第32話 空色の勝者
「《フェザーバルカン》!」
「《ガード》!」
アリスは、風間の口の動きを一瞬で読み取り、次にくる技を見抜いて指示を出した。
バトルが激しさを増すにつれ、アリスの集中力も冴えわたっていく。
――ここからが本領発揮。そんな気迫が、その横顔から伝わってきた。
【エアファルコン】が大きな翼を打ち鳴らす。次の瞬間、無数の羽が弾丸のように放たれた。
威力もスピードも、先ほどミルフィーヌと戦った【ウイング】の攻撃とは比べものにならない。
その証拠に、ブルーの体をかすめて地面に突き刺さった羽が、ドガン、ドガンと鈍い爆音を響かせる。
コートの表面がえぐれ、衝撃の強さをはっきりと物語っていた。
ブルーは足を踏んばり、両腕を交差させて、真正面からその嵐を受け止める。
羽の弾丸は一発一発が硬く、重い。衝撃が、骨の奥までズンと響いてくる。
けど、なんとか耐えられる。
そう思った、次の瞬間だった。
「《ラプタークロー!》」
『キイーッ!』
空中から、ファルコンが一気に距離を詰めてくる。
鋭いツメを生やした両脚を突き出し、一直線に突撃してきた。
羽の弾幕は、あくまでけん制。本命は、最初からこちらだったのだ。
猛禽の名にふさわしい(ハヤブサは猛禽類じゃないけど)握力で相手を捕らえ、そのまま切り裂く――まさに必殺の一撃。
ガキン! ガキン!
『ぐ……ううっ!』
金属同士がぶつかり合うような音が、コートに響き渡る。
ブルーは幼いとはいえ、ドラゴンだ。
その皮膚はもともと硬く、さらにエナを集中させている今は、鎧のような強度を誇っている。
ファルコンの鋭いツメでも、皮膚を切り裂くことはできない。
だが、その衝撃は確実に体の芯へと伝わり、腕や全身にじわじわとダメージを蓄積させていく。
このまま押し切られれば、耐えきれずに負けてしまうだろう。
――なのに。
アリスは、まだ指示を出さない。ただ、静かにブルーを見つめていた。
「どうした? さすがのアリスも、万策尽きたか?」
風間の背後で、杉山が挑発するように言った。
「そんなわけないでしょ」
即座に、閃芽が言い返す。
「あれは……“ああいうとき”の顔だよね?」
りんごも、余裕のある笑みを浮かべる。
そして、ひときわあかるい声が重なった。
「うん! あれは……チャンスを待ってるときの顔だよっ!」
緋羽莉は、満開の笑顔だった。
ただの応援じゃない。ブルーとアリスを、心から信じきっている表情だ。
そのときだった。
ツメを受け止めるブルーの体が、ふわりとあわいオレンジ色の光につつまれた。
「来たーっ!」
ここで、緋羽莉が大ジャンプ。
ピンチにおちいったとき、ブルーのチカラが高まる特性――〈ブレイブウィング〉が、発動したのだ。
ブルーの中で、恐怖が勇気へと変わっていく。
アリスも不敵でステキな笑みを浮かべる。待ってましたと言わんばかりに。
「《スカイナックル》!」
『だあーっ!』
アリスの声に呼応し、ブルーは交差していた腕を一気に開いた。
その勢いで、ツメを振り払う。
反動で、ファルコンの体が後方へ弾かれた。
ほんの一瞬――だが、確かなスキが生まれる。
ブルーは、空色に輝く右こぶしを、迷いなく振り抜いた!
ドゴオッ!
