第14話 博士登場
「じゃあいくよ、アリス、ブルー! 《ファイアボール》!」
アカネはクチバシをぱかっと開き、火の玉を吐き出した。
「《ガード》よ、ブルー!」
『う、うん!』
まだ、とっさにかわすのはむずかしい。けれど防御の態勢ならとれる。
ブルーはぎゅっと目を閉じ、頭を下げ、顔の前で両腕を交差させた。直後、ファイアボールが腕にぶつかって弾ける。
「もっともっと、いくよ!」
緋羽莉の元気いっぱいなかけ声に合わせ、アカネはファイアボールを連発した。
ドン、ドン、ドンッ!
ブルーは交差した腕でぜんぶ受け止める。けれど、さすがにだんだんキツくなってきた。
一発一発は決定打ではない。でも、まったく効いていないわけでもない。
ダメージは少しずつ、たしかにブルーの体力を削っていく。
「アカネのエナは無尽蔵といっていいからね。このままじゃやばいよ」
「緋羽莉ちゃんと同じで、スタミナ自慢だもんね……」
となりの観察室で見ていた閃芽とりんごが、不安そうに声を上げる。
けれど――
ウィザードであるアリスの表情だけは、ちっともあわてていなかった。
むしろ、なにかを待っているような、静かな自信がにじんでいる。
そのことに、いちばんの親友である緋羽莉も気づいていた。
(アリスのことだから、なにか考えがあるんだよね? 見せてみてよ!)
期待に満ちたまなざしが、アリスとブルーに向けられる。
「いくよブルー! そのままの姿勢で、《ダッシュアタック》!」
アリスの声が、ピシッと響いた。
ブルーはガードのかまえのまま、前へ突っこんでいく。
どうしてこの姿勢のまま走るのか、正直よくわからない。
でも――アリスが言うなら、きっと意味がある。
そう信じたブルーの足に、迷いはなかった。
『バカのひとつ覚えね!』
「《マジカルファイア》!」
アカネはニヤリと笑い、螺旋状の炎を放つ。
「あれを受けたら、また弱体化させられちゃう!」
観戦しているりんごが思わず叫ぶ。
「ブルー! 右に曲がって!」
『う、うん!』
アリスの指示に、ブルーは即座に反応した。
ガードで顔を守ったまま、体ごとぐいっと右へ方向転換。
その結果、マジカルファイアは空を焼くだけで、ブルーには当たらなかった。
『なんですって!?』
「やるう!」
アカネが驚きの声を上げる一方で、緋羽莉は目を輝かせて感心している。
「でも、まだまだ! 《ラピッドファイア》!」
手をゆるめず、次の指示を飛ばす。
アカネもハッとして、高速の火の玉を連射した。
「そのまま、まっすぐ!」
『うんっ!』
スピードに乗ったブルーは、アリスの声だけを頼りに一直線。
火の玉は後ろの床を焦がすだけで、ブルーをとらえられない。
『もー! どうして急に当たらなくなっちゃったのよー!』
アカネは地団駄を踏んだ。
「そういうことか……」
観察室で閃芽が、納得したようにうなずく。
「どういうこと?」
りんごが首をかしげる。
「ブルーはまだ実戦に慣れてない。攻撃が見えると、びびって動きが止まっちゃう。でも、あのガードの姿勢なら前がほとんど見えない。だから“攻撃を見て怖がる”ことがないんだよ」
「なるほど……あとはアリスちゃんが動きを指示するだけでいいってわけか!」
りんごは目を丸くした。
「次は左! そこで、もう一回左!」
ブルーは前を見ないまま、ただアリスの声だけにしたがって走る。
それができるのは、アリスへの絶対の信頼と、ブルーの素直な性格があるからだ。
アカネのまわりをぐるぐる回りながら、少しずつ距離を詰めていく。
『んも~~~っ!』
攻撃を当てられないアカネは、イライラが最高潮だ。
「これがラスト! そのまま、まっすぐ!」
『たあーっ!』
ラストスパート。ブルーは残った力をふりしぼり、全力ダッシュ!
