第124話 基礎と技
「ブルー、調子はどう?」
試合におもむく準備の最中、体育館の一角で、アリスは足もとのブルーにたずねた。
『うん、すごくいいよ。痛みも疲れもすっかり取れたし、それに……新しい技も教わったんだ』
ブルーは、ぎゅっとにぎった自分の右手を見つめる。
「へえ、それは楽しみ」
『うん、ぼくも楽しみ。……早く戦いたいと思うのは、戦いがこんなにわくわくすると思うのは、はじめてだよ』
「それは、わたしも」
ふたりは顔を見合わせて笑い合いながら、センターコートへと向かう。校内大会第一回戦に挑むために。
☆ ☆ ☆
「さあー! 長いようで短い、短いようで長かった第一回戦も、これでいよいよ最終試合! 敗者復活戦とゼロ回戦でその圧倒的センスを魅せてくれた、もはや人気がとどまることを知らない超新星――アリス・ハートランド選手! そして対するは――」
体育館には、あいかわらずニーナの実況が響きわたる。
ゼロ回戦と合わせてここまで八試合もこなしているというのに、このテンションを維持できるのはすごい、とアリスは思った。
アリスと対戦相手は、ともにコートの端で向かい合う。
6年生代表の、可もなく不可もないといった印象の、素朴な男子だ。
互いに「よろしくお願いします」と一礼したあと、空中の【コパロット】がゴングの鳴きまねをあげ、バトルがはじまった。それぞれが一体目のパートナーをスマートウォッチから呼び出す。
アリスは、先ほど"わくわくしている"と自信満々だった【セルリアンドラコ】のブルーを。対戦相手の男子は、白い子犬型ワンダー【ワンダ】を、センターサークルに召喚した。
余談だが、【ワンダ】は"人ともっとも近しく、親しいワンダー"という意味で名づけられたのだそうだ。それだけオーソドックスな種族であり、そして主人であるウィザードの個性が色濃く表れる種族でもある。
「おっ……」
アリスは思わず声をもらした。
コート上に堂々と立つブルーの背中が、ひとまわり大きくなったように感じられたのだ。
緋羽莉からどんな指導を受けたのか、細かいことはわからない。けれど、彼女がアリスのためにしてくれることに、まちがいはない。
緋羽莉は、アリスのいちばんの理解者だ。だからこそ、アリスの指揮に適した訓練をパートナーたちに施したはずだし、詳細を聞かなくても、アリスならパートナーたちのできることを感じ取れる――そんな信頼もある。
ブルーの背中から伝わってくる確かな自信に、アリスの胸も高鳴った。
「ブルー! 見せてよ! トレーニングの成果!」
『うん!』
アリスは両腕を突き出し、両手をばっとひろげる。ブルーも、その意図をすぐに理解した。
ゼロ回戦でのタイゾーとのバトル――倒れて動けない状態から、【イワヤマガメ】の《地雷震》から逃れようと、両手にチカラを集めて、その反動で宙に浮き上がろうとした。だが、そのときは失敗に終わった。
その理由を、指導を引き受けてくれた緋羽莉は、はっきりと見抜いていた。
ブルーはチカラを集中させる術はわかっていても、その内側に溜めたチカラを外に向けて放出することができなかったのだ。
これまでにやっていたのは、集中させたチカラをただ叩きつけるだけ。それを《プリズムボール》のように、外へ放つ方法を、緋羽莉は懇切丁寧に、わかりやすく教えてくれた。
そして、その成果が――いま、ここに現れる。
『《ウイングダッシュ》!』
ブルーは羽ばたくように両手をひろげ、爆発的な加速でワンダへと突っこんでいった。
足に集中させたエナを、コートを蹴る瞬間に外へと放出する。その一瞬の解放が、目にも止まらぬ加速を生み出したのだ。
イワヤマガメとのバトルでこれができていれば、あの《地雷震》も確実に回避できていただろう。
『ワオーン!?』
ワンダはブルーの突進に弾き飛ばされ、くるくると宙を舞い――そのままコート上に墜落した。
「ダ……ダウーン! たった一撃で高速ノックアウトォーッ! どうしたこの動き、ゼロ回戦のブルーとは段ちがいだーッ!」
一拍遅れて、ニーナが興奮気味にマイクを握りしめ、大絶叫する。
二階席で応援している親友三人娘も、早くもトレーニングの成果が出たことに満足げにうなずいていた。
「ナイス! ブルー!」
『うんっ!』
アリスとブルーは、たがいに笑顔でサムズアップを決め合った。
