第15話 天野博士のたのしい実験
『よ、よろしくおねがいします……』
アリスの腕の中のブルーは、おそるおそる天野博士に返事をした。
この博士も悪い人じゃなさそうだけど、どうも危険なニオイがするのだ。
「ああ、いいですね! 空色の体なんてめずらしい! まだ子どもなのに、二足歩行がしっかりできていて、スプーンもうまくあつかえるというのもポイント高い! あとこんなにぷにぷになのに、筋力も強度もある! さらに……」
「はいはい、そこまでにしてくださいねー」
ブルーに対して、メガネをキラめかせよだれをたらしながら顔を近づけ、まくしたてるように絶賛する天野博士を、いっしょにいた助手のオデコが白衣をひっつかんで制止した。
ブルーは目をまんまるにしたまま、ドキドキしていた。
ざんねんながら、危険なニオイがするという直感は当たっていたようだ。
「さっきのバトル、見てたんだね」
閃芽がまたあきれたように言った。実際、さっきの言動には心の底からあきれているだろう。
「ええ、まあ、最後の部分だけですけどね。せっかくいいところだったので、このタイミングでお邪魔するのはどうかなー、と思っちゃって」
たしかに、バトルの最中にあんなふうに近づかれたら、ブルーはたまらなかっただろう。
「それで、アリスちゃん。きょう一日、ブルーくんをお貸しいただいても……」
「ダメです」
アリスはきっぱりと即答した。
ブルーは心からうれしいと思った。あらゆる意味で。
「じゃあせめて、バトルを通じてデータだけは取らせてくださいよう」
天野博士はすがるようにたのみこんだ。
その姿を見て全員、その態度はオトナとしてどうなんだ、と思わずにはいられなかった。
「まあ、それが目的で連れてきたようなもんだし、やってあげてよ」
閃芽は、だだっ子をあやすような口調で言った。
ふたりは姉妹らしいけれど、これじゃどっちがお姉さんだかわからない。
「わたしはいいよ。ブルーはどう?」
『ぼくも……バトルなら、いいよ』
ブルーは少しだけためらいがちに答えた。
この博士にデータを取られるというのはいい気はしないけど、強くなるためにバトルを重ねるのは悪いことじゃない。
「おっほお! ありがとうございます! ささ、オデコちゃん、お相手のほう、よろしくおねがいしますねえ!」
「はいはい……」
天野博士は興奮しながら、となりの観察室にしゅばっと入っていった。
閃芽とりんごもそのあとについていって、試験室には、対戦相手のオデコと、間近で観戦を希望した緋羽莉だけが残った。
「それでは、今回はブルーの能力テストということで、使用ワンダー一体のみのバトルとします。オデコちゃん、できるだけブルーのチカラのすべてを引き出すよう、つとめるように!」
観戦室のマイクから、天野博士がえらそうに宣言した。いや、実際この研究所でいちばんえらい人なんだけど。
「はいはい。ったくあのヒトは、めずらしいワンダーを見ると、すぐこれだ」
オデコは実にうんざりした顔でためいきをついた。
『ご、ごめんなさい、ぼくのせいで』
ブルーは自分が原因でオデコをこまらせたのだと思い、あやまった。
どうもいじめられっ子時代が長いせいか、あやまりぐせがついているようだ。
「んーん、気にしなくっていいのよ。この研究所、ワンダーやワンダーが好きな子どもたちは、いつだって大歓迎だから」
オデコはブルーが責任を感じないよう、にっこり笑顔でフォローした。
そのかいあって、ブルーはちょっと気持ちが軽くなった。
子どもたちは大歓迎、だからオデコも子どもの相手をするのがうまいんだろう。
「だからって、手加減はしないからね。私だってこれでも、むかしはそれなりの腕っこきだったんだから」
オデコは白衣の袖をまくって、気合を入れた。
「さあ出ておいで! コータロー!」
