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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

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第39話 アリス・イン・ワンダーワールド

 この世界は、人間と――ワンダーと呼ばれる、ふしぎな生きものとが共存している。


 人間にそれぞれの生活圏があるように、ワンダーにも、彼らが本来暮らすための場所が存在する。


 それは、深い森の奥や広い海の底といった自然の中だったり、長いあいだ人の手を離れた遺跡や廃屋だったり、あるいは、現実とは少し位相のずれた、異次元へとつながるゲートの先だったり――。


 場所や形はさまざまだが、共通しているのは、そこが現実とは異なる法則をもった、ふしぎな空間だということだった。


 そうしたワンダーの生息域は、かつては「領域」「ゾーン」「エリア」など、呼び方が定まっていなかった。


 しかしやがて、ワンダー、ウィザードと同じ頭文字を持つ言葉――“ワールド”という呼び名が、自然と使われるようになっていった。


 英語圏では、現実世界の“ワールド”と区別するため、“ワンダーワールド”と呼ばれているらしい。


 ブルーが暮らしていた、天空の楽園――ドラゴピアも、もちろん、そのワールドのひとつだ。


 そして、ワールドへの入口は、アリスたちが暮らす、このふしぎ町にも、いくつも存在している。


 ウィザードたちは、そうした場所へ足を踏み入れ、自分のパートナーを鍛えたり、新しいワンダーと出会い、仲間にしたりしているのだ。


 ――もっとも。


 そこは、決して安全な場所ではない。


 強力なワンダーとの戦いや、予測不能な環境の変化に巻き込まれ、最悪の場合、命を落とすことさえある。


 だからこそ、ワンダーバトルをたしなむ者すべてが、気軽にワールドへもぐるわけではなかった。


「……と、いうことよ。わかった、ブルー?」


 アリスは、説明の締めくくりに、すっと人さし指を立てて、目の前の空色ドラゴンを見つめた。


『う、うん……』


 ブルーは、こくりとうなずく。


 思っていた以上に話のスケールが大きく、胸の奥が、少しざわついていた。


 緋羽莉は、そんなふたりのやりとりを、少し後ろに立ち、両手を背中で組んだまま聞いている。


 春の光を受けて、緋色のポニーテールがやわらかく揺れた。


 黄色いリボンがきらりと瞬き、そのたびに、あかるい気配が周囲にひろがる。


 長い脚をそろえて立つ姿は堂々としているのに、表情はどこか無邪気で、年相応のあどけなさが残っていた。


 ――聞くことに徹する、その姿勢そのものが、彼女のやさしさを物語っている。


 今回は――助言禁止。


 緋羽莉は、ぐっと背すじを伸ばし、小さく息を整えた。


 白いフリルのついた服が、かすかに揺れて止まる。


 大きなひとみでアリスの横顔を見つめ、何も言わずにうなずく。


 教えてあげたいことは山ほどある。


 けれど、アリスとの約束を守るため、緋羽莉はその気持ちを胸の奥にしまいこみ、つややかなくちびるを、きゅっと結んでいた。


 アリスとの約束は、緋羽莉にとって、なによりも大切なものなのだ。


『つまり……ドラゴピアみたいな場所が、世界には、たくさんあるってことだね?』


「そういうこと」


 ブルーの胸に、驚きと感動がいっせいに広がった。


 はじめて地上に落ちてきたときも思ったが、外の世界は、想像していたより、ずっと広い。


 そして――その広い世界を、もっと見てみたい。


 知らない景色を。知らないワンダーを。


 ワールド……早く、行ってみたい!


