第19話 ワンダーバトルはエンターテインメント
『あ、あああ……!』
りんごの予想は、悲しいほど当たってしまった。
大勢の視線が一気に自分へ向けられた瞬間、ブルーの胸の奥で、封じこめていた記憶がぱちんと弾けた。
――ドラゴピアでの、あのつらい日々。
たくさんの子ドラゴンに囲まれ、押され、蹴られ、笑われた。
逃げても逃げても追いかけられ、あやまっても許してもらえなかった。
その中心にいたのは、今回の対戦相手・カジラにそっくりな、大柄で乱暴なドラゴンだった。
だからこそ、カジラの存在そのものが、ブルーの心に深く刺さった。
『ごめんなさい……ごめんなさい……』
ブルーはうずくまり、震える声でつぶやき続けた。
視界がにじみ、足がすくみ、呼吸が苦しくなる。
「なんだアイツ! バトルの前からビビってんじゃん!」
カジラのあざわらう声が、ブルーの心をさらにえぐる。
その声を合図にしたように、ギャラリーからも心ない言葉が飛び交いはじめた。
「弱そー!」「やる気あんのかよ!」
その声は、ブルーの耳には、かつて自分を囲んでいた子ドラゴンたちの声と重なって聞こえた。
「ったく、モブ共が。法律が許すなら、いまここで全員黒コゲにしてやるものを」
閃芽は怒りで歯を食いしばり、りんごも眉をひそめてギャラリーをにらんでいた。
ふだんおとなしいりんごがここまで怒るのはめずらしい。
もしかしたら、彼女にも似た経験があるのかもしれない。
「ブルー! だいじょうぶだよ! しっかりして!」
「コラー! キミたちー! やめなさーい!」
アリスとマミ先生の声も、罵声の波にかき消されてしまう。
ブルーの心は、折れかけていた。
胸の奥がぎゅっと痛くて、涙がこぼれそうで――
そのとき。
「うるさあーーーーーい!!!」
バトルコートを、いや学校敷地内すべてを揺るがしかねない大音声。
ギャラリーの声が一瞬で吹き飛び、場がしんと静まりかえる。
叫んだのは、人一倍大きな体の持ち主、緋羽莉だった。
「ブルーはまだ、こういう舞台に慣れてないだけなの! 本気を出したら、わたしにだって勝っちゃうんだから! なにも知らないでバカにしたりしないで、応援して見守ってあげて!」
緋羽莉は、胸の奥からあふれた言葉をそのままぶつけた。
ギャラリーはざわめきながらも、罵声はぴたりと止まった。
カジラでさえ、目を丸くして固まっている。
「ブルー! わたしとアリスと、りんごちゃんと閃芽ちゃんがついてるよ! がんばってー!」
緋羽莉は最後に、満面の笑みでブルーへエールを送った。
その声が、ブルーの胸の奥にまっすぐ届いた。
――ああ、ぼくはひとりじゃない。
震えが止まり、ブルーはゆっくり顔を上げた。
視線の先には、ピースサインを送る緋羽莉。
その両脇で、りんごと閃芽も優しく手を振っている。
「まったく、緋羽莉ちゃんてば、まーたわたしの役割を取っちゃうんだから」
アリスは苦笑しながらも、どこか誇らしげだった。
「ブルー、言いたいことはほとんど緋羽莉ちゃんに言われちゃったから、わたしからはこの言葉を送るね。……わたしといっしょに、まわりの罵声を大歓声に変えちゃおう!」
アリスは両手をひろげて宣言した。まるで観客をわかせるエンターテイナーのように。
ブルーの胸に、ぽっと火が灯った。
そして想像した。自分をバカにしていた人たちが、手のひらを返して絶賛するシーンを。
もしそれが実現すれば、どんなに痛快なことだろう。
アリスとなら、きっとできる。
だってきのう、アリスとミルフィーヌは、それを実践してみせたんだもの!
「……うん!」
ブルーはいきおいよく立ち上がり、笑顔でうなずいた。
胸の奥にあった重たい石が、すっと消えていくようだった。
もう、まわりの声なんてどうでもいい。
大好きな人たちの声だけが、ぼくを前へ進ませてくれる!
「こほん。……ではあらためまして、各コート、合意とみてよろしいですね!? ワンダーバトル・ファイトォォ!」
マミ先生のムダに気合の入った合図で、予選一回戦がいっせいにはじまった。
「一発かましちゃえ! 《ダッシュアタック》!」
アリスの声に、ブルーは迷いなく走り出した。
「ガブ……!」
それは想像以上の速さ。カジラは指示に迷って反応が遅れる。
『グエエッ!?』
ブルーの体当たりが炸裂し、ガブリューはふっとび、センターサークルからカジラの足元まで転がっていった。
「え?」
カジラもギャラリーも、ぽかんと口を開けたまま固まる。
「ほーら、言ったでしょ? ブルーはね、すごいんだよ!」
緋羽莉が大きな胸を張って言うと、ギャラリーから歓声がわき起こった。
さっきまでの罵声が、まるでウソのように。
ブルーは前のめりに転んだ姿勢のまま顔を上げ、おどろいた。
アリスの言ったとおり、声が全部、応援に変わっている。
――アリスって、やっぱりすごいや!
そう思った矢先。
『グルル……』
ガブリューが、ゆっくり立ち上がった。
青スジを浮かべ、怒りで体を震わせている。
『ひっ……』
ブルーは思わずのけぞった。
これはトラウマではなく、本能的な恐怖だった。
恐竜系ワンダー特有の、圧倒的な捕食者の気配。
その威圧感が、ブルーの第六感をするどくゆさぶったのだ。
「いきなりやってくれるじゃねえか。弱っちいってのは訂正してやるぜ!」
カジラは口元をゆがめて笑うが、目はまったく笑っていない。
『ギャオオオッ!』
ガブリューの咆哮がコートを揺らし、ブルーの体がびくっと震えた。
よく見ると、さっきの体当たりがきれいに入ったはずなのに、ガブリューはほとんどダメージを受けていない。
『まさか……効いてないの?』
ブルーがつぶやくと、アリスは不敵に笑った。
「効いてないわけじゃないよ。恐竜系のワンダーはタフさが売りなの。一回二回の小技じゃ倒れないってだけ」
『小技じゃダメ……』
ブルーは自分の右手を見つめた。
きのう《スカイナックル》でロボ・ロフスキーを倒したときの感覚がよみがえる。
あの技なら、きっとガブリューにも通じる。
けれどそのためには、チカラを右手に集中させなくちゃいけない。
あの威圧感の中で、それができるだろうか。近づくのもちょっとこわい。
胸の奥に、また不安がもぐりこんでくる。
そんなブルーの心を見透かしたように、アリスが言った。
「そうやってごちゃごちゃ考えるのは、ウィザードのわたしの役目。ブルーまで、わたしの役割をとっちゃうつもりなの?」
『え、ええっ!? そ、そんなつもりは……』
ブルーはぶんぶんと両手を振って否定した。
「ブルーの役目は、体を動かすことだよ。まかせて。攻略法なら、もう考えてあるから」
その言葉は、ブルーの胸にすとんと落ちた。
――アリスがいる。
それだけで、ふしぎとこわさがうすれていく。
「さあみんな! お楽しみはこれからよ!」
アリスはふたたび両手をひろげ、ギャラリーへ向けて堂々とアピールした。
まるで本物のスターのように。
ブルーはその姿を見つめながら、胸の奥でそっとこぶしをにぎった。
――ぼくも、アリスといっしょに輝きたい!




