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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

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第60話 混じり合うふたつの色

「シンディさん! シンディさんっ! だいじょうぶ?」


 緋羽莉は、大の字になって倒れている【灰焔姫シンデレラ】のシンディに、必死に呼びかけていた。


 筋肉質で大柄なシンディの体はかなりの重さがあるはずだが、緋羽莉はそれを苦にした様子もなく、しっかりと上体を支えている。


 丸みを帯びながらも芯の通ったその腕は、だれかを守るために生まれてきたかのように頼もしかった。


 頬にはうっすらと汗が浮かび、それがつややかな肌をさらに輝かせている。


 となりでは、アリスも心配そうに見守っている。


 けれど、その表情に絶望の色はなかった。


 緋羽莉のパートナーたちは、主人と同じようにタフで、回復力もずば抜けていると知っているからだ。


 その証拠に――


 先ほどまでぐちゃぐちゃに損傷していたシンディの顔は、すでにほとんど元どおりに戻っていた。


 爆発の焦げ跡が、ところどころに黒く残っている程度だ。


 銃弾によって刻まれた無数の傷も、すでにふさがりかけている。


 それを見て、アリスは胸の奥でそっと安堵の息をついた。


 自分が壁役を頼んだことへの罪悪感も、少しだけ軽くなる。


『う……ん……』


 呼びかけに応えるように、シンディの長いまつげが震えた。


 長い深紅の髪が、さらりと地面をなでた。


 炎の名を持つ姫にふさわしいその髪は、傷ついてなお、燃え残った火の粉のように艶めいている。


 やがて、重たそうにまぶたが開かれる。


 宝石のように整ったひとみが、ゆっくりと焦点を結んだ。


 褐色の頬はまだ熱を残し、強靭な首筋から肩へとかけての線は、女神の彫像のように美しく整っていた。


 呼吸に合わせて、大きな胸がゆっくりと上下する。


 それは、彼女が確かに生きている証そのものだった。


 ぷるりとつややかなくちびるから、小さな吐息がもれる。


「シンディさんっ!」


 緋羽莉の顔が、ぱあっと輝いた。


 黄色いひとみがうるみ、満開の花のような笑顔が咲く。


 傷にひびかないよう気をつけながら、シンディの大きな体をそっと抱きしめた。


 シンディの体は、あたたかかった。


 鍛え抜かれた筋肉の奥に、包みこむようなやさしいぬくもりがある。


 緋羽莉の小さな体が、その豊かな胸元に寄り添う姿は、まるで、母と子のようにも見えた。


 シンディは一瞬驚いたように目を見開く。


 その瞬間、彼女の琥珀色のひとみが、とろりとほどけた。


 愛しいものを見る、深くやわらかなまなざし。


 長い指が、そっと緋羽莉の背中に触れる。


 壊れ物を扱うような、慎重でやさしい手つきだった。


 そして、うっとりと頬を染めた。


 心の底からうれしそうに、やさしくほほえむ。


 ふだんなら、アカネの《再生の炎》で傷を癒してもらうところだ。


 けれどシンディは、いつもそれを固辞する。


 自分のために、緋羽莉やアカネに負担をかけたくないからだ。


 それに――彼女自身の回復力は、驚異的なほど高い。


 どれほどの重傷でも、時間さえあれば自力で完全に治してしまう。


 だから緋羽莉は、いまはただ優しく体をさすってあげるだけですませる。


 けれど、そのぬくもりこそが、なによりの癒やしだった。


「シンディ、今回は助かったよ。ありがとう」


 アリスは身をかがめ、まっすぐに感謝を伝えた。


 その声には、心からの敬意がこめられている。


『アリスちゃん……そのようすだと、勝てたみたいね……』


 シンディは、緋羽莉に支えられたままアリスを見上げた。


 その表情には、安心と誇りが浮かんでいる。


「うん。シンディと、緋羽莉ちゃんのおかげでね」


 アリスは、はっきりとうなずいた。


 名前を呼ばれた瞬間、緋羽莉は、えへへ、と少し照れくさそうに笑った。


 指先で自分のポーチのふちをいじるしぐさは、あれほどの力を見せた少女とは思えないほど、無邪気だった。


