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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

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第53話 火急の知らせ

「《百裂拳》!」


 必殺の飛び道具が通じないと見るや、リョウはすぐに作戦を切り替え、カラテカに接近戦を指示した。


 カラテカはすばやいステップで一気に間合いをつめると、シンディめがけて嵐のような連打をくり出す。


『う……あっ……くうっ……!』


 機関銃のように打ちこまれるこぶしのラッシュ。


 鈍い衝撃音が何度も重なり、シンディの褐色の肌がびりびりと震える。


 たくましい腹筋にめりこむ拳。呼吸が乱れ、うっすらと汗がにじみ、苦悶がその整った顔立ちをかすめた。


 炎の精霊、高位のワンダーであるはずの彼女が、歯を食いしばりながら耐えている姿は、胸が締めつけられるほど痛々しい。


 けれど――


 その後ろ姿を見つめる緋羽莉の表情に、焦りはなかった。


 すっと背すじを伸ばし、静かなまなざしでパートナーを見守っている。やわらかな顔立ちはいつもどおりおだやかで、むしろ「これくらいなら、だいじょうぶ」と言っているみたいだった。


 アリスもシンディの強靭さは知っているが、おなかを無抵抗で乱打される姿はさすがにかわいそうに見えて、思わず、ぎゅっと胸の前で手をにぎる。


『はああっ!』


 次の瞬間、シンディが両手をぐっとにぎりしめ、大きく胸を張った。


 ドンッ、と空気が震える。


 足もとから紅い炎が渦を巻いて立ちのぼり、張りついていたカラテカの体を吹き飛ばした。


『オウッ!?』


 予想外の反撃に、カラテカは受け身も取れずに地面へ転がる。


 あわてて起き上がろうとした、その目の前に――


 ぬっと、大きな手のひらが現れた。


『やっと、つかまえた』


 シンディはやさしくささやくような声で、にっこりと笑う。


 けれど、その手はがっちりとカラテカの顔をつかみ、どれだけもがいてもびくともしない。見た目以上に、とてつもない握力だ。


「いきます! 《アッシュ・トゥ・アッシュ》!」


 緋羽莉が大きな体でぐっと右手をにぎりしめる。声はかわいらしいのに、そのひとみはまっすぐで強い。


 節のしっかりした指先に力が宿る。きゅっと結ばれたくちびると、意志を秘めた黄金色のまなざし。


 ミニスカートのすそがひるがえり、鍛えられた太ももが地面を踏みしめ、土がわずかにきしむ。


 その合図と同時に、シンディのつかんだ右手から紅蓮の炎が一気に燃え上がった。


 炎は一瞬でカラテカの全身を包みこみ、まぶしいほどの火花が弾ける。


『ムワアアア!』


 カラテカはじたばたともがき、悲鳴をあげる。


 リョウも頭をかかえ、声を張り上げた。


「うわあ……」


 アリスは思わず息をのむ。というか、ちょっと引いていた。


 目の前の光景は激しく、胸がぎゅっとなる。


 これが【灰焔姫シンデレラ】――シンディの種名の意味。


 シンデレラとは“灰かぶり姫”。


 みずからの紅蓮の炎で敵を焼き、その灰をまとう姫、ということだ。


 ふだんはおっとりしていて、どこかお姉さんみたいにやさしいシンディ。


 でも、ひとたび戦いになれば、敵を容赦なく燃やしつくす――そんな恐ろしさもあわせ持っているワンダーだった。


 炎をまとったその姿は、まるで深紅の戦乙女。


 長い脚で大地を踏みしめ、豊かな髪を大きくなびかせるシンディは、緋羽莉の未来を映したかのような威容をたたえていた。


 母のようなやさしさと、烈火のごとき闘志。


 そのすべてが、緋羽莉への深い愛情から生まれていることを、アリスは知っている。


『はい、おしまい』


 炎がふっと消え、シンディがいつものやわらかい笑顔に戻る。


 手をぱっと離すと、カラテカは全身まっ黒こげの姿で地面に倒れ、そのまま気を失っていた。


 見た目はたしかにひどい。


 けれど、命にかかわるほどのものじゃない。


 痛みは最小限に、傷もすぐ治る程度に抑えている。


 相手を傷つけすぎない、絶妙なチカラ加減――それは、緋羽莉がもっとも得意とするところだった。


(……ううん、得意、っていうより……そうならなきゃ、いけなかったんだよね……)


 アリスはそっと目を伏せる。


 緋羽莉が、そんな戦い方を身につけざるを得なかった理由……


 それを思うと、胸の奥がきゅっと痛んだ。


「カラテカー!」


 リョウが大粒の涙を流しながら、倒れたパートナーのもとへ駆け寄る。


 そして、その体にすがりついてわんわん泣き始めた。


 状況だけ見れば、まるで感動的なシーンのようにも見えなくはない。


 緋羽莉もアリスも、苦笑いしながら見ていた。


 さっきまでの激しいバトルの空気が、少しだけやわらいだ瞬間だった。



 ☆ ☆ ☆



「終始圧倒されっぱなしだったが、実にいい経験だったッ! ありがとうッ!」


「はい! わたしのほうこそ、ありがとうございます!」


 リョウと緋羽莉は、がっちりと握手を交わした。


 バトルが終わればノーサイド。さっきまで激しくぶつかり合っていたとは思えない、さわやかな幕切れに、アリスはふっとほほえむ。


 こうして並んでみると、リョウと緋羽莉の身長はほとんど変わらない。


 それでもリョウはまったく気にしていない様子で、尊敬のまなざしをまっすぐ緋羽莉に向けている。


 堂々とした立ち姿。すらりと伸びた手足。バトルのあとでも崩れない凛とした空気。


 緋色のポニーテールが陽光を受けてきらりと輝き、白いフリルのついた装いが風にやわらかく揺れる。


 戦いを終えたばかりだというのに、呼吸は乱れず、背すじはまっすぐ。


 引き締まった体つきの奥に、年相応のあどけなさがのぞく――その絶妙なバランスが、アリスの視線を自然と引き寄せていた。


(やっぱり緋羽莉ちゃん、すごいなあ……)


