第56話 非情なる紅蓮の銃弾
『が……あっ……!』
かすれた声をもらしながら、シンディの鍛え上げられた巨体が、両ひざをつき――ついに、地面へと崩れ落ちた。
大地が、ずしんと重く鳴る。
その衝撃は、見ている者の胸にまで響いた。
地に落ちた巨体が、びくりと痙攣した。
張りつめていた褐色の筋肉が、力を失い、わずかにたるむ。
大きく開いた脚も、支えることすらできず、だらしなく崩れていた。
圧倒的だったはずの肉体は、いまはただ――撃ち倒された存在として、無防備にさらされていた。
「……っ!」
緋羽莉もまた、同じように苦痛に顔をゆがめ、ひざをついた。
すらりと長い脚が折れ、その場に崩れる。
引き締まった太ももが、小刻みに震えていた。
華奢さと力強さをあわせ持つ体が、痛みに支配されている。
緋色のポニーテールが、力なく揺れる。
健康的な色だった顔は青ざめ、額には細かな汗がにじんでいた。
胸を押さえ、浅い呼吸をくり返す。
まるで、自分自身の体を撃ち抜かれたかのように。
アリスは知っている。
緋羽莉は、その心やさしさのあまり――パートナーの痛みを、自分の痛みのように感じてしまう少女だということを。
その姿は痛々しく、見ているだけで胸が締めつけられそうになる。
それでもアリスは、バトルフィールドから視線をそらさなかった。
いま、やるべきことはただひとつ。
この戦いに勝利し――モモイロハネウサギを守ること。
そして、家族を、友だちを守ること。
アリスは、もう二度と、自分のやるべきことから目をそらさないと、誓ったのだから。
――さて、シンディを沈めた、あの弾丸の正体。
頭の回転の速いアリスには、すでに見当がついていた。
紫色の、生きた弾丸のワンダー――【パープルバレットン】。
あのワンダーは、自身の技、《ローディング》によって――アンドロイド型ワンダー、【ガンマ-10000】の“銃弾そのもの”となったのだ。
そう、自らの体を、弾丸へと変える。それこそが、パープルバレットンの真価。
あのワンダーは、身を守るバリアの性質から見て、おそらく雷の属性だった。
だからこそ――ガンマの放った銃弾には、強力な電撃が宿っていた。
紫電の銃弾は、シンディの鎧のような筋肉をやすやすと貫き――体内へ侵入し、内側から、電撃を解き放った。
どれほど頑丈な肉体でも、えてして内部からの攻撃には弱いもの。
それは、多くのワンダーに共通する弱点だった。
ガンマン男はハンターだ。そういったワンダーの知識、戦闘経験、どれをとっても、こちらより上だろう。
――それでも。アリスには、ふしぎと負ける気がしなかった。
たとえ経験が足りなくても、知識が及ばなくても。
絶対に負けないと信じられるものが、ふたつある。
ひとつは――沙織との7年間の訓練で身につけた、自分とミルフィーヌのチカラ。
そしてもうひとつは――パートナーとの、絆。
心でつながったそのチカラだけは――ワンダーを無理やり捕らえることを生業とするハンターなんかに、負けるわけがない!
『ワン!』
ミルフィーヌが、シンディを見た。
シンディもまた、苦しげに顔を上げる。
そして、うなずいた。
――私のことは気にしないで。あなたの壁として、使って。
言葉はなくても、その意思は伝わった。
『ぐ……っ!』
シンディは、体内を焼きまわる電撃に耐えながら、ゆっくりと立ち上がる。
脚が震える。呼吸が乱れる。膝が笑う。
今にも、もう一度崩れ落ちそうになる。
それでも、太い脚は地面を踏みしめた。
無様に揺れながら、それでも――倒れない。
その広い背中は、愛するものを守るためにあるのだから。
「しぶとい筋肉ダルマめ……!」
ガンマン男が、吐き捨てるように言った。
その言葉に――アリスの胸に、小さな怒りが灯る。
シンディが、ズタボロになりながらもがんばっているのに。
その強さも、やさしさも、気高さも、美しさも知らずに侮辱するなんて。
『はああああっ!!』
シンディが、雄叫びをあげた。
大地を踏みしめる。
ズン! ズン!
