第27話 あっけない結末
「――おいで……ミルフィーヌ!」
アリスは気合のこもった声で、その名を呼んだ。
スマートウォッチからあふれ出した光が、ふわりと形を結ぶ。
現れたのは、背中にりっぱな剣を背負ったキャバリア風の子犬型ワンダー、【キャリバリア】のミルフィーヌだ。
『ワオーン!』
二回戦の激闘を終えたばかりで、疲れきっているはずなのに。
その立ち姿は凛としていて、吠え声には迷いがなかった。
ブルーのがんばる姿を見て、奮い立ったのだろう。
――アリスチームの先輩として、後輩に恥じない戦いを見せたい。
そんな気持ちが、ミルフィーヌの全身から伝わってくる。
「へへっ、ミルフィーヌ。オマエを待ってたぜ!」
杉山がうれしそうに声を上げる。
「さあ! アリスの二回戦みたいに、オレたちともおもいっきり楽しもうぜ!」
その言葉が終わるより早く――
「《ワンダフルストライク》っ!」
アリスが、気迫を叩きつけるように叫んだ。
ミルフィーヌは一瞬で背中の剣をくわえ、剣身がピンク色の光を放つ。
地を蹴り、跳び上がり、まだ体勢の整っていないサンダーの脳天めがけて――
振り下ろした!
(楽しみたいのは、やまやまなんだけど……今回は、そうも言ってられないんだよね!)
アリスの胸に、わずかな痛みが走る。
ブルーが、あんなに必死に戦った。
だからこそ、このバトルは――なにがあっても勝ちたかった。
たとえ、それが不意打ちに近いやり方だったとしても。
「なっ……!」
杉山が驚きの声をもらした、その瞬間。
ピンク色の光が大爆発を起こし、バトルコート一帯を飲み込んだ。
「うわっ!」「まぶしっ!」
ギャラリーはそろって目を押さえ、体をすくめる。
やがて光が消え、視界が戻ったとき――
そこに立っていたのは、剣を背中の鞘におさめ、やりきった表情で四本の脚を踏みしめるミルフィーヌ。
そして、その足元には――気絶し、ネコのようにのびきったサンダーの姿があった。
「しょ……勝負あり! 勝者、アリス・ハートランドぉ~!」
マミ先生はズレた丸メガネを直しながら、どこかぼうぜんとしたようすで軍配を上げた。
次の瞬間、またしてもバトルコートは大歓声に包まれる。
そして――そのどよめきを吹き飛ばすかのように、
「やったあーっ!」
もはやお約束。緋羽莉が、太陽みたいな笑顔で跳ねる。
「ナイス、ミルフィーヌ!」『ワンッ!』
アリスはセンターサークルまで駆け寄り、ミルフィーヌと笑顔でハイタッチを交わした。
「オマエはよくやったぜ、サンダー。ゆっくり休め」
杉山はそう言って相棒をねぎらい、ウォッチを操作する。
サンダーは光の粒子となり、静かに収まっていった。
「やられたぜ、アリス!」
杉山は逆立った髪をポリポリとかきながら、照れくさそうに笑う。
「まさか、開幕ぶっぱで来るとはな!」
「ありがとう。悪いけど……このバトルは、どうしても勝ちたかったからね」
アリスはそう言いながら、右手のスマートウォッチ――ブルーが休んでいる画面を、そっと見せた。
『ワン!』
ミルフィーヌも、誇らしげに鳴く。
杉山はその画面に顔を近づけ、にっと笑った。
「ブルー! オマエにもやられたぜ! 次はハナッから全力でバトルだ!」
『う……うん!』
ブルーは少しおっかなびっくりしながらも、笑顔でうなずいた。
「こういうのを、ライバルっていうんだよ」
アリスはウインクしながら、ブルーにそっとささやく。
「はーい、はいはいはーい!」
マミ先生がパンパンと手をたたき、声を張り上げた。
「これにて三回戦はおしまーい! それじゃあ、つづけて準決勝いっちゃうよーん!」
『も、もう……?』
ブルーは思わず、かすれた声をもらした。
正直、もうすべてを出し切っていた。
体力は限界で、ほんの数分休んだくらいじゃ、とても回復しない。
アリスの足もとのミルフィーヌも同じだ。
一撃で勝負を決めたとはいえ、必殺技を使った反動は大きい。
――この状態で、さらに杉山より強い相手と戦うなんて……ムリだ。
そう思ったのは、ブルーだけじゃなかった。
「……マミ先生」
アリスは、すっと左手を上げた。
「わたし、準決勝は棄権します」
その瞬間――
「えええええ~~~~っ!?」
クラスメイトたちの驚愕の声が、コート中に響きわたった。
「まあ……アリスなら、そうするよね」
意外にも、緋羽莉は苦笑いしながら、その判断を受け止めていた。
なにしろ、彼女はアリスのいちばんの大親友だ。
アリスが、どんな気持ちでこの決断をしたのか、ちゃんとわかる。
――ワンダーが大好きなアリスが、パートナーに、勝ち目のない戦いをさせるわけがない。
『ワウ……』
『アリス……』
足もとのミルフィーヌと、ウォッチの中のブルーが、悲しそうに声をあげた。
「ごめんね、ふたりとも」
アリスは、胸の奥がきゅっとなるのを感じながら、やさしく言った。
「せっかく、ここまでがんばってくれたのに。でも……これ以上、ムリはさせられない」
一度、言葉を区切り、ゆっくり続ける。
「本選出場はかなわなかったけど……わたしたち、ちゃんと強くなれたよ。満足な結果とは言えないけど……今は、これでいいんだ」
『……ううん。いいよ』
ブルーは、力が抜けたように答えた。
『アリスがそう決めたなら。ぼくもいい。それに……ぼくも、これ以上きょうはバトルしたくないなって思ってたんだ』
