第4話 ぼくの友だち
『わあっ!』
バンダナの男に引きずられるようにして、人気のない路地裏へ連れてこられたドラゴンの子は、アスファルトのかたい地面に乱暴に放り投げられた。
背中に走るにぶい痛み。
地面を「かたい」「痛い」と、こんなにはっきり感じたのは、生まれてはじめてだった。
「いいモン拾いましたね、犬童さん」
バンダナ男の手下のうち、太っちょの男がにやにやしながら言う。
「おうよ。ケガの功名ってヤツだ。ドラゴンなんて、そうそうお目にかかれるモンじゃねえ」
犬童と呼ばれたバンダナ男は、口の端をゆがめて笑い、地面に転がるドラゴンの子を見下ろした。
「で、コイツどうするんスか?」
もう一人の、ひょろ長い男がたずねる。
「決まってんだろ。オレ様のモンにすんのよ。育てて最強にするもよし、ムリなら売り飛ばすもよし。どっちに転んでも金になる」
犬童はしゃがみこみ、ドラゴンの子の顔をのぞきこんだ。
「――ってわけでよぉ。オマエ、オレのワンダーになれ。オレと組んで、最強のウィザードを目指そうぜ?」
ドラゴンの子はふらふらと体を起こし、うつむいたまま小さく答えた。
『い……いやだ……』
「あぁ?」
背すじがぞくりとする。
この人は危ない――ドラゴンの子の直感が、はっきりと警告していた。
「そっかぁ……そういうコト言っちまうかぁ……」
犬童はゆらりと立ち上がる。
「じゃあ、オレのモンになりたくなるまで、思い知らせてやるよッ!」
次の瞬間、ドンッと強い衝撃が走った。
『うわあっ!?』
犬童の蹴りが、ドラゴンの子の小さな体をはね飛ばす。
ドラゴピアでいじめられていたころの痛みを思い出す。けれど、そこに混じる悪意の濃さは、比べものにならなかった。
(こわい……ニンゲンって、こんなにこわいの……?)
アリスとは、まるでちがう。
「オマエら!」
「「はいなー!」」
手下の二人が前に出る。
それぞれが手に持ったスマートフォンの画面に指を走らせた。
すると、画面から光の粒があふれ出し、足もとに集まって形を作る。
現れたのは、黒と灰色のツートンカラーで、目つきの悪い子犬型ワンダー――【ワルイヌ】が二体。
町を歩いているとき、アリスが教えてくれた。スマホやスマートウォッチは、ワンダーを収納するための道具だと。
それと同じものだ、とドラゴンの子にもすぐわかった。
「「やっちまえ!」」
『『ワンッ!』』
命令と同時に、ワルイヌたちが飛びかかる。
するどいツメ。むき出しのキバ。
無防備なドラゴンの子の体に、次々と攻撃が打ちこまれた。
『わあっ! いたいっ! やめてよぉ!』
涙があふれ、声がかすれる。
ドラゴピアでのつらい記憶が、いやおうなしに頭の中によみがえる。
「ははは! やめてよ、だってよ!」
「そう言われると、やめたくなくなるのが、ワルの習性だぜ!」
男たちの笑い声が、路地裏に響く。
ワルイヌたちの攻撃は、さらに激しくなった。
『いたい! やめてっ! たすけて! おかあさあん!』
思わず叫んでいた。
助けを呼べば、いつだって飛んできてくれた、大きくてやさしい翼のぬくもり。
けれど――
どれだけ待っても、お母さん竜の気配は感じられない。
(そっか……やっぱり、ぼく……もう二度と……)
心が、どんどん冷たく沈んでいく。
希望が、黒く塗りつぶされていく。
そのとき――
「《音波砲》!」
すずの音のように澄んだ、それでいて凛とした声が路地に響いた。
『ワオーン!』
「「「どわあああ!?」」」」
『『キャオーン!?』』
次の瞬間、目に見えない衝撃波が走る。
ゴウッと風が巻き起こり、犬童たちとワルイヌがまとめて吹き飛ばされた。
なのに、ドラゴンの子の体だけは、ほとんど衝撃を受けていない。
まるで、その体だけをよけていくように、風は駆け抜けた。
「やっと見つけた。ドラゴンくん、足速すぎだよ」『ワンッ!』
