第35話 猛虎激突
「先手必勝ォ! 《イナズマダッシュ》!」
『ガルォォッ!』
杉山のトラ、雷の猛虎【サンダイガー】のサンダーが、イナズマのようにジグザグの軌道を描きながら一気に距離を詰める。
対する玲那のトラの子【アンバーカブ】のコハクは、逃げるそぶりも見せず、堂々と正面で待ちかまえていた。
突進が目前までせまる。
さあ、どう動く?
アリスたちは息をのんで見守った。
『フン!』
コハクは、まるで退屈そうに鼻を鳴らすと、サンダーの突進を紙一重でかわす。
すれちがいざま、風を切る音だけがコートに残った。
「やるじゃねえか、ちっこいの!」
杉山は思わずニッと笑い、素直に感心する。
観戦している相棒の風間も、同じように目を丸くしていた。
しかし――アリスと緋羽莉、それに閃芽は、表情を引き締めていた。
そのなかで、緋羽莉だけは、少しだけようすがちがった。
おどろきに目を丸くしながらも、体は前のめり。
ぴょこんと揺れた緋色のポニーテールと、きゅっと結ばれた黄色いリボンが、彼女の動きに合わせて、楽しそうに揺れている。
「だがまだまだ! 逃がさねえぜ! 《エレクロー》!」
杉山がツメを立てるしぐさを見せると、サンダーの前脚にバチバチと電気が走る。
突進をよけたコハクめがけ、するどいツメが振り抜かれた。
しかしコハクは、電気のツメの二連撃を、これまたなんなくかわした。
『ぜんぜん遅え。図体ばっかでかいヤツは、これだからいけねえや』
あざけるような言葉に、サンダーの顔に青すじが浮かぶ。
『グルルル……!』
怒りのうなり声とともに、攻撃はさらに激しさを増す。
だが、どの一撃も、コハクの体をかすめることすらできない。
ギリギリまで攻撃を引きつけ、最小限の動きでかわしている。
アリスとブルー、そして緋羽莉たちは息をのんでいた。
緋羽莉は、思わず口元に手を当てていた。
大きな黄色いひとみが、きらきらと輝き、まるで初めて見る花火に出会った子どものようだ。
いっぽう、ブルーはごくりとつばを飲み込んだ。
もしかわしたスキに反撃していれば、確実にダメージを与えられていただろう。
それでも、コハクは一度たりとも攻撃しない。
攻撃のすべを持たないからじゃない。
「こんなヤツ、いつでも倒せる」という圧倒的な余裕を、アリスたちもはっきりと感じ取っていた。
「はあ……はあ……どうした剣城! さっきから一回も攻撃してこねえじゃねえか!」
杉山とサンダーは、肩で息をしている。
指示を飛ばし続け、攻撃をすべてかわされているのだから、疲労も当然だ。
いっぽうで、玲那とコハクは、よゆうたっぷり。
「そっちこそ、だいぶ疲れてるみたいだけど?」
「う、うるせえ!」
図星を突かれ、杉山はムキになる。
そのとき、玲那はちらりと左手のスマートウォッチにちらりと目を落とした。
どうやら、いまの時刻を確認しているようだ。
「……そろそろいいかな。アンタも、じゅうぶんわかってくれたでしょ」
「なにがだ!?」
杉山が声を荒げる。
玲那は、ふうっとひとつため息をついた。
「私とアンタの、チカラの差」
その瞬間だった。
玲那の前にいたはずのコハクの姿が、ふっと消える。
「!?」
杉山とサンダーはもちろん、観戦していたアリスたちも、思わず目を見開いた。
玲那は静かに目を閉じ、短く言った。
「《タイガークロー》」
ザシュッ!
