第57話 ミルフィーヌ完全解放
「ミルフィーヌ!」
『ワンッ!』
緋羽莉が倒れ、シンディも戦闘不能となった――
その現実を胸に刻みながらも、アリスは一瞬たりともためらわず、ミルフィーヌに攻撃の指示を飛ばした。
シンディを確実にしとめるために強力な技を放った反動か、ガンマはひざまずいたまま、すぐには動けないでいる。
そのスキを逃さない。
ミルフィーヌの剣が、鋼鉄のボディの関節を正確に斬り裂いた。
――一閃。
だが、それで終わらない。
着地と同時に反転。
間髪入れずに、二撃目。
三撃目。四撃目。
斬って、斬って、斬り続ける。
そのすべてに、怒りが込められていた。
緋羽莉が――シンディが――
傷つけられた怒りが。
(間髪入れずに、ここまでの連撃……しかも、一撃ごとに威力が増している……?)
ガンマン男は目を見開き、分析する。
それは、モモイロハネウサギのそばでへたりこんでいるブルーも同じだった。
(これが、ミルフィーヌの特性……? それとも技の効果……?)
ブルーは首を振る。
(……ううん、ちがう)
思い出していた。
昨日の校内大会予選。ミルフィーヌとアカネの戦いを。
あのときも――戦いが激しくなるにつれて、ミルフィーヌはどんどん強くなっていった。
あとで閃芽に聞いた話では、あれは技でも特性の効果でもない。
もともと持っていたチカラが、少しずつ解き放たれていったのだという。
7年間の訓練で鍛えられ、たくわえられたミルフィーヌのチカラ。
だが、長いあいだ戦うことを禁じられていたため、本気で振るわれることはなかった。
だから今――かつてない強敵との戦いによって、そのチカラがすべて、解放されはじめているのだとしたら。
(いったい……ミルフィーヌって、どれだけ強いんだろう……)
ブルーは息をのんだまま、戦いを見つめていた。
「うっとうしい!」
ガンマン男が怒鳴る。
ガンマの右腕の銃口が向けられる。
発砲。
だが――当たらない。
ミルフィーヌはすでに、そこにはいなかった。
スピードも上がっている。
それだけではない。
アリスの冴えわたる先読みが、パートナーを導いているのだ。
(真にうっとうしいのは……あのガキか!)
ガンマン男の視線が、アリスへ向く。
右手を突き出す。
「!」
アリスの目がするどく細められた。
予測した。次の狙いを。
ガンマの銃口が――ミルフィーヌから外れ、アリスへ向けられる!
『ワウ!?』
『あぶな……!』
ミルフィーヌとブルーが叫ぶ。
だが――遅い。
発砲。
「ぐうっ!?」
アリスの悲鳴が、草原に響いた。
予測はできていた。
だが――人間の体と反応では、とてもよけきれない。
銃弾は、右の脇腹をかすめた。
衝撃と激痛。
特注の青いベストが貫通を防いだものの、衝撃は骨の奥まで響いた。
「っ……!」
アリスの顔が歪む。
体勢を崩し――草の上へ倒れた。
『アリス!』
ブルーが叫ぶ。
怒りに燃える目で、ガンマン男をにらみつける。
飛びかかろうとする。
だが――そのとき。
『……ワウ』
ミルフィーヌの気配が変わった。
ブルーは凍りついた。
感じたのだ。
自分の怒りなど、比べものにならないほどの――圧倒的な怒りを。
ミルフィーヌの種族――【キャリバリア】。
その名は、騎士を意味する"キャバリア"にも由来する。
主人への、絶対の忠誠。
だが――ミルフィーヌにとって、アリスはそれ以上の存在だった。
主人であり、相棒であり、家族だった。
7年以上、ずっといっしょに生きてきた。
その大切な存在が――傷つけられた。
ミルフィーヌのひとみが、燃えていた。怒りの炎で。
その姿に、ブルーは思った。
(この怒りは――きっと、もう――誰にも止められない……!)
