第3話 地上の町をごあんない
『わあ……』
ドラゴンの子は、思わず声をもらした。
空に向かってのびる高いビル。色とりどりの映像が動きつづける大型ビジョン。ブンブン音を立てて走る自動車。そして歩道を行き交う、たくさんの人とワンダーたち。
どれもこれも、ドラゴピアにはなかったものばかりだ。
目に入るものすべてがきらきらして見えて、胸がどきどきして、わくわくが止まらない。
ここは、ふしぎ町の市街地。
アリスの家がある静かな住宅街から、歩いて10分ちょっとの場所にあるにぎやかなエリアだ。
鳥の声がよく聞こえる住宅街とはちがい、こちらはクラクションや話し声、店の音楽が重なり合って、町じゅうがにぎやかに息づいている。同じ町なのに、まるで別の世界みたいだった。
「ドラゴンくん、あんまり動き回っちゃあぶないよー……って、聞いてないか」『ワン!』
アリスとミルフィーヌが声をかけるけれど、ドラゴンの子の耳にはあまり入っていない。大きな金色の目をきらきらさせながら、あちこちを見回している。
『うわっ!』
「きゃっ!」
言わんこっちゃない。ドラゴンの子は前をよく見ていなくて、小さな女の子とぶつかってしまった。
女の子は右手をお父さんらしき男性につながれ、左手にはクマのぬいぐるみをぎゅっと抱いている。
『ごっ……ごめんなさい』
ドラゴンの子は、とっさに頭を下げた。
学んだ礼儀とはちがう。落ちこぼれだったドラゴピアの暮らしで染みついた、反射みたいな謝りぐせだった。
「ううん、いいよ。きをつけてね」
女の子はにこっと笑った。ドラゴンの子のすがたを見ても、おどろいたようすはない。
この町では、人間とワンダーがいっしょに暮らすのが当たり前なのだ。
お父さんもやさしくうなずくだけで、なにも言わなかった。
ほっとしたそのとき――
『ボウズ、この町は初めてか? 気楽にやんな』
しぶい声が響いた。
『へ?』
ドラゴンの子は間の抜けた声を出す。
声の主は……女の子が持っているクマのぬいぐるみ――の姿をしたワンダーだった。
まんまるでかわいい見た目なのに、声はまるで映画に出てくるハードボイルドなおじさん。
そのギャップが強烈すぎて、ドラゴンの子はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
父子とクマのワンダーが手を振って去っていったあとも、しばらく動けない。
そんなドラゴンの子のようすがおかしくって、アリスはくすくす笑った。
「びっくりした? この町、ああいうワンダーもいっぱいいるんだよ」
ドラゴンの子はこくこくとうなずいた。地上は、想像以上にふしぎで、おもしろい。
☆ ☆ ☆
それからアリスは、ドラゴンの子とミルフィーヌを連れて市街地を歩き回った。
「ここはね、わたしのお気に入りの本屋さん! ワンダーの本もいっぱいあるんだよ」
ガラス張りの店内には、本の山。紙のにおいが、ふわっと流れてくる。
「こっちはパン屋さん。焼きたてのメロンパン、最高なんだから!」
こんがり焼けたパンの甘い香りに、ドラゴンの子のおなかがぐうっと鳴った。
『いいにおい……』
「でしょ? おこづかいためたら買ってあげるね」
アリスはえへへと笑う。
お菓子屋さん、アクセサリーショップ、家電量販店、ワンダー専門ショップ、ゲームやスポーツが楽しめるアミューズメント施設――。
どの店の前でも、アリスは楽しそうに説明してくれた。
本当はドラゴンの子が興味を持つか少し不安だったけれど、その心配はすぐに消えた。
ドラゴンの子は、ショーウィンドウに映る映像、店先のポスター、出入りするワンダーたちを見るだけで、目を輝かせている。
『地上って……すごいね』
「でしょでしょ!」
アリスは胸を張った。まるで自分の町をほめられたみたいで、うれしい。
(よかった。ちょっとは元気出てきたみたい)
やがて歩き疲れた三人は、公園のベンチに腰かけ、屋台で買ったアイスクリームを食べていた。
午後のやわらかな日差しが芝生を照らし、子どもたちの笑い声とワンダーたちの鳴き声が、風にのってひろがっていく。
『これも、冷たくって、すごくおいしい』
バニラアイスをぺろりとなめながら、ドラゴンの子は目を細めた。さっきまでの不安そうな顔がうそのように、ほっぺがゆるんでいる。
その様子を見て、アリスはほっと胸をなでおろし、自分のアイスをひとくち。
(いいことをしたあとのアイスって、なんでこんなにおいしいんだろ)
ちなみにミルフィーヌも、ベンチの上で器用にカップアイスをなめている。鼻の頭にクリームがついていて、なんともほほえましい。
「よかった。すこしでも元気になってくれたみたいで」
『……うん、ありがとう。わざわざ案内までしてくれて』
「いいよ。きょうは予定なくてヒマだったし」