バトルはなお続くが……相手の二体目、白いオオカミ【クラウドルフ】も、《スカイナックル》の一撃で倒してしまった。
「決まったあーッ! アリス選手、二連勝ーッ! しかも、どちらも一撃KO! このまま剣城選手に次ぐ、二人目のオール一撃KOフィニッシュを決めてしまうのかーッ!?」
実況も観客も、大記録の達成を目前にして大盛り上がりだ。
対戦相手の男子も、そうはさせまいと気合をこめ、最後のパートナーを呼び出した。
灰色のりっぱな毛並みと、金色の鋭い眼光――強力なオオカミ型ワンダー、【グレイトウルフ】だ。
『アオーン!』
グレイトウルフはコートに降り立つやいなや、ブルーに向けて鋭い眼光と咆哮で威圧する。
しかし……ブルーはどこ吹く風といった様子で、その青く小さな体をまっすぐに立たせ、堂々と構えていた。
威圧はたしかに、相手をすくませる強力な特性・技だ。だがその性質上、相手との実力が拮抗しているか、それ以下でなければ効果を発揮しない。
ブルーは負けじと金色のひとみでにらみ返す。すると、たじろいだのはグレイトウルフのほうだった。
――つまり、ブルーの実力がグレイトウルフを大きく上回っているということだ。
「ブルー!」
アリスがびしっと指を突きつける。
ブルーは声に応じて、ひろげた両手を前方へ突き出した。
その先に、虹色の光が集まっていく。《プリズムボール》の構えだ。しかし、この技はいつもとはちがっていた。
ブルーは作り上げた虹色の光球を――緋羽莉から教わった“放出”の基本をもとに、一気に撃ち出した!
『《プリズムバレット》!』
高速で放たれた光球は、そのスピードに合わせるように楕円形へと変形する。まさに、プリズムの弾丸だ。
気づいたときには、もう遅い。グレイトウルフは回避する間もなく――
『キャイーン!』
直撃、そして爆発。そのまま戦闘不能となった。
「フィ、フィ、フィ、フィニーーーッシュ! なんとなんとなんとォーッ! アリス選手、オール一撃KO達成ーッ! 剣城玲那選手に続いて、二人目の大快挙! 順当にいけば二人が当たるのは決勝戦! 超新星の5年生同士の戦い、いまから楽しみになってきましたーッ!」
あまりに気の早いニーナの実況。それだけ、興奮しているということだろう。
観客たちもまた、決勝戦はアリスと玲那で決まりだと、信じて疑わないようすだった。
「やったね! アリス、ブルー!」
二階席の緋羽莉は、今にも飛び上がりそうになるのをこらえながら、体を歓喜で震わせた。
「すごい……緋羽莉ちゃん、いったいアリスちゃんのパートナーたちに、なにを教えたの?」
りんごは驚いたようすでたずねる。
緋羽莉は、くすっとやさしくほほえんで答えた。
「なにも特別なことは教えてないよ。ただ、体内に流れるエナの使い方を、私なりに教えてあげただけ。閃芽ちゃんが教えてくれた、最新のワンダー生物学にもとづいてね」
緋羽莉の左隣では、閃芽が腕を組み、ふふんと得意げな顔をしている。
「たった、それだけで?」
りんごは納得しきれないといったようすで、きょとんと首をかしげる。
「うん、それだけだよ。基礎はね、すっごく大事だから」
「世の中には、その基礎すらロクにできてないやつが多いからね。それが小学生なら、なおさらだよ。だから、より大きな差が出るってわけだよ」
緋羽莉の温和な言葉に、閃芽のやや辛口な言葉が続いた。
「ま、なんにせよ、決勝までは敵はいなさそうだね」
閃芽はふっと笑い、コート上でファンサービスにいそしむアリスとブルーの姿を見下ろす。
だが――
「……ううん、そういうわけにもいかないかもしれない」
りんごがうつむきながら、意味深なひとことをつぶやいた。
「どういうこと?」
今度は緋羽莉がきょとんと首をかしげる。
「アリスちゃんが次に当たる相手……まちがいなく、いままででいちばんの強敵だよ」
気弱で引っ込み思案なぶん、観察眼に人一倍すぐれるりんごの言葉だからこそ、親友二人の胸に深く刺さった。
コート上でのんきに観客へ手を振っているアリスも――その内心では、すでに次の相手のことが気になって離れなかった。
――こうして、校内大会第一回戦の全試合は終了。
20分の休憩時間ののちに迎える第二回戦に向けて、アリスと玲那を含む勝ち残った選手たちは、それぞれ次の戦いに備えるのだった。




