第50話 エンカウント×エンカウント
『ほんとに……いた……』『ワウ……』
ドラゴンの子ブルーと、子犬のミルフィーヌは、そろって目をまるくした。
青とピンクがやわらかく溶けあう春の空。
桜の花びらがひらひらと舞い散る草原。
その夢みたいな景色のまんなかに、ちょこん、と立っていたのは――
幻のワンダーともいわれる【モモイロハネウサギ】。
ふたりの前で、二本の脚でお行儀よく立っている。
こわがっているのか、それとも恥ずかしいのか。
長いたれ耳はぺたんと下がり、つぶらなひとみはうるうる。
小さな前足を胸の前でぎゅっとそろえて、もじもじしている。
『かわいい……』
ブルーは思わず、ぽつりとつぶやいた。
金色のひとみはきらきらと輝き、空色のほっぺはほんのり赤い。
ドラゴンの美的感覚から見ても、目の前のウサギは「とびきりかわいい」に分類されたらしい。
――アリスをはじめて見たときは、そんなこと言わなかったくせに(天使とは言っていたけど)。
ミルフィーヌがじとーっとした半目で、そんなことを言いたげにブルーを見上げている。
『キュー……』
モモイロハネウサギが、小さくて甘い声をもらした。
声までふわふわしていそうな、春色の鳴き声だ。
これにはブルーだけでなく、ミルフィーヌのしっぽまでぶんぶん揺れる。
アリスが「あの子とお友だちになりたい!」と目を輝かせていた理由が、痛いほどよくわかった。
『ワン!』
ミルフィーヌが、はっとしたようにブルーを見上げて鳴いた。
――見とれてないで、本来の目的を思い出して!
そう言いたげな、まじめな鳴き声だ。
『あ、そうだった!』
ブルーは背すじをぴんっと伸ばし、モモイロハネウサギに向きなおる。
相手はブラウンと同じウサギ系ワンダー。ものおじすることなんてない。
こわがらせないように、やさしく、ていねいに。
『あ、あのね……こ、こんにちは!』
初対面の相手には、まずあいさつ。
それはお母さん竜から教わった、大切な礼儀だ。
『キュ……』
モモイロハネウサギの表情が、ふっとやわらいだ気がした。
ブルーのまごころが、ちゃんと届いたみたいだ。
よかったぁ……と胸をなでおろしながら、ブルーはつづける。
『ぼくはね、ブルーっていうの。こっちの子はミルフィーヌ。ぼくたち……きみと……その……おともだちに……』
顔を赤くして、もじもじしながら言いかけた、そのときだった。
『ワンッ!』
ミルフィーヌが、いきなりブルーの首に巻かれた赤いスカーフをくわえ、ぐいっと引っぱった。
『わっ!?』
次の瞬間、ふたりのいた場所を、なにかがかすめる。
ひゅんっ――!
空気を切りさく音。
放たれたそれは、モモイロハネウサギに命中すると、ぱっと光って――
小さな体を、半透明の球体の中に閉じこめた!
