第22話 アリスと緋羽莉
アリスは、もともとふしぎ町の生まれではなかった。
7年前――家庭の事情で故郷の国を離れ、日本で暮らす沙織のもとに引き取られたのだ。
そうして、ふしぎ町の幼稚園に通うことになった。
最初のころは、金髪碧眼の異国の女の子として園児たちの注目を集めた。
けれど、日本語をまだうまく話せなかったアリスは、思うように気持ちを伝えられず、しだいに輪の中に入れなくなっていった。
声をかけられることも減り、気がつけば、いつもひとり。
アリスのそばにいてくれたのは、当時からいっしょだったパートナー――ミルフィーヌだけだった。
アリスは、ミルフィーヌの言葉を理解できたわけじゃない。
それでも、ふしぎと気持ちは通じ合っている気がした。
――人とワンダーは、言葉がなくてもなかよくできるのに。どうして、人間同士だとうまくいかないんだろう。
そのとき胸に浮かんだ疑問は、7年後のいまも、アリスの心の奥に残りつづけている。
そんなある日。
幼稚園の園庭で、アリスがひとりミルフィーヌを抱きしめ、さみしそうに座っていると――
ひとりの園児が、元気いっぱいに駆け寄ってきた。
燃えるような緋色の髪をポニーテールに結った、背の高い女の子。
その腕には、赤いヒヨコのような生きものが大事そうに抱かれている。
女の子は、にっこりと太陽みたいな笑顔を浮かべて言った。
「そのワンちゃん、かわいいね!でもね、わたしのアカネちゃんも、すっごくかわいいんだよ!」
それが、アリス・ハートランドと、花菱緋羽莉の出会いだった。
それ以来、ふたりは強い絆で結ばれ、7年間、よろこびも悲しみも、ぜんぶいっしょに分け合ってきた。
かけがえのない、大親友として。
☆ ☆ ☆
「《ワイドスラッシュ》!」
「《ラプターシュート》!」
ミルフィーヌが口にくわえた剣を大きく振り抜く。
それを、アカネはするどい蹴りで真正面から受け止めた。
ガキィンッ!
金属音のような衝撃が響き、周囲の空気がびりっと震えた。
バトルは、完全に格闘戦の様相をていしていた。
剣と脚がぶつかり合うたび、火花と衝撃波が散る。
ミルフィーヌの剣技と、アカネの足技の応酬に、ギャラリーはまばたきするひまもない。
それは、ウォッチの中で見守るブルーも同じだった。
目で追うだけで精いっぱい。
それでも、その一瞬一瞬は、確かにブルーの頭と心に刻み込まれていく。
「いいよいいよ! もっともっとアリスの本気を見せてよ!」
緋羽莉は、大きな体をいっぱいに使って、うれしさと興奮を表現した。
それに応えるように、アカネの動きがさらにするどくなる。
まるで、もう一段ギアを上げたかのようだ。
「おのぞみどおり! こっちだってまだまだいけるもんね!」
『ワッフー!』
ミルフィーヌも吠え、剣を構え直す。
技のキレは、さらに増していた。
バトル開始直後とは、もはや別犬レベル。
同じワンダーとは思えないほどの変わりようだ。
「ねえ、閃芽ちゃん。ミルフィーヌって……あんなに強かったかな?」
親友としてミルフィーヌのこともよく知るりんごが、思わず声をひそめてたずねた。
「たしかに、あれは私たちもはじめて見る動きだ。そう錯覚するのもムリはないね」
「さっかく?」
「ミルフィーヌは、もともと強かったんだよ」
閃芽は、静かに続けた。
「ただ、いままでバトルを禁止されてたからね。だから、そのチカラを振るう機会がなかったんだよ」
「……なるほど」
「その抑えられていたチカラが、このバトルを通して、少しずつ解き放たれてる……私は、そう見てるよ」
「たしかに……だんだん、動きがよくなってる感じだもんね」
「そして、その強さを引き出してるのが、緋羽莉だよ。ミルフィーヌがついていけるように、うまく段階を踏んで、バトルのレベルを上げてる」
「修行好きだもんね、緋羽莉ちゃん。そのぶん、ワンダーのチカラを引き出すのが、すごくうまいってことなのかな」
「そういうことだよ。まあそれも、相手がアリスだから成立してることだろうけどね」
「それは言えてる。あのふたりの空気にはかなわないなって、いつも思うもん」
ふたりは顔を見合わせ、同時に苦笑いした。
『フゥー……フゥー……』
『はあ……はあ……』
激闘のすえ、ミルフィーヌとアカネは、どちらも汗だくで肩を上下させていた。
体のキズは、あきらかにミルフィーヌのほうが多い。
だが、疲労の色は、アカネのほうが濃かった。
不死鳥の自己再生能力は強力だけど、そのぶん体力の消耗も激しい。
元気いっぱいな緋羽莉の影響で生命力は豊富とはいえ、何度も再生を繰り返したアカネは、さすがに限界に近づいていた。
次に強力な一撃を受ければ――キズは治っても、動けなくなるだろう。
それは、ミルフィーヌも同じだった。
次の一撃が、最後。
そう察したアリスと緋羽莉は、ほぼ同時に叫んだ。
「《ワンダフルストライク》!」
「《ブリリアントバード》!」
ミルフィーヌの剣が、やさしくも力強いピンクの光をまとう。
アカネの全身は、まばゆい緋色の光につつまれた。
そして――
二体は、同時に駆けだし、跳んだ。
センターサークルで、光の剣と炎の鳥が激突する!
まぶしい閃光が、2番コートをのみこんだ。
勝つのは、どっちだ――!?
ギャラリーは息をのみ、だれひとり声を出せない。
やがて、光が消えた。
センターサークルに、横たわっていたのは――
アカネだった。
ミルフィーヌは、剣をくわえたまま、四本の脚をしっかり踏みしめて立っている。
勇ましく、りりしく、誇らしげに。
「……勝負あり! 勝者、アリス・ハートランド!」
マミ先生の声が響き、バトルコートは大歓声につつまれた。
その瞬間、緊張の糸が切れたのか、ミルフィーヌは――
ばたり、と倒れこんだ。
「ミルフィーヌ!」
「アカネちゃん!」
ウィザードふたりが、それぞれのパートナーのもとへ駆け寄る。
ねぎらいの言葉をかけ、そっとウォッチの中へ戻した。
「あーっ! また負けちゃった!」
緋羽莉は汗びっしょりのまま、からっとした笑顔で言った。
「やっぱりアリスもミルフィーヌも、ほんっとうにすごいねっ!」
「ありがとう、緋羽莉ちゃん」
アリスも、心からの笑顔でこたえた。
「緋羽莉ちゃんといっしょだと、わたし……すごく成長できる!」
ふたりは、ぎゅっと力強く握手を交わす。
ギャラリーのクラスメイトたちも、惜しみない拍手を送った。
ウォッチの中のブルーも、小さく手をたたき、戻ってきたミルフィーヌをねぎらった。
そして――二回戦の全試合が終了し、十分間の休憩時間となった。




