第6話 新しい朝
ピピピピピ……
午前6時30分。
ベッドのわきに置かれたスマートウォッチのアラームが鳴り、アリスはゆっくりと目を覚ました。
カーテンのすき間から差しこむ朝日が、部屋の中をやさしく照らしている。
そのベッドのとなりには、すやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている、家族で相棒のミルフィーヌと――もうひとり。
『ん……』
小さな声といっしょに、空色のドラゴンの男の子、ブルーも目を覚ました。
ブルーはむくりと体を起こし、きょろきょろと部屋を見回す。
もしかしたら昨日のことは全部夢で、目を覚ましたらドラゴピアの自分の家にいるんじゃないか――そんな期待が、ほんの少しだけ胸をよぎった。
けれど目に映ったのは、見慣れない天井と、やわらかそうなベッドと――
となりで笑顔を向けてくる女の子。
もう、絶望は胸をしめつけなかった。
そのかわりに、あたたかな光が、ちゃんとそこにあったから。
「おはよう、ブルー。よく眠れた?」
アリスは、朝の光に負けないくらいあかるい笑顔を向ける。
『うん、おかげで、すっごくよく眠れたよ』
ブルーも、ほっとしたように笑った。
昨日は、こわいことも、悲しいことも、うれしいことも、たくさんありすぎた。
けれどぐっすり眠ったおかげで、心も体もすっかり元気だ。
アリスには、どれだけ感謝しても足りない。
『ワンワンッ!』
その声に反応したミルフィーヌも目を覚まし、のそのそとブルーに近づいて、ぺろぺろと顔をなめた。
『わっ、わっ』
ブルーはくすぐったそうに目を細める。
びっくりはしたけれど、すぐにわかった。これはミルフィーヌなりのあいさつなのだと。
ブルーは、うれしそうに笑った。
ここはもう、ひとりぼっちの場所じゃない。
ベッドから降りたアリスは、てきぱきと身じたくを始めた。
水色のパジャマを脱いで、いつもの服に着替える。
白いシャツにソックス、赤いネクタイにミニスカート。青いベスト、そしてお気に入りのカチューシャ。
どことなく探偵みたいなその服装が、アリスのいつものスタイルだ。
「ブルー、ちょっと来て」
アリスはブルーを手まねきし、学習机の上に置いてあった紙袋をごそごそとあさる。
それは昨日、町を歩いていたときに、こっそり買っておいたものだった。
アリスはにこにこしながら、それをブルーの頭や首につけていく。
『あ、あの……なにしてるの?』
「いいからいいから。じっとしててね~」
ブルーはわけもわからないまま、されるがままじっとしていた。
やがてアリスは満足そうにうなずく。
「はい! できあがり! どうかな?」
アリスは姿見の前にブルーを連れていった。
鏡に映っていたのは――
頭に飛行用ゴーグル、首には赤いスカーフを巻いた、ちょっと冒険家みたいなドラゴンの姿。
『これは……ぼくなの?』
ブルーは目をまん丸にした。
水面に映った自分を見たことはあっても、こんなふうに「かっこいい」と思えたのははじめてだった。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
「そうだよ。物語の主人公みたいで、かっこいいでしょ」『ワン!』
ミルフィーヌも元気に鳴いて、しっぽをぶんぶん振る。
「にあってる!」と言っているみたいだった。
アリスが用意したのは、ブルー用のアクセサリーだったのだ。
パートナーとして、いっしょに冒険する仲間として。
ブルーの胸に、またひとつあたたかい気持ちが積み重なる。
『ありがとう、アリス!』
満面の笑顔でそう言うブルーを見て、アリスもにっこり笑った。
こうして始まった、新しい朝。
それは、ブルーにとっても、アリスにとっても、新たなるスタートの朝だった。
☆ ☆ ☆
「おはよう、沙織さん」『ワン!』
「おはようございます、アリスちゃん、ミルフィーヌ」
リビングに入ったアリスとミルフィーヌは、食卓でタブレットをいじっている銀髪ポニーテールの女性にあいさつした。
彼女の名前は稲葉沙織。アリスの保護者だ。
すらりと背が高く、やわらかい表情ながら、きりっとした雰囲気の美人さん。ズボンをはいていること以外は、アリスとよく似た服装をしている。どうやらアリスのファッションセンスは、この人ゆずりらしい。
『お、おはようございます。サオリ……さん』
ブルーも、おずおずとあいさつをした。