『あ……ああ……!』
ドラゴンの子の目から、また涙があふれた。
今度は、あたたかい涙。
光の差しこむ路地の入口から歩いてきたのは、金髪碧眼の女の子と、背中に剣を背負った子犬。
『アリス……!』
ドラゴンの子の友だち第一号のアリスと、第二号のミルフィーヌだった。
ぼくの友だちが、助けに来てくれた。
そうだ、ぼくはもう、ひとりぼっちじゃないんだ。
絶望に黒く染まっていた心が、あたたかい光に包まれて、いっきに真っ白にぬりかえられていく。
「クソ……なんだってんだ……!」
ふっとばされた犬童が、くらくらする頭を押さえながら、よろよろと起きあがった。
手下の二人も、うめき声をあげながら体を起こす。もちろん、ワルイヌたちもだ。
路地裏には、さっきまでのいじめる空気とはちがう、ピンと張りつめた緊張がただよっていた。
「ねえ、お兄さんたち」
アリスが、ゆっくりと一歩前に出た。
金色の髪が光を受けてふわりとゆれ、青いひとみがまっすぐ犬童たちを見つめる。
「そこのドラゴンくんに、なにしてたの?」
声は静か。でも、氷みたいにひんやり冷たい。
さっきまでドラゴンの子に向けていた、やさしくてあたたかい声とはまるで別人だった。
犬童はアリスの顔を見ると、鼻で笑った。
「ははは。なにってことはないさ。ただこのコと、トモダチになろうとしてただけだよ」
へらへらと笑うその態度は、あきらかに見下している。
さっきの突風を引き起こしたのが、アリスの足もとにいる子犬だなんて、これっぽっちも思っていない顔だった。
「へえ」
アリスの目が、すっと細くなる。
「あなたは友だちに、ワンダーをけしかけたりするんだ」
そのひとことに、犬童たちの表情がピクリと固まった。
(このガキ……見てやがったな)
ごまかしはきかないと悟った犬童は、舌打ちして怒鳴った。
「オマエら、やっちまえ!」
「「やっちまえ!」」『『ワンッ!』』
命令を受けたワルイヌ二体が、地面をけって一直線にアリスへ飛びかかる。
するどいツメとキバが、少女のすぐ目の前までせまった。
『アリス! 逃げてっ!』
ドラゴンの子は、胸が張りさけそうな声で叫んだ。
自分のために来てくれた大切な友だちが傷つくなんて、考えただけでこわかったから。
その声を聞いて、アリスはくるりと少しだけ振り向き、にっこり笑った。
「だいじょうぶだよ」
『え?』
「《パウシールド》!」『ワンッ!』
アリスの声に応え、足もとの子犬ワンダー・ミルフィーヌが右前足を力強く前に突き出した。
すると――
ぽわんっ!
ピンク色に光る、大きな肉球の形をしたシールドが、ふたりの前に出現した。
ドラゴンの子はハッとする。
あのやわらかい光。あの安心する気配。体がおぼえていた。
(あれは……ぼくを受け止めてくれた技だ!)
次の瞬間、
ぷにゅーん!
ワルイヌたちはシールドにぶつかり、まるでトランポリンに飛びこんだみたいに体が沈みこんだ。
そして――
ばいーーーん!!
思いきり、元来た方向へはじき返される!
「「ふんぎゃ!」」『『キャイン!』』
はね返ったワルイヌたちは、そのまま飼い主ふたりの顔面に見事直撃。
もつれ合うようにして、三人まとめて地面に転がり――
そのままピクリとも動かなくなった。
路地裏に、しん……と静けさが落ちる。
「な……!」
犬童だけが立ちつくし、口をぱくぱくさせていた。
あまりに一瞬の出来事で、なにが起きたのか理解できていない。
それは、ドラゴンの子も同じだった。
(つ、強い……! アリスも、ミルフィーヌも……こんなにすごかったんだ……!)
胸の奥がじんわり熱くなる。
さっきまでのこわさが、うそのように小さくなっていく。
「あーら、ごめんあそばせ」『ワンッ!』
アリスは不敵でステキな笑みを浮かべて、一人残った犬童を挑発するように言い捨てた。




