第28話 不完全燃焼
きょうの授業がすべて終わり、校舎は放課後のゆるんだ空気につつまれていた。
夕方の光が教室の窓からななめに差し込み、机やイスの影を長く床に落としている。
「……しっかし、みごとな手のひらの返しっぷりだね」
閃芽はスマートウォッチから投影したホログラム画面を、指先でいきおいよくスクロールしながら、いまいましげにつぶやいた。
「どういうこと?」
となりから、緋羽莉がひょいと顔をのぞきこむ。
大きなひとみが、好奇心でくるんと輝いた。
「キミは見ないほうがいいものだよ」
閃芽はそう言って、さっとウォッチを操作し、画面を消す。
「えー、気になるよお」
緋羽莉はむくれながら、さらにぐっと距離を詰めた。
「なに見てたか、当ててみようか」
帰り支度を終え、スクールバッグを肩にかけたアリスが言った。
「わたしが予選を辞退したことが拡散されて、ネットでたたかれてるんでしょ?」
その瞬間、緋羽莉は目を丸くして、思わず大きな声をあげた。
「ええっ!? どうして!? アリスはべつに、バトルで負けたわけじゃないのに!?」
「そんな理由なんて、どうでもいいんだよ。成功者をねたむことだけが生きがいの負け犬どもにはね」
閃芽は吐き捨てるように言う。
「棄権の理由だって、準備不足だとか、そもそも連戦に耐えられないヤワなワンダーしか持ってないのが悪いとか……とにかく、アラ探しに余念がないったらないよ」
心の底からあきれ返った声だった。
「まあ、棄権の理由は、的を射てるけどね」
アリスは自嘲ぎみに笑う。
「どんな理由をつけたって、言いわけにもならない。勝負の世界は、結果こそがすべてなんだから」
「ずいぶん達観したような言い方だね。そんなタマじゃないだろうに」
閃芽が失望したように言うと、アリスはくるりと振り向き、感情をおさえきれない声で叫んだ。
「そうだよ!」
三人は思わず、びくっと肩を震わせる。
「めちゃくちゃくやしいよ! ブルーとミルフィーヌのがんばりをムダにして、棄権するしかなかったことも! それをおもしろおかしくネタにする外野も! なにより、そんな状況をまねいたわたし自身が! なにもかにもハラが立つ!」
アリスはガラにもなくわめきちらし、きれいな金髪をくしゃりとかきむしった。
スマートウォッチの中のブルーは、その様子に目を見開いている。
やさしくて、なんでもできる、いつも冷静なアリス――そんなイメージとはちがう、むき出しの感情に満ちた一面を、はじめて見たからだ。
そのアリスを、緋羽莉はそっと引き寄せた。
大きな胸につつみこむように抱きしめ、まるで小さな子をあやすみたいに、背中と頭をぽんぽんとなでてやる。
「よしよし。アリスの気持ち、すっごくわかるよ。気がすむまで、ぜんぶぶちまけていいんだよ。わたしが、ぜんぶ受け止めてあげるから」
それは、いつもの底抜けに元気な緋羽莉からは想像できないほど、母性に満ちたやさしい声だった。
気はやさしくて力持ち――それこそが緋羽莉の最大の魅力であり、アリスがいちばん大好きなところだ。
どんなときでも、自然ととなりにいて、必要な言葉とぬくもりをくれる。
緋羽莉のやわらかな胸に顔をうずめ、大きくあたたかな手で頭をなでられているうちに、ささくれ立っていたアリスの心も、少しずつほどけていった。
やがてアリスは、緋羽莉の大きな体に似合わず、きゅっとくびれた腰にそっと手を回し、抱き返す。
「……ありがとう、緋羽莉ちゃん」
「どういたしまして!」
緋羽莉は、おひさまのような満開の笑顔でこたえた。
まるでふたりだけの世界ができあがったかのような空気に、りんごと閃芽は顔を見合わせ、やれやれと苦笑する。
やがて、ぷはっと緋羽莉の胸から顔を離したアリスは、あらためて右手のスマートウォッチに語りかけた。
「きょうは、ほんとうごめんね。ブルー、ミルフィーヌ。せっかく、ふたりがあんなにがんばってくれたのに」
『だ、だから、いいってば。むしろぼくは、お礼を言いたいくらいなんだから! この大会を通じて、自分が強くなっていくのを感じられたし!』『ワン!』
