第11話 キャリバリアのミルフィーヌ
「ミルフィーヌ!」
『ワンッ!』
アリスのかけ声と同時に、ミルフィーヌは地面をけって走りだした。
さすがはイヌ型ワンダー。あっという間に距離をつめ、ガンゴーレムのふところへ飛びこむ。
「《パウパンチ》!」
ミルフィーヌは高くジャンプし、ガンゴーレムの胴体に右の肉球を押し当てた。
ぷにゅん! というかわいらしい音とは裏腹に――
ズズーン!!
見るからに重たい石の体がぐらりとのけぞり、そのままあおむけにひっくり返った。
「おおおおっ!!」
フェンスの外の児童たちから、どっと歓声がわきあがる。
体高40センチにも満たない子犬ワンダーが、その四倍以上はある石人形を押し倒したのだ。
まさに痛快。見ているだけで胸がスカッとする展開だ。
「わっはあ! ブルー、見た見た!? すごいよね! アリスとミルフィーヌ!」
緋羽莉も大興奮で、きらきらした大きな目を輝かせている。その声は太陽みたいに明るく、周りの空気まで元気にしてしまう。
『うん……ほんとうにすごい……』
昨日のチンピラ三人組とのバトルでも見せた、ミルフィーヌのずば抜けた強さ。
それをあらためて目の当たりにして、ブルーの胸はじんわり熱くなっていた。
「チッ、何やってる!? さっさと起きろ!」
石切が怒鳴ると、ガンゴーレムはむくりと起き上がり、ふたたび大地に立った。
岩でできた体なのに、その動きはどこか生き物のようにしなやで、まるで中に人でも入っているかのよう。これぞまさにワンダーパワー。
「倍返しだ! 《ゴーレムパンチ》!」
『ゴーッ!』
岩石の右こぶしが、ミルフィーヌめがけて振り下ろされる。
だがミルフィーヌは、ひょいっと身をひるがえして回避。
威力はすさまじいが、ワルウルフのツメより遅い攻撃では、ミルフィーヌはとらえられない。
続く左のパンチも空を切る。
そのスキをついて――
「《パウパンチ》!」
『ゴーッ!?』
二度目のダウン。
6年生たちの間に、ざわめきが広がった。
「え、石切さんが押されてる……?」「金髪の子、めちゃくちゃ強くないか……?」
中には、さっきまで石切を持ち上げていたのに、こっそりアリスを応援しはじめる者までいる。
緋羽莉とりんごは、最初から最後までアリスとミルフィーヌの勝利を信じて疑わない。
バトル禁止令のあいだもふたりがどれだけ訓練してきたか、ずっとそばで見てきたからだ。
だが、ただ一人――閃芽だけは腕を組み、真剣な表情を崩さない。
(プロの家系のウィザードが、このまま終わるわけないよね)
そう考えているのだ。
「とどめよ! 《ワンダフルストライク》!」
『ワオーン!』
ミルフィーヌは背中の剣を口で引き抜き、高く跳びあがった。
剣がピンク色の強い光をまとい、上空からガンゴーレムへ振り下ろされる――!
「調子に乗んじゃねえ! 《リアクティブアーマー》!」
石切の叫びと同時に――
ドカァァン!!!
剣が触れた瞬間、ガンゴーレムの体が大爆発を起こした。
ブルーは息をのんだ。
いまの爆発は、ミルフィーヌの技じゃない!
