第43話 ワンダーレンジャー
「ぼ、冒険をなめてる? わたしたちが、ですか?」
思わず聞き返したアリスは、目をぱちくりさせた。
予想外の言葉に、頭の中が一瞬、真っ白になる。
「だってキミたち、どう見ても冒険するようなカッコじゃないでしょ。“危険を冒す”と書いて冒険なんだから。異空間はね、年間で何百人も死者が出てる危険地帯なのよ? 本当に、わかってる?」
その言葉に、ブルーの背中を冷たいものが走った。
一年で、何百人も死んでいる。
そんな数字、正直聞きたくなかった。
こわいし――なにより、アリスがそんな目にあうなんて、想像しただけで胸がきゅっと苦しくなる。
「とくに、そっちのおっきい子! キミなんて、完全にここをデートスポットかなんかとかんちがいしてるでしょ!」
ビシッ、とするどく指を向けられ、緋羽莉は思わず一歩さがった。
「えっ……」
大きなひとみを丸くして、きょとんとする。
ふわりと揺れたポニーテールと、あわてて胸の前でそろえた両手が、よけいに無防備に見えた。
――たしかに。
アリスも、内心でちょっとだけ納得してしまう。
アリス自身は、カッターシャツに赤いミニスカートという軽装だが、上に着ている青いベストは、ワンダーの攻撃に強い特殊素材製。
沙織が用意してくれた特注品で、見た目以上にずっと頼りになる。
いっぽうの緋羽莉はというと――
白いフリルが可憐に散りばめられたピンクのオフショルダーに、マゼンタ色のミニスカート。
たすきがけのポーチに、大きなバスケット。
どう見ても、春のピクニックかお出かけデートの装いだ。
しかも、緋羽莉自身がそれをまったく気にしていないのが、また問題だった。
にこにこしながら周囲を見回すその姿は、別世界に迷い込んだ冒険者というより、絵本から飛び出してきたお姫さまみたいで――危機感という言葉をどこかに置いてきてしまったようにも見える。
だが、実は見た目に反して、その服はすべて、アカネと同じ不死鳥の羽毛を素材にした特注品。
ワンダーの攻撃を防ぎ、傷ついても自然に再生するという、とんでもない性能を持っている。おまけに汚れも自然に落ちるので、お手入れ不要。
ついでにふたりとも、ワンダー用の回復薬など、冒険に必要なアイテム一式も常に持ち歩いている。
つまりアリスたちは、けっして冒険を甘く見ているわけではなかった。
「おことばですが……そんなつもりはありません!」
アリスは、いつもより少し強めの口調で言った。
自分のことだけなら、まだしも。
大好きな親友――緋羽莉のことまで、あんなふうに言われては、さすがにだまっていられなかった。
その言葉に、緋羽莉ははっと顔を上げた。
自分のために、アリスが声を荒らげている。
その瞬間、心臓がきゅんと音を立てた気がした。
うれしくて、あたたかくて、でもどう反応していいかわからなくて、緋羽莉は思わずくちびるをきゅっと結ぶ。
大きな黄色いひとみがゆらりと揺れ、まばたきのたびに感情があふれそうになる。
その想いが、言葉以上に伝わってきて、緋羽莉のほほはじんわりと熱を帯びた。
鍛えられた体に似合わないほど、表情はやわらかく、どこか幼い。
すると女性は、やれやれと肩をすくめる。
「そう言って、痛い目を見てきた子どもを何人も見てきたけどね。それに……パートナーだって、ずいぶんちんまいし」
そう言って、ブルーとミルフィーヌを見下ろした。
ふたりは、ぐさっと刺さったような顔になる。どうやら、体が小さいことを気にしていたらしい。
それを見たアリスは、さっとしゃがみこみ、ブルーとミルフィーヌを両脇に抱き寄せた。
「この子たちだって、見かけはちっちゃいですけど!」
胸を張って、にっと笑う。
「パワーは、すっごくおっきいんですから!」
女性は「へえ」と、どこか試すような笑みを浮かべた。
「じゃあ、ためしてあげる。あたしたちと――バトルだ!」『ワフッ!』
でかい白い犬――わたあめが元気よく吠える。
女性はふたたび、ビシッと指をつきつけて宣言した。
『バトル? ここで?』
ブルーは、目を丸くする。
バトルコートもない。
しかもここは、野生のワンダーがうろつく異空間。
そんな場所で、ウィザード同士が戦うなんて――
「甘いわね、おチビちゃん」
女性は腕を組み、きっぱりと言い切った。
「ウィザード同士が出会えば、そこがどこでも戦場になるのよ!」
ブルーは、げんなりした。
さすがに、そこまで殺伐とはしてないと思うんだけど……
アリスはそう言いたかったが、なぜか口に出す気にはなれなかった。
「それで? どうするの?」
女性は、ぐっと距離を詰めてくる。
「やる? やらないなら“不適格者”とみなして、チカラづくで出口まで連れていくけど」
「……なんの権利があって、そんなことを……」
アリスは、むっとして言い返す。
すると女性は、うつむき、あやしげに笑った。
「ふっふっふ。それはね――」
胸ポケットから、身分証を取り出し、ビシッとつきつける。
「あたしが、レンジャーの資格を持ってるからよ!」
アリスが目を凝らして確認すると、たしかにそれは正式な身分証だった。
少し緊張した表情の証明写真。シリアルナンバー。そして名前欄には――
犬飼もふる。
生年月日からすると、現在23歳。
……この人の親は、なにを考えてこんな名前つけたんだ?
