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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

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第42話 思わぬ衝突

 すんすん。


 すんすんすん。


 ブルーとミルフィーヌ、そして少しうしろを歩く緋羽莉は、そろって鼻をひくひくさせながら、ブロッサムスクエアにただようにおいをかいでいた。


 子どもとはいえ高位種のドラゴンで、五感のするどいブルー。


 イヌ型ワンダーで、鼻自慢のミルフィーヌ。


 ふたりは、【モモイロハネウサギ】を探すため、同種である【ハネウサギ】のブラウンに似た気配やにおいを、真剣な表情で追っている。


 ――けれど。


 それらしいにおいは、なかなか見つからない。


 ただ、空気には春の気配が満ちていた。


 草原の香ばしさと、満開の桜が運ぶやさしい甘さが混ざり合い、思わず深呼吸したくなる。


「うーん……」


 アリスは立ち止まり、周囲をぐるりと見渡す。


 探偵の沙織に鍛えられた観察眼で、足跡や木の枝の揺れ、小さな違和感を探しているが――成果は、まだゼロだ。


 一方、緋羽莉はというと。


 今回は「手伝わなくていい」と言われているため、純粋にこの異空間(ワールド)の空気を味わっていた。


 背が高く、すらりと伸びた脚で歩く姿は、小学生とは思えないほど堂々としている。


 それでいて歩幅は周囲に合わせており、無意識の気づかいがにじんでいた。


 緋色のポニーテールは元気よく揺れ、結ばれた黄色いリボンが春の光を受けてきらりと輝く。


「ん……」


 目を閉じ、すっと通った鼻先を小さく動かしながら、香りを確かめる。


 長いまつげが伏せられ、やわらかな表情が浮かぶ。


 大きな手を胸の前でそっと組み、深く息を吸い込む。


 その動きは少し大ぶりなのに、ふしぎと雑さはなく、むしろ一つ一つが素直で、見ていて安心させられる。


 健康的な肌は春の光を受けてつややかに見え、ほほにはうっすらと、あたたかな色がさしていた。


(春のにおい……)


 フリルたっぷりのピンクのオフショルダーとマゼンタのミニスカートが、そよ風に揺れる。


 フリルの揺れに合わせて、引き締まった体がしなやかに動く。


 日々の修行やトレーニングで鍛えられた体つきは、力強さとやわらかさを、ちょうどよいバランスで備えていた。


 長い脚でしっかりと地面を踏みしめるその姿は頼もしく、それでいて笑顔は年相応にあどけない。


 その姿は、まるで花畑から抜け出してきた春の妖精――いや、大妖精のようだった。


「……ん?」


 そのとき。


 ふっと、桃のように甘い香りが鼻をくすぐった。


 緋羽莉は、はっと目を開き、そっと振り向く。


 桜の木のかげ――


 そこに、なにかがサッと身をひそめたように見えた。


「もしかして……」


 胸がどきん、と鳴る。


 緋羽莉は一度、アリスのほうを見てから、もう一度、桜の木へ視線を戻した。


 伝えるべきか。


 でも――。


(アリスとの約束は守りたい。でも……)