ブルーもミルフィーヌも、晴れやかな声で返してくる。まったく引きずっているようすはない。
――気にしてるのは、わたしだけか。
アリスはそう思って、また小さく苦笑するのだった。
「おーい! アリス!」
そんななかよし四人組に、声をかける男子がひとり。
準決勝で戦うはずだった、風間隼一だ。
となりには三回戦で戦った、杉山雷壱もいる。
クラスのツートップと呼ばれる二人は、親友であり、同時に互いを強く意識しあうライバル同士だ。
「なにか用?」
アリスが少し警戒した声で応じる。
「バトルしようぜ!」
風間は迷いのない笑顔で即答した。
あまりに唐突な申し出に、親友三人娘はそろって目を丸くする。
「おたがいさ、このままモヤモヤしたままじゃ終われねーだろ?」
風間はこぶしを軽くにぎりしめ、まっすぐアリスを見た。
「ならせめて、オレとお前、どっちが強いか――シロクロつけようぜ!」
風間自身も、クラスメイトをあおって先生に食ってかかったペナルティで、予選失格になっている。
不完全燃焼なのは、彼も同じだった。
同じように胸の奥にくすぶるものを抱えていたアリスは、すぐに首を縦に振りたい気持ちをこらえ、少し考えこむ。
「だ、そうだけど、ブルー、ミルフィーヌ、どうする?」
そう言って、右手のスマートウォッチに語りかけた。パートナーたちの意思と、いまのコンディションを確かめるためだ。
ワンダーは人間よりずっとタフだ。 予選終了から四時間ほどたっぷり休み、お昼ごはんも取っている。体力は、ある程度回復しているはずだった。
『ぼ……ぼくは、いいよっ!』
ブルーは少し前のめりになって答えた。
正直、きょうはバトルはおなかいっぱいだと思っている。
けれど、自分のスタミナ切れが原因で、アリスに棄権という選択をさせてしまった――その負い目が、ブルーの背中を押していた。
せめて、アリスのモヤモヤが少しでも晴れるならと、賛成することにしたのだ。
『ワン!』
ミルフィーヌも元気よく賛成の声をあげる。
アリスとつきあいの長い彼女も、きっとブルーと同じ気持ちなのだろう。
「うん。ふたりもいいって言ってる」
アリスは顔を上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「やろう、バトル!」
「よっしゃ!」
風間はうれしそうに指をパチンと鳴らす。
「じゃあ、どこでやる?」
もっとも、学校のバトルコートは放課後の使用にも事前申請が必要だ。
二日連続での使用は禁止されているため、きのう使ったアリスは利用できない。
「それなら、近所のバトルステーションはどう? わたし、よく行ってるんだ!」
緋羽莉が指をぴっと立てて提案した。
「うーん、そうしたいのはやまやまなんだけど……」
風間が言いよどむと、杉山も頭をかいた。
「オレたち二人とも、いまカネねーんだよな……」
バトルステーションは、ワンダーバトル専門の施設だ。
しかし一回のバトルにけっこうな利用料がかかるため、小学生にとってはなかなか痛い出費になる。
「おカネなら、わたしが出すよ」
アリスはあっさりと言った。
「ちょうど行ってみたいって思ってたし」
これまでアリスは、バトル禁止令のせいで、緋羽莉の応援としてしかステーションをおとずれたことがなかった。ウィザードとして足を踏み入れるのは、これがはじめてだ。
「マジで!? 助かる!」
「善は急げだな!」
風間はそう言うと、杉山と顔を見合わせ、いきおいよく教室を飛び出していった。
予選のときもそうだったが、思い立ったら即行動。
行動力がある――と言えば聞こえはいいが、せっかちな性格でもある。
アリスたちは顔を見合わせ、やれやれと小さく笑ってから、ゆっくりと教室をあとにした。
「……」
二人を追いかけることに気を取られ、その背中を、教室のすみからじっと見つめている視線があることに――
まだ、誰も気づいていなかった。