本当は、大親友の緋羽莉とも遊ぶ約束がしたかったけれど、今日はおたがいタイミングが合わなかったのだ。
その代わりに、ドラゴンの子と出会えた。そう思うと、これはこれで特別な一日だとアリスは感じていた。
「ペロ、おいでー!」『ニャンニャン!』
「はしれー! トンカツ!」『ブーブー!』
近くの広場では、子どもたちがワンダーたちと楽しそうに遊んでいる。
ネコ型ワンダーやブタ型ワンダーが元気よく走り回り、笑い声が絶えない。
『なんだか、すごいね、地上って。ニンゲンもワンダーも、みんななかよくしてる』
「そうでしょ、すごいでしょ」
アリスはちょっと誇らしげだ。
『うらやましいや……ぼくには、同じドラゴンの仲間にすら、なかよしな子はいなかったから……』
ドラゴンの子の声が小さくなり、またしょんぼりとうつむいてしまう。
アリスはすぐに、ぱっとあかるい声を出した。
「じゃあ、わたしがドラゴンくんの友だち第一号、ってことだね」
『え……とも、だち……?』
ドラゴンの子は目をまん丸にした。
その言葉は、これまで自分とは無縁だと思っていたものだった。
「いっしょにごはん食べて、いっしょにお出かけして、もうりっぱな友だちだよ」
アリスがにっこり笑う。
その笑顔を見た瞬間、ドラゴンの子の大きな目から、ぽろぽろと涙がこぼれはじめた。
『え……えへへ……ぼく、友だちができたの、はじめて……うれしい……』
『ワンッ!』
ミルフィーヌが、ドラゴンの子のほほを伝う涙をぺろりとなめとる。
「あははっ! ミルフィーヌも、ドラゴンくんの友だち、第二号だって!」
アリスが笑うと、ドラゴンの子も涙まじりの笑顔になった。
『……ありがとう、ふたりとも。ぼくの友だちになってくれて』
「どういたしまして!」『ワンッ!』
うれしくなったアリスは、アイスのコーンまでサクサクとかじって、ぺろりと食べきった。
そして、少しだけまじめな顔になる。
「ねえ、ドラゴンくん。もしよかったら……うちに来ない?」
『え?』
思いがけない言葉に、ドラゴンの子の手が止まる。
「ほかに行くあて、ないでしょ? だったら、うちでいっしょに暮らそうよ。三食おやつにお昼寝つきの、超おすすめ物件だよ!」『ワン!』
ミルフィーヌも元気よく鳴く。
“物件”の意味はわからないけれど、アリスの気持ちはまっすぐ伝わってきた。
友だちがいて、あたたかい家があって、ごはんもあって。
地上も、悪くないかもしれない――
そう思いかけた、そのときだった。
「おかーさん、きょうのばんごはんなーに?」
「きょうはトモくんの好きなハンバーグよ。年長さんになったお祝いね」
「やったー! おかーさん、だーいすき!」『プルー!』
楽しそうに話しながら通りすぎていく親子と、スライム型ワンダーの姿が目に入った。
(おかあ……さん……)
その一言で、胸の奥にしまいこんでいた記憶が、いっきにあふれ出す。
やさしい声。大きな翼。あたたかいぬくもり。
大好きなお母さん竜の顔が、はっきりと浮かんだ。
会いたい。
でも、もう会えないかもしれない。
その思いが、せっかくあかるくなりかけていた心を、真っ黒に塗りつぶしていく。
『わああああっ!』
ドラゴンの子はたまらず、走り出した。
止める間もなく、小さな体が信じられない速さで遠ざかっていく。
とても“落ちこぼれ”とは思えないスピードだった。
「追うよ、ミルフィーヌ!」『ワンッ!』
アリスとミルフィーヌは立ち上がり、必死にあとを追いかける。
☆ ☆ ☆
ドラゴンの子は夢中で走っていた。
走って、走って、走り続ける。
ビルの谷間を抜け、細い路地を曲がり、人とワンダーのあいだをすり抜ける。
自分がどこにいるのかも、もうわからない。
(どこにいたって同じだ……ぼくは、ドラゴピアにも、おかあさんのところにも帰れないんだ)
「どあっ!?」
『うわっ!?』
そのとき、なにかにぶつかって、ドラゴンの子はごろごろと地面を転がった。
起き上がると、目の前には三人の人間の男たち。
そのうち一人は、しりもちをついて顔をしかめている。
ドラゴンの子はとっさに謝ろうと口を開きかけた。
けれど――
「テメェ……ふざけんなよ」
低くて荒い声が響いた瞬間、ドラゴンの子の背中にぞわりと悪寒が走る。
ドラゴピアで自分をいじめていた、意地悪なドラゴンたちと同じ響きだった。
(ちがう……この人、アリスとちがう……こわい……!)
直感が叫ぶ。
逃げなきゃ。
そう思ったときには、もう遅かった。
バンダナを巻いた男の手が、ドラゴンの子の体をがしっとつかむ。
『やっ……!』
もがく間もなく、ドラゴンの子は三人に囲まれ、人目の少ない路地の奥へと連れ去られていった。
にぎやかな町の音は、すぐ後ろで鳴り続けているのに。
だれも、その小さな悲鳴には気づかなかった。