思わずツッコミそうになったが、アリスはぐっとこらえた。
人の名前をいじっていいのは、小学校低学年まで。
それが、アリスなりのポリシーだ。
いっぽう緋羽莉はというと。
「もふる……さん……」
名前を小さくなぞるように口にして、にこっとほほんだ。
(かわいいお名前だなあ)
ふんわりと花が咲いたような笑顔に、場の空気が一瞬、ゆるむ。
『レンジャーって、なに?』
ブルーが、アリスの顔を見上げてたずねた。
「正式にはワンダーレンジャー。おもに異空間の中で、ワンダーやウィザードの安全を守るお仕事よ」
アリスは、さらっと答える。
本当はもっと細かく、業務内容は多岐にわたるのだけれど、今はそれ以上説明する必要はないと判断した。
「ずいぶんおりこうちゃんね」
もふるは、ふんぞり返る。
「つまり、安全を守るためなら、ウィザードをワールドから追い出す権利もちゃんとあるってこと!」
そう言って、大いばりで胸を張った。
「さっきもね、弱っちい動画配信者を三人ほど追い出したところなの。ああいう、うわついた気持ちでワールドに入られちゃ困るんだよね。もし死人なんて出たら、あたしのお給料まで減らされちゃうしさ」
今度は腕を組み、ほっぺたをぷうっとふくらませて、あきれたように言う。
けれど、そのまなざしはいいかげんなものではなかった。
保護者の沙織と同じく、自分の役目と責任を、ちゃんと理解し、誇りを持っている人の目だと、アリスは感じた。
あまり威厳は感じないが、逆らわないほうがよさそうだ――と、ブルーは本能的に察していた。
いっぽうで緋羽莉は、深く考えることなく、
(かわいい人だなあ……)
と、のんきに思っていた。
緋羽莉は、人を肩書きや立場で見ることがあまりない。
相手がどんな仕事をしていようと、どんな態度を取ろうと、「ちゃんと自分の役目を果たしている人」は、まず好きになる。
だから今も、少しぶっきらぼうで、口調は荒いけれど、一生懸命なのが伝わってくるもふるのことを、なんとなく、いい人だなあ、と感じていた。
「そういうわけ。だから、あらためて聞くね」
もふるはピンと背すじを伸ばし、指をビシッと突きつける。
「これ以上このワールドで冒険したいなら、あたしたちにその実力を証明しなさい!」
『ワフッ!』
横でわたあめが、のほほんとした顔のまま元気よく鳴いた。
「アリス……」
緋羽莉が少し心配そうに、でも信じるような目で見守るなか、アリスはぐっとくちびるを引き結んだ。
正直、納得はいかない。
けれど、前に進むためには戦いを避けて通れないこともわかっている。
それに、明日の校内ワンダーバトル大会に向けて、少しでも実戦経験を積んでおきたい。
なにより――
大切な親友とパートナーたちを見下されたまま、引き下がれるはずがなかった。
「……ええ、受けます。やりましょう!」
アリスは、はっきりとした声で答えた。
もふるは、にま〜っと満足そうな笑みを浮かべる。
緋羽莉は両手のこぶしをぎゅっとにぎりしめ、「ふんっ!」と、小さく鼻息をふいた。
肺活量が多いため、そのいきおいはまるで小さな機関車のようだ。
緋羽莉の応援は、声だけではない。全身で、気持ちを送る。
踏みしめた足先。ぎゅっと力のこもった太い指。自然と前のめりになる上体。
まるで自分も、いっしょに戦っているかのようだった。
ブルーは緊張した面持ちで、ミルフィーヌは気合十分の表情になる。
こうして、アリスとレンジャー・犬飼もふるは、異空間内でバトルを行うことになった。
☆ ☆ ☆
青とピンクの澄んだ空の下、やわらかな風に吹かれて、桜色の花びらが舞い散る草原。
