表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/98

第45話 わたしが、いますべきこと

「ミルフィーヌ……ごめんね、おつかれさま」


 アリスは桜の木のそばまで駆け寄り、倒れているミルフィーヌをそっと抱き上げると、ウォッチの中へ戻してあげた。


 やさしく声をかけたつもりなのに、その声にはいつもの元気がない。


 それから、アリスはゆっくりと元の位置へ歩き出した。


 けれど、その足取りはひどく重たい。


 白いほほからは血の気が引き、青いひとみはどこか遠くを見ているようで、光を失っていた。


「まだ、やる気なわけね」


 レンジャーのもふるは、巨大白ポメラニアン【ドデカニアン】のわたあめを、名前どおりもふもふとなでながら、あきれたように言った。


 正直なところ、ここまでの戦いを見たかぎりでは、アリスのウィザードとしての評価は低い。見こみはない――そう判断していた。


 けれど、それでもまだ闘志が消えていないのなら、最後まで見届けてやろう。そんな気持ちも、少しだけあった。


(この子には、なにか光るものがある)


 子どもの可能性は、時に大人の予想を軽く飛びこえてくる。


 それを、もふるは長いレンジャー経験で知っていた。


 いっぽうそのころ、ウォッチの中にいるブルーは、不安そうにアリスの様子を見つめていた。


 すぐ近くで休んでいるミルフィーヌの寝顔と、画面越しに見えるアリスの背中を、交互に見比べる。


(わたあめは、たしかにすごく強い……)


 今まで戦ったワンダーの中でも、指折りかもしれない。


 ……更新するの、ちょっと早い気もするけど。直前が、きのうのサンダイガーだし。


 でも、いつものミルフィーヌなら、たとえ勝てないまでも、もっと食らいつけたはずだ。


 そうならなかった理由は、きっと――アリスだ。


 今日のアリスは、なにかがおかしい。


 うまく言葉にはできないけれど、どこかあせっているように見える。


 あかるくふるまっているし、ちゃんと考えているようにも見える。だけど、無理にそう見せているだけのような、そんな違和感があった。


(伝えたほうがいいよね……でも)


 恩人であり、パートナーでもあるアリスに苦言を言うのは、ブルーにとって簡単なことじゃない。


 どうしても、気がとがめてしまうのだった。


 同じころ。


 緋羽莉もまた、同じことを感じていた。


 いや、理由まで、もっとはっきり分かっている。


 けれど――それを口にすることができない。


 なぜなら、アリスに「助言も手助けもしないで」と約束させられていたからだ。


 でも、ほんとうにそれでいいのだろうか。


 このままだまって見ていたら、アリスの心がぽきりと折れてしまうんじゃないか。


 そんな、取り返しのつかないことになる気がしてならなかった。


「……さん、わたし、どうすればいいのかなあ……」


 緋羽莉は、震える声で左手のスマートウォッチにささやいた。


 いつも元気いっぱいの声は影をひそめ、今はか細く揺れている。


 あかるい人間ほど、だれかの悲しみに強く心を引っ張られてしまう。


 緋羽莉にとってアリスは、まさにそんな存在だった。


 アリスが苦しいとき、緋羽莉の心も同じだけ曇ってしまう。


『さっきも言ったけど、約束を守るのは大切よ』


 ウォッチから聞こえるのは、艶やかな大人の女性の声。


「……わたし、アリスとの約束、やぶりたく……ない……」


 緋羽莉はうつむき、消え入りそうな声でつぶやく。


 ふわりと揺れる緋色のポニーテールも、どこか元気がない。


 長い手足も、いつもなら元気いっぱいに動いているのに、今は力なく下がっている。


 しっかり鍛えられた体は頼もしいはずなのに、その肩は小さく見えた。


 あかるさが取りえの彼女だからこそ、その沈んだようすは痛いほど胸に刺さる。


 ふだんは太陽を思わせるような彼女の表情が、今は曇り空のように沈んでいた。


『あー! もー! アンタは引っこんでなさい!』


 突然、ウォッチの中からカン高い声と、げしっという音が響く。


 どうやら、アカネが女性の声の主を蹴り飛ばしたらしい。


『約束なんて、どーでもいいでしょ! 緋羽莉が緋羽莉らしくいられないほうが問題だわよっ!』


 スピーカー越しの大声に、緋羽莉は思わず片目をつぶる。


 でも、その言葉が本気で自分を心配してくれていることは、はっきり伝わった。


「……わたしが、わたしらしく、か……」


 やわらかなくちびるが、小さく動く。


 わたしは、アリスが好きだ。


 アリスの笑顔が、大好きだ。


 はじめて会ったあの日から、あの笑顔を守りたいと思ってきた。


 アリスのためになることなら、なんだってできる。


 どんな無茶な約束だって、守る覚悟はある。


 けれど――


 その約束のせいで、アリスの笑顔が消えてしまうのなら。


(わたしは……)


