第20話 虹の輝き
「次はオレのターンだ! 《古代の牙》!」
ガブリューのキバが、ゴツゴツとした岩石のような形へと変化した。
見るからに硬そうで、当たればただではすまなそうだ。
ブルーを噛み砕くつもりなのだろう。ガブリューは威圧感をまといながら、のっしのっしと突進してくる。
頭でっかちな体つきのわりに、足は思った以上に速い。
(でも、このくらいなら……)
本来なら、ブルーにとっては十分によけられる速さ――のはずだった。
(あ、あれ……?)
足が、動かない。
理由はすぐにわかった。ガブリューとの距離が縮まるたび、重たい威圧感が押し寄せ、体が言うことをきかなくなっていたのだ。
(ダメだ……このままじゃ……!)
よけるには、もう遅い。
そのとき――。
「《ガード》で受け止めるのよ、ブルー!」
まるで天啓のように、アリスの声が飛んだ。
ブルーはハッと我に返り、両腕をクロスさせてぐっと力をこめ、防御のかまえを取る。
『ギャオーッ!』
岩石のキバが、目の前までせまる!
――ガキーン!
ブルーは交差した両腕で、真正面からキバを受け止めた。
次の瞬間、全身に衝撃が走り、体が後方へはじき飛ばされる。
「うわっ……!」
ズザーッ、と地面をすべり、あおむけに倒れ込んだ。
両腕はじんじんと痛むが、体を丸ごと噛み砕かれる最悪の事態だけはまぬがれた。
「いまよ! 《スカイナックル》!」
『うん!』
ブルーはすぐに起き上がり、エナを集中させる。
右手が空色のオーラにつつまれ、充填完了。
大技の直後で動きがにぶくなっているガブリューへ、一気に駆け出した。
「させるか! 《テールスイング》!」
だが、カジラもだまってはいない。
ガブリューは短く太いしっぽをいきおいよく振り回し、突進してきたブルーをはじき飛ばした。
『うわっ!?』
ブルーはバランスを崩し、しりもちをつく。
ダメージはほとんどない。しかし集中が途切れ、オーラは霧散し、スカイナックルは不発に終わった。
「《ワイルドバイト》!」
アリスの指示に、ブルーは反射的に体を右へ転がし、間一髪で噛みつきをかわした。
「《スカイナックル》!」
すぐさま立ち上がり、もう一度こぶしに力をためて接近する。
今度は、しっぽの動きにも注意を払って――。
「だからさせるか! 《古代の咆哮》!」
『ギャオオーッ!!』
地鳴りのような咆哮が響き、ブルーはびくっと体をすくめ、またもしりもちをついた。
(ダメだ……!)
何度挑んでも、攻撃がつながらない。
このままではラチがあかない。
「いったん、距離を取って!」
アリスの声にしたがい、ブルーはすぐに立ち上がって走り、コートの端――アリスのもとへ戻った。
「接近戦じゃ、分が悪そうだね」
閃芽が腕を組み、冷静に分析する。
「なら、離れたところから攻撃すればいいんだよ!」
緋羽莉は名案だと言わんばかりに、にっこり笑った。
「それができれば、苦労しないんじゃないかな……」
りんごは苦笑いする。
ブルーが遠距離攻撃の技を持っていないことは、三人とも知っていた。
――けれど。
緋羽莉だけは、ブルーの可能性を信じていた。
それはもちろん、ウィザードであるアリスも同じだった。
☆ ☆ ☆
――きのう、研究所でのこと。
なかよし四人娘が集まって、バトルの練習をしていたときだった。
「ブルーって、息吹は吐けないんだっけ?」
緋羽莉の問いかけに、ブルーは少し気まずそうにうなずいた。
『うん。おかあさんに、何度も教えてもらったんだけど……ダメだった』
「じゃあさ。自信もついてきた今なら、どう?」
『……ううん。ためしてみたけど、やっぱりダメ』
そのとき、メガネを光らせた天野博士がやってきた。
「それはですねえ、ブレスの発生器官がまだ未発達だからですよ」
博士は、いかにも研究者らしい口調で続ける。
「いまのブルーくんは、ブレスを吐けるほど体が成長しきっていないんです。体型が人型に近いことも、影響しているでしょうねえ」
オデコとのバトルを通じて、ブルーの体を徹底的に調べたという博士の説明には、妙な説得力があった。
「よかったじゃない、ブルー」
アリスがにっこり笑う。
「つまり、もっと大きくなれば吐けるようになるってことだよ」
『……うん。それは、よかったけど……』
ブルーは、そこで言葉を切ったあと、ぽつりと本音をこぼした。
『でも、ぼく……いま、吐けるようになりたい。離れた相手を攻撃できる技があったほうが、もっとアリスの役に立てるでしょ?』
アカネの火の玉や、ロボ・ロフスキーのコータローのビーム。
遠距離攻撃の怖さと厄介さを、ブルーは身をもって知っていた。
「おっ、わかってるね。うれしいね」
