第24話 蝶の羽ばたき
「じゃあ次は私の番ね。私も、ブルーとはバトルしてみたいし」
閃芽はメガネをクイッと押し上げ、にやりとした笑みを浮かべて言った。
ブルーは正直、もう少し休んでいたかった。
けれど、なんとなく断りづらい雰囲気がある。
というのも、閃芽はなかよし四人娘の中でいちばん気が強そうで、ここでしぶったら、イヤな顔をされるか、最悪怒鳴られるかもしれない、と思ってしまったからだ。
ブルーは、そういう空気がとても苦手だった。
アリスと閃芽は試験室のバトルコートの両端へ。
ブルーはセンターサークルに立つ。
「おいでよ、ハーリー!」
「気をつけてねブルー。閃芽ちゃん、わたしよりは強いし、いじわるだから」
りんごは、どこか皮肉のこもった声で声援を送った。
お昼休みにかませ犬呼ばわりされたことを、まだ根に持っているようだ。
当の閃芽は「嫌われたもんだね」と言わんばかりに、りんごへニッと笑い返す。
そして――バトル開始。
「ほら、どこからでもかかっておいでよ」
『キューキュー!』
挑発する閃芽に応えるように、ハーリーも鼻をフンッと鳴らす。
小さな体と人畜無害そうな顔からは想像できないほど、自信たっぷりだ。
しかしブルーは、すぐに動けなかった。
(だって……)
さっきから気になっている、あのトゲだ。
いまのブルーの攻撃手段は、体当たりやパンチといった近接攻撃だけ。
下手に突っこめば、痛い目を見るのは自分のほうだ。
「ブルー! なにやってるの? 攻撃しなきゃ、勝てないよ!」
アリスが声を飛ばす。
(いやいや、攻撃したら刺さっちゃうよ……!)
ブルーは振り向き、必死に目で訴える。
しかしアリスの青いひとみは、「そんなの関係ないでしょ」と言わんばかりにキラキラしていた。
(うう……)
ブルーは半分あきれつつも、あらためてハーリーをよく観察する。
(……あっ)
そのとき、ひらめいた。
(トゲにおおわれてない、頭を狙えばいいんだ!)
我ながら名案だと思ったブルーは、意を決して走り出す。
狙いは、ハーリーのつぶらな瞳がついた頭部。
ちょっと心が痛むけれど、これはバトルだ。そう自分に言い聞かせる。
その瞬間――
閃芽が、ニヤリと笑った。
『キュー!?』
ブルーの体当たりは、見事に命中。
ハーリーの体が宙を舞い、コートを何度か転がる。
だが、すぐに体勢を立て直した。
(ちっちゃいのに……思ったより、じょうぶだなあ)
ブルーはおどろいた。
いちばん最初に戦った【ワカバズク】のアイザックは、この攻撃で一撃だった。
ためらいがあったとはいえ、手ごたえがずいぶんちがう。
「【バリネズミ】は体は小さいけど、防御力が高いからね」
ブルーの考えを見透かしたように、アリスが言う。
(なるほど……)
ブルーは納得し、同時に感心した。
やっぱりアリスは、ものしりなんだなあ。
「それにしても、ブルーは……なんともないの?」
『へ?』
突然の質問に、ブルーは間の抜けた声を出した。
「バリネズミって、トゲだけじゃなくて、全身に電気をまとってるから、さわっただけでかなり痛いはずなんだけど……」
『えっ』
言われてよく見ると、ハーリーのまわりに、バチバチと電気が走っている。
(え、ちょっと待って)
(それ知ってて、ぼくに攻撃しろって言ったの?)