 緋羽莉は、ゆっくり顔を上げた。


 きゅっと引きしめられた表情。


 大きな黄色いひとみが、強い光を宿す。


(……やぶってみせる!)


 たとえそれで、アリスとの絆が揺らいでも。


 いま目の前で苦しんでいる親友を放っておくほうが、ずっと耐えられない。


 緋羽莉は大きく息を吸いこんだ。


 すらりと長い足が大地を踏みしめ、鍛えられた体がぐっと引き締まる。


 まっすぐ伸びた背すじは、まるで一本の若木のように強くしなやかで、その立ち姿だけで彼女の芯の強さが伝わってくる。


 一直線に前を見すえるその姿は、やさしいだけじゃない強さをはっきりと感じさせた。


 そして、戻ってきたアリスに向かって、思いきり声を放つ。


「アリスーーーーーっ!」


 それは、わたあめの音波砲にも負けないほどの大声だった。


 声に込められた想いが、この異空間そのものを震わせる。


 呼応するように風が巻き起こり、舞い散る花びらが渦を描く。


 桜吹雪の中心に立つピンクの服の緋羽莉は、まるで春の精霊のようだった。


 風に揺れる髪とリボン、ひらりと舞うスカートのすそ。


 手足の長いそのシルエットは、花びらの舞う景色の中でひときわ映え、見る者の目を奪う。


 健康的な輝きに満ちたその姿は、ただかわいいだけじゃない――まっすぐで、力強くて、そしてとてもまぶしい。


 アリスも、もふるも、のんきにしていたわたあめまで、思わずそちらを振り向いた。


「緋羽莉……ちゃん?」


 アリスは思わずつぶやいた。


 太陽みたいに、まわりの人をひきつけて離さない、大親友の名前を。


 その大親友は、大きな両手を口にそえて、もう一度、力いっぱい叫ぶ。


「思い出して! アリスがどうして、強くなりたいって思ったのか! なんのために、すごいウィザードになろうとしてたのか! 思い出してーっ!」


 すらりと長い手足をいっぱいに使って身を乗り出し、全身で声を飛ばす。


 鍛えられた体がぶれずに踏んばるその姿は、小学生とは思えないほど頼もしい。


 緋色のポニーテールが大きく跳ね、黄色いリボンが春の光をはじいてきらりと光った。


 それはさっきよりも、ずっと大きな、魂の叫びだった。


 その声は風をふるわせ、桜の花びらをゆらし、まっすぐにアリスの胸へ飛びこんでくる。


 ズドン! と。


(わたしが……なんのために強くなりたいと思ったか……?)


 決まってる。


 校内大会の本選に出て、あの剣城玲那を倒すため。


 そして、「わたしは緋羽莉ちゃんの親友にふさわしくない」なんて言葉を、撤回させるため。


 でも――


 緋羽莉の叫びを聞いたとたん、胸の奥がざわりとゆれた。


 それだけじゃない気がした。


 もっと、たいせつな理由があったはずだと、心のどこかが訴えている。


(なんだったかな……?)


 アリスは真っ白になった頭で、必死に考える。


 けれど答えは出ない。


 そのとき。


『……アリス』


 こんどは、足もとから、小さくてやさしい声。


 視線を落とすと、二番手として呼び出していた【セルリアンドラコ】のブルーが、心配そうに見上げていた。


「……あ」


 その瞬間。


 真っ白だったアリスの頭の中に、空色がひろがった。


 それはブルーの色。


 やがてその空色は、虹みたいにいろんな色をまじえながら、胸いっぱいにひろがっていく。


(そうだ……)


 わたしが、すごいウィザードになろうと思った理由。


 それは、どんなまちがったチカラにも負けない、“いいウィザード”になるため。


 でもそれは、遠い未来の目標だ。


 いま、最優先で達成しなきゃいけない、いちばん大切な目標は――


「……ブルーを、ドラゴピアに帰してあげること……」


 気がつくと、声に出していた。


 足もとのブルーが、ぱあっと晴れやかな笑顔を見せる。


 その顔は、曇り空から顔を出した青空みたいにあかるかった。


 ――いつものアリスが、帰ってきた!


