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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

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第43話 ワンダーレンジャー

「ぼ、冒険をなめてる? わたしたちが、ですか?」


 思わず聞き返したアリスは、目をぱちくりさせた。


 予想外の言葉に、頭の中が一瞬、真っ白になる。


「だってキミたち、どう見ても冒険するようなカッコじゃないでしょ。“危険を冒す”と書いて冒険なんだから。異空間(ワールド)はね、年間で何百人も死者が出てる危険地帯なのよ? 本当に、わかってる?」


 その言葉に、ブルーの背中を冷たいものが走った。


 一年で、何百人も死んでいる。


 そんな数字、正直聞きたくなかった。


 こわいし――なにより、アリスがそんな目にあうなんて、想像しただけで胸がきゅっと苦しくなる。


「とくに、そっちのおっきい子! キミなんて、完全にここをデートスポットかなんかとかんちがいしてるでしょ!」


 ビシッ、とするどく指を向けられ、緋羽莉は思わず一歩さがった。


「えっ……」


 大きなひとみを丸くして、きょとんとする。


 ふわりと揺れたポニーテールと、あわてて胸の前でそろえた両手が、よけいに無防備に見えた。


 ――たしかに。


 アリスも、内心でちょっとだけ納得してしまう。


 アリス自身は、カッターシャツに赤いミニスカートという軽装だが、上に着ている青いベストは、ワンダーの攻撃に強い特殊素材製。


 沙織が用意してくれた特注品で、見た目以上にずっと頼りになる。


 いっぽうの緋羽莉はというと――


 白いフリルが可憐に散りばめられたピンクのオフショルダーに、マゼンタ色のミニスカート。


 たすきがけのポーチに、大きなバスケット。


 どう見ても、春のピクニックかお出かけデートの装いだ。


 しかも、緋羽莉自身がそれをまったく気にしていないのが、また問題だった。


 にこにこしながら周囲を見回すその姿は、別世界に迷い込んだ冒険者というより、絵本から飛び出してきたお姫さまみたいで――危機感という言葉をどこかに置いてきてしまったようにも見える。