「そうだよ。ごめんね。でも、ためしてみたいことがあって」
アリスは、またしてもブルーの心を読んだように言った。
「それで、痛くない?」
「え? ……あ、うん」
言われてみれば、ぜんぜん痛くない。
トゲが当たった感覚も、ビリッとした感じもあった。
でも、それだけだ。
「むっふっふ。それこそがワンダーの持つ"特性"です!」
スピーカーから聞こえる博士の声に、ブルーは目を丸くする。
『とくせい?』
「後天的に習得する“技”とはちがい、ワンダーが生まれつき持ち、意識せずとも発動する能力――それを“特性”と呼ぶのです!」
『それって、アカネの再生能力みたいな?』
「大正解! とってもおりこうさんですねえ!』
ほめられて、ブルーはちょっぴり顔を赤らめた。
「バリネズミは〈ビリビリボディ〉と〈トゲトゲボディ〉っていう特性を持ってる。どちらも、さわった相手にダメージを与える能力だよ」
そう説明しながら、閃芽はじっとブルーを見る。
ブルーは思わずびくっとする。
「……なのに、キミは平気そうだねえ」
『ええっ!?』
ブルーはぎょっとした。
「それこそが、ブルーくんの特性です!」
博士が声高らかに宣言する。
「攻撃時に放たれる特殊なエナが、相手の特性を無効化する――“調和”を意味する〈ハーモニクス〉と名づけましょう!」
『ぼくに、そんなチカラが……?』
自分の成長を実感していたブルーでも、これは半信半疑だった。
「すごいよ、ブルー!」
緋羽莉が目を輝かせて言う。
そのまっすぐな言葉に、ブルーの胸はじんわりと温かくなった。
緋羽莉の言葉はひたすらまっすぐで、ただそれだけで、疑念が吹き飛んでいく気がしたから。
『ん? でも、アカネの再生能力は無効にならなかったよね?』
緋羽莉の顔を見ると、ブルーは思い出したように言った。
「〈ハーモニクス〉が発動するのは、あくまで攻撃するときだけだからです」
『なるほど……』
納得するブルー。
「でも、防御系の特性を無効化できるっていうだけでも、すごく強力だと思うよ」
りんごはそう言って、ちらりと横目で閃芽のほうを見た。
閃芽は一瞬むっとした顔になる。
それを見て、りんごはちょっぴり胸がすっとした気分になった。
『じゃあ、アリスのためしてみたかったことって、これのことなの?』
「そうよ。オデコさんとのバトルのときに、ちょっと思いついてね」
アリスは指を折りながら説明する。
「【ロボ・ロフスキー】には〈カチカチボディ〉っていう、物理攻撃のダメージを軽減する特性があったの。なのに、ブルーはあっさり倒しちゃった。それを見て……もしかしたら、ブルーは特性を無効化できるチカラがあるんじゃないか、って思ったの」
『そうだったんだ……でも、だからって、痛そうなのにつっこまされるのは、イヤだよ』
「ごめんごめん!」
アリスはぺろっと舌を出す。
「でも、これで思いきり、ハーリーをなぐれるよ!」
眉をキリッとひそめて、左のこぶしをぎゅっとにぎるアリス。
『キュ!?』
今度はハーリーのほうが、びくっと体をすくめた。
ブルーも、さすがに小動物のハーリーを本気でぶんなぐるのは、ちょっとかわいそうだなと思ってしまう。
「……まあ、それは冗談として」
アリスはすぐに真剣な顔に戻った。
「これでトゲも電気も、恐れるに足らず! 《ダッシュアタック》!」
ビシッと指を突き出す。
ブルーも気を取り直し、いきおいよく走り出してハーリーに体当たりをしかけた。
「甘いっ! 《エレキバリア》!」
『キューッ!』
閃芽がメガネをきらりと光らせ、手をかざす。
するとハーリーのまわりに、バチバチと音を立てる電気の球形バリアが張られた。
『あわわわっ!?』
止まれず、そのまま突っこんでしまったブルーは、バリアに触れた瞬間、全身をビリビリとしびれさせられた。
痛みとしびれに耐えながら、ブルーは頭の中で首をかしげる。
(あれ? ビリビリは、無効化できるんじゃなかったっけ……?)
「ザンネンだったね」
閃芽が、ちょっととくいそうに言う。
「キミが無効化できるのは、あくまで特性だけ。能動的に発動する技――《エレキバリア》までは、さすがに無効にできないってことだよ!」
『キュー!』
ブルーはふらふらしながらも、なるほど、と納得する。
特性と技は別物。そういうことなら、次からはちゃんと気をつけよう。
「じゃ、今度はこっちの番だね! 《ニードルサンダー!》
『キューッ!』
「よけて、ブルー!」
『う、うん!』
そのあとも、アリスと閃芽のバトルは続いた。
そしてその間ずっと、ブルーの頭の片隅には、ひとつの考えがぐるぐると残っていた。
ハーリーは、特性でも技でもビリビリを出していた。
性質はちがっても、結果は同じ――相手を感電させる力だ。
(だったら……)
(ぼくが特性を無効化できる特性を持ってるなら、技を無効化できる“技”だって、使えるんじゃないかな?)
