第52話 緋羽莉と灰焔姫シンデレラ
桜吹雪が舞う黄緑色の草原で、緋羽莉は緋色のポニーテールを揺らしながら、道着の男性と少し距離を取って向かい合った。
春光を受けた健康的な肌がほのかにきらめき、長い手足のラインがすらりと映える。フリルのあしらわれた装いさえ、ふしぎとバトルフィールドの空気になじんでいた。
アリスは親友のうしろに立ち、その背中をかたずをのんで見守っている。
ガーリーでかわいらしい服装なのに、その立ち姿はふしぎなくらい凛としていて、思わず見とれてしまうほどかっこいい。
引きしまった体つきと、高めの身長をいかした姿勢のよさが、いっそうそう見せているのだろう。
ゆるく波打つ髪が背中で弾み、黄色いリボンが小さく跳ねるたびに、どこか愛らしい余韻を残す。そのたびに、アリスの視線は吸い寄せられる。
(やっぱり……緋羽莉ちゃんって、かわいくて、かっこいい……)
何度でも、そう思ってしまう。
胸の奥がじんわりあたたかくなって、アリスはそっと手をにぎりしめた。
「俺の名は厚木涼ッ! 気軽にリョウと呼んでくれッ! 君の名はッ!」
男性――リョウは堂々と腕を組み、胸を張って名乗る。
「わたしの名前は、花菱緋羽莉といいます! わたしも緋羽莉と呼んでくださってかまいません! よろしくお願いします、リョウさん!」
緋羽莉も負けない大きな声で、ていねいにあいさつを返した。
胸を張り、まっすぐ相手を見るその姿は堂々としているのに、にこやかな口もとには年相応の無邪気さが残っている。強さと素直さが同時に伝わる立ち居ふるまいだった。
ふだんは底抜けにあかるく元気いっぱいなのに、武道をたしなんでいるせいか礼儀はきっちりしている。
そのギャップもまた、緋羽莉らしい魅力だ。
うしろで見ていたアリスは、なぜか少し誇らしい気持ちになる。
「緋羽莉か……いい名だッ! ならばともにワンダーを交え、さらなる高みを目指そうッ! カラテカ!」
『オスッ!』
リョウとおそろいの赤いハチマキに白い空手着をまとった人型ワンダー【カラテカ】が、すばやく前へおどり出た。
押忍のポーズを決めるその姿から、やる気と闘志がびしびし伝わってくる。
緋羽莉も負けじと、左手のスマートウォッチにふれ、パートナーを呼び出した。
あふれ出す赤い光の粒子が空中で集まり、大きな人型をかたちづくっていく。
『ふふっ……久しぶりの出番ね』
艶やかで落ち着いた、大人の女性の声がひびいた。
左右に大きくはねた長い深紅の髪をかきあげながら現れたのは、180センチをこえる長身の人型ワンダー。
その一挙手一投足に重みがあり、踏みしめるだけで大地がわずかに震えるような迫力を帯びている。
顔立ちは緋羽莉によく似ているが、より大人びていて、包みこむようなやさしさと、たくましさをあわせ持っている。
深みのある紅い髪と琥珀色のひとみ。徹底的に鍛え上げられた、しなやかで力強い体つき。
隆起した筋肉は芸術品のように整い、それでいて包みこむようなあたたかさを感じさせる。厚みのあるくちびるがわずかにほころぶだけで、場の空気がやわらぐのがふしぎだった。
赤を基調にしたセクシーで華やかな衣装と、頭上の金色のティアラが、まるで炎の国の姫君のような気品を感じさせた。
その名は――【灰焔姫シンデレラ】。
人々の記憶やイメージから生まれた、精霊に近い存在の高位ワンダーだ。
「シンディさん! 今回はよろしくね!」
緋羽莉はうれしそうに手を振る。
シンデレラ――愛称シンディは、やわらかな目くばせで応えた。
その視線には、主を信じきっている誇りと、守り抜くという強い決意がにじんでいる。まるで大人になった緋羽莉が、そのまま前に立っているかのようだった。
そしてちらりとアリスのほうを見て、ふっとほほえむ。
ちゃんと見ててね、と言われているかのよう。
凛として美しいそのまなざしに、アリスの胸がどきんと跳ねた。
どこか緋羽莉に似た面影があるからか、なおさら目が離せない。
「先手はおゆずりします! どうぞ!」
緋羽莉はにこっと笑って宣言する。
基本的にどんな相手にも先手をゆずるのが、緋羽莉の性分だ。
指先を軽くそろえて差し出すそのしぐさは礼儀正しく、それでいてどこかほほえましい。勝負の場でも、緋羽莉らしいやさしさは変わらなかった。
――ただし、アリスと戦うときだけは別。
ふだんはやさしい緋羽莉も、アリスとのバトルではつい本気になってしまう。
それだけ、アリスが特別な存在だということだろう。
アリスのことで頭がいっぱいなのは、緋羽莉も同じなのだ。
「ならッ! お言葉に甘えてッ! 《正拳突き》ィ!」
『オスッ!』
カラテカはファイティングポーズのままシンディとの距離を一気につめ、力強い正拳突きをくり出す。
同時にリョウも、同じフォームで拳を突き出した。
これはワンダーとの一体感を高めるテクニック。
ウィザードがいっしょに戦っていると感じることで、ワンダーのチカラがさらに引き出されるのだ。
ワンダーの技はふしぎなチカラ。
使う者の心や気持ちしだいで、強くも弱くもなる。
シンディは長い脚を大地に踏み込み、よけも防ぎもせず、その拳を正面から受け止めた。
『うっ……!』
小さくうめき声をもらし、顔をしかめながら一歩後ろへ下がる。
衝撃が走った箇所から鈍い音がひびき、赤い衣装の布地がきしむ。褐色の肌にうっすらと走るひび割れのような光の筋が、カラテカのこぶしの重さを物語っていた。
だが、大きなダメージを受けたようすはない。
痛みを押しとどめるようにゆっくりと息を吐き、それでも背を折らない。
その姿はまるで、強さを受け止めてこそ輝く戦士のようだった。
華やかさだけではない、堂々たる強さ。
それが、灰焔姫シンデレラの戦い方なのだ。
『今度は……こっちの番ね』
シンディはにぃっと口角を上げ、大きな右手に紅蓮の炎を宿した。
炎の光が褐色の肌を照らし、鍛え上げられた腕の輪郭をくっきりと浮かび上がらせる。その姿は美しさと迫力が同時に迫ってくるようだった。
『!?』
カラテカは目を見開く。
直感でわかったのだ。
――あの炎を受けたら、ただではすまない!
