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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

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第44話 わんわんバトル

「先手はゆずったげる。かかっておいで」


 もふるは、くいくいと手を動かして挑発した。


 でかい白犬【ドデカニアン】のわたあめも、のんきにハッハッと舌を出すばかりで、まったく攻める気も、抵抗する気もなさそうだ。


 ――それがまた、アリスのプライドを刺激した。


(そっちがその気なら……この一撃で終わらせてやる!)


「ミルフィーヌ!」


『ワン!』


 子犬【キャリバリア】のミルフィーヌは、すばやい動きで背中の剣を口で引き抜くと、地面をけって一気に駆けだした。


「え、いきなり!?」


 応援していた緋羽莉と、ウォッチの中のブルーが、思わず声をあげる。


 ミルフィーヌが、最初から剣を抜くのは、それだけでめずらしい。


 いつもなら、身軽な体ひとつですばやく相手を翻弄し、動きを見切ったところで剣の攻撃に切り替える。それが、ミルフィーヌの基本スタイルだ。


 だから、最初から剣を使うときは――よっぽどの強敵か、もしくは……


「《ワンダフルストライク》!」


『ワオーン!』


 一撃で決着をつけにいくときだけ。


 強いピンク色の光をまとった剣をくわえ、ミルフィーヌは思いきり高く跳び上がる。狙いは、わたあめの無防備な脳天だ。


 ――だが、高さが足りない。


 なにしろ、わたあめの体高は3メートル近くある。


 ミルフィーヌのジャンプ力は、がんばっても2メートル弱。


(どうするの……!?)


 緋羽莉とブルーは、思わず息をのんだ。


 緋羽莉は、思わず両手を胸の前でぎゅっとにぎりしめる。


 ほどよく引き締まった腕に力が入り、健康的な体つきがいっそう頼もしく見えた。


 それでも表情は、心配と期待が入り混じった、どこか幼さの残るものだった。


『ワンッ!』


 その瞬間、ミルフィーヌは空中で足もとに《パウシールド》を展開した。


 弾力たっぷりの、ピンク色の肉球型バリア。


 それを、ぷにゅん、とトランポリンのように踏み台にして――


 二段ジャンプ!


 一気に高度は3メートルをはるかに超え、ミルフィーヌはわたあめの真上を取った。


(あっ……!)


 ブルーは、その感覚を思い出していた。


 以前、空から落ちてきた自分を受け止めたときも、同じように、あの肉球バリアに跳ね上げられたのだ。


「すっごーい!」


 緋羽莉も、思わずその場でぴょん、と大きく跳ねる。


 緋色のふわふわポニーテールが大きく揺れ、健康的に引きしまった体が弾む。


 フリルつきのミニスカートがふわりと舞い、長くたくましい脚が一瞬あらわになるが、本人はまったく気にしていない。


 バリアを踏み台にするその戦い方は、まるで日曜の朝にやっているアニメの変身ヒロインのようで、緋羽莉の胸は高鳴っていた。


「おお?」


 もふるは目を丸くする。


 だが、わたあめは相変わらず、のんきな顔のままだ。


 アリスだけでなく、ミルフィーヌの表情にも力がこもる。


(ぜったい、びっくりさせてやる!)


 空中でくるくると回転しながら――


 光る剣が、わたあめの脳天に、いきおいよくたたきつけられた!


「きゃあっ!」


 ピンク色の光が、ぱっと弾ける。


 そのまばゆさに、緋羽莉は思わず目をおおい、太くしっかりした両脚で地面を踏んばった。


 体つきは頼もしいのに、あがった悲鳴は、顔立ちや服装と同じく、とてもかわいらしい。


 ミルフィーヌは、そのままくるくると後方に宙返りし、華麗に着地。元の位置へ戻る。


 その表情はとくいげで、「決まった!」と言っているかのようだった。


 アリスも、勝利を確信していた。


 無防備な急所への一撃。


 必殺技に、回転の遠心力と、高所からの重力まで加わっている。


 どんなに巨大なワンダーでも、これで倒れないはずがない。


 ――だが。


 攻撃を受けたわたあめは、動かない。


 倒れるのか。


 それとも、立ったまま気絶しているのか。


 まだ、わからない。


 緋羽莉とブルーは、祈るような視線を送る。


(どうか、このまま……!)


 数秒の沈黙のあと――


『ワッフー!』


 わたあめが、突然声をあげた。


 そして、さっきと同じ、のんきな顔で舌を出す。


 ワンダフルストライクが、効いているようすは……


 ――ない。


「……ウソ……」


『ワゥ……』


 アリスとミルフィーヌは、思わずあとずさった。


 あれだけ条件がそろった一撃で、ノーダメージなんて、ありえない。


 巨体ゆえの耐久力か。


 それとも――決定的な力の差か。


 いつもは冷静なアリスの頭が、一瞬、真っ白になる。


「いきなり必殺技っぽいの、やってくれるね!」


 もふるはニッと笑い、とくいげに指を振った。


「でもザンネン! うちのわたあめ、めっちゃタフだから!」


『ワフ!』


 わたあめも、のほほんとした顔のまま、誇らしげにひと鳴きするのだった。


「じゃあ今度は、あたしのターン! 《ダッシュアタック》!」


 もふるは、やや大げさにバッと腕を振った。


 それを合図に、巨大な体のわたあめがダッと駆けだす。


 《ダッシュアタック》は、もっともオーソドックスで一般的な基本攻撃技だ。


 だが、わたあめほどの巨体が使うと、ただ走って体当たりするだけでも、圧倒的な恐怖と脅威になる。


 ドドッドドッ――!


