第10話 高学年たるもの
バトルが終わり、アリスたちはパートナーとともにセンターサークルへ集まっていた。
まだ地面にはさっきまでの熱気が残っている気がして、胸のどきどきもなかなかおさまらない。
『お見それしました。実に見事な腕前です』
『ご、ごめんね。おもいっきりふっとばしちゃって……』
ザックとブルーは、おたがいに頭を下げ合いながら健闘をたたえ合った。
どこかぎこちないけれど、それでもちゃんと認め合った証だ。
「ありがとう、りんごちゃん。おかげでブルーは大きな一歩を踏み出せたよ」
アリスがにっこり笑って言うと、
「ど、どういたしまして。ふたりの役に立てたなら、わたしもうれしいよ」
りんごはほっとしたように笑い返した。名前通り、ほっぺたがほんのり赤い。
りんごは自分が前に出るより、友だちを応援するほうが好きな女の子だ。
さっきもずっと、手をぎゅっとにぎりしめながらアリスたちを見守っていた。
「うむうむ。りっぱに“かませ犬”の役目を果たしてくれたね」
「やっぱり、わたしのことバカにしてたんじゃない!」
閃芽にからかわれて、りんごはカッと顔を赤くした。
ふだんおとなしいりんごが、こんなふうに感情をあらわにするのはめずらしい。
それだけ、さっきのバトルに本気だったということなのかもしれない。
「まあまあ! 今回はりんごちゃんとザックのおてがらってことには変わりないんだから! すなおによろこぼうよ!」
ぱっと割って入ったのは緋羽莉だ。
たくましい腕でりんごの肩を抱き、太陽みたいな笑顔でぐっと顔をのぞきこんだ。
あかるくて、まっすぐで、まわりの空気まで元気にしてしまう。それが緋羽莉という女の子だ。
そのいきおいに負けて、りんごは思わずぷっと吹き出した。
「……もう、しょうがないなあ」
場の空気がやわらいだ、そのとき。
「じゃあ次は、私が……」
閃芽が白衣の袖をまくって、コートへ進み出ようとした瞬間――
「オラオラオラー! どけどけどけーい!」
乱暴な声が、バトルコートじゅうにひびいた。
気弱なブルーとりんごは、びくっと肩をふるわせる。
一同が声のしたほうを見ると、20人近い男子児童の集団が、フェンスの中へずかずかと入ってきた。
「あれ、6年生だね」
閃芽がまゆをひそめてつぶやく。
クラスの男子より体つきががっしりしていて、背も高い子が多い。ひと目で上級生だとわかる。
まあ、緋羽莉はさらに大きいんだけれど。
「このコートは全面、オレたち6年が貸し切る! 下級生は全員出ていってもらおうか!」
集団のひとりが、いばりくさって宣言した。
まわりのコートにいた児童たちは、悲鳴をあげながらクモの子を散らすように外へ逃げていく。
あきらかな横暴だ。本当はしたがう必要なんてない。けれど、みんな6年生がこわいのだ。
ブルーは胸がぎゅっとしめつけられた。
ドラゴピアでのいやな記憶が、ふいによみがえる。
お気に入りの岩場を、いじわるな大きなドラゴンたちに取り上げられたときのこと。
あのときと同じ、くやしくて、かなしくて、どうしようもない気持ち。
思わず目をふせたブルーの肩に、やさしく手がのった。
「ブルー、だいじょうぶ」
アリスだった。
その声は小さいけれど、しっかりしている。
そして顔を上げ、6年生たちをきっとにらんだ。
「ちょっとあなたたち! このコートは予約制よ! 横入りなんて許されないんだから!」
空けさせたコートでバトルを始めようとしていた6年生たちは、ぴたりと動きを止め、いっせいにアリスをにらんだ。
「ああ?」
低い声に、ブルーとりんごはまたびくっとする。
けれどアリスは一歩も引かない。小さな体で、みんなの前に立ちはだかる。
それが気に入らない6年生のひとりが、アリスに歩み寄ってガンを飛ばした。
「下級生が、チョーシ乗ってんじゃねーぞ!」
そして、アリスにつかみかかろうとする。
『アリス!』
ブルーが叫んだ、その瞬間。
6年生の手首を、大きな手ががしっとつかんだ。
「アリスに手を出そうっていうなら、わたしも許しませんよ」
緋羽莉だった。
ふだんはやさしい笑顔の彼女が、今はきりっとまゆを上げて相手を見すえている。
その姿は、まるでみんなを守る大きな盾みたいだった。
「うっ……!」
6年生は思わず動きを止める。
緋羽莉は身長165センチ近くあり、背すじもすっとのびていて、鍛えられた体はとてもたくましい。
その手には、見た目以上の力強さがこもっていた。
「おい、そいつを放せ」
そこへ、6年生グループの代表らしき男子が前に出てきた。
逆立った前髪に、自信たっぷりの表情。
体つきもがっしりしていて、いかにも強そうだ。身長も、緋羽莉といい勝負といったところ。
かたわらには、これまた強そうなパートナーのワンダーを連れている。
高さ170センチほどはありそうな、どっしりした石の人形――【ガンゴーレム】だ。
「石切さん!」
手首をつかまれていた男子が、うれしそうにその名を呼んだ。
「どちらさま?」
アリスは代表格の男子をまっすぐ見てたずねた。
手首を解放された男子は、いそいそとその前に立つ。
「オイオイオイ! そこの金髪、このお方をどなたと心得る?」
芝居がかった大げさな態度。
となりにいた別の男子も前に出る。どうやら取り巻きらしい。
