第54話 ブルー、がんばる
『うわあっ!』
機械人形の銃撃をまともに受け、ブルーは草原の上を転がるように吹き飛ばされた。
自分がおとりになると決めた以上、攻撃をくらうことは最初から覚悟していた。
体をこわばらせ、体内のエナをすばやく巡らせ、衝撃を分散させる。ダメージは最小限に抑えられた――はずだった。
それでも、強烈な一撃だった。
骨の奥までじんじんと震えるような痛み。何発も受ければ、さすがに体がもたない。
『キューッ!』
ブルーの背後では、半透明の球体に閉じ込められたモモイロハネウサギが、か細い悲鳴をあげた。
うるんだ赤いひとみが、ブルーをまっすぐ見つめている。
その声を聞いた瞬間、ブルーはすぐに跳ね起きた。
(あの子を、不安にさせちゃダメだ!)
それだけで、さっきまでの痛みがすこし遠のく気がする。
守るべき存在がいる。
それが、こんなにも心を強くするなんて。
「頑丈だな。悪くはないが……面倒だ」
ガンマン男は感情のない声でつぶやく。
そのとなりで、機械人形が無言のまま銃口を向け、ふたたび引き金を引いた。
ドォン!
『ぐうっ……!』
今度は右腕に直撃。
衝撃で体がねじれ、また地面に叩きつけられる。
ブルーは悲鳴をのみこみ、歯をくいしばった。
あの銃撃は、強いうえに速い。
弾丸が見えない。狙いも正確。かわすスキがない。
せめて一撃でもやり返したい――そう思うが、どうもそれはムリっぽい。
いまはとにかく、アリスが来るまで、時間をかせぐ。
それが自分の役目だ。
しかし――
(右腕が……上がらない……!)
さきほどの一撃で、右腕がじんじんとしびれ、一時的にマヒしている。
これでは、ガードの姿勢すら取れない。
ドォン!
『んんっ!』
三発目。
今度は額に命中した。
パリン、と軽い音がして、アリスが買ってくれた飛行用ゴーグルが粉々に割れる。
視界の端に、砕けたレンズの破片が散った。
体の痛みより、そのことのほうが胸に刺さる。
(ごめん、アリス……!)
涙がにじむ。
それでも、心は折れない。
守るべきモモイロハネウサギがいる。
自分が倒れたら、あの子はあいつにさらわれてしまう!
『キュー……』
モモイロハネウサギは、震えながらもブルーを見つめている。
そのひとみには恐怖だけでなく、強くあろうとするブルーへのあこがれの光も宿っていた。
小さな前足で、透明な壁をとんとんと叩く。
がんばって、と言うように。
その健気な仕草が、ブルーの胸をさらに熱くする。
「しぶといな……」
これまで無機質だったガンマン男の声に、かすかな苛立ちが混じった。
ブルーの粘り強さが、予想以上だったらしい。
「そろそろ寝ていてもらおう」
機械人形が、銃身と化した右腕をまっすぐ向ける。
狙いは、ブルーの頭部。
今度こそ気絶させるつもりだ。
ガンマン男の目的は、あくまでブルーとハネウサギの捕獲であって、討伐ではない。
だからこそ、確実に意識を奪う一撃を放つつもりなのだ。
ブルーはぐっと歯を食いしばった。
倒れない。
ここで終わるわけにはいかない。
トリガーが引かれようとした、その瞬間――
「《音波砲》!」
『ワオーーーン!』
草原を切り裂くような、すさまじい音波。
突風がうねり、舞い散る桜の花びらが大きく巻き上がる。
ピンク色の吹雪が視界を埋めつくした。
「ぐ……!」
ガンマン男と機械人形は、とっさにテンガロンハットを押さえ、身をかがめる。
ボロボロのコートが、ばさばさと激しくはためいた。
『あ……!』
ブルーの顔が、ぱあっと明るくなる。
覚えのある展開。
けれど、なつかしむにはあまりに早い時間。
「ブルー! だいじょうぶ!?」
『ワーン!』
青いひとみをいっぱいに見開き、駆け寄ってくる少女――アリス。
その横には、小さな体で全力疾走するミルフィーヌの姿。
ブルーの、はじめてできた友だち。