アリスは、ブルーの頭をやさしくなでた。
「ふむふむ。遠距離攻撃をしたいのなら、なにもブレスだけにこだわる必要はありませんよお」
博士の言葉に、ブルーの目がぱっと輝いた。
『えっ……? ひょっとして、ぼくにもできるの?』
「ええ、できますとも。たとえば――」
そうして、博士のレクチャーがはじまった。
ブルーは両手を使い、エナを集める練習をした。
何度も失敗しながら、少しずつ、技の輪郭は見えてきた。
けれど――。
門限いっぱいまで練習しても、安定して形にすることはできなかった。
こうしてその技は、未完成のまま、本番をむかえてしまったのだ。
☆ ☆ ☆
「あれをやるよ、ブルー!」
アリスが、まっすぐにブルーを見て言った。
あれ――それは、研究所で練習していた、あの未完成の遠距離攻撃の技のことだ。
『え? でもあれは……まだ一回も、成功したことないんだよ?』
ブルーは思わずアリスを振り返り、とまどいを隠せなかった。
「だからこそ、やるんだよ!」
アリスは迷いなく言い切る。
「そうしなきゃ、勝てないんだから!」
その声には、不安よりも確信があった。
ブルーの胸は、きゅっと縮こまる。
正直、自信はなかった。
でも――このままじゃ勝てない、ということだけは、はっきりわかっている。
(やるしか……ない)
ブルーは意を決し、両手をぱっと開いて前へかざした。
手のひらの先に、きらきらと光の粒子が生まれる。
それは、ブルーの体の奥から呼び集められたエナだった。
「《スカイナックル》――あれは、いい技でしたねえ」
天野博士の言葉が、脳裏によみがえる。
「こぶしにエナを集中させる。シンプルですが、とても強力です。遠距離攻撃をするなら、あんなふうに“手”を使うほうが、ブルーくんには合っているかもしれませんよお」
博士の推測は、実際、その通りだった。
ブルーは両手を使うことで、口ではできなかった、遠距離攻撃用のエナをしっかりと集められるようになっていた。
――けれど。
できるのは、そこまでだ。
いざ放とうとすると、エナはシャボン玉みたいに、ぱちんとはじけて消えてしまう。
研究所をあとにしてからも、ウォッチの中で何度も何度も練習した。
それでも、結果は同じだった。
「本番なら、うまくいくかもしれないよ」
バトル前、アリスはそう言ってくれた。
けれどブルーは、どうしても自信を持てずにいた。
(いまも……うまくいく気が、しない)
エナの充填は、うまくいっている。
それなのに、きっとまた不発に終わってしまう――そんな予感ばかりが、胸を占めていた。
(せっかく……落ちこぼれから、抜け出せそうだったのに)
(結局、ぼくは……できそこないのまま、なのかなあ……)
その考えが頭をよぎったとき、ブルーは、ふとお母さん竜の言葉を思い出した。
ブレスの練習に、何度も何度もつきあってくれたときの声。
『だいじょうぶ。きっとできるようになるわ。ぼうやは、お母さんの子どもなんだから』
『大事なのは、できると信じることよ』
あのころは、信じられなかった言葉。
落ちこぼれで、できそこないだと思っていた自分には、「おかあさんの子どもだ」ということすら、信じられなかったから。
――でも、いまはちがう。
アリスと出会い、戦い、支えられて、ブルーは気づいた。
(ぼくは……ちゃんと、おかあさんのチカラを受け継いでる)
(ぼくは、おかあさんの子どもなんだ)
胸の奥に、あたたかい何かがともる。
(だから……できるはずなんだ!)
「ブルー! がんばれ! わたしたちがついてるよ!」
「練習の成果、見せてみてよ!」
「きっとできるよ。わたしも……信じてるから!」
親友三人娘の声が、背中を押す。
『ワンワン!』
ウォッチの中から、ミルフィーヌの元気な応援も響いた。
「おもいっきりやっちゃえ、ブルー!」
アリスは両手を大きくひろげ、笑顔で叫ぶ。
「空の上のママにも、とどくくらいに!」
――ブルーの心に、もう迷いはなかった。
両手にこめたエナが、静かに、しかし確かにうなりを上げる。
その先に、虹色の光が集まり、丸い球体を形作っていく。
それはまるで、ブルー自身と、彼を支えてきた仲間たちの想いを映し出したかのようだった。
「おお……」
「きれい……」
観客席から、思わず漏れる声。
カジラとガブリューでさえ、一瞬その輝きに目を奪われ――すぐに首を振って気を引き締めた。
「なにをする気か知らねえが、その前にケリをつけてやる! 《古代の牙》!」
『ギャオーッ!』
ふたたび、キバが岩石におおわれる。
さっきよりも速く、重く、迫力を増して、ガブリューが突進してくる。
威圧感に体がこわばる――でも、もう関係ない。
(あとはもう、放つだけ……!)