 そのとき。


「それで、まずは、どのワールドに行くか――もう決めてるの?」


 緋羽莉が、こらえきれずに、ぷはっと声をもらした。


 つま先が、わずかに前へ出る。


 肩からかけた小さなポーチが、動きに合わせて、こつんと音を立てた。


 肺活量には自信がある。それ以上に、アリスと話したいという気持ちが、あふれてしまったのだ。


 これくらいなら、助言にはあたらない。


 そう判断したのか、アリスも、とがめることなく答える。


「そうだね。ちょうど今は春まっさかりだし……あそこがいいかな。わたしが、仲間にしたい子も、そこにいるみたいだし」


「春……なるほど。あそこだね!」


 緋羽莉は、まゆをきりっと上げ、楽しそうにほほえんだ。


 その表情には、場所を知っている者ならではの確信と、なにより、冒険へのわくわくが詰まっている。


「うん、あそこ」


 アリスも、同じ笑顔でうなずいた。


『あ、あそこ……って?』


 当然、この町にまだ不慣れなブルーは、首をかしげるしかない。


「それは――行ってみてのおたのしみ!」


 アリスは、にっと笑って宣言する。


「じゃ、レッツゴー!」


「おー!」


 アリスが勢いよく左手を突き上げると、緋羽莉は、さらに元気いっぱいに右手を突き上げた。


 ブルーも、それにならうように、おずおずと右手を上げながら、


『お、お~……』


 と、小さく声をあげる。



 ☆ ☆ ☆



 アリスたちは住宅街を抜け、市街地へとやってきた。


 土曜日――休日ということもあって、ブルーがはじめてこの町をおとずれたときより、通りはさらににぎわっている。


 人の流れにうっかり飲みこまれてしまわないように、ブルーはアリスの細長い脚のそばを離れず、ぴったりとついて歩いた。


 もしはぐれてしまってもすぐ助けられるようにと、少し後ろから目を光らせていた緋羽莉は、そんなふたりの距離感を見て、どこかほほえましそうに見守っている。


 そして自宅から歩くこと約20分。


 アリスたちは、ついに目的地へとたどり着いた。


 そこは、街の一角にぽっかりと空いた、四角く区切られた空き地だった。


 中には、みごとな満開の桜の花を咲かせた木が何本も立っており、ブルーは思わず息をのむ。


 やわらかな春の光を受けて、淡い桃色の花びらがきらきらと輝いていた。


 しかし足もとの地面に目を向けると、草はボーボーに生い茂っており、ゆっくり座ってお花見、というわけにはいかなさそうだ。


 一見すると、ただの手入れされていない空き地。


 だが――ただひとつ、どうしても見逃せない、おかしな点があった。


 空き地のまわり全体が、ドーム状のオーロラのような、淡く光るモヤに包まれているのだ。


『このふよふよしたモヤモヤは……なに?』


 桜の鑑賞を終えたブルーが、困惑したようすでたずねた。


「これはね、空間の境界線なの」


 アリスは、空き地を包むオーロラを見上げながら、少し緊張をふくんだ声で説明する。


「このオーロラの向こう――空き地の中は、こことはちがう“別の空間”になってるのよ」


『じゃあ、つまりそれが……“ワールド”ってこと?』


「そういうことだね!」


 そう答えたのは、アリスではなく緋羽莉だった。


 背の高い彼女が、ずいっとブルーの顔をのぞきこむようにして、にこっと笑う。


 近づきすぎたことに気づいたのか、緋羽莉は少しだけ首をかしげて距離を取った。


 それでも、笑顔は変わらない。


 大きな黄色いひとみがまっすぐで、ウソのない輝きをたたえている。


 その笑顔に、ブルーの胸の奥の緊張が、すっとほどけていった。


 この先には、ドラゴピアのような、ワンダーたちの暮らす領域がひろがっている。


 そう思うと、ブルーはごくりとつばを飲みこんだ。


 胸の奥で、期待と不安が入り混じって、どくんと音を立てた気がする。


「ちょっと失礼」『ガアー』


 そのときだった。


 キャップにジャケット姿の男性が、足もとに紫色のアヒル型ワンダーを連れて、空き地へと近づいてきた。


 アリスたちは道をゆずる。


 男性とそのパートナーは、ためらうことなくオーロラの中へと足を踏み入れた。


 すると――


『えっ……!』


 なんということだろう。


 男性とアヒルの姿が、バッと音もなく消えてしまったのだ。


 空き地の中に入ったようすも見えない。


 まるで、最初からそこにいなかったかのように。


 そうしているあいだにも、ほかのウィザードたちとパートナーのワンダーが、次々とオーロラをくぐっていく。


 そして、全員が同じように、その姿を消していった。


 ぼうぜんと立ち尽くすブルーに、アリスがくすくすと笑いながら声をかける。


「びっくりした? 言ったでしょ、あの中は、別の空間になってるって」


 たしかに、そう聞いてはいた。


 けれど、言葉で理解するのと、目の前で見るのとでは、まるでちがう。


 理由を知りたい。ほんとうのことを、この目で確かめたい。


 そう思った、そのとき――


「気になるなら、中に入ってみようよ!」


 緋羽莉が、あかるく背中を押すように言った。


「そうすれば、ぜーんぶ、わかるから!」


 その言葉に、ブルーの覚悟は決まった。


「それじゃ……行くよ!」


 アリスはキリッとした表情で、壁のように立ちはだかるオーロラへ、左手をさし出す。


 とぷん。


 水の中に指を入れたような、やわらかい感触。


 次の瞬間、アリスの左手は、オーロラの中へと溶けるように消えた。


 ブルーは思わず目を見開く。


 そしてアリスは、「ええい、ままよ」とでも言いたげに一歩踏みだし、オーロラの中へと体を預けた。


 その姿が完全に消えたのを見て、ブルーはもう一度驚きながらも、すぐにあとを追って飛びこむ。


 緋羽莉はそんなふたりを見て、どこか頼もしそうにほほえむと、軽快な足取りで続いた。


 オーロラを前にしても、緋羽莉の歩みは迷わない。


 けれど、アリスの背中に向ける視線だけは、ほんの少しやわらいだ。


 ――そして。


 アリスとブルーの目の前にひろがっていたのは……


 一面の大草原と、無数の桜の木が咲き誇る、まったく別の世界だった。

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