『ワオーーーン!』
ミルフィーヌは爆煙とともに吹き飛ばされ、ボン、ボン、と地面を転がった。
「ミルフィーヌ!」
アリスの悲鳴がコートに響く。
「なに!? あの技!?」
緋羽莉も目を見開いた。
閃芽がメガネをくいっと上げ、低い声で言う。
「爆発反応装甲……相手の攻撃に反応して体表を爆発させる防御技で、かなりの高等技術のはずだよ。小学生で使えるなんて、さすがプロの血筋だね……」
感心したように聞こえるが、表情はけわしい。
「あれじゃ、ミルフィーヌは……」
りんごは目をうるませた。
「キャリバリアは多芸だけど、耐久力は高くない。正直、立ち上がれたら奇跡だよ」
閃芽はくやしそうにつぶやく。
『そ、そんな……』
ブルーは緋羽莉の長い脚にぎゅっとしがみつき、震えた。
あんなに強いミルフィーヌが、こんな一瞬で……。
ワンダーバトルって、なんてこわいんだろう。
それだけじゃない。大好きな友だちがボロボロになって倒れている姿は、胸が締めつけられるほどつらかった。
(もう立ち上がらなくていいよ……これ以上、傷つかないで……)
ブルーは祈るような目で見つめた。
『ワ……ウ……』
けれど――
ミルフィーヌは、よろよろと立ち上がった。
爆発の直前、本能で危険を察知し、剣のいきおいをわずかに弱めていたらしい。
そのおかげで直撃をまぬがれ、なんとか戦闘不能は避けられた。
それでも体は傷だらけ。足も小さく震えている。
それでもなお、ミルフィーヌの目は死んでいなかった。
――大好きな家族のために。
その一心で、まだ戦う気でいるのだ。
「フン、あれを受けて立ち上がったのはほめてやる。今度はこっちがトドメだ!」
ミルフィーヌが倒れていたあいだに、ガンゴーレムもゆっくりと立ち上がっていた。
爆発の影響で岩石の体の表面ははがれ落ち、あちこちヒビだらけ。ボロボロではあるものの、まだ戦えるだけの力は残っているらしい。
『ゴゴ……』
重たい音を立てながら、ガンゴーレムはよろめくミルフィーヌに狙いを定め、右腕を前へ突き出した。
するとこぶしが手首の中へ引っこみ、砲身のような形になった。
腕が銃に変形し、岩石の弾丸を撃ち出す。これこそが【ガンゴーレム】という種名の由来なのだ。
「《ロックキャノン》!」
石切の叫びを合図に、ガンゴーレムの右手からズドン! と大きな岩石が発射された。空気をふるわせるほどのすさまじい速度だ。
小さなミルフィーヌの体に、あんな硬くて重そうな岩石の砲弾が直撃すれば、ひとたまりもない。それはだれの目にもあきらかだった。
『ワウ……』
とはいえ、この程度の弾速なら、本来のミルフィーヌのすばやさがあればじゅうぶんによけられる。
けれど今のミルフィーヌは満身創痍。足もふらつき、とても避けられそうにない。
アリスだって、そのことはわかっている。
それでも――勝負は、まだ終わっていない!
(よけられないなら、防げばいい!)
「《パウシールド》!」
ミルフィーヌは死力をふりしぼり、右前足をぐっと突き出した。すると、ピンク色にかがやく肉球型のバリアがふわりとひろがる。
次の瞬間――
ドゴォン!!