現実ではありえないほど広く、美しく、どこか幻想的な世界。
そこでアリスともふるは、互いに距離を取って向かい合う。
緋羽莉はアリスの後方、少し離れた位置にバスケットを置き、応援に回っていた。
緋羽莉は背が高く、すらりと伸びた体つきが遠目にもよく目立つ。
動きやすそうな服の下でも、日ごろ鍛えられているのがわかる引きしまった姿勢は、ただ立っているだけでも安定感があった。
子どもらしいあどけなさと、思わず目を引く存在感が、ふしぎと同時に感じられる。
「アリス、ファイト!」
気合の入った表情で、両手をぎゅっと握りしめる。
たくましく伸びた脚を内股にして、全身で応援しているのがわかる。
しっかりとした太ももと、すっと伸びた脚線美が強調されるその姿勢は、力強さとかわいらしさが同居している。
小さな鼻をふんっと鳴らし、鼻の穴までぷくっとふくらませている姿も、いとおしくて、でもとても頼もしい。
その様子を背中越しに感じて、アリスの胸に力がみなぎった。
もふるは、でかい白犬――わたあめの頭に、ぽんっと手を置く。
「ルールはカンタン! パートナーは何体使ってもいいから、このコをダウンさせたら合格!」
まるで試験官のような言い方だ。
それがまた、アリスのプライドに火をつける。
バトルフィールドの上では、だれもが平等。それが、アリスの信条だった。
だからこそ、上から目線はどうしても我慢ならない。
けれど同時に、目の前のもふるとわたあめの実力が、口先だけではないことも感じ取っていた。
無駄のない立ち方、周囲への警戒。
あきらかに、ワンダー同士の“戦闘”に慣れている。
足もとのブルーとミルフィーヌも、同じ空気を感じていた。
なにしろ、さっきのブルーの体当たりは、ほとんど効いていなかったのだ。
技を使っていないとはいえ、全力でぶつかったはずなのに。
「……わかりました」
アリスはキリッと顔を引き締める。
「ブルー、いったんウォッチに戻って」
『う、うん』
ブルーはうなずき、光の粒子となってスマートウォッチの中へ戻った。
お世話空間から、ミルフィーヌとわたあめの動きをしっかり見守るつもりだ。
こわがりながらも、その目は真剣だった。
「おねがいね、ミルフィーヌ」
『ワン!』
【キャリバリア】のミルフィーヌは、元気よく前に出る。
相手は巨大だが、同じイヌ型ワンダー。目には目を、という作戦だ。
「たのんだよ、わたあめ!」
『ワッフー!』
もふるの声に応え、わたあめはズシーン! と地面を揺らしながら前進する。
わたあめの種名は【ドデカニアン】。
その名の通り、見た目はただの、ばかでかいポメラニアンだ。
巨体と、あまりにも人なつっこい顔つき。
そのアンバランスさが、人気と恐怖を同時に生み出している。
毛並みや色の個体差も多いが、わたあめは名前通り、白くてふわふわ、もこもこ。
緋羽莉は応援しながらも、その姿に思わず目をかがやかせていた。
大きくて、かわいい黄色いひとみが、きらきらと揺れる。
キュンとしたのか、無意識のうちに、引きしまった腰がほんの少しだけくねる。
その動きに合わせて、全身の重心がなめらかに移動し、よく鍛えられた体の柔らかさが際立つ。
大きくてかわいいもの同士、なにか通じ合うものを感じたのかもしれない。
――それでも。
緋羽莉の気持ちは、いつだってアリスのそばにあった。
どれだけ魅力的な存在が目の前にいても、緋羽莉の視線が最後に戻る場所は、いつもひとつ。
心が揺らぐことは、決してない。
「それじゃ、いくよ!」
「はいっ!」
こうして、アリスともふるの野外ワンダーバトルが、いま、幕を開けた。