「……こんな大切なこと、忘れちゃってたなんて……」


 アリスもまた、すっきりとした笑顔を浮かべる。


 胸の中をおおっていた白いモヤモヤが、風に流された雲みたいに消えていく。


 そうだ。


 わたしは、「剣城玲那に負けたくない」って気持ちだけで走ってきた。


 そのためには、ひとりで強くならなくちゃいけないって、だれかに甘えちゃいけないって、思いこんでた。


 でも、ちがう。


 ひとりで強くなるなんて、できっこない。


 わたしは沙織さんに拾われて、ミルフィーヌに支えられて、緋羽莉ちゃんに救われて、それから、たくさんの人と出会って――


 笑ったり、泣いたり、助けられたりして、ここまで来たんだ。


 そんな当たり前のこと、すっかり忘れてた。


 わたしはいつだって、だれかに助けられて生きてる。


 ひとりで強くなるだなんて考えのほうが、よっぽど甘ったれている。


 人も、ワンダーも、みんな助け合って生きてる。


 わたしがだれかを助けたように、わたしもだれかに助けてもらっていいんだ!


「……緋羽莉ちゃん!」


 アリスは顔をあげる。


 桜吹雪の中心に立つ、大親友の姿を見る。


 緋色のポニーテールは春風にあおられて大きく揺れ、まっすぐ前を見つめる黄色いひとみは涙でうるみながらも、強い光を宿していた。


 ふだんは小さくて目立たない鼻の穴も、興奮でぷくっとひろがっている。


 かわいい顔はくしゃくしゃにゆがみ、涙と笑顔がいっしょくたになっている。


 応援に夢中になりすぎて、息が荒くなり、肩で大きく呼吸していた。


 それでも声を止めないところが、いかにも緋羽莉らしい。


 ぎゅっとにぎったこぶし。


 一歩踏み出した足。


 全身で「アリスを信じてる」と伝えてくる立ち姿。


 どれだけ不安でも、どれだけこわくても、友だちのためなら声を張りあげられる子。


 手足の長いすらりとした体つきが春の光を受けて輝き、涙でぬれたひとみまできらきらして見える。


 強くて、やさしくて、全力で誰かを想えるその姿は、どんな宝石よりもまぶしかった。


 まさに、太陽みたいだ。


(……ほんとうに、あなたには救われてばっかりだ……)


 アリスはきゅっと笑顔を作り、思いきり叫び返す。


「応援、よろしくー!」


「……!」


 緋羽莉の目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。


 でも、それをぬぐうより先に、顔いっぱいの笑顔を作る。


「……うんっ!」


 大きく、何度もうなずいた。


 そのうなずきは、「まかせて!」って言ってるみたいだった。


「あー……そろそろいいかな? つづき、やっても」


『ワフ~ン……』


 もふるは頭をポリポリとかきながら、少し困った顔。


 となりで、わたあめは大きな口でふわぁ~っとあくびをする。


 さっきまでの重たい空気が、うそのようにゆるんでいた。


「はい! おねがいします!」


 アリスは、不敵な笑みを浮かべて言った。


 その顔には、もう迷いもあせりもない。


 ただまっすぐに、自分の進むべき道を見つめる、力強い表情。


 もふるの顔も、つられてほころぶ。


 ゼロだった見こみが、ほんの少し上向いた気がした。


「ブルー」


『うん』


 足もとのブルーが、小さくうなずく。


 けれどその目は、さっきよりずっと力強い。


「……勝つよ!」


『……うん!』


 ふたりは、自信と勇気に満ちた顔で、もふるとわたあめに向き直った。


「アリスー! ブルー! ファイトぉー!!」


 涙をぬぐうひまもなく、くしゃくしゃの笑顔のまま思いきり地面をける。


 長い足がばねみたいにしなり、軽々と宙へ跳び上がるその姿は、まるで春風そのものだった。


 緋羽莉の全開笑顔と、はじけるような大ジャンプが合図になり――


 バトルは、ふたたび幕を開けた!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