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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第2章 アリス・ハートランドと学校の大会

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第36話 燃えあがるハート

 バトルステーションでのあれこれが終わったあと、アリスは自宅の前まで帰ってきた。


 時刻はもうすっかり夕方。オレンジ色の空に、カラスがカーカーと鳴いている。


 そのとなりに立つ緋羽莉は、夕焼けを背にして、いつもよりさらに、少しだけ大きく見えた。


 緋色のポニーテールが風に揺れ、結ばれた黄色いリボンが、きらりと光を返す。


 ただ立っているだけなのに、そこにいるのが当たり前みたいに安心できて――アリスは、思わず一歩、緋羽莉のほうへ近づいていた。


「送ってくれて……ううん、きょうはいろいろありがとう」


 アリスは、そう言って頭を下げた。


 自分の左手を、大きくてあたたかな手で、ぎゅっとにぎってくれている、緋羽莉に向かって。


 緋羽莉の手は、少し汗ばんでいるのに、ふしぎといやな感じはしなかった。


 力強いのに、ぎゅっとしすぎない。


 まるで、だいじにするよと、手そのもので伝えてくるみたいだった。


「どういたしまして! きょうだけと言わず、これから毎日、おむかえもお見送りもしてあげようか?」


 緋羽莉は、夕陽よりもまぶしい笑顔で、ためらいもなく言い切った。


 その笑顔は、飾り気がなくて、でも、どこか頼もしくて――


 アリスは毎回、「この子にはかなわないな」と思ってしまう。


「それはいいよ。緋羽莉ちゃんの家、ここから遠いじゃない。そんなの、悪いよ」


「いいトレーニングになるし、アリスと長くいっしょにいられるし。わたしはぜんぜん平気なんだけどなあ」


「わたしが、もうしわけなくなっちゃうの! 時間は有限なんだから! タイム・イズ・マネー!」


 アリスはちょっとムキになった。


 緋羽莉のまっすぐすぎる好意がうれしくて、でも照れくさくて――そのせいで、ちょっとおかしなことを口走っている自覚はあった。


「むー……アリスがそう思うなら、しょうがないか」


 緋羽莉は心底残念そうに、やわらかくてかわいらしいくちびるを、きゅっとすぼめた。


 長いまつげが、ぱちぱちと動く。


 背が高いのに、こういうところは、年相応で――


 そのギャップに、アリスは胸の奥が、きゅんとなるのを感じた。


 そして緋羽莉は、片手でにぎっていたアリスの左手を、今度は両手で大事そうにつつみこむ。


 そのまま、じっとアリスの顔を見つめ、まっすぐなひとみで言った。


「わたしはね、いつだって、どんなときだって、アリスの味方だから。こまったことがあったら、なんでもまっさきに相談してね。もうしわけないなんて、思わなくっていいんだよ」