『ガアッ……!』
何かが切り裂く鋭い音とともに、サンダーの苦悶の声が響く。
次の瞬間、サンダーはズズーンとコートに倒れ伏した。
コハクはいつの間にか、その背後に立ち、誇らしげな表情で四本の脚を踏みしめている。
スマートウォッチが戦闘不能を告げ、バトルは玲那の勝利で決着した。
「な……なにが起こったんだ……」
杉山は呆然と立ち尽くす。
親友の風間、りんご、閃芽も、言葉を失っていた。
けれど――アリスとブルー、そして緋羽莉だけは、理解していた。
目に見えないほどの超高速で動いたコハクが、そのツメの一撃でサンダーをしとめたのだ。
緋羽莉は、ぱちぱちと何度かまばたきをしたあと、ほっとしたように肩の力を抜いた。
その拍子に、長い脚が少し揺れ、健康的な肌が照明を受けて、いきいきと映える。
「おしまい」
『いてて、ビリッときたぜ』
玲那とコハクは、まるで散歩帰りのように、淡々とつぶやく。
一瞬の接触だったが、コハクはサンダーの特性〈ビリビリボディ〉の影響を受けたようだった。
「これで、わかった?」
玲那は、アリスと――そして緋羽莉のほうを向いて言った。
アリスとブルーは、びくりと肩を震わせる。
緋羽莉だけが、きょとんとした顔で首をかしげ、ポニーテールをふわりと揺らしていた。
その表情は、怖がっているわけでも、置いていかれているわけでもない。
ただ純粋に、「すごかったなあ」と思っている顔だ。
玲那はそれ以上、何も言わなかった。
だが、その沈黙が、すべてを物語っている。
――自分たちとの、圧倒的なチカラの差。
予選を突破できていたとしても、本戦では杉山のように瞬殺されていただろうという現実。
そして、その冷たく、剣のように鋭いひとみが、「それでも、緋羽莉のとなりに立てるの?」と問いかけてくるようだった。
「行くわよ、コハク」
玲那は、今度こそ用はすんだと言わんばかりに、くるりと背を向け、バトルステーションをあとにしようとした。
『じゃあな、青いチビ! オマエともいつか遊んでやるよ!』
別れ際、コハクがブルーに向かって、からかうように笑いながら言った。
ブルーは、『キミだって、ぼくとそんなに変わらない大きさじゃないか』――そんな言い返しすら、できなかった。
それほどまでに、コハクの放つ強さは、圧倒的だったのだ。
もしバトルをしたとしても、いまの自分では、ほんとうに“遊ばれるだけ”で終わってしまう。
ブルーは、そうはっきりと理解してしまっていた。
「なんというか……その……すごい子だった、ね……」
りんごは、あまりに急な展開についていけなかったのか、言葉を探すように、しどろもどろになる。
「ああいうのを……ホンモノ、って言うのかもしれないね……」
閃芽も、めずらしく冗談を言わず、けわしい表情のままつぶやいた。
いっぽう、対戦していた杉山は、がっくりと肩を落とし、親友の風間にはげまされている。
アリスは、ただ黙って、玲那の背中を見送っていた。
まるで、手の届かない遠い存在を見つめているかのような、その横顔で。
そんな親友のようすを見かねて、緋羽莉は、そっと、アリスの肩を抱き寄せた。
緋色のポニーテールが、ふわりと揺れた。
いつも元気いっぱいの緋羽莉が、声を落としてそばに寄るだけで、ふしぎとまわりの空気がやわらぐ。
大きな手はあたたかくて、力強いのに、触れ方はおどろくほどやさしい。
アリスの肩に回されたその腕には、言葉にしなくても伝わる安心感があった。
「緋羽莉、ちゃん……」
見上げた先には、いつもと変わらない、太陽みたいな笑顔があった。
大きな黄色いひとみはまっすぐで、迷いがなくて、でも押しつけがましくない。
緋羽莉は、ただそこに立っているだけなのに、周囲まであかるくしてしまう――そんなふしぎな存在だった。
アリスはおずおずと顔を上げ、自分よりずっと背の高い緋羽莉を見つめる。