電撃のおかげか、ブルーの頭はさえにさえていたようだった。
そのことを帰り道、アリスに話してみたら――
「できるんじゃない?」
アリスは、あっさりと言った。
「ブルーができるって、信じられたらね」
あいまいで、ちょっとテキトーにも聞こえる答え。
でも、ブルーはそれを信じることができた。
だって、アリスと緋羽莉の言葉は――
ブルーにとって、お母さん竜の言葉と同じくらい、信じられるものだから。
☆ ☆ ☆
雷の弾丸と化したエレキャットのタックルが、目の前にせまってくる。
全身にまとった電気がバチバチと音を立て、空気そのものがしびれているようだった。
これをまともに受ければ――いや、かすっただけでも、いまのブルーには致命的だ。
(どうせ、やられるなら……)
ブルーは歯を食いしばった。
(ためしてみよう。あの考えが、本当に正しいのか)
特性を無効化できるなら。それが受動的にできるなら、能動的な技として、できないことはないはずだ。
「ブルー!」
背中から、アリスの声が響く。
その声は、不安よりも信頼で満ちていた。
――わたしもブルーを信じてる。だからブルーも自分を信じて!
ブルーはそう受け取った。
両手を前にかざし、腹の奥から声をしぼり出す。
『《バタフライエフェクト》!』
その瞬間だった。
ブルーの前に、ふわりとピンク色の光がひろがる。
やわらかく、あたたかく、それでいて確かな存在感をもった光。
エレキャットがまとっていた強烈な電気は、光に触れた瞬間――粒子となってほどけ、舞い散った。
まるで、無数の蝶が羽ばたくように。
ひらひらと、ゆらゆらと。
危険なはずの雷は、静かな光へと変わり、消えていく。
『ニャ、ニャッ!?』
エレキャットはおどろき、目を丸くし、足を止めた。
まとった電気が消えただけじゃない。
猛ダッシュで乗っていたスピードのいきおいまで、すっかり殺されてしまっているのだ。
「な、なにが起きたんだ!?」
杉山が思わず声を上げる。
ギャラリーも、ざわりとどよめいた。
なにがどうなったのか、だれも理解できていない。
アリスの親友である閃芽とりんごも、思わず言葉を失う。
けれど――
「……っ!」
緋羽莉だけは、両手をぎゅっとにぎりしめ、目をきらきらと輝かせていた。
そして、当の本人であるブルーとアリスも、しばしぼうぜんとしていた。
(……できた?)
(ほんとに……できちゃった?)
相手の技を無効化する技。
頭ではイメージしていたけれど、実際に成功すると、おどろきのほうが先に来る。
「~~~っ!」
アリスはこみあげてくる歓声を、ぐっとこらえた。
よろこぶのは、あとだ。
いまは――この一瞬を逃しちゃいけない!
「ブルー!」
みじかく、するどく。
「《スカイナックル》!」
『はああっ!』
ブルーは右のこぶしに、空色のオーラを集中させる。
ひるんで動きを止めているエレキャットへ、迷いなく踏みこむ。
「いいのか!? エレキャットには、〈ビリビリボディ〉があるぜ!?」
杉山が攻撃をためらわせるように言う。
エレキャットはつねに全身に電気をまとっている。
ハーリーと同じ、触れた相手を感電させる特性を持っているのだ。
それ自体は大きなダメージにはならないが、いまのブルーにとっては、それが命取りになる。
しかし。
「『ザンネンだけど、それは効かないよっ!』」
アリスと、ブルーの声が重なった。
ブルーの特性・〈ハーモニクス〉。
攻撃時に発動する“調和”のエナが、相手の特性を無効化する!
空色のこぶしが、ためらいなく振り抜かれる。
『ニャーーーッ!?』
エレキャットの体は、くるくると回転しながら宙を舞い、高く飛んで――
キラーン、とお昼前の青空に、小さな星となって消えた。
しん、と静まり返るコート。
次の瞬間。
「エレキャット、戦闘不能」
アリスと杉山、双方のスマートウォッチから、同時にアナウンスが流れた。
その声を合図に――
「うおおおおっ!!」
ギャラリーから、どっと歓声が巻き起こった。
「やったー! アリス! ブルー!」
緋羽莉は跳びはねながら、全力で叫ぶ。
両脇の閃芽とりんごは、思わず苦笑いした。
アリスにとって、圧倒的不利と思われていた三回戦。
だがその初手で、見事に流れを引き寄せた。
それは、たった一匹のドラゴンが起こした、――小さな、けれど確かな“蝶の羽ばたき”だった。