『きゃーーーっ!』
ついに体当たりがアカネをとらえた。
赤い小さな体が宙に高く舞い上がる。
『ふんぎゃ!』
アカネは頭からゴチーン!と床に落ち、ぴくりとも動かなくなった。
いくら自己再生能力があっても――一撃で気絶してしまえば、回復する前に勝負ありだ。
コートの中央で、ブルーは肩で息をしながら立っていた。
その小さな背中が、さっきよりずっと大きく見える。
「試合終了。アリスとブルーの勝ちー」
観察室のマイクから、閃芽が少し気だるげな口調で宣言した。けれどその顔は、どこか満足そうだ。
となりのりんごも、ブルーの勝利をたたえるようにパチパチと拍手している。
「やったねブルー! またまた勝っちゃったよ!」
アリスはコートの中へ駆けより、ブルーの体をひょいっと高く抱きあげた。
『う、うん、ありがとう。ぜんぶアリスのおかげだよ。アリスの言うとおりにしたから、勝てたんだ』
ブルーは照れながらも、まっすぐな目で言った。謙遜ではなく、本心からの言葉だ。
自分の体が強いことはわかった。でも、アリスの指示がなければ、きっと負けていた。
(これが……ワンダーとウィザードが力を合わせるってことなんだ)
ブルーの胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。
「アカネちゃんもおつかれさま。ごめんね、また負けさせちゃって」
緋羽莉は気絶したアカネをそっと抱きあげ、やさしく声をかけた。
目を覚ましたら、またブルーに悪態をつきそうな気もしたので、そのままそっとウォッチへ戻してあげる。
ブルーも、ほっとしたように小さく息をついた。
「ブルー! すごかったね! 落ちこぼれなんて言ってたけど、ぜんぜんそんなことないじゃない!」
緋羽莉はぱっと花が咲いたような笑顔で、アリスに抱かれたブルーに顔を近づけた。
そのあかるさは、まるで青い空に輝く太陽みたいだ。
『……ありがとう。ぼくも、もっと早く自分の力に気づきたかったよ。そしたら、地上に落とされずにすんだかもしれないのにね……』
ブルーはふと、遠い空を思い出すように目を伏せた。
すると緋羽莉は、くすっとやさしく笑う。
「いまからでも、ぜんぜん遅くないよ。むしろ地上に落ちたからこそ、空の上じゃできない体験、いっぱいできるんだもん。ラッキーだよ!」
そして胸を張って続けた。
「そのおかげで、わたしたち友だちになれたんだしね!」
その言葉は、まっすぐで、あたたかくて、力強かった。
ブルーはハッとする。
さっきまで、地上は楽しい場所だと感じていた自分の気持ち。
それが今、はっきりとした確信に変わった。
(ぼく……地上に来て、本当によかった!)
「……ヒバリちゃん、ほんとうにありがとう。ぼくも、ヒバリちゃんと友だちになれて、すごくうれしい」
ブルーは少しはにかみながら言った。
緋羽莉は、ぱあっと満面の笑顔になる。
「ふふっ、どういたしまして! わたしもブルーの友だちになれて、うれしいっ!」
そう言って、ブルーに思いきりほおずりした。
『わわっ!?』
突然のスキンシップにびっくりしつつも、ブルーの顔はどこかうれしそうだ。
(ヒバリちゃんはこんなにやさしいのに、どうしてアカネはあんなにツンツンしてるんだろう?)
ブルーはちょっぴりふしぎに思った。
「もー、緋羽莉ちゃんってば。わたしの言いたかったこと、ぜんぶ先に言っちゃうんだもんなあ」
アリスはほっぺたをぷーっとふくらませながら、ブルーを抱く腕の力をぎゅっと強めた。
「あははっ、ごめんごめん! でもそれって、親友同士で気持ちが通じ合ってるってことだもんね!」
「そうだね……それはうれしいことだけど」
アリスはふっと笑った。
なんだかんだ言っても、いちばんの親友と胸を張って言えるほど、緋羽莉のことが大好きだからだ。
これまで何度、彼女に助けられてきたかわからない。
「いやー! みなさん、遅れてもうしわけない! ようこそ! わが天野研究所へ!」
そのとき、自動ドアが開き、ひとりの女性が勢いよく試験室に入ってきた。
閃芽と同じ色の長い髪を後ろでまとめ、ぐるぐるのビン底メガネをかけた白衣姿の女性だ。
「あー、お姉ちゃん。やっと来たよ」
いつのまにか観察室から出ていた閃芽が、あきれたように言う。
「ごめんなさいねえ、実験が長引いちゃって。……その子が、ウワサのブルーくんですね?」
ビン底メガネの女性は、キラリと目を光らせてブルーを見た。
ブルーはなぜかゾクッと背筋に寒気を感じ、びくっと体をこわばらせる。
「はじめまして。私はこの天野魔法生物研究所の所長、天野宇図芽と申します。気軽に“天野博士”と呼んでくださいねえ」
天野博士はにこにこと笑いながら、ていねいに一礼した。