 だが、実は見た目に反して、その服はすべて、アカネと同じ不死鳥の羽毛を素材にした特注品。


 ワンダーの攻撃を防ぎ、傷ついても自然に再生するという、とんでもない性能を持っている。おまけに汚れも自然に落ちるので、お手入れ不要。


 ついでにふたりとも、ワンダー用の回復薬など、冒険に必要なアイテム一式も常に持ち歩いている。


 つまりアリスたちは、けっして冒険を甘く見ているわけではなかった。


「おことばですが……そんなつもりはありません!」


 アリスは、いつもより少し強めの口調で言った。


 自分のことだけなら、まだしも。


 大好きな親友――緋羽莉のことまで、あんなふうに言われては、さすがにだまっていられなかった。


 その言葉に、緋羽莉ははっと顔を上げた。


 自分のために、アリスが声を荒らげている。


 その瞬間、心臓がきゅんと音を立てた気がした。


 うれしくて、あたたかくて、でもどう反応していいかわからなくて、緋羽莉は思わずくちびるをきゅっと結ぶ。


 大きな黄色いひとみがゆらりと揺れ、まばたきのたびに感情があふれそうになる。


 その想いが、言葉以上に伝わってきて、緋羽莉のほほはじんわりと熱を帯びた。


 鍛えられた体に似合わないほど、表情はやわらかく、どこか幼い。


 すると女性は、やれやれと肩をすくめる。


「そう言って、痛い目を見てきた子どもを何人も見てきたけどね。それに……パートナーだって、ずいぶんちんまいし」


 そう言って、ブルーとミルフィーヌを見下ろした。


 ふたりは、ぐさっと刺さったような顔になる。どうやら、体が小さいことを気にしていたらしい。


 それを見たアリスは、さっとしゃがみこみ、ブルーとミルフィーヌを両脇に抱き寄せた。


「この子たちだって、見かけはちっちゃいですけど!」


 胸を張って、にっと笑う。


「パワーは、すっごくおっきいんですから!」


 女性は「へえ」と、どこか試すような笑みを浮かべた。


「じゃあ、ためしてあげる。あたしたちと――バトルだ!」『ワフッ!』


 でかい白い犬――わたあめが元気よく吠える。


 女性はふたたび、ビシッと指をつきつけて宣言した。


『バトル? ここで?』


 ブルーは、目を丸くする。


 バトルコートもない。


 しかもここは、野生のワンダーがうろつく異空間。


 そんな場所で、ウィザード同士が戦うなんて――


「甘いわね、おチビちゃん」


 女性は腕を組み、きっぱりと言い切った。


「ウィザード同士が出会えば、そこがどこでも戦場になるのよ!」


 ブルーは、げんなりした。


 さすがに、そこまで殺伐とはしてないと思うんだけど……


 アリスはそう言いたかったが、なぜか口に出す気にはなれなかった。


「それで? どうするの?」


 女性は、ぐっと距離を詰めてくる。


「やる? やらないなら“不適格者”とみなして、チカラづくで出口まで連れていくけど」


「……なんの権利があって、そんなことを……」


 アリスは、むっとして言い返す。


 すると女性は、うつむき、あやしげに笑った。


「ふっふっふ。それはね――」


 胸ポケットから、身分証を取り出し、ビシッとつきつける。


「あたしが、レンジャーの資格を持ってるからよ!」


 アリスが目を凝らして確認すると、たしかにそれは正式な身分証だった。


 少し緊張した表情の証明写真。シリアルナンバー。そして名前欄には――


 犬飼(いぬかい)もふる。


 生年月日からすると、現在23歳。


 ……この人の親は、なにを考えてこんな名前つけたんだ?


 思わずツッコミそうになったが、アリスはぐっとこらえた。


 人の名前をいじっていいのは、小学校低学年まで。


 それが、アリスなりのポリシーだ。


 いっぽう緋羽莉はというと。


「もふる……さん……」


 名前を小さくなぞるように口にして、にこっとほほんだ。


(かわいいお名前だなあ)


 ふんわりと花が咲いたような笑顔に、場の空気が一瞬、ゆるむ。


『レンジャーって、なに?』


 ブルーが、アリスの顔を見上げてたずねた。


「正式にはワンダーレンジャー。おもに異空間(ワールド)の中で、ワンダーやウィザードの安全を守るお仕事よ」


 アリスは、さらっと答える。


 本当はもっと細かく、業務内容は多岐にわたるのだけれど、今はそれ以上説明する必要はないと判断した。


「ずいぶんおりこうちゃんね」


 もふるは、ふんぞり返る。


「つまり、安全を守るためなら、ウィザードをワールドから追い出す権利もちゃんとあるってこと!」


 そう言って、大いばりで胸を張った。


「さっきもね、弱っちい動画配信者を三人ほど追い出したところなの。ああいう、うわついた気持ちでワールドに入られちゃ困るんだよね。もし死人なんて出たら、あたしのお給料まで減らされちゃうしさ」


 今度は腕を組み、ほっぺたをぷうっとふくらませて、あきれたように言う。


 けれど、そのまなざしはいいかげんなものではなかった。


 保護者の沙織と同じく、自分の役目と責任を、ちゃんと理解し、誇りを持っている人の目だと、アリスは感じた。


 あまり威厳は感じないが、逆らわないほうがよさそうだ――と、ブルーは本能的に察していた。


 いっぽうで緋羽莉は、深く考えることなく、


(かわいい人だなあ……)