『《プリズムボール》!』
ブルーは、両手を前へ突き出した。
虹色の光球が、一直線に飛ぶ!
――ドーン!!
『ギャオオオッ!?』
胴体に直撃。
爆発的なエナが弾け、ガブリューは大きく吹き飛ばされ、あおむけに倒れた。
サッカーボールほどの大きさながら、凝縮されたエナの威力は絶大だった。
『ガ……ガ……』
ガブリューは動こうとするが、すぐには起き上がれない。
その一瞬を、アリスは逃さなかった。
「とどめよ! 《スカイナックル》!」
『うん!』
ブルーは右こぶしにチカラを集中させ、走り、跳ぶ。
「立て! ガブ! やられるぞ!」
カジラは必死に叫んだ。
なんとか体を起こそうとするガブリューの目の前には、空色の右こぶしを振り上げるブルーの姿。
『ギャオ、ギャオ!』
ガブリューは涙目で弱々しく声をあげた。
翻訳するなら、『ちょ、ちょっとタンマ!』だろう。
ざんねんながら、ブルーの心にはとどかないし、意味も理解できてない。
『たああーっ!』
――ドンッ!
腹部に深々と突き刺さり、ガブリューは大きくえずいて、気を失った。
場がしんと静まり返る。
次の瞬間――。
「せ……戦闘不能! 勝者、アリス&ブルー!」
マミ先生の声が響いた瞬間、会場の空気が一変した。
一拍の静寂のあと――。
「やったああーっ!」「すごい!」「勝ったぞー!」
割れんばかりの歓声が、コートをつつみ込む。
「やったあー! アリスとブルーが、勝ったあーっ!」
緋羽莉は満面の笑みで、両脇のりんごと閃芽をぎゅっと抱きしめた。
りんごと閃芽も、少し照れながら、その腕の中でブルーの勝利をかみしめていた。
「勝った……」
ブルーはコートの上で大の字になり、青空を見上げる。
「そうか……ぼく、勝ったんだ……」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
あの空のどこかに、ドラゴピアはあるのかな。
あの空の向こうに――おかあさんは、いるのかな。
そんなことを考えていると、アリスが近づいてきて、上からのぞき込むように笑った。
「おつかれさま。ほら、聞いて」
言われて耳を澄ますと、そこには罵声のひとつもなく、ブルーをたたえる声ばかりがあった。
もう、この場の誰も、ブルーをバカにしたりはしないだろう。
アリスの言った通り、罵声は大歓声に変わったのだ。
「うん……なんだか、すっごく気持ちいい」
ブルーは照れくさそうに笑い、つづけて自分の両手を見つめた。
「でも、それ以上に……ぼく、おかあさんと同じ、虹のチカラが使えたんだ。それが、すごくうれしい」
大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれる。
「やっぱり、ぼくはほんとうに……おかあさんの子どもだったんだ……!」
お母さん竜の得意技は、虹色の光のブレス。
その輝きが、いま確かに、ブルーの中にも宿っていた。
アリスはその姿を見て、胸がいっぱいになり、やさしい表情でうなずいた。
「うん。よかったね、ブルー」
そこへ、のしのしとカジラが近づいてきた。
「オマエ、なかなかやるじゃねえか!」
照れたように頭をかきながら続ける。
「さっきはさんざんバカにして、悪かったな!」
試合が終わればノーサイド。どうやら、そのタイプらしい。
『ううん。もう気にしてないよ』
ブルーはそう答えた。
本当は少し引っかかるものもあったけど、いまは勝利と、おかあさんとのつながりを確かめられた喜びのほうが、ずっと大きかった。
「でも次は、負けねえからな! なあ、ガブ!」
『ギャオー!』
いつのまにか目を覚ましていたガブリューも、元気よく鳴いた。
そうしてカジラたちは、コートの外へと去っていく。
「乱暴で口は悪いけど、そこまで悪い子じゃないんだよ」
アリスは、その背中を見送りながら苦笑した。
『……でも、ぼくはああいうタイプ、やっぱりニガテ』
ブルーは、ぽつりと正直な感想をもらした。
「あー! ほんとにすごかったな、ブルーの技!」
緋羽莉はまだ興奮がおさまらない様子で叫ぶ。
「まだドキドキしてるよー!」
その腕の中で、ずっとされるがままだった閃芽が、苦しそうに口を開いた。
「ねえ……キミ、忘れてない?」
「なにを?」
「次のアリスの対戦相手、キミだってこと」
「あ」
緋羽莉は、ぽかんとした顔になった。