オデコは白衣の胸ポケットからスマートフォンを取り出し、目の前にかざしてパートナーを呼び出した。
現れたのは、銀色に光るボディを持つ、ハムスター型ロボット、【ロボ・ロフスキー】だ。
サイズはブルーやミルフィーヌよりさらに小さく、2~30センチくらいといったところ。
『おう……』
ブルーはおどろいたような興奮したような、複雑な気持ちで声をあげた。
ブルーも、機械に関する知識は持っている。
しかし目の前のメカハムスターからは、機械のような"物"ではない、れっきとした生命の息吹を感じるのだ。
それは、お昼休みにミルフィーヌと戦った石人形、【ガンゴーレム】と同じように。
自分が言うのもなんだけど、ワンダーってほんとうにふしぎな生きものなんだなと、あらためて思った。
「それじゃ所長さま、開始の合図をおねがいあそばされるでしょうかー?」
オデコは、皮肉たっぷりの口調で言った。
「はいはーい、それではバトル、スタート!」
天野博士はノリノリで開始宣言をした。
「ではまず、耐久性から見せてもらおっかな! 《メカラビーム》!」
ロボ・ロフスキーのコータローは、顔のモニターに表示されている目から、ビームを発射した。
『うわっ!?』
まさに、目にもとまらぬ速さ。ビームはブルーの胴体を直撃して、その体をひっくり返した。
「ブルー!」
『だいじょうぶ! ちょっとびっくりしただけ!』
アリスが呼びかけると、ブルーはすぐに立ち上がった。
「ダメージポイントは2……と。ほとんど効いてませんねえ。オデコちゃん、マジメにやってますかー?」
観察室のマイクから、天野博士のヤジが飛んだ。
「やってますぅー! まだエンジンがかからないだけですぅー!」
オデコはぶーたれた顔で、窓の向こうの博士に向かって叫んだ。
子どものケンカか、と子どもたちは思った。
「今度はこっちの番だよ! 《ダッシュアタック》!」
『うん!』
ブルーはコータローに向かって走り、体当たりをしかける。
「回避行動!」
『チチッ』
コータロー、それを上回る反応と速さで、体当たりをよけた。
完全に動きを読まれているようだ。
「走力はかなりのもの……でもまだまだ、動きが単調で予備動作も改善の余地あり……と」
観察室で、天野博士がぶつぶつつぶやきながら、コンソールに観察結果を打ちこんでいる。
「反撃! 《メカラビーム》!」
ふたたびコータローの目からビームが発射された。
ブルーがブレーキをかけ、反転しようとしたところに命中。しりもちをつかされた。さっきよりダメージは大きいようだ。
オデコの言ったとおり、ロボ・ロフスキーはメカのワンダーなだけに、ほんとうの意味でエンジンがかかりはじめたのだろう。
けれど、ダメージが大きいのは、それだけが理由じゃなかった。
(さっきより、ずっと痛い……そうか、意識して体にチカラを入れてないと、防御力がはたらかないのか……!)
ブルーはいまのダメージで、自分の、ワンダーの体のメカニズムに気づいた。
ワンダーの体には、ふしぎな生命エネルギー……略してエナというものが流れている。
ワンダーはこのエナを消費・利用することで、いろいろとふしぎなチカラを使えるわけだ。
エナは、血液のようにワンダーの全身をめぐっており、意識することで肉体の強度を高めてくれる効果もある。
ブルーがいままで、お母さん竜から受け継いだチカラを発揮できなかったのは、ひとえに自覚のなさのせいで、この意識ができていなかったためだった。
つまり思いひとつで、ワンダーのチカラは強くも弱くもなるんだと、ブルーはこのとき、はじめて完全に理解できたのだ。
そして、そのチカラをより高めてくれる存在が、ウィザードなのだということも。
『アリス……ぼく、もっと、やれるような気がしてきた!』
ブルーはぎゅっとこぶしをにぎりしめて、生まれてはじめて自信に満ちた顔になった。