沙織のことは昨日アリスから紹介され、ここにいていいと言ってもらえた。やさしい人だというのもわかっている。
それでも、どうしても少しだけ緊張してしまう。
なにしろ沙織は180センチを超える長身で、体つきもしっかりしている。昨日の犬童よりずっと背が高く、外見の迫力がすごいのだ。
「はい、おはようございます、ブルー」
沙織は目線をやわらかくして、にっこりとほほえんだ。
その笑顔を見て、ブルーの肩の力がすこし抜ける。
(うん……こわい人じゃない。たぶん、そのうち慣れるよね)
ブルーは小さく自分に言い聞かせた。
『キュー!』
「ブラウンも、おはよう!」
元気な声を上げたのは、テーブルの上に立っている小さなウサギ型ワンダーだった。
羽のように長い耳が、ロップイヤーみたいに垂れている。二本足でちょこんと立つ姿は、ぬいぐるみのように愛らしい。
名前はブラウン。沙織のパートナーだ。
名前の由来は、そのまま体の色からきている。
『おはよう、ブラウン』
さすがのブルーも、見るからに人なつっこいブラウンには、まったくこわさを感じなかった。
こうして全員そろって、朝ごはんの時間になった。
こんがり焼けたトーストに、ベーコンエッグ、ポテトサラダ。あたたかいスープの湯気が、ふんわりと立ちのぼっている。
ブルーも同じメニューを分けてもらった。
はじめて食べる人間の朝ごはんは、どれも新鮮で、とてもおいしい。
ひと口食べるたびに、胸の奥がじんわりあたたかくなった。
(ぼくは、ここにいていいんだ……)
ブルーは、またひとつ「帰る場所」を感じていた。
☆ ☆ ☆
「いってきまーす!」
アリスはスクールバッグを持ち、元気いっぱいに家を飛び出した。
今日から本格的に5年生の授業がはじまる。気合いもじゅうぶんだ。
ブルーとミルフィーヌも、もちろんいっしょ。
ドラゴピアにも学びの場はあったので、ブルーにもアリスが学校へ行く理由はわかっている。
「あ、そうだ」
家の前で、アリスはふと思い出したように立ち止まった。
そして右手のスマートウォッチを操作する。
するとミルフィーヌの体がふわりと光の粒子に変わり、きらきらと輝きながらウォッチの画面へ吸いこまれていった。
『わあ……』
ブルーは思わず声をもらした。
ウォッチにワンダーを収納する機能があることは知っていたし、昨日アリスに説明もしてもらっている。けれど、実際に目の前で見ると、やっぱりふしぎで落ち着かない。
「学校では、必要なとき以外ワンダーを外に出しておくのは禁止なの。ブルーもしばらく、ウォッチの中に入っててね」
『う……うん』
うなずいたものの、正直まだ心の準備ができていない。
体が光の粒になってバラバラになるなんて、どんな感覚なのか想像もつかない。こわくないと言われても、やっぱりちょっと不安だ。
「だいじょうぶ。ぜんぜんこわくないから、安心して」
アリスはブルーの気持ちを見抜いたように、やさしく言った。
そしてウォッチの画面をタッチする。
次の瞬間、ブルーの体も光の粒子に変わり、ふわりと吸いこまれていった。
『こ、ここは?』
気がつくとブルーは、空色の床と壁と天井に囲まれた四角い部屋の中に立っていた。
広さは、アリスの家のリビングより少し広いくらい。
これまでの話から、ここがウォッチの内部空間だということはすぐに理解できた。
『ワンワンッ!』
近くでは、ミルフィーヌが元気に走り回っている。
あんなに小さな機械の中に、こんな広い場所があるなんて、とても信じられない。
「ブルー、居心地はどう?」
突然、空中にアリスの顔がふわっと映し出された。
どうやらウォッチ内蔵カメラの映像らしい。
『えっと……まだ、よくわからないかも』
「あはは、ごめんね。いきなり聞かれてもそうだよね。もしなにか不満とかあったら、すぐ教えてね」
アリスがそう言うと、今度は外の住宅街の映像が映し出された。
人の足音や話し声、通りすぎるワンダーの気配まで聞こえてくる。
どうやら中からでも、外のようすを自由に見聞きできるようだ。
これならつねにアリスと情報が共有できるし、ウォッチの中にいても退屈の心配はなさそう。
ブルーは少し安心した。
「じゃ、あらためて、学校に行こう!」
アリスは元気に歩き出す。
ウォッチの中から見える外の景色をながめながら、ブルーは胸をどきどきさせていた。
アリスの学校では、いったいどんな出来事が待っているんだろう。
期待と不安が半分ずつ。
ブルーの新しい毎日が、いよいよ動き出そうとしていた。