 アリスは、なんだか自分のことのように誇らしくなった。


 やがてリョウと、キズ薬で回復したカラテカは、さわやかに、そして豪快に手を振りながら去っていった。


「おつかれさまです、シンディさん! 体はだいじょうぶですか?」


 緋羽莉はにっこりと笑って、パートナーをねぎらう。


 種族や関係にかかわらず、年上にはきちんと敬語を使う。それが緋羽莉の礼儀だった。


『ふふ、直接たしかめてみる?』


 シンディがやわらかくほほえむ。


 緋羽莉は少し照れながらも、そっと腕や肩に手を当ててようすをたしかめた。


 戦いの余熱でほんのりあたたかい体に、異常はないか丁寧に確認する。


 その手つきは慣れたものだ。緋羽莉はマッサージも得意で、シンディの体調管理もいつもこうして行っている。


 大きな手のひらが、褐色のたくましい腕をやさしくなぞる。


 指先にこめられた気づかいは、まるで大切な宝物を扱うかのように丁寧だった。


 シンディはその手のぬくもりを確かめるように、そっと緋羽莉の指を包みこむ。


 体格差のあるふたりだが、その触れ合いはどこまでもおだやかで、深い信頼に満ちていた。


『ん……だいじょうぶ。ありがとう、緋羽莉ちゃん』


 シンディは目を細めて、うれしそうに笑い、大きな手で緋羽莉の頭をそっとなでた。


 指が髪をすくい、黄色いリボンがかすかに揺れる。


 その仕草は母のようにやさしく、けれどどこか誇らしげでもある。


 緋羽莉はくすぐったそうに目を細めながらも、その手に頬をあずけるようにして、ほんの一瞬だけ甘えた。


 そのようすをなんとなく見ていたアリスは、なぜか急に落ち着かなくなり、頬がほんのり熱くなる。


 胸の奥が、ちくりと小さく鳴った。


 それが何の感情なのか、アリスにはまだうまく言葉にできない。


 ただ、緋羽莉の横顔が、いつもより少しだけ遠くに感じられて――


 そして同時に、どうしようもなく近くにも感じられた。


『アリスちゃんも、応援ありがとう。どう? 参考になったかしら?』


 長身のシンディは、アリスと目線の高さを合わせるように少し身をかがめ、やさしく問いかけた。


 やわらかなほほえみ。けれど、バトルのときに見せた迫力の面影も、まだどこかに残っている。


 アリスはどきりとして、あわててうなずいた。


「え、ええ……とても勉強になりました……!」


 正直に言えば、さっきのシンディの戦いぶりは、ふだんのおだやかな姿からは想像もできないほど豪快で力強かった。


 とても今の自分がそのままマネできるようなスタイルではない。


 でも、だからこそ、意味があった。


(もし、ああいうパワータイプの相手と戦うことになったら……)


(わたしなら、どう動く? ブルーとミルフィーヌを、どう指揮する?)


 頭の中で、さっきの戦いを何度も思い返す。


 それは確実に、アリスの力になっていた。


 シンディは緋羽莉の肩に大きな腕をまわし、ぐっと引き寄せた。


 まるで守るように、そして誇るように。アリスに見せつけるように。


 その琥珀色のひとみには、「この子はわたしの誇り」と言わんばかりの光が宿っている。


 緋羽莉も自然にその腕に身をゆだね、安心しきった表情を浮かべていた。


「ふふっ、よかった。こういうかたちでも、アリスの役に立てて!」


 緋羽莉が後ろ手を組み、おひさまみたいなあかるい笑顔を向ける。


 その笑顔に、アリスの思考は一瞬でふき飛び、胸がどきんと跳ねた。


『ワンワンワーン!』


 そのとき、あわただしい鳴き声が響いた。


 ミルフィーヌが、必死な表情でこちらへ駆けてくる。


「どうしたの、ミルフィーヌ? ブルーは、いっしょじゃないの?」


 全身汗びっしょりで、荒い息をついているミルフィーヌ。


 ひとりだけで戻ってきたようすに、頭の回転の速いアリスの胸に、嫌な予感が走った。


 となりで、緋羽莉とシンディの表情もきゅっと引きしめられる。


「ブルーに、なにかあったのね?」


『ワンッ!』


 その通りだと言わんばかりに、ミルフィーヌは強く吠えた。


 そしてくるりと向きを変えると、「ついてきて!」と伝えるように全力で駆け出す。


「行こう! 緋羽莉ちゃん!」


「うんっ!」


 緋羽莉はシンディをスマートウォッチの中へ戻し、アリスといっしょに走り出した。


 胸の奥にひろがる不安を振り払うように、ふたりはミルフィーヌのあとを必死に追いかけた。

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