 けれど、その背すじはまっすぐ伸び、誇らしさを隠しきれていなかった。


『ふふ……丈夫さだけが、とりえみたいなものだからね』


 シンディは、少し照れたように笑う。


 その謙遜に、アリスも小さく笑みを返した。


 ほんとうは――それだけじゃない。


 勇気も、やさしさも、誇りも。すべてにおいて、彼女は強い。


 とりえがひとつだけなんて、とんでもない。


 けれど、それを口に出すのは、少し照れくさくて、野暮な気がした。


『アリスー!』


『アリスちゃーん!』


 そこへ、ブルーとミルフィーヌが戻ってきた。


 そのとなりには――


 解放されたモモイロハネウサギの姿もある。


「ウサギちゃん! よかった! 出られたんだね!」


 真っ先に声をあげたのは、緋羽莉だった。


 自分のことのように、うれしそうな笑顔を浮かべている。


 長い脚が大きくしなり、ふわりと揺れるスカートのすそが、春の風とたわむれる。


 そのあかるさにつられて、シンディもアリスも自然と笑顔になった。


 とくに――


 ずっとハネウサギに会いたがっていたアリスのひとみは、感動でいっぱいに潤んでいた。


 海のように深い青が、きらきらと揺れている。


 けれどアリスは、その高ぶる気持ちをぐっと胸にしまいこんだ。


 ゆっくりと歩み寄り――


 モモイロハネウサギの前で、そっと立ち止まる。


「は……はじめまして、ウサギさん」


 少し緊張した声。


「わたし、アリス・ハートランド」


 胸に手を当てて、名乗る。


「あなたと……お友だちになりたいの」


 まっすぐな言葉だった。


 そこに、打算や欲望はひとかけらもない。


 ただ純粋に――つながりたい、という願いだけ。


 感受性の高いモモイロハネウサギは、その想いをしっかりと受け取っていた。


 目の前の少女から感じる、やさしい心。


 そして――同胞の気配。


 さらに、自分を助けるために命がけで戦ってくれたという事実。


 それらすべてが、この少女たちは信じられる存在だと教えていた。


 けれど――それ以上に。


 心を引きつける存在が、もうひとり。


『? どうしたの?』


 じっと見つめられて、ブルーは首をかしげた。


 モモイロハネウサギのひとみは――うっとりと潤んでいた。


 頬も、ほんのり赤く染まっている。


 そのようすを見て、アリスとミルフィーヌ、そして、大人なシンディは――


 同時に、ひとつの答えにたどりついた。


 このモモイロハネウサギは――ブルーのことを、特別に思っているのだ。


 桜の木の陰に隠れ、ずっとようすを見守っていた理由も――きっと、それなのだろう。


 ミルフィーヌは、くすっと小さくほほえんだ。


 春風が吹き抜け、桜の花びらが舞い上がる。


 ふたつの小さな運命が――


 いま、静かに混じり合おうとしていた。


『……キュ』


 モモイロハネウサギは、小さなおててで、ブルーの大きな手をぎゅっとにぎった。


 ふわふわの体が、ほんのり桜色に染まっているように見える。


 ブルーも思わず、顔を赤くした。


 胸の奥が、くすぐったいように温かい。


 そんなふたりのようすを見て――


「ふたりとも、すっごくなかよしだね!」


 緋羽莉が、太陽のようにあかるい笑顔で言った。


 身を乗り出した拍子に、緋色のポニーテールがふわりと弧を描く。


 その言葉に、ブルーはますます照れてしまう。


 アリスは苦笑いを浮かべた。


 緋羽莉は体つきこそ大人びているが、こういうところはまだまだ無邪気な少女のままだ。


 けれど、そのまっすぐなところが、彼女の魅力でもある。


 ほんのり上気した頬、つやのある肌。


 そして、笑うたびにやわらかく揺れる体の線。


 アリスは、なぜか少しだけ胸が落ち着かなくなるのを感じた。


「えーと……つまり、それは――パートナーになってもOK、ってことで……いいのね?」


 アリスは、少し緊張した声で確認した。


『キュ!』


 モモイロハネウサギは、こくりと大きくうなずいた。


 そのひとみは、まっすぐにアリスを見つめている。


 迷いのない――確かな肯定だった。


 その瞬間、アリスと緋羽莉は顔を見合わせ――


 同時に、にまーっと笑みを浮かべた。


「やっ……たあーーーーっ!!」


 ふたりは、声をそろえて大歓声をあげる。