「このお方こそ、ふしぎ小最強のウィザードにして、プロウィザードの兄を持つ神童! 石切大三さまその人なるぞ!」
「いや、はじめて聞くけど」
アリスがあっさり言うと、
「「なんだとコラァ!?」」
取り巻き二人が顔を真っ赤にして、ずいっと詰め寄った。
「石切か……メンドーなヤツが出てきたね」
「どういうこと?」
緋羽莉は首をかしげ、そばにいた閃芽にたずねた。
「石切といえば、兄だけじゃなく父親も元プロウィザードで、けっこうなおカネ持ちの家なんだよ。この学校にも多額の支援金を出してるらしいよ。だから多少の問題行動でも、先生たちは強く言いにくい……ってわけだよ」
「ええ……」
りんごは苦い顔をした。
(オトナって、ずるい……)
そんな声が聞こえてきそうだ。
つまり、申請なしでバトルコートを占領するような横暴も、見過ごされてしまう可能性が高いということだ。
「先生に言ってやろー!」という定番の決まり文句も、今回は通用しそうにない。
「どけ、お前ら」
うしろからの声に取り巻き二人はさっと道をあけ、石切がアリスの前に立った。
「テメェ、この俺様にタテつこうってのか?」
「そうだよ。わかったら、さっさと出ていって」
にらみつけられても、アリスは毅然とした態度をくずさない。
小さな体でも、その背中はだれよりも大きく見えた。
その横で、ブルーはりんごと同じようにぶるぶる震えている。
「聞いてるだろ? 校内大会が近いんだ。俺ら6年にとっちゃ最後の年。参加資格のねえ下級生より、俺らが使ったほうが有意義ってモンだろうが」
たしかに今日、アリスたち以外でコートを使っていたのは4年生以下が多かった。
でも――
「それでも今日は、もうわたしたちが使うって決まってるの! 練習がしたいなら、学校が終わったあとによそでやればいいでしょ? ここは学校の、みんなの場所だよ。ちゃんとルールを守らなきゃ。高学年なら、みんなのお手本にならなくちゃダメじゃない!」
今朝、マミ先生が言っていた言葉だ。
だからアリスは、それをちゃんと実行しようとしている。
石切は顔をゆがめた。
「みんなの場所ぉ? ヘドが出るぜ。そこまで言うなら、力づくで俺をどかしてみろよ。バトルなら受けて立ってやるぜ」
「いいよ。わたしが勝ったら、ちゃんとルールを守ってよね!」
アリスがきっぱり言うと、フェンスの外から歓声が上がった。
さっき追い出された子たちだ。
アリスが6年生の横暴を止めてくれるかもしれないと、期待しているのだ。
「さあブルー! いよいよ本格的なバトルだよ!」
アリスが振り向いた瞬間――
ブルーはびくっとして、くるりと走り出した。
そして緋羽莉の後ろに隠れ、足にしがみついてぶるぶる震え出す。
『ム、ムリムリムリ! だってあいつもワンダーも、すごく強そうだもん!』
石切のとなりでは、ガンゴーレムがただ立っているだけで圧を放っていた。
たしかに、経験なしでいきなりあんな相手と戦えと言われたら、ほとんどのワンダーが尻ごみするだろう。
アリスは一瞬だけ考え――すぐに決めた。
「わかった。じゃあブルーは緋羽莉ちゃんといっしょに、そこで見てていいよ。バトルはミルフィーヌにお願いするから」
『え?』
ブルーは目を丸くした。
思ったよりあっさり、アリスが受け入れてくれたからだ。
「そのかわり、ちゃんとしっかり見ておくこと。バトルを見るのも、りっぱな訓練になるんだからね。いくよ、ミルフィーヌ!」
『ワンッ!』
アリスは指をぴっと立て、ミルフィーヌとともにコートの端へ向かった。
ブルーは緋羽莉の足にしがみついたまま、うつむく。
胸の中は、もうしわけなさでいっぱいだった。
せっかく一歩を踏み出せたと思ったのに。どうしても、恐怖心に勝てなかった。
そんなブルーを見て、緋羽莉はやさしくほほえんだ。
「気にしなくていいよ。アリスがいくら優秀で、すごくて、かわいいからって、今回はさすがに相手が悪いんだよ。バトル経験のないブルーを勝たせてあげる自信がなかったんだと思う」
『……そう、なの?』
「うん。アリスはね、できないことはできないって、はっきり言える子だからね。そのかわり、“今できること”をぜったいに大事にする」
緋羽莉の声は、あたたかくてまっすぐだ。
でも、"かわいい"ってことはいまは関係ないと思う。
「だから今、ブルーがやるべきなのは“見ること”。アリスの気持ちを受け取って、このバトルをちゃんと目に焼きつけることだよ」
『……うん』
ブルーはぎゅっと目をこすり、顔を上げた。
そうだ。ミルフィーヌの戦いから、たくさん学ばなきゃ。
ぼくはまだ、ワンダーバトルをほとんど知らないんだから。
やがてアリスと石切はコートの両端に立ち、ミルフィーヌとガンゴーレムはセンターサークルで向かい合った。
「手っ取り早く、使用ワンダー一体のルールでいくぜ。ちっこいワンコだろうが、加減はしねーぞ」
「そっちこそ、そのちっこいワンコにかみつかれないように気をつけたほうがいいよ!」
『ワン!』
ミルフィーヌは自分よりずっと大きなガンゴーレムを前にしても、しっぽをぴんと立ててやる気まんまんだ。
ブルーはその姿に目を見張った。
(いまはむずかしいけど……いつかぼくも、あんなふうに勇気を出して立てるようになりたい)
胸の奥に、小さな決意が灯る。
「行くぜ! 試合開始ィィ!」
取り巻きの合図とともに、バトルが始まった。