 すこしうるんだようにも見える、緋羽莉の大きな黄色いひとみ。


 夕焼けの色を映したみたいな、その黄色いひとみは、まっすぐで、まぶしい。


 逃げ場がないくらい真剣なのに、こわくはなくて――ただ、あたたかかった。


 そのきらめきを真正面から受けて、アリスの胸は、きゅっと音を立てた気がした。


 緋羽莉のこの気持ちひとつだけで、なんだってできそうな気がしたのだ。


「ありがとう、緋羽莉ちゃん」


 ふたりは、顔を見合わせて、にっこりと笑い合い、そっと手を離した。


「じゃあ、またあしたね、アリス!」


「うん……と言いたいところだけど、あしたは土曜日だから、学校ないよ」


「あ……そうだった。うっかりしてた! じゃあ、いっしょに遊びにでも行こうか? 始業式の日の埋め合わせもしたいし……」


「ううん。あしたは、ブルーとミルフィーヌとだけで、すごしたいと思ってるから」


 そう言って、アリスは足もとにいるブルーを見下ろした。


「そっか。そういうことなら、しょうがないね。じゃあ日曜日にでも……」


「日曜日は、校内大会の本戦があるでしょ。学校行事だから、出席は義務だよ」


「あ……! またうっかりしてた! あはは、きゅうに決まったことだったから、すっかり忘れちゃってたよ」


「そうだね。いっぱいいっぱいになると、忘れちゃうことってあるよね。きのうの、わたしみたいに」


 ふたりは顔を見合わせて、苦笑した。


 足もとでは、ブルーもくすくすと笑っている。


「まあとにかく、あらためまして……バイバイ! アリス! ブルー!」


「うん、バイバイ!」


『バイバイ、ヒバリちゃん』


 アリスとブルーは手を振って、自分の家路につく緋羽莉を見送った。


 緋羽莉は名残おしそうに、何度も何度も振り返っては、大きく手を振っている。


 そのたびに、ポニーテールが大きく揺れて、元気いっぱいに跳ねる。


 まるで、「まだここにいるよ」とでも言うみたいで。


 アリスは、自然と手を振り返していた。


 やがてその姿が見えなくなると、ブルーがぽつりと言った。


『ヒバリちゃんって……ほんとうに、アリスのことが大好きなんだね』


 ブルーには、緋羽莉が近くにいると、すぐにわかる。


 足音が少し大きくて、元気で。


 でも、動きが雑なわけじゃなくて、いつもリズムがあって――


 それに、なんだかあたたかいにおいがするのだ。


 アリスが笑うと、緋羽莉もすぐに笑う。


 アリスが立ち止まると、緋羽莉もちゃんと待つ。


 大きな体なのに、そばにいる感じは、やさしくて。


 ブルーは、それが少しうらやましくて、少し安心だった。


「うん。わたしも、緋羽莉ちゃんのこと、だいすき!」


 迷いのないその言葉に、ブルーはうれしそうに目を細めた。


 そしてふたりは門を開け、自宅へと入っていった。



 ☆ ☆ ☆



「『ただいまー!』」


「おかえりなさい」


 玄関を開けると、銀色のポニーテールを揺らした沙織が、にこやかに出むかえてくれた。


 ブルーは、思わずぴくっと身をすくめる。


 なにしろ沙織は、身長180センチ以上。緋羽莉よりさらに背が高く、体つきもよりがっしりしている。


 60センチにも満たないブルーにとっては、いきなり目の前に現れると、どうしてもおどろいてしまうのだ。


「そろそろ、慣れてほしいんですけどね」


 沙織は、そんなブルーを見て、くすっとほほえんだ。


 細められた青いひとみからは、やさしさがにじみ出ている。


「聞きましたよ。校内大会、予選で敗退したそうですね」


「うっ……」


 さすがは探偵業。地獄耳だ。


 アリスは、とくにうしろめたいことはないはずなのに、ぎくりと肩をすくめた。


『ち、ちがうよサオリさん! アリスは負けたんじゃなくて、キケン……したんだよ!』


 ブルーは必死に弁明した。アリスの名誉を守りたかったのだ。


 沙織は、またくすっとほほえんで、うなずく。


「ええ、わかっていますよ。こればかりは、さすがにしかたがないでしょう。突発的すぎるスケジュールのほうに、問題があります……まったく」


 かわいい寄りの顔立ちでありながら、どこか大人びた沙織が、めずらしく子どもっぽく不機嫌そうな表情を見せた。


 それを見て、つきあいの長いアリスは、ほんの少し違和感をおぼえた。


(沙織さん……もしかして、校内大会の日程が前倒しになった理由、なにか知ってるんじゃ……?)


 そんな疑念が、ふっと胸に浮かぶ。


 けれど――もう終わったことだ。


 アリスの校内大会は、すでに幕を閉じている。


 その疑念はいったん胸の奥にしまいこんで、代わりに、アリスはひとつ提案をした。


「沙織さん。お夕飯の前に、訓練つけてもらってもいい?」


 沙織は、少しだけ目を細めてから、にこりと笑った。


「ええ。かまいませんよ」



 ☆ ☆ ☆



 お星さまが、ひとつ、またひとつときらめきはじめる夜。


 家の庭で、アリスと沙織は向かい合っていた。


 訓練――ワンダーバトルをするためだ。


「《ライトスラッシュ》!」『ワオーン!』


「《ラビットシュート》」『キュー!』


 ガキーンッ!