 困ったように眉を寄せ、「むむむ……」と小さくうなる。


 感情がそのまま表情に出てしまうのが、彼女の正直なところだ。


 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


 自分の気持ちより、だれかの願いを優先してしまう――


 それが、緋羽莉の変わらない性分だった。


 その不器用なやさしさが、彼女を少しだけ悩ませる。


 頭を抱えた、その瞬間。


『言っちゃえばいいじゃない! このままじゃ時間のムダよ!』


 スマートウォッチの中から、不死鳥のヒナ【スカーレットチック】のアカネが、元気いっぱいに声をあげた。


「で、でも……アカネちゃん」


 緋羽莉は、口元に手を添え、ひそひそと話しかける。


「そんなことしたら、アリスを裏切ることになっちゃうよ。わたし、そんなことしたくないよ」


 すると今度は、別の声がウォッチから流れてきた。


 アカネのピーチク声とちがう。


 落ち着いていて、やさしく、どこか艶のある――大人の女性の声だ。


『そうね。緋羽莉ちゃんの言う通りだと思うわ』


 静かな口調で、続ける。


『一度交わした約束は大切にするべきよ。彼女から助けを求められないかぎり、見守るのもまた、親愛の形じゃないかしら』


「そ、そうですよね! そう思いますよね!」


 思わず、緋羽莉はぱっと顔を上げ、大きな声で答えてしまった。


『どうしたの? ヒバリちゃん』


 その声に、ブルーが気づいた。


 アリスも足を止め、いっしょに振り向く。


「ひゃっ!?」


 緋羽莉は大げさにびくっと跳ね、「な、なんでもないよっ!」とあわててごまかす。


 ――が。


 親友のアリスはもちろん、ブルーですら「あ、なんでもなくはないな」と察してしまった。


「……まさか」


 アリスは、ぴたりと表情を引き締めると、くるりと向きを変えた。


 そして、緋羽莉のうしろ――桜の木めがけて、いきおいよく走りだす。


「ブルー! ミルフィーヌ!」


『うん!』『ワン!』


 ふたりも即座に反応し、アリスのあとを追う。


「しまった……!」


 ただひとり取り残された緋羽莉は、大きな手で口をおさえたまま、立ち尽くす。


 長い脚も、いつもなら迷わず動くはずなのに、今はその場から一歩も動けない。


 自分のせいだと、すぐに思ってしまうところが、緋羽莉のまっすぐさだった。


 緋羽莉は、ナルシストとは呼べない程度に自分のことは好きだ。


 でも今回ばかりは、この「隠しごとができない性格」を、少しだけうらめしく思う。


『……!』


 桜の木のかげにいた存在は、アリスたちが近づいてきたのに気づくと、さっと逃げ出した。


 一瞬しか見えなかったが――


 あの、大きくて、たれた耳。


「ハネウサギだ!」


 アリスは確信し、さらにスピードを上げる。


 だが、距離はみるみるひろがっていく。


 人間の足では、とても追いつけない。


「ブルー! ミルフィーヌ!」


『まかせて!』『ワン!』


 【セルリアンドラコ】のブルーと、【キャリバリア】のミルフィーヌが、前へとおどり出た。


 鼻も利く。足も速い。


 このふたりなら、きっと追いつける。


 追跡をまかせ、アリスは少しだけ走るペースを落とした。


「……ご、ごめんね。アリス……」


 あとを追いながら、緋羽莉はしゅんと肩を落とす。


「だいじょうぶ!」


 アリスは振り返らず、あかるく言い切った。


「緋羽莉ちゃんといっしょに来た時点で、こうなることは想定内だから!」


 その表情は見えない。


 けれど声の調子だけで、心から気にしていないことが伝わってくる。


 緋羽莉の胸が、じんわりと熱くなった。


 思わず胸に手を当てる。


 そこに伝わる鼓動は、後悔よりも、うれしさで満ちていた。


 アリスの背中を見つめるそのひとみは、誰よりもまっすぐで、誰よりもあたたかい。


(アリス……)


 感情豊かな彼女の黄色いひとみが、うるりとうるむ。


 春の異空間の中で――その想いは、静かに、でも確かにふくらんでいった。


『まてー!』『ワオーン!』


 ブルーとミルフィーヌは、引き続き逃げていくカゲを必死に追いかける。


 しかし、追えども追えども、その差はひらくばかりだった。


『ワンワーン!』


 負けじとミルフィーヌはスパートをかける。


 地面を力強く蹴り、ぐんぐんと加速していき、カゲとの距離を少しずつつめていく。


 ――これなら、いけるか……?


