第12話 研究所に遊びに行こう
「ぐ……!」
アリスに敗北した石切大三は、バラバラになったガンゴーレムをスマートウォッチの中へと戻した。
ゴーレムなどの人形系ワンダーは、たとえ粉々になっても“核”さえ無事なら、休ませることでもとどおりに再生できる。
石切はギリッと歯をかみしめ、肩をわなわなと震わせたあと、なにも言わずにバトルコートをあとにした。
その後ろを追っていったのは、取り巻きの二人だけ。
さっきまで石切を応援していた6年生たちは、すっかりアリス推しに寝返り、ギャラリーにまじって大声で拍手と歓声を送っている。
当のアリスとミルフィーヌは、そんなギャラリーに向かってにこにこと手を振っていた。
まるでアイドルになったみたいで、ちょっぴり舞いあがっているのは否定できない。
「アリスーっ!」
そこへ、いちばんの親友・緋羽莉が駆け寄ってきた。
腕の中には、ぐったりしたブルーが抱えられている。
「大勝利おめでとう、アリス! バトル解禁されたばっかりなのに、もうあんな強い人に勝っちゃうなんて……ほんっとにさすがだよ! ね、ブルー?」
『そ、そうだね……』
さっきまで緋羽莉の胸の中でぎゅうぎゅうに抱きしめられていたブルーは、まだ少し意識がふわふわしている。
「ありがとう、緋羽莉ちゃん。……ブルーも、ちゃんと見ててくれたんだね」
アリスは、やさしく目を細めてほほえんだ。その表情は、まるで大切な家族を見守るみたいにあたたかい。
『……うん。見てたよ。ぼくも、あんなふうになりたいって、心の底から思った。……ぼくも、ミルフィーヌみたいなバトルがしたい!』
ブルーの目が、きらきらと輝く。そこにはもう、さっきまでのおびえたようすはなかった。
アリスとミルフィーヌは顔を見合わせ、にまっと笑う。
「よーし! それじゃあ今度こそ、わたしとバトルを――」
キーン コーン カーン コーン……
緋羽莉がテンションMAXで天にこぶしを突き上げた、その瞬間。
無情にも、お昼休み終了のチャイムが鳴りひびいた。
どうやらバトルが白熱しすぎて、そのあとのファンサービスまがいの時間もあって、すっかり時間を忘れていたらしい。
「あはは……これじゃ、コート取り返した意味なかったね……」
りんごが力なく苦笑いする。
「いいじゃん、みんな大満足したみたいだしね」
閃芽は、いまだ興奮のるつぼと化しているギャラリーを見渡しながら、にっと笑った。
「ざんねんだけど、つづきはまた今度! さあみんな、教室にダッシュ!」
アリスの号令で、親友たちと児童たちはいっせいに校舎へ走り出す。
もちろん全員、パートナーたちをウォッチやスマートフォンの中に戻すのも忘れない。
「もーう! せっかく熱くなってきたところなのにー!」
緋羽莉は元気いっぱいに文句を言いながら、アリスのとなりを並んで走っていた。
くやしそうなのに、どこか楽しそうな笑顔がまぶしい。
『あらためて、おつかれさま。すごかったよ、ミルフィーヌ』
『ワンッ!』
そのころアリスのウォッチの中では、ブルーがミルフィーヌにねぎらいの言葉をかけていた。
小さなドラゴンの声は、尊敬とあこがれでいっぱいだ。
☆ ☆ ☆
午後の授業も終わり、待ちに待った放課後がやってきた。
児童たちは先生や友だちに別れのあいさつをしながら、楽しそうに教室や校舎をあとにしていく。校庭の向こうは、オレンジ色の夕焼けに染まりはじめていた。
「アリス、ブルー! わたしとバトルしよう!」
帰ろうと席を立とうとしたアリスの前に、緋羽莉がずいっと顔を近づけてきた。
大きなひとみはきらきら輝き、ほっぺは興奮でほんのり赤い。
どうやらお昼休みから二時間以上たっても、熱も興奮もまったく冷めていないらしい。
アリスは、そんな緋羽莉のまっすぐで元気いっぱいなところが大好きだ。
けれど今日は、いつも以上にいきおいがすごい気がする。
きっと、アリスとワンダーバトルができるようになったのがうれしくてたまらないのだろう。
知り合ってからずっと、禁止令のせいでアリスとはバトルできなかったのだから。
「ちょっと待った。そんなにバトルしたいなら、うちにおいでよ」
そこへ、すっと閃芽が割りこんできた。
「うちって、やっぱり……?」
アリスがたずねると、閃芽はとくいげにメガネをキラリと光らせる。
「そう、うちの研究所。お姉ちゃんもブルーに会いたがってるしね」
なにを隠そう、閃芽の家はこのふしぎ町でワンダー研究所を開いている。
いつも着ている白衣は、ただのおしゃれでもコスプレでもなかったのだ。
『けんきゅーじょって?』
アリスのウォッチの中から、ブルーがふしぎそうにたずねる。
