第26話 勇気の翼
「《サンダーボルト》!」
雷の猛虎・【サンダイガー】のサンダーが、雄叫びとともに天へ向かって電気を解き放つ。
次の瞬間――落雷が、まっすぐブルーへと降りそそいだ。
『っ――!』
ブルーは歯を食いしばり、横っ飛びに身を投げる。
ドーン!
直前まで立っていた地面が焼け焦げ、白い煙を上げた。
「まだまだあ!」
杉山が吠えると、サンダーは間髪入れず、次々と雷を落としてくる。
「右によけて! 次は左!」
アリスの声が、するどく、迷いなく飛んだ。
ブルーはその指示に全身で応え、雷を紙一重でかわしていく。
「さっすがアリス!」
緋羽莉は目を輝かせて声を上げた。
「ワンダーだけじゃなくウィザードのほうも、エンジンかかってきたみたいだね」
閃芽が、したり顔でうなずく。
「あの先読み――まるで未来が見えてるみたいな直感こそ、アリスちゃんの最大の武器だもんね」
りんごも、やさしくほほえんだ。
親友三人娘は知っている。
アリスの直感は生まれつきずば抜けていて、それが育ての親であり探偵でもある沙織の訓練によって、さらにみがかれてきたことを。
実戦経験が少なかったぶん、これまで表に出ることは少なかった。だが――
この、絶対的不利な状況でその才能は、確かに開花しはじめていた。
(やっぱりな……)
杉山もまた、そのやっかいさをよく知っている。
体育のサッカーの時間。何度もパスを通され、ドリブルで抜かれた記憶が、いやでもよみがえる。
(なら――)
(よけられない、止められない技を出すまでだ!)
杉山は目つきをキリッとさせ、叫んだ。
「《ライジングスパート》!」
「大きくジャンプっ!」
ほとんど同時に、アリスの声が重なる。
一瞬、杉山は目を見開いた。
次の瞬間。全身に強烈な電気をまとったサンダーが、超高速で突進する。
だがブルーは、それに合わせるように――思いきり高く、跳んだ。
『――っ!』
サンダーの突進は、ブルーの足元をすり抜ける。
着地――成功。
バトルコートが、どよめいた。
「うそだろ……」
杉山も、ギャラリーも、言葉を失う。
閃芽とりんごは目を丸くし、そして緋羽莉は――
「すごい……!」
胸の前で手をぎゅっとにぎり、感激で目をキラキラさせていた。
「そこまで……読んでるのかよ……!」
杉山は、くやしさとよろこびが入り混じった顔で、歯をかみしめる。
アリスの直感は、もはや“次に何が来るか”がわかるレベルに達していた。
「《プリズムボール》!」
サンダーの体を跳び越え、背後を取ったブルーが、虹色の光球を放つ。
『ガアアッ!?』
無防備なおしりに直撃し、サンダーは思わず悲鳴を上げた。
だが――倒れない。
【サンダイガー】は、ブルーがこれまで戦ってきたどのワンダーよりも格が上。
耐久力も、段ちがいだった。
サンダーはギロリと振り返る。
その迫力は、カジラのパートナー【ガブリュー】をも上回り、ブルーは思わずびくっと身をすくめた。
「来るよ! 走って!」
アリスの声で、ブルーはハッと我に返る。
止まったら終わり。
走り続けて、狙いを定めさせない。
「撃ちまくれ! 《サンダーアロー》だ!」
『ガオーッ!』
サンダーの体をまとう電気が、無数の雷の矢となって放たれる。
走るブルーを、雷の雨が追いかける。
だが、その軌道さえ――アリスは、もう見切っていた。
的確な指示、最小限の動き。
ブルーは雷の矢を、奇跡のようにかわし続ける。
「……ねえ」
りんごが、ふと首をかしげた。
「ブルーの動きも、よくなってない? 疲れてるはずなのに、元気なときより元気な気がするんだけど」
「ブルーは、やればできる子だもん!」
緋羽莉は、胸を張って言った。
その声には、迷いがない。
閃芽がメガネを光らせ、答える。
「言い得て妙ではあるけれど……もっと正確に言うなら、ブルーはこのピンチで、新たな特性に目覚めたんだ」
「新たな……特性?」
りんごは、きょとんとした。
特性とは、ワンダーがおもに先天的に持つ特殊能力。
ただし、中には心と体が一定の段階に達しないと発動しないものもある。
「あっ……!」
緋羽莉が、はっと目を見開いた。
「よく見て! ブルーのまわり、うっすらオレンジ色に光ってる!」
「よくあるタイプだよ。ピンチになると能力が底上げされる感じの。攻撃力が増す〈火事場のバカ力〉とか、火の属性の技の威力が増す〈風前の灯火〉みたいなね」
「でもブルーは、動き全部がよくなってる感じだよ?」
りんごは、まだ納得がいかないようす。
「プリズムボールも、さっきより強くなってたように見えたしね!」
緋羽莉も、力強くうなずいた。
閃芽は少し考え、口元に笑みを浮かべる。
「すべての能力が上がる特性も、なくはないよ。ただし……かなりレアだけどね」
そして、ちらりとコートを見る。
「それを持ってるとしたら、ブルーはやっぱりふつうのワンダーじゃない。天空の楽園から落ちてきたって話も、信ぴょう性が出てきたね」
「わたしは最初から信じてたけど!」
緋羽莉は、少しとくいげに言ってから、ふと首をかしげた。
「……あれ? もしかして閃芽ちゃん、ブルーの話、うたがってたの?」
閃芽はメガネをクイッと上げ、にやりと笑う。
「私は、自分の目で見たことしか、信じないタチなんだよね」
緋羽莉とりんごは、思わず顔を見合わせて苦笑した。
「じゃあブルーの、あの特性は……なんて名前なの?」
りんごが、ちょっとだけいじわるそうにたずねた。
閃芽はスマートウォッチを操作しながら、うーんとうなって答える。
「データを調べてみても、該当する特性が見当たらないね……」
「ブルーの動き、まるで羽が生えたみたいに軽やかだよね! ――勇気の翼、〈ブレイブウィング〉なんてどうかな?」
緋羽莉は「これだ!」と言わんばかりに、ぱっと顔を輝かせて命名を提案した。
パートナーの【スカーレットチック】のアカネといい、もともと鳥系ワンダーが大好きな彼女らしい発想だ。
「うん、わたしはいいと思う。勇気って言葉が、いまのブルーに、すごく似合ってるし」
りんごはにっこりほほえんで賛成する。
「私もいいと思うよ。この際、名前はどうでも」
閃芽もいたずらっ子の笑みを浮かべて、手を振った。
(すごい……ぼく、さっきまでヘトヘトだったのに。体が、すっごく軽いや……)
ブルー自身も、〈ブレイブウィング〉の効果におどろいていた。疲れきっていたはずなのに、今は元気なときよりも動ける気がする。
――けれど。
体は動いても、消耗したエナまで回復したわけじゃない。
さっき放った《プリズムボール》で、エナはほとんど底をついている。もう大技を使う余裕はなかった。
(この力と、《ダッシュアタック》だけで……なんとかするしかない!)