【キャリバリア】のミルフィーヌの剣と、【ハネウサギ】のブラウンの強烈な蹴りが、火花を散らしてぶつかり合う。


 近所迷惑ギリギリの騒音だが、庭には事前にブラウンが防音結界を張っているので、外に音がもれる心配はない。


【ハネウサギ】は、こうした隠密や回避、補助的な技を得意とするワンダーなのだ。


 だから遠慮なく、二体は思いきり暴れ回っている――いや、庭を壊さない程度には、きちんと加減しているけれど。


 ブラウンの好物であるニンジンを育てている家庭菜園もあるので、荒らしてしまったら大変だ。


 沙織いわく、そうしたチカラのコントロールも、りっぱな訓練の一環なのだという。


 ブルーは縁側にちょこんと座り、真剣なまなざしでそのようすを見つめていた。


 見ているだけでも、学ぶことは山ほどある。


 沙織とブラウンのバトル技術は、あきらかにレベルが数段ちがった。


 必死な表情で食らいつくアリスとミルフィーヌとは対照的に、二人は終始、余裕を崩していない。


 本気を出せば、いつでもミルフィーヌを倒せるだろう。


 ――まるで、玲那と、そのパートナーであるコハクのようだ。


 上には、上がいる。


 いまの自分では、どうにもならないほど高い存在が。


 ドラゴピアに帰るため。チャンピオンクラスになるため。立ちはだかる壁は、あまりにも高い。


 きょう一日で、現実を思い知らされた気がして、ブルーの胸は少し重くなっていた。


「どうしました、アリスちゃん? きょうはいつにもまして、本気じゃないですか」


 ブラウンがミルフィーヌの剣撃を軽やかにいなすのをながめながら、沙織がやわらかく笑って問いかける。


 アリスは、迷いなく叫んだ。


 胸の奥で、あたたかい感覚がはじけた。


 まぶしい笑顔で、距離を気にせず近づいてきて、大きな手で、ぎゅっと手をにぎってくれた、あの感触。


 ――アリスのことが、大好き。


 その気持ちを、まっすぐに、隠しもせず伝えてくれる女の子。


(緋羽莉ちゃんに、胸を張れるわたしでいたい!)


 その想いが、アリスの背中を、強く押した。


「そうだよ! 本気だよ! もっともっと――本気を、超えるために!」


『ワウッ!』


 ミルフィーヌは大きく首を振り、口にくわえた剣で、力いっぱいブラウンを後方へ払いのけた。


『キュッ!?』


 ブラウンが、予想外とばかりに目を見開く。


 それは、これまでのミルフィーヌとはあきらかにちがう動きだった。


 その一瞬――沙織とブラウンの余裕が、ほんのわずかに崩れた。


 そのスキを、アリスは見逃さなかった。


「《ズバットスパート》!」


『ワオーン!』


 次の瞬間。


 地を蹴り、風を切り裂き、ミルフィーヌが一気に駆け抜ける。


 剣撃一閃。


 その一太刀を受け、ブラウンの体がふわりと宙を舞った。


 ブルーは思わず口を大きく開け、沙織でさえ、わずかに息をのんでいた。


 それは、ついいましがた身につけたばかりの、新しい技。


 アリスとミルフィーヌのことを知り尽くしているはずの沙織とブラウンでさえ、対応できなかったのだ。


『キュ~……』


 ブラウンは目を回し、庭の草むらに、ばたんと倒れ込んだ。


 剣で攻撃はしたが、実際に斬ったわけではない。


 衝撃を与えただけ――これもまた、チカラのコントロールだった。


 沙織は、内心で息をのむ。


 ――たった一日で、ここまで。


 アリスは、驚くほどの速度で成長している。


 時間をかけてみがき上げれば、それはきっと、チャンピオンにすら届く刃になる。


 そう確信できるほどの、みごとなバトルだった。


「沙織さん……」


 アリスは、ぎゅっとこぶしをにぎりしめて言った。


「わたし……強くなりたい。いまより、もっと……もっと!」


 汗だくの顔は、くじけるどころか、とても晴れやかだった。


 乱れた長い金髪が、月明かりを受けてきらめく。


 青いひとみは、炎のようにメラメラと燃え、これまでにない覚悟と決意を宿している。


 理不尽な現実。


 自分の力がおよばない相手。


 それらと真正面から向き合ったことで、アリスの心は、確かに一段、成長していた。


 そしてなにより――


 絶対に負けたくない相手と出会ったことで、アリスは、真の意味でウィザードとしての一歩を踏み出したのだ。


 そんな、かけがえのない養女の姿を見て、沙織は心からうれしそうにほほえんだ。


 アリスの中で、ずっと欠けていたピースが、ぴたりとはまった。そんな気がした。


 その想いは、縁側で見守っていたブルーにも、しっかり伝わっていた。


 ――ぼくがぶつかって、挫折しそうになっていた高い壁を、アリスは、越えようとしている。


 きっと、越えられると信じているんだ。


 そう思うと、ブルーの胸にも、メラメラと熱いものがこみあげてきた。


 そうだ。いつまでも、落ち込んでなんかいられない。


 ぼくも、もっともっと強くなる。


 いつか必ず、ドラゴピアに帰るために。


 今度こそ、アリスに優勝の栄冠をプレゼントするために!


「では、そろそろお夕飯にしましょうか」


 沙織は倒れたブラウンを軽々と抱き上げ、にこやかに言った。


「賛成! もうおなか、ぺっこぺこ!」


『ワン!』


 アリスが大きく伸びをし、ブルーとミルフィーヌと一緒に家へ入ろうとした、そのとき。


 スマートウォッチが、ブルッと震えた。


 新しいメッセージを受信したようだ。


 気になって画面を確認したアリスは――思わず、息をのむ。


『ふしぎ小学校 校内ワンダーバトル大会春の陣・敗者復活戦 開催のお知らせ』

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