 大地を揺らすほどの重く大きな足音。


 その迫力に、離れた安全な位置にいる緋羽莉でさえ、大きな黄色いひとみをぱっちりと見開き、思わず背すじを伸ばした。


 たくましい体をしていても、目の前の光景には息をのむ。


 ほんの一瞬、判断を迷ったアリスは、その迫力にハッとして、叫ぶ。


「よけて!」


『ワンッ!』


 ミルフィーヌも、ひるみかけていた意識を奮い立たせ、とっさに右へ跳んだ。


 だが、わずかに反応が遅れたため、巨体による突風のような風圧で体勢を崩し、口にくわえていた剣を取り落としてしまう。


 体当たりをかわされたわたあめは、後方にいるアリスにぶつからないよう、ぎりぎりでブレーキをかけた。


「きゃっ!」


 それでも風圧は止めきれず、アリスはしりもちをつく。


「アリス!」


 緋羽莉は思わず声をあげた。


 同時に、半歩だけ前に踏み出してしまう。


 長い脚が自然と動いてしまうほど、アリスとの距離を縮めたい気持ちが、体に染みついているのだ。


 駆け寄って、起こしてあげたい。


 その気持ちは強かったが、バトル中のウィザードに手を出すのはルール違反だ。それは、アリス自身の覚悟を否定することにもなる。


 大きな手が宙をさまよい、すぐに胸元へ戻る。その動きひとつひとつが大きく、わかりやすくて、見ているだけで彼女の感情が手に取るように伝わってくる。


 ぐっとこらえた緋羽莉の胸は、どきどきと早鐘を打つ。


 黄色いひとみは不安に揺れ、大きな手のひらは、じんわりと汗ばんでいた。


 オフショルダーからのぞく肩は、緊張でわずかにこわばり、健康的な肌が陽を受けてつやりと光っている。


 鍛えられた体は強いはずなのに、いまはただ、アリスの無事だけを願っていた。


 どきどきと鳴る胸の鼓動が、服越しでもわかるほどで、その音はまるで――


 アリスへのはげましの言葉を、必死に飲みこんでいるみたいだった。


『ワン……!』


 倒れたミルフィーヌは、ぐぐっと起き上がり、剣を拾おうとする。


「まだ終わりじゃないよ! 《テールアタック》!」


 そこへ、もふるのあかるくも勇ましい声が飛んだ。


 足を止めたわたあめは、体をぐるりと回転させ、ふわふわの白いしっぽでミルフィーヌをばしっとはたく。


『ワウーン!』


 ミルフィーヌは悲鳴をあげて吹き飛ばされ、落とした剣との距離も大きく離れてしまった。


「わたあめ!」


『ワフッ!』


 わたあめは、すかさずズンズンと前に出て、ミルフィーヌと剣のあいだに立ちはだかる。


 これでは、もう拾いに行けない。


 もふるの、はっきりとした作戦だった。


 アリスは、くやしさに歯をかむ。


 だが――ミルフィーヌの武器は、剣だけじゃない。


「《音波砲》!」


『ワオーン!』


 ミルフィーヌはすぐに体を起こし、大きく吠え、音による空気の衝撃波を放った。


 しかし、それを正面から受けても、わたあめは微動だにしない。


 のんきに舌を出し、もふもふの毛並みが、そよりと揺れただけだった。


 もふるは、いたずらっ子のように笑う。


「目には目を、犬には犬を、音波砲には、《音波砲》!」


『ワフォーーーン!』


 巨大な体、巨大な口から放たれる、巨大な音の衝撃波。


『ワオーーーン!?』


 真正面から浴びたミルフィーヌは、なすすべもなくふっとばされた。


「ミルフィーヌっ!」


 アリス、緋羽莉、そしてウォッチの中のブルーの声が重なる。


 とくに緋羽莉の声はひときわ大きく、ふたりの声を飲みこんでしまうほど。


 遠くまで吹き飛ばされたミルフィーヌは、直線上に立っていた桜の木の幹に激突し、かろうじて止まる。


 だが、その衝撃で意識を失う。


 ――戦闘不能。


『ワフーン!』


 わたあめは、相変わらずのんきな顔で、勝どきのような遠吠えをあげた。


「よーしよしよし、よくやったね、わたあめ」


 もふるはうれしそうに、その大きな胴体をなで回す。


 そして、アリスへと視線を向け、きっぱりと言い放った。


「それにくらべて……君はダメだね」


 その言葉に、緋羽莉の胸がぎゅっと締めつけられ、緋色のポニーテールがぴくりと揺れた。


 その揺れは、怒りよりも、悲しみよりも、ずっと深い感情の表れだった。


 緋羽莉は、アリスをまっすぐ見つめる。


 背中を守るように、半歩だけ前に出てしまいそうになるのを、必死で踏みとどまる。


 胸の前で組んだ腕が、自然と自分を抱きしめる形になり、豊かな体のラインが、きゅっとすぼまった。


「最初の大技や、バリアをトランポリンにする発想は悪くなかった。でも、それが通じなかったあとのムーブは落第点だよ。あの程度で心がくずれるんじゃあ、いつかホントに死んじゃうよ」


 アリスは、大きな衝撃を受けた。


 ――反論できない。


 もふるの言葉が、的を射ていると、心のどこかで理解してしまっているからだ。


 バトルを見守っていた緋羽莉とブルーも、同じ思いを胸に抱いていた。


 とくにアリスへの想いが強い緋羽莉は、胸の前でぎゅっと手をにぎりしめ、細い眉をひそめる。


 強くて、明るくて、だれよりも前を向くはずの親友が――いまはちがう。


「ちがう……こんなの……」


 かすれる声で、必死に言葉をつなぐ。


「……いつものアリスじゃ、ない……」


 それは、いまにも泣きだしてしまいそうな、切実な声だった。

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