ほのかに、せっけんと日なたを混ぜたような、緋羽莉のにおいがした。
「あなたは緋羽莉の親友にふさわしくない」
本来なら気にする必要なんてないはずの玲那の言葉が、胸の奥に、まだ突き刺さったままだった。
いつもは自信たっぷりなアリス。
けれど心のどこかで、自分はほんとうに、こんなにも思いやりに満ちた、すばらしい緋羽莉とならんでいい存在なのだろうか――そんな弱気が、めばえはじめていた。
緋羽莉は、そんな不安を知ってか知らずか、アリスの顔をぎゅっと胸に抱き寄せ、自分の額を軽く寄せるようにして、やさしくささやいた。
「わたしはね、なにがあっても――ずうっと、アリスといっしょにいるよ」
その声は、あたたかくて、まっすぐだった。
緋羽莉は、照れたように少しだけ視線をそらし、それからまた、にこっと笑った。
その仕草があまりにも無防備で、あまりにも素直で――
アリスは、顔だけでなく、心までふわりとほどけていくのを感じる。
たったひとこと。
それだけで、胸の奥にあった不安が、すうっと消えていった。
だれになにを言われたって、かまわない。
だれにも、この絆を邪魔させない。
緋羽莉のぬくもりに顔をうずめながら、アリスは、あらためて、そう誓った。
☆ ☆ ☆
時間は、ほんの少しだけさかのぼる。
場所は、ふしぎ小学校・校長室。
マミ先生は、ドアをコンコンとノックしてから、中へ入った。
「失礼します」
その表情は、どこか緊張ぎみだ。
「おや、間宮先生。なにか用かな?」
頭のてっぺんが少しさみしく、りっぱな白い口ひげをたくわえた丸メガネの男性――校長先生は、観葉植物の手入れをしながら、のんびりと答えた。
「ええ、じつは……」
「おっと、なにが言いたいのか、当ててしんぜよう」
校長先生は、右手にハサミを持ったまま、左手を差し出して、マミ先生の言葉を制した。
「校内大会を前倒しにした理由が知りたい。それと――できれば、敗退した児童にも、もう一度チャンスを与えてあげたい。そんなところじゃないかな?」
「どどどどど、どうしてそれをっ!?」
マミ先生は、古いギャグマンガのような、大げさなリアクションを取った。
「ほっほっほ。顔に書いてあるからね。君は表情が豊かで、実にわかりやすい」
「は、はあ……児童からも、よく言われます……」
マミ先生は、冷や汗をかきながら答える。
「というのは冗談でね。いや、冗談ではなく、君がわかりやすい人間なのは事実だが。実を言うと、同じように物申してきた担任は、君で三人目なのだよ」
「……はい?」
マミ先生は、ぽかーんと口を開けた。
「ほかの先生方からもね、『こんな突発スケジュールはムチャだ』『五年生にとっては初めての大会なのに、心の準備ができていない』――と、さんざん言われたよ。ははは」
「は、はあ……」
「だからね。また唐突ではあるが、児童には、きちんと救済措置を用意するつもりだ。心配はいらんよ。それが“彼”の意向なのでね」
「かれ……? その“彼”とは、いったい……?」
「なに、ただのわが校のOBだよ」
「は、はあ……」
校内大会の運営にまで口を出せるような卒業生――いったい何者なのか。気にならないと言えばウソになる。
だがマミ先生は、それ以上、追及しようとは思えなかった。
いつもの、のんびりした校長の口ぶりとはちがう。
そこに、はっきりとした“圧”を感じたからだ。
「……ところで、日程を前倒しした理由のほうは?」
校長先生は、デスクの上にハサミを置くと、にやりと笑った。
まるで、イタズラを思いついた子どものように。
「それは、本戦の日までのお楽しみ。私はねえ、サプライズが大好きなのだよ」
マミ先生は、またしても、その得体の知れない圧を感じ、ごくりと息を飲んだ。
しかし、だから確信できた。
大会日程変更のカギは、そのOBがにぎっているのだということに……




