこびがあふれ出している。


 背の高い体が小さく跳ねるたび、長い脚が軽やかに動き、まるで元気な子鹿のようだった。


『私も、わたあめくんの背中、乗ってみたいです!』


 ミルフィーヌも、目を輝かせて言う。


 同じ犬友だちとして、興味津々なのだろう。


「それじゃあ――」


 アリスは仲間たちを見回して、うれしそうに笑った。


「お言葉に甘えて――おじゃましまーす!」


 こうして――アリスたちは、巨大ポメラニアン・わたあめの、ふわふわの背中に乗って、ブロッサムスクエアの出口へと向かうのだった。


 春の風が、新しい仲間の誕生と、新しい一歩を、やさしく祝福するように吹いていた。

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