 と、のんきに思っていた。


 緋羽莉は、人を肩書きや立場で見ることがあまりない。


 相手がどんな仕事をしていようと、どんな態度を取ろうと、「ちゃんと自分の役目を果たしている人」は、まず好きになる。


 だから今も、少しぶっきらぼうで、口調は荒いけれど、一生懸命なのが伝わってくるもふるのことを、なんとなく、いい人だなあ、と感じていた。


「そういうわけ。だから、あらためて聞くね」


 もふるはピンと背すじを伸ばし、指をビシッと突きつける。


「これ以上このワールドで冒険したいなら、あたしたちにその実力を証明しなさい!」


『ワフッ!』


 横でわたあめが、のほほんとした顔のまま元気よく鳴いた。


「アリス……」


 緋羽莉が少し心配そうに、でも信じるような目で見守るなか、アリスはぐっとくちびるを引き結んだ。


 正直、納得はいかない。


 けれど、前に進むためには戦いを避けて通れないこともわかっている。


 それに、明日の校内ワンダーバトル大会に向けて、少しでも実戦経験を積んでおきたい。


 なにより――


 大切な親友とパートナーたちを見下されたまま、引き下がれるはずがなかった。


「……ええ、受けます。やりましょう!」


 アリスは、はっきりとした声で答えた。


 もふるは、にま〜っと満足そうな笑みを浮かべる。


 緋羽莉は両手のこぶしをぎゅっとにぎりしめ、「ふんっ!」と、小さく鼻息をふいた。


 肺活量が多いため、そのいきおいはまるで小さな機関車のようだ。


 緋羽莉の応援は、声だけではない。全身で、気持ちを送る。


 踏みしめた足先。ぎゅっと力のこもった太い指。自然と前のめりになる上体。


 まるで自分も、いっしょに戦っているかのようだった。


 ブルーは緊張した面持ちで、ミルフィーヌは気合十分の表情になる。


 こうして、アリスとレンジャー・犬飼もふるは、異空間(ワールド)内でバトルを行うことになった。



 ☆ ☆ ☆



 青とピンクの澄んだ空の下、やわらかな風に吹かれて、桜色の花びらが舞い散る草原。


 現実ではありえないほど広く、美しく、どこか幻想的な世界。


 そこでアリスともふるは、互いに距離を取って向かい合う。


 緋羽莉はアリスの後方、少し離れた位置にバスケットを置き、応援に回っていた。


 緋羽莉は背が高く、すらりと伸びた体つきが遠目にもよく目立つ。


 動きやすそうな服の下でも、日ごろ鍛えられているのがわかる引きしまった姿勢は、ただ立っているだけでも安定感があった。


 子どもらしいあどけなさと、思わず目を引く存在感が、ふしぎと同時に感じられる。


「アリス、ファイト!」


 気合の入った表情で、両手をぎゅっと握りしめる。


 たくましく伸びた脚を内股にして、全身で応援しているのがわかる。


 しっかりとした太ももと、すっと伸びた脚線美が強調されるその姿勢は、力強さとかわいらしさが同居している。


 小さな鼻をふんっと鳴らし、鼻の穴までぷくっとふくらませている姿も、いとおしくて、でもとても頼もしい。


 その様子を背中越しに感じて、アリスの胸に力がみなぎった。


 もふるは、でかい白犬――わたあめの頭に、ぽんっと手を置く。


「ルールはカンタン! パートナーは何体使ってもいいから、このコをダウンさせたら合格!」


 まるで試験官のような言い方だ。


 それがまた、アリスのプライドに火をつける。


 バトルフィールドの上では、だれもが平等。それが、アリスの信条だった。


 だからこそ、上から目線はどうしても我慢ならない。


 けれど同時に、目の前のもふるとわたあめの実力が、口先だけではないことも感じ取っていた。


 無駄のない立ち方、周囲への警戒。


 あきらかに、ワンダー同士の“戦闘”に慣れている。


 足もとのブルーとミルフィーヌも、同じ空気を感じていた。


 なにしろ、さっきのブルーの体当たりは、ほとんど効いていなかったのだ。


 技を使っていないとはいえ、全力でぶつかったはずなのに。


「……わかりました」


 アリスはキリッと顔を引き締める。


「ブルー、いったんウォッチに戻って」


『う、うん』


 ブルーはうなずき、光の粒子となってスマートウォッチの中へ戻った。


 お世話空間から、ミルフィーヌとわたあめの動きをしっかり見守るつもりだ。


 こわがりながらも、その目は真剣だった。


「おねがいね、ミルフィーヌ」


『ワン!』


【キャリバリア】のミルフィーヌは、元気よく前に出る。


 相手は巨大だが、同じイヌ型ワンダー。目には目を、という作戦だ。


「たのんだよ、わたあめ!」


『ワッフー!』


 もふるの声に応え、わたあめはズシーン! と地面を揺らしながら前進する。


 わたあめの種名は【ドデカニアン】。


 その名の通り、見た目はただの、ばかでかいポメラニアンだ。


 巨体と、あまりにも人なつっこい顔つき。


 そのアンバランスさが、人気と恐怖を同時に生み出している。


 毛並みや色の個体差も多いが、わたあめは名前通り、白くてふわふわ、もこもこ。


 緋羽莉は応援しながらも、その姿に思わず目をかがやかせていた。


 大きくて、かわいい黄色いひとみが、きらきらと揺れる。


 キュンとしたのか、無意識のうちに、引きしまった腰がほんの少しだけくねる。


 その動きに合わせて、全身の重心がなめらかに移動し、よく鍛えられた体の柔らかさが際立つ。


 大きくてかわいいもの同士、なにか通じ合うものを感じたのかもしれない。


 ――それでも。


 緋羽莉の気持ちは、いつだってアリスのそばにあった。


 どれだけ魅力的な存在が目の前にいても、緋羽莉の視線が最後に戻る場所は、いつもひとつ。


 心が揺らぐことは、決してない。


「それじゃ、いくよ!」


「はいっ!」


 こうして、アリスともふるの野外ワンダーバトルが、いま、幕を開けた。

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