「楽しいところだよ」
閃芽は意味ありげにニヤリと笑った。
……いや、どう楽しいのか教えてほしいんだけど。
あまりにも自信満々な顔をされて、ブルーはそれ以上つっこめなかった。
「わかった、行くよ。バトルも解禁されたし、博士には聞いてみたいことがたくさんあるの。ドラゴピアのことだって、なにかわかるかもしれないよ、ブルー」
『ほ、ほんとうに? ぼくも行きたい!』
研究所がどんな場所かはわからないけれど、ブルーの胸は期待でいっぱいになった。
「うん! わたしも行く行く!」
緋羽莉も、元気よく手をあげる。
放課後の予定ができたうれしさが、全身からあふれている。
「りんごも行くよね?」
「うん。しばらく行ってなかったし」
こうして満場一致で、アリスたちは閃芽の家の研究所へ遊びに行くことになった。
☆ ☆ ☆
天野魔法生物研究所。
ふしぎ小学校から歩いて約15分。市街地と住宅街のちょうどあいだに位置している。
三階建ての、白いお豆腐みたいな形の建物と、全面ガラス張りのドームがなめらかにつながっていて、その外観はまるで絵に描いたような近未来そのものだった。
敷地内には背の高い木々が立ち並び、青々とした芝生の庭までひろがっている。
その景色は、自然と科学がなかよく手を取り合っているみたいだ。
『おお……』
ウォッチの外に出してもらったブルーは、研究所を見上げて、感激とも興奮ともつかない声をもらした。
口をぽかんと開け、目は夜空の星みたいにきらきら輝いている。
きのう市街地を案内したときには、ここまでの反応は見せなかった。
(わたしも最初に来たときはすごいと思ったけど、ここまでじゃなかったなあ。ドラゴピアの文明レベルが低かったから? それともブルーがピュアすぎるのかな?)
アリスはそんなことを考え、くすっと笑った。
「ふふっ、ブルー、そんなに気に入った?」
アリスがそう言うと、ブルーはちょっと照れくさそうに背中の未発達な羽をぱたぱたさせた。
一行は閃芽を先頭に、自動ドアをくぐって研究所の中へ入る。
勝手に開くドアに、ブルーはまた「おおっ」と小さく声をあげた。
内装も外観と同じく白が基調で、床も壁もつるつるぴかぴか。光がやさしく反射して、とても清潔感がある。
白くてきれいな母ドラゴンに育てられたブルーにとって、この空間はどこか安心できる場所のようだった。
「おかえり、お嬢。それにみんなもおそろいなんて、ひさしぶり」
受付ロビーで気さくに声をかけてきたのは、閃芽と同じ白衣を着た女性だった。
小学生のアリスたち(※ただし緋羽莉はのぞく)とあまり変わらないくらいの背の低さ、童顔に丸メガネ、広めのおでこ、ショートの茶髪にくせっ毛。どこか親しみやすい雰囲気のお姉さんだ。
彼女はこの研究所の所長助手、小野寺日出子。あだ名はオデコ。
アリスたちとも顔なじみだ。
「ただいま。お姉ちゃん、いまどこ?」
「第七試験室で、例のワンダー見てるよ。もうちょっとかかるんじゃないかな」
「例のワンダーって?」
アリスが興味津々でたずねる。
「ゴメンね、それはまだ教えてあげられないんだ」
オデコはもうしわけなさそうに笑った。
「そっか、ざんねん」
「じゃあ、バトルしたがってるのがいるから、空いてる試験室使っていい?」
閃芽は横目でチラリと緋羽莉を見る。
視線の先で、緋羽莉はキラキラした目で大きくうなずき、今にも「やろうやろう!」と飛び出しそうな顔をしていた。
さっきのバトルの余熱が、まだ全然冷めていないらしい。
「うん、そういうことなら、第二試験室使って。……お、キミがウワサのブルーだね?」
オデコはブルーに気づき、しゃがんで目線を合わせた。
突然ぐっと距離が縮まり、ブルーはびくっとのけぞる。
まだ人に慣れていないのだ。
「はじめまして。私のことはオデコって呼んでね。キミの事情はお嬢……閃芽ちゃんからメッセージで聞いてるよ。こまったことがあったら、私も力になるからね」
やわらかくてあたたかい声。
年上らしい落ち着いた笑顔。
そのやさしい雰囲気に、ブルーの緊張は少しずつほどけていった。
『……ありがとう。よろしくね、オデコさん』
「素直な子だね、誰かさんとは大ちがい」
オデコはニヤリといたずらっぽく笑って、閃芽をちらりと見る。
「そんなことどうでもいいから、さっさと案内してよ」
閃芽がじとっとした目を向けると、オデコは「はいはい」と肩をすくめて立ち上がった。
「こっちだよ、ついておいで」
そう言って歩き出すオデコの後ろを、アリスたちはわくわくしながらついていく。
研究所の奥――第二試験室へ。