 そして、手を取り合って――ぴょーん、と大きくジャンプした。


 着地した瞬間、緋羽莉の長い脚がしなやかに地面を受け止める。


 スカートのすそがふわりと舞い、引き締まった太ももの線が、一瞬だけあらわになった。


 その姿は、元気いっぱいで――とてもきれいだった。


 桜の花びらが、ふわりと舞い上がる。


 念願だったモモイロハネウサギが、ついに仲間になったのだ。


 淑女を自認するアリスも、このときばかりはよろこびを隠しきれなかった。


 ミルフィーヌも、シンディも――そんなふたりを見て、やさしくほほえんでいる。


 ミルフィーヌは、大好きなアリスの望みがかなって、うれしそう。


 シンディは腕を組み、豊かな胸元をゆったりと持ち上げたまま、誇らしそうに緋羽莉を見つめている。


 ふたりのひとみには、守る者への深い愛情が、隠すことなく宿っていた。


「それじゃ……あなたにも、お名前をつけてあげないとね!」


 アリスはしゃがみこみ、目線を合わせて言った。


 その青いひとみは、宝石のように輝いている。


 そのとなりで、緋羽莉も同じようにしゃがみこむ。


 膝を折った姿勢でも背筋はまっすぐで、丸みのある肩と腰のラインが、まだ幼さを残しながらも、どこか大人びて見えた。


 黄色いひとみは、期待に満ちてきらきらと輝いている。


『なまえ……』


 ブルーは小さくつぶやき、ごくりと息を飲む。


 ワンダーに名前を与えること。


 それは――ウィザードとワンダーが、本当の意味でパートナーになる瞬間だ。


 ほんの数日前のことなのに、ブルーには、もうずいぶん昔のことのように思えた。


 アリスに名前をもらった、あの瞬間。


 胸がいっぱいになった、あの気持ち。


 それは今も、ブルーの中で大切に輝いている。


「そうだねえ……」


 アリスは少し考えてから――


 ぱっと顔を上げた。


「モモ! あなたの名前、モモはどうかな?」


 あっさりと――


 けれど、やさしい声で宣言した。


 ブルーは、心の中で思った。


(体が桃色で、モモイロハネウサギだから……とかじゃないよね?)


 そして、ふと気づく。


(……あれ?)


(ぼくのブルーって名前も、けっこう安直じゃない?)


 そう思った瞬間。


 ブルーの青い顔は、さらに赤くなった。


 そんなブルーのようすを見て。


 アリスは、くすっと笑い――空を見上げた。


「だって、ほら。見てごらん」


 みんなも、つられて空を見る。


 そこには――


 青とピンクが溶け合う、美しいグラデーションの空がひろがっていた。


 まるで――


 ブルーと、モモイロハネウサギの色が、ひとつに混じり合っているみたいに。


「あ……」


『キュー……』


 ブルーとモモイロハネウサギも、同時に息をのんだ。


 モモ――


 これからそう呼ばれる小さなワンダーのひとみが、きらきらと輝く。


「ね?」


 アリスはほほえんだ。


「わたしたちに、ぴったりの名前だと思わない?」


 その笑顔は、春の光のようにやさしい。


『……うん』


 ブルーも、静かにうなずいた。


 そうだ。


 名前の理由なんて、きっと関係ない。


 大切なのは――そこに込められた想いだ。


 その名前を呼ぶたびに、その名前で呼ばれるたびに。


 絆は、もっと深まっていく。


『キュー! キュー!』


 モモは、うれしそうに鳴いた。


 桜舞う草原に、歓喜の声が響く。


「よかったね! アリス!」


 緋羽莉は胸の前で手を合わせる。


 指がぎこちなく絡まり、その大きな手が、子どもらしいよろこびを素直に表していた。


 そのよろこびの声を聞いて、シンディも、ふっとほほえんだ。


 風に揺れる深紅の髪が、なめらかな曲線を描いて背中を流れる。


 鍛え抜かれた体は堂々としていて、そこに立っているだけで、安心感を与えてくれた。


 その視線は――ずっと、緋羽莉を見守っていた。


 こうして――


 【モモイロハネウサギ】のモモは、正式に、アリスの新たなパートナーとなったのだった。


 青と桃色。ふたつの色は――


 これから、もっと深く混じり合っていく。

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