『グエーッ!?』
腹部に直撃した一撃に、ファルコンは大きく後ずさる。
大ダメージではあるが、致命傷にはならない。
さきほどミルフィーヌと戦ったウイングと同じように、攻撃の直前にわずかに後退し、衝撃を逃がしていたのだ。
「《ラプターシュート》だ!」
ファルコンも、すぐさま反撃に転じる。
鋭い蹴りが、パンチ直後のブルーを襲った。
――だが。
ブルーは、体をひねり、回転しながらそれをかわす。
「クソッ!」
風間は思わず悪態をつく。
「いい判断だね」
閃芽は腕を組み、感心したようにニヤリと笑った。
ブルーだって、幼いけれどドラゴンだ。頭はいい。
これまでのバトル経験から、大技の直後はスキが生まれることを理解している。
だからこそ、最初から一撃必殺を狙わず、次の行動に移れる余力を残していたのだ。
ブルーは、くるくるとコート上を回りながら、ファルコンとの距離を取る。
「《プリズムボール》!」
そして、両手から放たれた虹色の光球が、一直線に飛び――
ファルコンの顔面へと、正確に命中した。
『キイィ……!』
これは、かなり効いている。
光球が目に直撃したことで、ファルコンは一時的に視力を奪われたようだ。
空中でわずかによろめくのが、はっきりと見て取れる。
「もう一発!」
『たあーっ!』
ブルーは、間を置かずに二発目の光球を放った。
今度はファルコンの右の翼に命中。
大きくバランスを崩したが、さすがは格上のワンダー、ぎりぎりで踏みとどまる。
「飛べっ! ファルコン! オレがオマエの目になる!」
『キイィッ!』
その言葉に応えるように、ファルコンは迷いなく翼を広げ、再び上空へと舞い上がった。
高度を取られてしまえば、ブルーの手は届かない。
《プリズムボール》を撃たれても、距離があれば十分に回避できる。
「《フェザーショット》!」
ファルコンは羽ばたき、上空から無数の羽の弾丸を雨のように降らせた。
今度は一点集中ではなく、広範囲にばらまく散弾だ。これなら、目が見えていなくても関係ない。
ヘタな鉄砲、数撃ちゃ当たるというわけだ。
「よけて!」
『う、うん!』
アリスの指示は、あえてざっくりだった。
細かく先読みするより、いまはブルー自身の判断力を信じたほうがいい。
ブルーはその期待にみごとに応え、降り注ぐ羽の雨を次々とかわしていく。
〈ブレイブウィング〉の効果で、動きは驚くほど軽やかだ。
空中を跳ねるたび、空色の残像がふわりと残る。
『キィーッ!』
やがて、上空からファルコンのカン高い鳴き声が響いた。
視力が回復したと、主人に知らせているのだ。
「よし決めろ! 《トルネードダイブ》ッ!」
『キイィーッ!』
ファルコンはきりもみ回転を始め、【ウイング】が見せたのと同じく、竜巻そのものと化した。
上空から一直線に、ブルーめがけて落下してくるその姿は、まるで竜巻の隕石だ。
轟音と激しい風圧が、ステーション全体を揺るがす。
ギャラリーは思わず身をすくめる。その中で緋羽莉は、とっさに行動した。
「あぶない……!」
体の大きい彼女は、左右の腕でりんごと閃芽を抱き寄せ、自分の胸にかばうように引き寄せる。
その背中は、嵐の前に立ちはだかる盾のようだった。
『うっ……』
せまりくる竜巻の隕石に、ブルーはおののく。
さきほどの嵐とは違う。
これは、はっきりとした敵意を持った風だ。
身をゆだねてやり過ごせる相手ではない。
それでも――ブルーは、勇気を振りしぼり、一歩前へ踏み出した。
うしろにいるアリスの、自信に満ちたまなざしを感じているから。
いま、ここしかない!
そう判断したアリスは、腹の底から叫んだ。
「《バタフライエフェクト》!」
ブルーは両手を前にかざし、竜巻の隕石を正面から受け止めるかまえを取る。
それを見た瞬間、杉山がハッと目を見開いた。
「あの技は! やべえ、風間!」
次の瞬間。
ブルーの手のひらから、やわらかなピンク色の光があふれ出し、突っこんできたファルコンに触れた。
竜巻はブワッと音を立て、光の粒子へと分解される。
霧のように拡散し、完全に消え去った。
同時に、突撃していたファルコンの体からスピードが奪われ、ブルーの目の前で、まるで時間が止まったかのように静止する。
『クエ!? クエ!?』
ファルコンはなにが起こったんだと言わんばかりに、首をキョロキョロと動かす。
きょういちばん、スキだらけだ。
「狙いはクチバシ! 《スカイナックル!》」
アリスは、勝利を確信した笑顔で指示を出した。
『たあーっ!』
ブルーは右手をぎゅっと握りしめ、エナを集中させる。
空色のオーラが、こぶしを包みこんだ。
狙うのは、アリスの言うとおり――
ミルフィーヌの最後の一撃でヒビが入った、あの黄色いクチバシ。
ドガーン!
『グエ……!』
ファルコンは、短い悲鳴をあげる。
誇り高きクチバシは無残に砕け散り、衝撃が一気に脳を駆け抜けた。
空色の巨体が、ドサリとコートに倒れ伏す。
直後、ウォッチが無機質な声で告げた。
『ワンダー二体の戦闘不能を確認。勝者、アリス・ハートランド』
勝者の名が読み上げられた瞬間――
ステーションじゅうを揺るがすほどの、どっとした歓声が巻き起こった。
緋羽莉も、もちろん満面の笑みだ。
「やったあっ!」
よろこびをおさえきれず、左右の腕の中にいたりんごと閃芽を、ぎゅうっと胸に抱き寄せる。
その表情は、まるで自分のことのようにうれしそうで、誇らしげだった。