そう言って、ふにゃりとへたりこむ。
ミルフィーヌも同じように、地面に溶けるみたいにくずれ落ちた。
――ふたりとも、アリスの決断を受け入れてくれたのだ。
アリスは、胸の奥があたたかくなるのを感じながら、ふっとほほえんだ。
「ちょっと待った!」
その声とともに、一人の少年が手を高く上げた。
「風間!?」
杉山が振り向き、目を見開く。
手を上げた少年は、そのままマミ先生の前へと歩み出た。
青みがかった黒髪。まだ春先だというのに、半袖短パンをさわやかに着こなしている。
彼の名は風間隼一。
準決勝進出者の一人で、杉山とならんでクラスの"ツートップ”と呼ばれる存在だ。
「先生。準決勝、また明日にできないかな?」
風間は、ぐっとこぶしをにぎりしめて言った。
「このままアリスが棄権するってのは、どうしても納得いかねーんだ!」
すると――
「よく言ったぜ、風間!」
杉山が「待ってました」と言わんばかりにニッと笑い、続ける。
「そうだよ先生! 棄権の理由が“パートナーがボロボロ”ってんなら、日を改めようぜ! そもそも、2時間ぶんだけで予選終わらせようってのがムチャなんだよ!」
その言葉をきっかけに、まわりからも声が上がりはじめた。
「そーだ、そーだ!」「アリスがここで棄権なんて、ありえない!」「風間の言う通り、また明日やればいいじゃん!」
児童たちの気持ちは、あっという間に一つにまとまり、熱を帯びていく。
「う~ん……」
マミ先生は、こまったように頭をかいた。
「気持ちはわかるよ? でもねえ、これは学校側が決めたことだからなあ……」
「えーい! 先生じゃ話になんねえ!」
ついに杉山が短気を起こして叫んだ。
「こうなったら教頭でも校長でも、エライ人に直接直談判だ! みんな、ついてこい!」
そしてクラスメイトたちを扇動し、風間とならんで先頭に立ち、校舎へ向かって駆けだそうとする。
「ちょ、ちょっと待って!」
アリスと親友三人娘は止めようとするが――いったん生まれたこのうねりは、もはや嵐のようだった。
そのとき。
「ストーーーップ!」
マミ先生の声が、空気を切り裂いた。
次の瞬間――
透明な水色の、巨大で太く、そしてやたらと長いものが、児童たちの前にうねうねと立ちはだかった。
「うわっ!?」「な、なにこれ!?」
児童たちはいっせいに急ブレーキをかける。
「これは……触手?」
アリスは、そのナゾの物体を見上げて、ぽかんと口を開けた。
そのとおり。それは巨大なクラゲ――正確には、クラゲ型ワンダーの触手だった。
触手は、児童たちが完全に止まったのを確認すると、ふっと光の粒子となり、マミ先生のスマホの中へと吸いこまれていった。
「……まったく」
マミ先生は、両手を腰に当ててぷんすか怒る。
「そんなふうになだれこんだら、大会そのものが中止になりかねないって、わっかんないかなあ?」
児童たちは、その迫力――(正確には、さっきの触手の迫力)にすっかり気おされ、しゅんと静まり返った。
「じゃ……じゃあさ」
風間が、しぶしぶといった様子で口を開く。
「放課後とか、空いた時間にさ。オレたちだけで勝手にやるのは……ダメ?」
だが、マミ先生はきっぱりとかぶりを振った。
「校内大会は正式な学校行事だからね。私闘の結果は無効だよ」
いつになく、まじめな声だった。
「それに、一度決まった日程は変わらない。それが学校の決定なら、先生は従う。それが不服なら……キミたちも、辞退なりなんなりすればいい」
丸メガネの奥の目は、色が読めない。
その圧に、児童たちはこれ以上、何も言えなかった。
「で」
マミ先生は、あらためてアリスを見た。
「アリスちゃん。本気で棄権するのね?」
アリスは、ぐっと息を飲み、背筋を伸ばす。
「……はい」
その答えに、ブルーとミルフィーヌは、ほっと小さく息をついた。
風間と杉山、そして周囲の児童たちは、がっくりと肩を落とす。
そんな中――親友三人娘は、アリスの決断を尊重するように、パチパチと温かい拍手を送った。
「ああ、そうだ。風間くん」
ふいに、マミ先生が声をかける。
「なんすか?」
「児童を扇動して、大会を混乱におとしいれかけた罰で――」
一拍おいて、にっこり。
「キミも失格にするよん。これも決まりです!」
「な、なんだってーーーー!?」
風間は、文字どおりの驚天動地。
その日児童は思い出した。マミ先生がゆるいのはポーズだけで、ルールにはめちゃくちゃきびしいマジメ人間だということを。
そしてマミ先生は、パンパンと両手を打ち鳴らし、明るく宣言した。
「というわけで! 準決勝出場者四名のうち、二名失格! 5年2組の代表ふたりが、これにて決定いたしましたー!」
児童たちは、そろってあっけにとられる。
「この時点で、校内大会予選は終了! みんな、おつかれさまでしたー!」
マミ先生は、スマホで時間を確認する。
「おっとお? まだ四時間目が、たっぷりあまってるねえ」
そして、満面の笑み。
「それじゃ、通常授業を再開するから、みんな教室へバックホーム!」
「えええええ~~~~っ!!」
児童たちの大ブーイングが、戦い終わったバトルコートいっぱいに響きわたった。
こうして――ふしぎ小校内ワンダーバトル大会・5年2組代表予選は、なんともあっけない幕切れをむかえたのである。