胸の奥が、じんわりあたたかくなる。
(……また、助けてもらっちゃったな)
ブルーは、痛みの中で小さく苦笑した。
そしてアリスのうしろから、もうひとりの頼もしい影が現れる。
緋色のポニーテールをなびかせ、すらりとした長身で駆けてくる緋羽莉。
引き締まった体に、燃えるような生命力。
その姿は、まるで春風のなかに立つ一本の火柱のようだった。
ブルーは思う。
アリスが光なら、緋羽莉は炎。
ふたりがそろえば、きっとどんな闇にも負けない。
胸の奥で、ふたたび勇気が灯った。
「……飼い主がいたか。残念だ」
体勢を立て直したガンマン男は、感情のこもらない声でつぶやいた。
機械人形も、ウィーン……と無機質な駆動音を鳴らすだけ。
加減したとはいえ、《音波砲》の直撃を受けたはずなのに、ほとんどダメージを感じさせない。
場ちがいな西部劇風の男と、銀色のガイコツめいたアンドロイド。
春の草原というのどかな景色とあまりに不釣り合いなその姿に、アリスはぞくりとした不気味さと、重くのしかかる威圧感を覚えた。
だが――目はそらさない。
アリスは一瞬で状況を整理する。
透明な球体に閉じ込められた【モモイロハネウサギ】。
ボロボロになりながらも、それを守り抜いたブルー。
そして、あきらかにただ者ではない敵。
本来なら、目的の、希少なワンダーを見つけたことに胸を躍らせてもおかしくない。
けれど今は、そんな余裕はない。
(まずは……あいつを止める!)
直感と本能が、警鐘のように鳴り響いていた。
緋羽莉も、胸元に大きな手を当て、静かに相手を見すえる。
引き締まった体に、ぴんと伸びた背筋。
その立ち姿は堂々としているが、ひとみの奥は鋭い。
アリス以上に戦い慣れている彼女は、ガンマン男の底知れない強さを一目で見抜いていた。
(この相手は……アリスひとりじゃ危ない!)
瞬時に判断し、左手のスマートウォッチを構える。
ガンマン男はテンガロンハットを指で押し上げ、アリスの青いひとみをじっと見返した。
揺らぎのない、まっすぐな視線。
覚悟を決めた目だ。
言葉では引かない――そう悟ると、男は低く言った。
「俺とやる気のようだな」
アリスは、無言でうなずく。
ブルーの傷ついた姿が、視界の端に映る。
胸の奥が、熱くなる。
緋羽莉も、ごくりとつばを飲みこみ、ウォッチを操作する。
「シンディさん……!」
紅蓮の光とともに現れたのは、【灰焔姫シンデレラ】――シンディ。
長身で、重厚な筋肉に包まれた褐色の肉体。
肩幅は広く、腕は丸太のように太い。
隆起した筋肉は鎧のように盛り上がり、その一歩ごとに地面が低く震える。
それでいて、琥珀色のひとみはふしぎなほど穏やかで、炎を宿しながらも慈しみに満ちていた。
戦場に立つ者の強さと、誰かを抱きしめることのできる優しさが、同時にそこにある。
燃えさかる炎の気配をまとい、堂々と立つその姿は、まるで戦場に降り立つ女王のようだった。
はじめて彼女を間近で見るブルーは、思わず息をのむ。
(お、おっきい……! まさに、緋羽莉ちゃんのパートナーって感じだ……アカネより!)
頼もしさと同時に、圧倒的な存在感。
緋羽莉がその背に立つ姿は、まるで炎を従える姫君のようだった。
「おねがい……!」
その声には、命令でも依存でもない、まっすぐな信頼がこめられている。
シンディはその響きを聞くだけで胸が熱くなる。
――この子のためなら、どれほどの痛みでも受け止めよう。
それが彼女の、ゆるぎない誓いだった。
「ガンマ、すぐに仕留めろ」
男が命じる。
機械人形――正式名称【ガンマ-10000】が一歩前へ出る。
右腕は巨大な銃身。
百発百中を誇る、射撃特化型アンドロイドワンダー。
その銃口が、ミルフィーヌに向けられた。
アリスのひとみがするどく光る。
「右に跳んでっ!」
ドォン!