まっすぐ飛んできた岩石の砲弾を、ぷにーん! と音がしそうなくらい弾力たっぷりに受け止めた。
「そんなふざけたバリアで、止められるモンかよ!」
石切の言葉どおり、砲弾のいきおいは止まりきらない。肉球バリアはゴムのようにぐいーんと伸び、後ろのミルフィーヌへと押しこまれていく。
このままでは、バリアごと突き破られてしまう。
「ミルフィーヌ! がんばれっ!」
アリスの声が、まっすぐ戦場へ届く。小さな体いっぱいに想いをこめた、必死の応援だった。
その声にこたえるように、ミルフィーヌの目に力がもどる。
ぐっと踏んばり、前足にさらにチカラをこめると、バリアが少しずつ、ほんの少しずつ岩石を押し返しはじめた。
「がんばって! ミルフィーヌ!」
「ここまで来たら、やっつけちゃえ!」
「あと、すこしだよっ!」
アリスのうしろでは、緋羽莉、閃芽、りんごの三人が身を乗り出して声援を送っている。
中でも緋羽莉の声はひときわ大きく、まるで光みたいにあかるかった。
緋色のポニーテールを揺らし、真剣なまなざしで戦いを見つめるその姿は、まわりの子たちの心まで奮い立たせる。
「がんばれチビ!」「負けるな! アリス!」「ワンチャンあるよ、ワンちゃん!」
児童たちの声援が次々にひろがっていく。
6年生たちまでもが、気づけばアリスとミルフィーヌを応援していた。
さらに、プロの息子・石切が戦っていると聞きつけた児童たちが集まり、校舎の窓からのぞく子、誰かのライブ配信で観戦するインドア派の子まで現れ、ギャラリーは爆発的に増えていく。
ただの野試合だったはずのバトルは、いつのまにか学校じゅうを巻きこんだ一大イベントのような熱気に包まれていた。
(すごい……みんなが、アリスとミルフィーヌを応援してる……)
ブルーはコートのまわりを見回し、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
ついさっきまで、ワンダーバトルはこわいものだと思いはじめていた。
でも今はちがう。
こんなにも人とワンダーの心を動かし、勇気を生み出すものなんだって、はっきりわかった。
(ぼくも……がんばりたい!)
その気持ちがあふれ出し、ブルーは思いきり叫んだ。
『……がんばれ! アリスッ! ミルフィーヌーッ!』
その声に、アリスとミルフィーヌがハッと目を見開く。
ブルーが、応援してくれている。
ちゃんと届いたんだ。わたしたちの伝えたかった想いが。
バトルはたしかに痛かったり、こわかったりする。
でも、心と心でぶつかり合うことで、人とワンダーをつないでくれる、すばらしいものなんだ。
戦う者にも、見ている者にも、大切ななにかをくれる――ワンダフルなものなんだ!
(ブルーはもうだいじょうぶ。だったら――今度は、わたしたちが見せる番だよね!)
ふたりの心がひとつに重なったとき、新しいチカラが胸の奥からあふれ出した。
アリスはまっすぐ前を見すえ、高らかに叫ぶ。
「《ワンダフルリフレクション》!」
瞬間、肉球バリアがまぶしいピンクの光を放つ。
ばいーん!!
大きく弾んだバリアは、岩石の砲弾をまっすぐはね返した。
しかも、はね返った岩石はさっきの倍以上のスピード。流れ星のような軌道でガンゴーレムへと突き進む。
「う……うわああああ!」
石切が思わずのけぞる。
次の瞬間――
ドガァァン!!
岩石はガンゴーレムの体に直撃し、その巨体を粉々に打ち砕いた。
周囲は一瞬、しんと静まり返る。
そして――
わああああああああっ!!
時間が動き出したかのように、大歓声が巻き起こった。
まるで学校じゅうが、アリスとミルフィーヌの勝利を祝福しているみたいだった。
「やったよブルー! アリスが勝ったあ!」
緋羽莉は足元にいたブルーをぱっと抱き上げ、胸にぎゅっと抱きしめた。
うれしさがあふれた笑顔は、太陽みたいにきらきらしている。
気持ちいいけど、ちょっと息苦しい。ブルーにとっては天国と地獄のはざまだ。
りんごと閃芽も、顔を見合わせて元気よくハイタッチ。
「おつかれさま、ミルフィーヌ。いろんな意味で大勝利、だったね」
『ワンッ!』
アリスはミルフィーヌを抱き上げ、ほおずりしながら満面の笑みを浮かべる。
そしてブルーに向かってピースサイン。
緋羽莉の腕の中のブルーも、ぎこちなく、でもうれしそうにピースを返した。
こうしてまたひとつ、アリスとブルーの“ワンダフル”な絆が強く結ばれたのだった。




