第58話 ワンダフルな幕切れ
人間のすがたになったミルフィーヌは、ハンターめがけてダッと駆け出した。
草を踏みしめる音すら、遅れて聞こえるほどの速さだった。
ガンマは迎え撃とうと右腕を構えるが――
次の瞬間には、もう目の前まで距離を詰められていた。
「速い!」
ブルーも思わず舌を巻く。
ミルフィーヌの変化のしくみはわからない。
けれど――
子犬の姿だったときよりも、すべてがケタちがいにパワーアップしている。
それだけは、はっきりとわかった。
『《ハニースパイク》!』
ミルフィーヌは、右手の剣をするどく突き出した。
アメ細工のような水色の剣先が――ガンマの右肩の関節に突き刺さる。
瞬間――
ドバァン!
はじけるような衝撃。
ガンマの右腕が、壊れたオモチャのように胴体から吹き飛び、草の上にボトリと落ちた。
断面がバチバチとショートし、火花を散らす。
『いまのは――ブルーくんと、ウサギちゃんをいじめたぶんです!』
ミルフィーヌは、かわいらしい顔の眉をキリッと上げて言った。
そのすがたは愛らしいのに――騎士のように凛としていた。
ガンマは痛みを感じていないために、微動だにしない。
だが――
その主人であるガンマン男からは、ゴーグルとスカーフ越しでも、はっきりわかるほどの苛立ちがにじみ出ていた。
『すごい……』
『キュー……』
ブルーと、捕らえられているモモイロハネウサギが、そろって感嘆の声をもらす。
さっきまで、あれほど苦戦していた相手を――いまのミルフィーヌは、完全に圧倒している。
(これが……ミルフィーヌの、本当のチカラ……)
ブルーの胸が、高鳴る。
(このチカラなら……)
もしかしたら――
あの剣城玲那と、そのパートナーのコハクとさえ、対等に戦えるかもしれない。
そんな未来への希望が、胸の奥に灯りはじめていた。
ミルフィーヌは、その場でくるりと一回転する。
そして、すぐさま次の突きを繰り出した。
狙いは――顔面。
ドパァン!
鋼鉄の頭部が弾け飛ぶ。
ガンマは、首なしの姿となった。
『……!』
『キューッ!』
あまりにも衝撃的な光景に、ブルーとハネウサギは思わず目を覆う。
火花が、桜の花びらの中に散った。
『いまのは――シンディさんと、緋羽莉ちゃんのぶんです!』
ミルフィーヌの声は、はっきりと怒りを帯びていた。
シンディは顔を破壊され、倒された。
だから――同じ場所を狙った。意趣返しだった。
どうせ相手はロボットだ。
頭をふっとばされたくらいで死にはしないと、ミルフィーヌもわかったうえでやっている。
『そして――これが……』
ミルフィーヌはふたたび回転する。
今度は両手で剣をにぎりしめ――全身の力を込める。
そして――
フルスイング!
カッキィィン!
乾いた衝撃音。
ガンマの鋼鉄の体が宙を舞い――
そのまま後方のガンマン男へ、一直線に飛んだ。
「ぐはあっ!?」
直撃。
ガンマン男は、パートナーの巨体の下敷きになり、草原に叩きつけられた。
ドシャッ!
