第31話 ぼくらは空の子
「よしよし、やったな、ファルコン!」
『キィー!』
風間は、そばに降りてきたパートナーの頭をやさしくなでてやり、勝利をねぎらった。
【エアファルコン】は、全高1.5メートルもある大きな鳥型ワンダーだ。翼をたたんだ状態でも、風間の身長より少し高い。
二人のうれしそうな表情が、これまで積み重ねてきた絆の深さを物語っている。見ているだけで、胸があたたかくなるような光景だ。
「おつかれさま、ミルフィーヌ」
いっぽう、アリスはスマートウォッチを操作し、光の粒子に変わったミルフィーヌを収納してやる。
ウォッチの中では、ブルーも「おつかれさま」と声をかけ、ぐったりしたミルフィーヌをねぎらっていた。
「これで一対一、次が最後の勝負だな」
風間は表情を引きしめ、アリスをまっすぐ見すえる。
ファルコンとミルフィーヌの対決は、結果だけ見ればファルコンの圧勝だった。だが、その黄色いくちばしには、深いキズが残っている。
最後に受けた《ワンダフルストライク》のダメージが、いかに大きかったかを物語っていた。
大技を二発も使ったこともあり、残っている体力は、おそらく六割ほど。
つまり、ワンダーとしての格の差はあっても――ブルーにも、まだ勝機はあるということだ。
「いくよブルー、準備はいい?」
『うん!』
ブルーは力強くうなずくと、ウォッチの中からいきおいよく飛びだした。
同時に、ファルコンも風間のもとを離れ、バサッと羽音を立ててブルーの前に立ちはだかる。
『うっ……!』
【エアファルコン】の特性、《威圧》。
ミルフィーヌのように耐性を持たないブルーは、その影響をモロに受けてしまった。
胸の奥がきゅっと縮み、足がすくむ。恐怖で体がふるえ、思うように力が入らない。
「しっかり! ブルー!」
「がんばって、ブルー!」
アリスと緋羽莉の声援が、同時に飛ぶ。
とくに緋羽莉は、両手を胸の前でぎゅっとにぎりしめ、いまにも祈りだしそうな顔でブルーを見つめていた。
大好きなふたりの声に背中を押され、ブルーは気合いで恐怖を振り払った。
「こんなの、アリなの?」
あまりに感情に寄った、およそロジカルとはいえない展開に、白衣を着た知的な雰囲気の閃芽は、苦笑いしながらぼやく。
「いいんじゃない。わたしはこういうの、好きだな」
対して、人情家のりんごは、にこりとほほえんだ。
「ブルー! オレもオマエと戦うのを楽しみにしてた! 杉山を苦しめたその実力、見せてもらうぜ!」
風間は笑顔でさわやかに言ってのけた。
風間は、さわやかな笑顔で言い切った。
ブルーもまた、杉山のときと同じように、彼に好感を抱いたようだった。
「《ストームアタック》!」
『キイーーーッ!』
ファルコンが甲高く鳴き、大きく羽ばたく。
巻き起こされた強風は、やがて嵐へと変わり、うずを巻く竜巻となってブルーに襲いかかった。
ミルフィーヌですら逃れられなかった攻撃、ブルーが正面から防げるはずもない。
ならばと、アリスは、迷いなく決断した。
「思いきって、飛びこんじゃえ!」
『えっ!?』
ブルーは思わず声をあげる。
でも、アリスのことだ。きっと、なにか考えがあるんだろう……たぶん。
そう信じて、ブルーは走りだし、みずから嵐の中へと飛びこんだ。
「あいつ、なに考えてんだ!?」
杉山やギャラリーがどよめく。
そんな中、緋羽莉だけは目を輝かせている。
(今度はいったい、どんなびっくりを見せてくれるの?)