一歩ごとに地面が揺れる。
足運びは、重く、不格好だった。引きずるような動き。
それでも、その巨大な背中は、決して後ろを向かなかった。
弾丸に撃ち抜かれた体で――それでも、前へ。
ミルフィーヌが、その背後につく。
守られながら、守りながら。ふたりは、ガンマへと迫る。
『今度こそ、くたばれっ!』
ガンマン男が叫ぶ。
アンドロイド、ガンマの銃口が火を噴いた。
ドン! ドン!
『ぐっ! ああっ……!』
銃弾が突き刺さる。
シンディの筋肉の鎧をたやすく貫き、体内で電撃が弾ける。肉体が大きく震えた。
『がっ……!!』
口がだらしなく開く。唾液がわずかに飛ぶ。踏み出した足がもつれる。
巨体が、みっともなく揺れた。
それでも、止まらない。
歯を食いしばり、前へ、前へ。
膝が沈む。倒れかける。
だが、倒れない。
無様に、みじめに、それでも――前へ進む。
「……ううっ……!」
緋羽莉が、胸を押さえた。
全身が汗で濡れている。呼吸が苦しい。
大きな手が、ピンクのオフショルダーの胸元を強くにぎりしめる。布地が、しわになるほどに。
かわいらしい顔が苦痛にゆがむ。
それでも――目は、シンディを見つめ続けていた。
信じているから、パートナーを、愛する家族を、その強さを。
ブルーもまた、モモイロハネウサギをかばいながら見守っていた。
大きな手を胸の前で握りしめ、祈るように。
シンディとミルフィーヌは――少しずつ、確実に、ガンマとの距離を詰めていく。
ガンマは、無表情のまま動かない。
だが、その背後のガンマン男は違った。
ゴーグルとスカーフの奥で――確かな焦りを、にじませていた。
『ぐっ……今よ!』
『ワオーン!』
シンディがさらなる銃弾の痛みに耐え、体を踏んばったその瞬間――
そのたくましい背中を踏み台にするように、ミルフィーヌが飛び出した。
広く厚い背中。汗に濡れた褐色の肌が、陽光を鈍く反射している。
その肉体は、いくつもの傷を刻まれながらも――なお、美しかった。
だからこそ、彼女の想いに応えたい。今度こそ、逃がさない。
ピンクの光を宿した剣をくわえたその顔は、強い決意に満ちていた。
ガンマの鋼鉄のボディめがけ、剣が振り下ろされる――
その瞬間。
「《チェンジ!》」
ガンマン男の叫び。
ガンマの体が光に包まれ――またしても、別のワンダーと入れ替わった。
「またぁ⁉︎」
アリスは思わず叫んだ。
ルール違反ではない。そもそも、これは正式な試合ですらない。
だが、それでも――しつこい。ずるい。そんな思いが胸にこみ上げる。
そして、現れたのは――赤色の弾丸型ワンダー、【レッドバレットン】だった。
その周囲には、炎のようにゆらめく赤いバリアが展開されている。
ミルフィーヌの剣は、それに阻まれ、止められた。
(ブルーの〈ハーモニクス〉があれば……!)