重たい音。
どう見ても――ものすごく痛そうだった。
けれど、ブルーとモモイロハネウサギは、少しも同情しなかった。
自分たちを、あれだけ苦しめた相手だ。
むしろ――胸がスカッとする思いだった。
『……私の、たいせつなアリスちゃんを――』
ミルフィーヌは、スイングの姿勢のまま。
ふんっ、と鼻息を鳴らした。
『痛い目にあわせてくれたぶんです!』
怒りと、愛情と。
誇りが込められた一撃だった。
「う……ん……」
そのとき。
アリスが、小さくうめいた。
銃弾を受けて倒れていた体を、ゆっくりと起こす。
右脇腹を押さえながら――体が震えている。
まだ痛みが残っているのだろう。
アリスは、状況を確認しようと顔を上げた。
そして――見た。
剣を持った、お姫さまのような少女を。
見覚えはない、けれど。
アリスには、すぐにわかった。
心が――教えてくれた。
「ミルフィーヌ……なの?」
かすれた声。
その声に、少女は、くるりと振り向いた。
そして――満面の笑顔で答えた。
『……はい! アリスちゃん!』
変わらない。
ひとなつっこい笑顔。あかるくて、元気な声。
すがたがどれだけ変わっても。
それは――ずっといっしょにいた、大切な家族そのものだった。
「……ミルフィーヌ……!」
アリスの青いひとみが、涙でにじむ。
笑顔がこぼれる。
ゆっくりと、立ち上がる。
脇腹の痛みも――いまはもう、気にならなかった。
胸いっぱいにひろがるのは――よろこびだった。
「……やってくれたな……!」
なごやかな雰囲気を取り戻しかけていた草原に、うらみがましい声がするどく響いた。
倒れていたはずのガンマン男が、ふらりと起き上がってきたのだ。
どうやらガンマをスマートウォッチの中に戻したらしく、巨体の下敷きからは解放されている。
しかし、その声には、あきらかな怒りと執念がこもっていた。
ミルフィーヌはとっさに剣を突きつける。
『あなたの負けです! おとなしくお縄についてください!』
凛とした声。
けれど――ガンマン男は、まるで動じていなかった。
左手のスマートウォッチを操作し、新たなパートナーを呼び出そうとしている。
「わたしが許す! 取り押さえてっ!」
アリスが脇腹を押さえながら叫ぶ。
息が荒い。それでも、そのひとみには強い意志が宿っていた。
ワンダーが人間に直接危害を加えるのは、たとえ正当防衛でもためらいがある。
だが――もう、ためらっている余裕はない。
ミルフィーヌはうなずき、一歩を踏み出した。
しかし――その一瞬の判断の迷い。
それが、致命的なスキとなった。
ガンマン男は、すでにパートナーを呼び出していたのだ。
『あつっ!』
伸ばしかけたミルフィーヌの手が、見えない壁に弾かれる。
反射的に引っ込めた。
交代直後のワンダーを守るための――特性によるバリアだった。
現れたのは――宙に浮かぶ、オレンジ色の弾丸型のワンダー。
しかし、これまでのバレットンとはあきらかにちがう。
丸みを帯びたふくらんだ胴体。
全身には、燃え盛る炎のペイント。
後部で回転するプロペラは、爆撃機を思わせるような不気味なフォルムをしていた。
【バーストバレットン】――炸裂弾頭型ワンダー。
それを見た瞬間――
アリスの背筋に、冷たいものが走った。
(まさか……!)
目を見開く。
(自爆させるつもり……!)
自分たちもろとも――すべてを吹き飛ばす気だ!
「みんな! 逃げてーっ!」
脇腹の激痛を押して、アリスは叫んだ。
無駄かもしれない。
それでも――叫ばずにはいられなかった。
ガンマン男はスカーフの下で、笑っていた。
自分の狙いを瞬時に見抜いたアリスに対する、感心と――勝利を確信した、余裕の笑みだった。
バーストバレットンが、オレンジ色の光を放ち始める。
その輝きは、どんどん強くなる。
もう、止められない。
数秒後には――すべてが、爆炎に包まれる。
アリスは駆け出した。
ブルーも、捕らえられたモモイロハネウサギをかばうように身を寄せる。
ミルフィーヌは、自爆そのものを止めようと剣を構えた。
けれど――すべてをあざ笑うかのように。
バーストバレットンの光は、臨界へと達しようとしていた。
そのときだった。
「《音波砲》!」
『ワッフーン!』
聞き覚えのある声。
次の瞬間――
轟音とともに、巨大な突風が巻き起こった。
バーストバレットンが――はるか彼方へと吹き飛ばされる。
「ぐおおおっ!?」
近くにいたガンマン男も巻き込まれ、宙を舞った。
しかし――爆発を止めようとしていたミルフィーヌはちがった。
長い髪とオーバースカートが激しく揺れるだけで――その場に、しっかりと立っていた。
ちゅどおおおん!!
遠方で、爆発。
巨大な火柱が空へと立ち昇る。
だが――そこには、もう誰もいない。
アリスたちは、守られたのだ。
「ぐはっ!」
ガンマン男が草の上に墜落する。
もう――立ち上がる力は残っていないようだった。
『いまのは……』
ブルーが、小さくつぶやく。
この感覚。この展開。
この――ちょっと間の抜けた吠え声。
忘れるはずがない。
「おーい! アリスちゃーん! 無事ー?」
『ワフワフ!』
ドスン、ドスン、ドスン。
地面を揺らしながら現れたのは――巨大な白いポメラニアン。
その背中には――白いキャップをかぶった、みつあみの小柄な女性。
それを見た瞬間、アリスとブルーの顔が、一気にあかるくなった。
「もふるさん!」
『わたあめ!』
ワンダーレンジャー――犬飼もふる。
そして、そのパートナー――【ドデカニアン】の、わたあめ。
彼女たちは、間一髪のところで――戦場へと駆けつけたのだった。