『ふっ!』
シンディはたくましい腕を振り下ろし、燃える右手でカラテカをつかみ取ろうとする。
炎の危険性に気づいたカラテカは、とっさにバックステップ。
燃えさかる手をかわし、シンディから大きく距離を取った。
『あら、逃げられちゃった』
シンディは炎をまとった手を前に突き出したまま、少し残念そうにほほえむ。
そのうしろでは緋羽莉も同じポーズを取り、かわいらしい顔をきりっと引きしめていた。
背すじをぴんと伸ばし、小さく息を整える仕草までそっくりで、真剣な横顔には思わず応援したくなる健気さがにじんでいる。
緋羽莉もリョウと同じく、ボディランゲージでワンダーを鼓舞するタイプだ。
しかも彼女の場合、ふだんアリスに向けているような、元気いっぱいの声援まで加わる。
それこそが、緋羽莉がウィザードとしての、強さの理由のひとつなのだ。
「なるほど……近づくのは危険そうだな……ッ!」
リョウも冷や汗をにじませる。
カラテカと同じく、シンディの危険さをはっきり感じ取ったのだ。
おだやかな笑みを浮かべながらも、燃えさかる右手。
まるで鎧のように引きしまった、力強い体つき。
立っているだけで空気が張りつめ、まるで巨大な炎の柱がそこにあるかのような存在感を放っている。
自分も格闘技には自信があるリョウだったが、正面からの肉弾戦では分が悪いと判断した。
「ならば遠距離から攻撃するまでッ! 見せろ新技! 《空撃拳》ッ!」
『オスッ!』
カラテカはリョウと同時に腰を落とし、両手で空気を包みこむような構えを取る。
すると、手と手のあいだにみるみる空気が集まり、ひとつの球体を形づくった。
うずを巻く空気の球だ。
『ハアッ!』
いきおいよく両手を突き出し、シンディめがけて放つ。
空気の球は飛びながらさらに周囲の空気を巻きこみ、そのいきおいを増していく。
やがてそれは、大きな空気の弾丸となった。
『せえい!』
シンディは燃えさかる右手を振り上げ、空気の弾丸をつかみ取ろうとする。
長い脚を深く踏み込み、肩から腕へと力を連動させるその動きは、まさに歴戦の戦士の構えだった。
シンディの手は大きい。だが、多くの空気を取りこんだ弾丸は、直径一メートル近くもあった。
『くううっ!』
シンディは美しい顔を苦痛にゆがめ、たくましい両脚で地面を強く踏みしめる。
押し寄せる圧力に歯を食いしばり、額ににじんだ汗が一筋こぼれ落ちる。耐えてはいるが、その負担は明らかだった。
体重を支えきれず、足もとの草原がぐっとへこんだ。
うずまく空気の弾丸はうなりをあげ、少しずつ紅蓮の炎を押し返していく。
シンディのきれいな手のひらを、風の圧力がじわじわと削っていった。
見えない刃で削られるような衝撃に、指先がわずかに震える。それでも手を引かない姿が、かえって胸を締めつけた。
(さすがに……これは少しきついわね……)
シンディがそう感じた、そのとき――
「がんばって! シンディさんっ!」
シンディと同じように右手を前に出した緋羽莉が、力いっぱい声援を送った。
その声はまっすぐで、あたたかくて、力強い。
大きなひとみは真剣そのもので、頬を紅潮させながら必死に前を見つめている。そのひたむきさが、まるで光のように戦場へ差しこんだ。
瞬間、シンディの目がカッと見開かれ、琥珀色のひとみがらんらんと輝く。
大好きなパートナーが、自分と同じ動きで心を重ね、全力で応援してくれている。
それだけで、胸の奥から大きなチカラがわき上がってくる。
背中越しに感じる主の気配が、炎よりも熱くシンディの心を燃え上がらせる。ひとりではないという確信が、痛みを押し流していった。
『はあああーっ!』
シンディは割れた腹筋から大きな声をしぼり出し、ついに空気の弾丸をにぎりつぶした。
風が四散し、桜の花びらが大きく舞いあがる。
「なにィッ!?」
リョウとカラテカは目を見張った。
どうやら《空撃拳》には、相当な自信があったらしい。
「緋羽莉ちゃん、シンディ、すごいっ!」
アリスは青いひとみをきらきらと輝かせながら、思わず声をあげる。
おしとやかなアリスは大げさに飛びはねたりはしない。
けれど、その胸いっぱいのよろこびと誇らしさは、たしかに緋羽莉とシンディに届いていた。
親友の強さが、自分のことのようにうれしくて――
アリスの心は、春の空みたいにあかるく晴れわたっていた。