『キューーーッ!!』
モモイロハネウサギが、びっくりと恐怖の入り混じった悲鳴をあげる。
ミルフィーヌは低くうなりながら、“なにかが飛んできた方向”をにらみつけていた。
ブルーは首根っこを引っぱられたまま、数秒遅れて事態を理解する。
「チッ……二匹は外したか。だが、本命は確保だ」
くぐもった低い声。
大人の男の声だと、ミルフィーヌはすぐに察した。
『だ……だれだ!?』
ようやく体勢を立てなおしたブルーが、声のした方へ叫ぶ。
ミルフィーヌも歯をむき、勇ましくうなった。
足音ひとつ立てずに現れたのは――
テンガロンハット。
長くたらしたグレーの前髪。
ゴーグルと赤いスカーフで隠された顔。
革製のボロマントに包まれた体。
この幻想的な春の草原にはまるで似合わない、西部劇のガンマンのような格好の男だった。
そのかたわらには、同じような帽子とマント、そして未来的なゴーグルを身につけた人型の存在が立っている。
だが――それは、生き物とは思えない姿をしていた。
銀色のガイコツのような体。
関節は黒く太いチューブでつながり、右腕はリボルバーの銃身のような形をしている。
どちらかといえばゴーレムのような人工物や、【ロボ・ロフスキー】に近い、“生きた機械”の気配。
ブルーはまだその名を知らない。
それは――機械人形と呼ばれるタイプのワンダーだった。
『う……!』
ブルーは思わず身をすくませた。
ガンマン男の放つ冷たい威圧感。
そして機械人形の、命の気配を感じさせない異様な威容。
ひと目でわかる。
こいつらがもふるの言っていた、"ハンター"。
ワンダーをムリヤリ捕まえる、悪いヤツ。
――いまのぼくたちが、かなう相手じゃない!
「商品に名乗る名はない」
ガンマン男は、感情のない声で言い放った。
ブルーの胸がぎゅっと締めつけられる。
男の言い方も、ゴーグルの奥の見えない視線も、まるでワンダーを“モノ”としか見ていない。
そう、あの犬童たちと同じ目だ。
――だとしたら。
かなわない相手でも、引くわけにはいかない!
ハネウサギに、ぼくが味わったみたいな、あんなこわい思いをさせたくない!
胸の奥で、ちいさな勇気の炎が、ぼうっと燃えあがった。
ミルフィーヌも低くうなりながら、今にも飛びかかりそうに後ろ足へ力をこめる。
ドオン!
突然、重い衝撃音が草原に響いた。
ブルーたちの足もとに土がはじけ、小さなクレーターができる。
草は吹き飛び、白い煙が立ちのぼった。
見ると、機械人形の銃身のような右腕からも、細く煙が上がっている。
ブルーとミルフィーヌは理解した。
――いまの一撃は、わざと外した“見せしめ”だ。
目で追えない速さ。地面をえぐる威力。
ふたりの体が、本能的に震える。
「今のは警告だ。歯向かえば当てる」
男の声は、どこまでも冷たかった。
『キュー……』
透明な球体に閉じこめられたモモイロハネウサギが、不安そうに小さく鳴く。
丸まった体がふるえている。
このままじゃ、みんな捕まってしまう。
でも、戦っても勝てない。
せめて――アリスたちに、この危機を知らせることができれば。
ブルーはすばやく考える。
大声を出す? ダメだ、出し切る前に撃たれる。
なら――やることはひとつ。
どちらかがおとりになって、どちらかが助けを呼ぶ。
ブルーはちらりとミルフィーヌを見た。
その目には、はっきりと覚悟が宿っている。
ミルフィーヌは一瞬で理解した。
――おとりになるのは、体のじょうぶなぼくだ!
『たのんだよ……』
ブルーは小さくつぶやき、ぎゅっと前をにらむ。
『わあああっ!』
思いきり叫びながら、ガンマン男めがけて一直線に走り出した。
「何ッ!?」
あまりに無謀な突撃に、男の反応がわずかに遅れる。
『ワンッ!』
その一瞬のスキをつき、ミルフィーヌは反対方向へ全力で駆けだした。
アリスのもとへ。
助けを呼ぶために。
人の言葉は話せない。
でも、だれより鼻が利き、だれより速く走れる。
いま、この役目ができるのは自分しかいない。
ドオン!
背後でまた銃声がとどろく。
それでもミルフィーヌは振り返らない。
歯をくいしばり、目に涙をにじませながら、桜の花びら舞う草原を、ただひたすら走り続ける。
大切な家族と――新しく出会った、小さな友だちを助けるために。
50話目・連載一ヶ月・20万文字を達成しました。
今後とも、アリスとブルーの活躍を応援していただけるとうれしいです。
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