そう思って、わくわくしていた。
『うわあああ~!』
ブルーは泣きそうな顔で、大きな悲鳴をあげる。
嵐の中は、まるで巨大な洗濯機かミキサーだ。体がぐるぐるともてあそばれ、風に叩きつけられるたび、ダメージがたまっていく。
上下も左右もわからなくなった、そのとき――ブルーの脳裏に、ひとつの記憶がよみがえった。
――天空の楽園、ドラゴピアで暮らしていたときのこと。
お母さん竜と、空の散歩をしていた日のことだ。
さっきまで晴れていた空が、急に怒りだしたように荒れはじめた。
風はビュービューと吹き荒れ、雷はゴロゴロとうなり声をあげ、雨はザーザーと降り注ぐ。
幼いブルーはこわくてこわくてたまらなくて、泣きながらお母さん竜の背中に必死でしがみついていた。
お母さん竜は、そんなわが子をはげますように、ただひとこと――
『だいじょうぶよ』
そう言って、安定した飛行で、無事に家へと帰りついた。
あとで、ブルーはたずねた。
『どうしておかあさんは、あのひどいお天気のなかでも、ちゃんとお空を飛べたの?』
お母さん竜は、くすっとほほえんで答えた。
『それはね。私たちが、空の子だからよ』
『おそらのこ?』
お母さん竜は、そっとブルーにほほをすりよせた。
『お母さんがぼうやを大事に思うように、空も私たちを大事に思ってくれているの。だから、素直に身をゆだねれば、傷つけたりなんてしないわ。たとえ、機嫌が悪くてもね』
おかあさんがぼくを大事に思ってくれている、それはうれしかったけれど、正直、その言葉の意味はいまだによくわかっていない。
けれどおかあさんの言うことは、いつだって正しい。ブルーにはそれでじゅうぶんだった。
ブルーは、嵐に逆らうのをやめた。
力を抜き、風に身をまかせる。
すると、不思議なことに、体を打ちつけていた痛みが、すっと消えていった。
むしろ、心地よささえ感じはじめる。
――そうか。そういうことだったんだ。
風は、敵じゃない。空に、悪意なんてない。
ぼくは、空の子。
身をゆだねれば――ほら。
ブルーの体は、嵐の中をぐるぐると回りながら、螺旋のように上へ上へと運ばれていく。
そして、嵐のてっぺんから――
キリッと顔を引きしめ、外へと飛びだした!
「ブルー!」
アリスと緋羽莉の声が、重なって響く。
いっぽう、風間と杉山は、勝ち誇った表情を浮かべていた。
ブルーもミルフィーヌのように、嵐のえじきとなって吹き飛ばされたのか。
だれもがそう思った、その瞬間。
『アリスー!』
しかし、そうではなかった。
ブルーは大きな声で、健在をアピールする。
言い出しっぺで、頭の回転の速いアリスは、一瞬で状況を見きわめ、叫ぶ!
「《スカイナックル》!」
『たあーっ!』
ブルーは、右こぶしに空色のオーラをまとわせ、振り上げる。
眼下では、ファルコンが完全に面食らっていた。
ブルーが嵐に巻きこまれても無事でいることにおどろいているようだ。
「やばい! よけろぉ!」
風間が叫ぶが、わずかにひるんだのが運のツキ。
空色の鉄拳が、上空からファルコンの背中にたたきこまれる。
『グエーッ!』
りりしい顔に似合わない悲鳴をあげ、ファルコンはコートへと墜落した。
ブルーもくるりと体勢を立て直し、軽やかに着地する。
同時に、嵐はぴたりと止み、跡形もなく消え去った。
「おおおおおっ!」
ギャラリーから、大歓声がわき起こる。
緋羽莉は、あまりの展開に、声も出ず、ただ胸を押さえていた。
「ナイスよ、ブルー!」
アリスは満面の笑みで、親指を立てる。
『アリスは……こうなるって、わかってたの?』
ブルーは息をととのえながら、たずねた。
嵐に突っこめとムチャな指示を出したのは、アリスだ。
「ううん。ぜんぜん。ブルーは空生まれだから、なんとかなるかなーって」
アリスは、しれっと答える。
ブルーは目を見開き、言葉を失った。
まさかの、完全ノープラン。
トゲトゲビリビリのハーリーに突っこませたことといい、アリスはそういうところがあるんだとブルーは肝に銘じた。
でも、その直感が、信じるに足るものだということも、もうよくわかっている。
おかげでこうして、またおかあさんの言葉を実践できたのだから。
『キィーーーッ!』
ファルコンが起きあがり、あきらかに怒りのこもった声を響かせる。
背中をおもいっきりぶんなぐられたんだから、ムリもない。
「アリス! ブルー! お前ら、最ッ高だぜ! こんなに熱くなったのは、杉山以来だ!」
風間は、全身で興奮をあらわにして叫んだ。
背後で杉山が、妬いているのか、苦笑いしている。
「さあ、いよいよクライマックスだ! マジの大マジでいくぞ、ファルコン!」
『キイーッ!』
風間とファルコンが、するどくにらみつける。
アリスとブルーも、負けじと視線を返した。
「わたしたちも、それ以上の本気でいくよ、ブルー!」
『うん!』
バトルは、ついに最終局面。ギャラリーは息をのみ、静まり返る。
――ただひとりを除いて。
その人物は、心の底からあきれたような目でその光景を見つめ、
「……はあ」
と、深いため息をついた。