「あいつ、まだやれるのかよ!」「いいぞー! がんばれー!」
ボロボロのはずのブルーの予想外のねばりに、ギャラリーは大盛り上がりだ。
コートの上でも、アリスと杉山の声が熱を帯びていく。指示と声援が飛び交い、バトルはますます激しさを増していった。
サンダーは電撃やタックルで猛攻をしかける。だがブルーは、強化された身体能力とアリスの先読みのサポートで、紙一重のところですべてかわしていく。
その緊迫した攻防が、しばらく続いた。
――この勝負、いったいどっちが勝つのか。
親友三人娘も、ギャラリーも、かたずをのんで見守っていた。
『フゥ……フゥ……』
強力な技を連発し、それをすべてよけられ続けたサンダーは、ついに荒い息をつきはじめる。
ウィザードである杉山の顔にも、あせりの色がにじんだ。
もしかして……このままブルーが勝つのか?
そんな期待が、アリスたちをふくむこの場にひろがりはじめた、その瞬間――。
ほんのわずかな気のゆるみが、命取りとなった。
クラスのツートップと呼ばれる杉山が、それを見逃すはずがない。
「《パラライズアイ》!」
サンダーはするどくにらみつけ、眼光のビームを放った。
『うわわっ!?』
ビームはブルーに直撃。ダメージ自体は小さいが、体がビリビリとしびれ、動かなくなる。
「ブルー!?」
アリスは汗でぐっしょりになった顔で叫んだ。
ムリもない。相手の行動を先読みし続けるのは、想像以上に集中力を消耗する。体力も、精神力も限界に近かった。
攻撃を見切り続けた反動で、アリスの心に一瞬のスキが生まれてしまったのだ。
「今度こそとどめだ! 《ライジングスパート》!」
最大のチャンスを前に、杉山はこぶしをにぎりしめ、叫ぶ。
『ガオオオッ!』
サンダーも、これまでのうっぷんを晴らすかのように咆哮し、全身にこれまでで最大の電気をまとった。
――そして。
しびれて動けないブルーへ、猛然と突進する!
『う……うわああああ!』
逃げたいのに、逃げられない。
ブルーは涙目になって、必死の悲鳴をあげた。
ドンガラガッシャーン!
落雷のような轟音と、イナズマのようなまばゆい光。
ギャラリーは思わず身をすくめた。
やがて光が消え、コートの上に――ぽとり、と黒いものが落ちる。
汚れたぞうきん?
一瞬そう思った観客もいたが、すぐにそれが何かを悟る。
それは、感電して黒こげになった、無残なブルーの姿だった。
『ブルー、戦闘不能』
静まり返ったバトルコートに、アリスと杉山のスマートウォッチのアナウンスだけが響く。
次の瞬間――。
どわっと、大きな歓声が巻き起こった。
勝利した杉山とサンダーへはもちろん、最後まで戦い抜いたアリスとブルーにも、惜しみない拍手が送られる。
「ブルー……負けちゃったけど、すっごくがんばったよね! すごかったよね!」
いちばんの大親友、緋羽莉は大きなひとみをうるませながら、力いっぱい拍手した。
「うん、わたしもそう思う」
「私も、それを否定するつもりはないよ」
りんごと閃芽も、つられるように手をたたく。
「ほんとうによくがんばったね、ブルー、ありがとう。ゆっくり休んでね」
アリスはいつくしむような笑みを浮かべ、スマートウォッチを操作した。
すると、ボロぞうきんのように横たわっていたブルーの体が、やさしい光の粒子に変わり、ウォッチの中へ吸いこまれていく。
「これで一対一! さあ、決着つけようぜ、アリス!」『ガオッ!』
杉山はとくいげに指を突きつけ、サンダーもそれに合わせて吠えた。
アリスはその挑発を受け止めるように、不敵な笑みを浮かべる。
そして――ふたたび、ウォッチに手を伸ばした。