特性を無効化できたはずなのに、とアリスは歯がゆさを感じる。
モモイロハネウサギのそばでへたりこんでいる、ブルー自身も同じ気持ちだろう。
だが――今は、ないものをくやんでいる場合じゃない。
ミルフィーヌはすぐにバック宙し、シンディのそばへ戻る。
レッドバレットンもまた、バリアを解いた。
ふらふらと、不安定に高度を下げる。
そして。
「《ローディング》!」
光に変わり――ウォッチへと吸い込まれる。
入れ替わるように、ガンマがみたび姿を現した。
今度はレッドバレットンを、自らの弾丸として。
「ミルフィーヌ!」
「シンディさん!」
アリスと緋羽莉が叫ぶ。
交代直後の召喚酔い、いまが最大のチャンス。
『ワオーン!』
ミルフィーヌが跳ぶ。剣を振るう。
『はああああっ!!』
シンディもまた、雄叫びをあげた。
眉間に深いしわを刻み、歯を食いしばり、太い脚で地面を踏みしめる。
腕の筋肉が、盛り上がる。太い肩から前腕へ、しなやかな力が流れる。
引き締まった腹部が、鋼のように硬くなる。
右こぶしに、紅蓮の炎をまとわせ――全身全霊で、ガンマへ叩きつける。
その一撃には、緋羽莉のためにという、強い意志が込められていた。
剣と拳、同時の一撃。
だが。
バチバチバチバチ!
赤いバリアが、立ちはだかる。
それでも――ミルフィーヌも。シンディも。あきらめない。
力を込める。さらに、込める。
火花が散る。空気が震える。地面の草がなぎ倒される。桜の花びらが、吹き荒れる。
やがて――
攻撃を終えたふたりは、地面へ着地した。
『……っ』
シンディの体が、反動で大きく揺れた。
ひざが崩れそうになる。足がもつれる。
巨体が、不格好によろめいた。
呼吸が乱れ、口がわずかに開いたまま閉じない。
限界が近い。
それでも――立っている。
ガンマは、まだひざをついたまま。
その体には、バチバチと電流が走っていた。
確実に、ダメージは通っている。
「もう一発!」
アリスが叫ぶ。
今度こそ、とどめを刺す。
その瞬間――
ガチャリ。
ガンマの右腕の銃口が、動いた。
向けられる。
よろめき、無防備なシンディへ。
ガンマン男が、指鉄砲を作り――冷たく、つぶやく。
「《バーストショット》」
次の瞬間。
紅蓮の閃光。爆音。
そして――シンディの顔面で、爆発が起きた。
『――――』
声にならない。
意識が、途切れる。
その美しく凛々しい顔が、大きくのけぞった。
口がだらしなく開く。唾液が、わずかにこぼれる。
巨体は、糸の切れた人形のように力を失っていった。
ひとみから光が消える。
巨体が、ゆっくりと傾く。
踏んばることもできない。支える力も残っていない。
ただ、崩れる。
守護者としてではなく、ただ撃ち倒された存在として。
ドォン――――
地面を揺らしながら、シンディは、大の字に倒れた。
その顔からは、煙が立ちのぼっていた。
美貌が見る影もなくぐちゃぐちゃで、見るにたえない。
胸は、かすかにも動かない。指先も、もう、ぴくりとも動かなかった。
圧倒的だった肉体は、完全に沈黙していた。
「――――っ」
その瞬間。
アリスのとなりで、緋羽莉が、力を失い、崩れ落ちる。
長い脚から力が抜ける。体が傾く。
支えることもできす、そのまま地面へと沈んでいった。
黄色いリボンが、ふわりと揺れた。
「緋羽莉ちゃん!」
アリスが叫ぶ。
緋羽莉は、意識を失っていた。
シンディと同じように、大の字で。深く傷ついたように。
その表情には、深い苦しみと――それでも消えない、強い想いが残っていた。
最後まで、彼女は、シンディを信じていた。
『ヒバリちゃん……!』
ブルーが震える声をあげた。
緋羽莉の性質を知らないから、どうして彼女が倒れたのか、わからない。
けれど、大好きな友だちが苦しんでいる。
それだけで――胸が、張り裂けそうだった。
仲間が倒れた。親友が倒れた。
それでも。アリスは――敵から、目をそらさなかった。
そのひとみには、これまでにないほど強い――怒りの炎が、燃えていた。
倒れたシンディのとなりで、ミルフィーヌもまた、低くうなった。
『……ワン』
静かな、だが、激しい怒り。
戦いは――まだ、終わっていない。