すると――
ミルフィーヌの体が、カッとまばゆい光に包まれた。
『わわっ⁉』
『キューッ⁉』
あまりのまぶしさに、ブルーと、球体に捕らえられたモモイロハネウサギは、とっさに目を覆い、体をよじる。
桜舞う草原が、一瞬、昼の太陽が落ちてきたかのように白く染まった。
「これは……!」
ガンマン男も、ゴーグル越しであるにもかかわらず、思わず顔をそむけていた。
光の中心で――ミルフィーヌのすがたが、変わっていく。
小さな子犬の輪郭が、ゆっくりと伸びていく。
体が大きくなり。四足が二足へ変わり。
しなやかな、人の形へと近づいていく。
「進化か……だが、させん!」
ガンマン男は叫び、ガンマへ攻撃を命じた。
右腕の銃口が、光の中のミルフィーヌへ向けられる。
『や、やめてっ……!』
ブルーが手を伸ばし、叫ぶ。
だが――
無情にも、銃弾は放たれた。
炎をまとった弾丸が、光の中心へ突き進む。
命中――
する、その瞬間。
カッ――!
光が、さらに強く弾けた。
シャキィン!
澄みきった鈴のような音が響き――
銃弾は、跡形もなく消え去った。
「むおっ⁉」
『わあっ⁉』
ガンマン男とブルーは、思わず身をよじった。
やがて――光が、静かに消えていく。
そこに立っていたのは――
ひとりの少女だった。
オレンジに近い、あかるいライトブラウンの長い髪。
春風に乗って、桜の花びらとともに、ふわりふわりと揺れている。
頭には、小さく気品ある銀のティアラ。
目の色は、アリスよりもさらに淡い、水色に近い青。
大きく、澄んだそのひとみは、まっすぐ前を見すえていた。
外見は、16歳ほど。
だが、その整った顔立ちは、どこか無垢な幼さも残している。
青と白のエプロンドレス。プリーツのミニスカート。
後ろを覆う長いオーバースカートが、風にたなびき、まるで物語に出てくるお姫さまのようだった。
白いグローブの右手には――一振りの剣。
赤と白のキャンディのような柄。
半透明の水色の刀身は、まるで氷菓子のようにきらめいている。
『ミルフィーヌ……?』
ブルーは、迷いなくそうつぶやいていた。
はじめて見る姿なのに――なぜか、確信できた。
少女は、ブルーを見て、ふわりと、ほほえんだ。
『はいっ、ブルーくん!』
それは――あかるく、元気で、やさしい、人間の少女の声。
けれど……まちがいない。
この子は――ミルフィーヌだ。
すがたがどれだけ変わっても――
あの、あたたかくて、人なつっこい雰囲気は、少しも変わっていなかった。
「……チッ!」
ガンマン男が舌打ちする。
すぐにガンマへ、再び発砲させた。
銃弾が、空気を裂いて迫る。
だが――
ぷにん。
ミルフィーヌの前に、半透明のピンク色の肉球が、突如として現れた。
銃弾は、やわらかく受け止められ――
ぽんっ、と弾き返された。
威力を失った弾丸は、草の上をころころと転がり、光の粒となって消えた。
『えっ……』
ブルーは、息をのんだ。
ガンマン男も、言葉を失う。
あのガンマの早撃ちを――防いだ?
いままで、よけることすら難しかった攻撃を。
まるで、子どもの投げたボールのように。
「バカな……」
ガンマン男が、後ずさる。
理解してしまったからだ。
これは――まぐれではない。
進化したミルフィーヌには、銃弾の軌道が、完全に見えている。
スカーフの下で、冷たい汗が流れた。
ミルフィーヌは、お姫さまのようなすがたで、剣をまっすぐ突きつけた。
そのひとみには――燃えるような怒りと。
守る者としての、強い意志が宿っていた。
『よくも――』
静かな声。
だが、はっきりと響く。
『私の大切な家族と――』
倒れているアリスを見た。ブルーを見た。
『友だちを――』
気を失った緋羽莉を見た。シンディを見た。
『キズつけてくれましたね』
一歩、前へ出る。
スカートが、ふわりと揺れる。
そして――凛と、宣言した。
『とっておきのおしおき――あげちゃいます!』
その言葉は、どこかかわいらしく、けれど――そのひとみには。
凍りつくほどの闘志が、宿っていた。
もう――誰にも、止めることはできない。
アリスを守護するプリンセスのチカラが今、完全に解き放たれたのだから。