指示は、発砲より速かった。
ミルフィーヌは地面を蹴り、すれすれで回避。
さっきまで立っていた場所の草がえぐれ、黒く焦げた煙が立ちのぼる。
「そのまま突っこんで!」
止まれば撃たれる。
アリスの先読みと的確な判断が、戦況をつなぐ。
「チッ……!」
ガンマン男が舌打ちする。
小柄で俊敏なミルフィーヌは、照準が定まらない。
「わたしたちも!」
緋羽莉が大きく腕を振り、シンディに合図を送る。
緋色のポニーテールが弧を描く。
『まかせて!』
その声には力強さがあった。
そして、ほんのわずかにやわらぐ。
振り向きざま、シンディは一瞬だけ緋羽莉を見る。
その視線はやわらかく、深く、限りなくあたたかい。
まるで「あなたと、あなたの大切なものたちは、私が必ず守る」と言葉にせず伝えるように。
重厚な肉体が、大地を揺らすように走り出した。
ドス、ドス、ドス――
迫りくる威圧感。
だが、男は冷静だった。
「狙いは、あのデカブツだ」
すばしっこいミルフィーヌをあえて無視し、まずは鈍重な最大戦力から削る。
合理的で、冷酷な判断。
ガンマの銃口が、走るシンディの額を正確にとらえる。
ドォン!
『ふぐっ!?』
額を撃ち抜かれ、巨体がぐらりと揺れる。
強靭な首が衝撃を受け止めきれず、視界が白く弾ける。
頭が跳ね上がり、炎のような髪が散る。
皮膚が裂け、焦げた匂いが漂った。
赤黒い弾痕がにじみ、整った顔立ちが一瞬でゆがんだ。
それでも前へ出ようとした足が、わずかに空を踏む。
だが――彼女は止まらない。
そこに、二発目、三発目。
ドォン! ドォン!
『ぐうっ!? ああっ……!』
右腕を撃たれ、筋肉がはじける。
腹部への直撃で、肺の空気がすべて押し出される。
すさまじい激痛に、思わず前のめりに折れる。
呼吸が一瞬止まり、喉からかすれた音がもれる。
足取りが乱れ、片ひざが地面に触れかける。
内臓を揺さぶられるような衝撃に、シンディの美しい顔が、苦痛でさらにゆがむ。
決して優雅ではない、痛みに耐える姿だった。
足元の土がえぐれ、踏みしめた地面にひびが走る。
大きな体ゆえに、狙いは外れない。
強烈な連射が、ついにその足を止めた。
ぐらり、と体が揺れる。
それでも――
ひざはつかない。
琥珀色のひとみが、炎のように燃えている。
肩で荒く息をし、額から汗が流れ落ちる。
美しかった戦場の女王は、いまや弾痕と焦げ跡にまみれている。
だが、そのひとみの奥だけは、少しもくもっていなかった。
背後には、愛する家族が、緋羽莉がいる。
その存在が、彼女を立たせている。
あの子を思うだけで、胸の奥が焼けるように熱くなる。
どれほど無様でも、あの子の前で倒れるわけにはいかない。
「シンディさんっ……!」
緋羽莉の声が震える。
だが、恐怖ではない。信頼だ。
こんなことで、シンディは倒れない。そう信じている。
その声を聞いた瞬間、シンディの意識がはっきりと戻る。
どれだけ体が悲鳴をあげても、あの子の声が届くかぎり、私はまだ終わらない。
緋羽莉への、あまりに深い愛情。それこそが、彼女の強さの源だった。
その間に――
「《ズバットスパート》!」
『ワオーン!』
地を駆ける、こむぎ色の影。
シンディが受け止めた銃撃のスキを突き、ミルフィーヌが一気に間合いを詰める。
剣をくわえたまま、渾身の一閃。
金属を裂く、耳をつんざく音。
マントごと、ガンマの鋼鉄の脇腹が深く切り裂かれた。
火花が散り、内部の配線が露出する。
戦況は、動きはじめた。