 ブルーがそう思った、その瞬間。


『ワウッ!?』


『むぎゃっ!?』


 ミルフィーヌが、そして一拍遅れてブルーが、目の前を横切った“なにか”に、思いきりぶつかった。


 その衝撃で、ふたりは大きく体勢を崩す。


 カゲはそのすきに、桜並木の奥へと逃げ去り、完全に姿を見失ってしまった。


『ワオ~?』


 すると、その“なにか”は野太い声をあげ、大きな口でミルフィーヌの背中の剣をくわえ、ひょいっと持ち上げた。


『ワン!?』


 突然宙づりにされたミルフィーヌは、びっくりしてじたばたする。


 足もとに転がるブルーも、あまりの出来事に目を丸くした。


 顔を上げると――


 そこには、とてつもなく大きな、白い犬が立っていた。


 高さは3メートル近くはありそうで、ブルーや、くわえられているミルフィーヌが、まるでアリンコのように見える。


 全身はモフモフの毛皮におおわれ、顔つきはどこかのんき。


 しっぽも楽しそうにぶんぶん振っている。


 だが、その規格外の大きさのせいで、どうしても強烈な威圧感があった。


『ワンワ~ン!』


 くわえられたままのミルフィーヌは、今にも泣き出しそうな顔で、必死に足をばたつかせている。


 このまま食べられてしまう、と思っているらしい。


 体はこむぎ色で、見ようによってはパンみたいに見えるので、ムリもないかもしれない。


 ブルーも、なんとかしなくちゃと気を奮い立たせ、キッとその白い犬をにらみつけた。


『ミルフィーヌを、はなせーっ!』


 そう叫びながら、犬の前脚に体当たりをしかける。


『ワオ~!』


 攻撃が効いたのか、白い犬はおどろいたような声をあげ、口からミルフィーヌをぱっと放した。


 ミルフィーヌは空中で体勢を立て直し、地面にしっかりと着地する。


 ブルーも並び立ち、ふたりで巨大な犬を警戒するように見すえた。


「ブルー! ミルフィーヌ! ……ってうわっ!? なにあのおっきな犬!?」


「こらー! うちのわたあめに、なにしてんだー!」


 同時に、前後から人間の叫び声が重なった。


 うしろから駆けつけたのは、息を切らせたアリスと、対照的に落ち着いた足取りでバスケットを抱える緋羽莉。


 春の日差しを受けた緋色のポニーテールが揺れ、あかるい色合いの装いが、場の空気をふっとやわらげた。


 緋羽莉は走ってきたはずなのに、肩で息をすることもなく、背すじはすっと伸びている。


 日ごろの鍛錬が、その呼吸の静けさと、落ち着いた立ち姿にあらわれていた。


 いっぽうで前から現れたのは、見知らぬ女性だった。


 身長は150センチほどの小柄な体つき。


 薄いグレーの山歩き用のような装備に、白いキャップ。


 茶色い髪を、ふたつの三つ編みにしている。


 巨大な白い犬に駆け寄るようすから見て、どうやらこの犬の飼い主らしい。


 小柄な女性と並ぶことで、緋羽莉のすらりとした背の高さと、のびやかな立ち姿はいっそう際立つ。


 頭の回転が速いアリスは、すぐに状況を把握した。


 ぱっと表情を切り替え、女性に向かって丁寧に頭を下げる。


「すみません、わたしのパートナーたちが、粗相をしてしまって……」


 緋羽莉もアリスのとなりで、自然な動きで軽く会釈をした。


 その所作は丁寧で、相手を思う気持ちが、言葉より先に伝わってくる。


『ご、ごめんなさい……』『ワウ……』


 ブルーとミルフィーヌも、しょんぼりと肩を落としてあやまる。


「……ん。まあ、わざとじゃないなら、いいけど」


 女性はぽりぽりと頭をかきながら、少し警戒した表情を見せたが、アリスたちの態度から誠意は伝わったようだ。


『ワフ!』


 巨大な白い犬――わたあめも、気にしていない様子で、ハッハッと舌を出している。


「このコもケガしてないみたいだし……今回だけは、大目に見たげる」


「あ、ありがとうございます」


 アリスはほっと息をつき、もう一度、深く頭を下げた。


「それにしても……キミたち」


 女性は言葉を切り、アリスと――とくに緋羽莉のほうを、じっと見つめた。


 アリスは目をぱちくりさせる。


 緋羽莉はというと、突然の視線にきょとんとして、無意識に首をかしげた。


 理由もわからないまま向けられた視線に、戸惑いと素直さがそのまま表情に出てしまう。


 その仕草は素直で、飾り気がなく、思わず見入ってしまうほどだ。


 首をかしげた拍子に、くせっ毛ぎみの髪がふわりと揺れ、ほのかにいい香りがした。


 大人びた体つきとは裏腹に、こうした何気ない仕草は年相応で、見ている者の心をふっとゆるませてしまうふしぎな魅力がある……のだが。


「……冒険、なめてんの?」


 放たれた、ふいのひとこと。


 それは、やさしい春の異空間の空気を切り裂くように、アリスと緋羽莉の胸に、ずしりと突き刺さった。

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