第1話 空からドラゴンが落ちてきた!?
ここは、はるか空のかなたに浮かぶ天空の楽園、ドラゴピア。
大小さまざま、気候も環境もばらばらな無数の浮き島が連なり、多種多様なドラゴンたちが暮らしている世界だ。
燃えるような赤いドラゴン、氷のように青白いドラゴン、雷をまとったドラゴン……。どの島でも、それぞれのドラゴンたちが誇り高く生きていた。
その楽園のはしっこ――最下層に近い、小さな浮き島。
そこに今、何十体ものドラゴンが輪になって集まっていた。
輪の中心には、青……というより空色に近い、小さなドラゴンの子どもが一体。二本の足で立ち、落ち着かない様子でしっぽを小さく揺らしている。
この楽園には、古くから伝わる“しきたり”があった。
12年に一度、選ばれた一体のドラゴンの子どもを天空から地上へ落とし、そこから自力でこの楽園へ帰ってこられるかを試す――というものだ。
なぜそんなことをするのか、いつはじまったのか。歴史も長いために、その理由を知る者はもう誰もいない。
ただわかっているのは、選ばれたドラゴンの子は総じてできが悪かった、ということだけ。
そして現実として、これまで地上に落とされたドラゴンは、ただの一体も帰ってきていなかった。
いつしかこのしきたりは、「落ちこぼれを追い出すための儀式」と呼ばれるようになっていた。
今、大人のドラゴンたちに囲まれている空色の子どもこそが、今回選ばれた一体――つまり“犠牲者”だった。
たしかにその子は、ドラゴンとしては致命的なほどできが悪かった。
するどいツメもキバも持たない、息吹も吐けない、空も飛べない、体もぷにぷにやわらかく、ケンカも弱いしのろまと、ドラゴンとしてなにひとついいところがない。
そしてなにより――母親が気高い白竜であるにもかかわらず、体の色が青かった。
本来、子どもの体色は親に似るはずなのに。
そのちがいは、心ない言葉となって何度も突き刺さった。
同年代の子どもたちからは「ダメドラゴン」と笑われ、大人たちからは「できそこない」とさげすまれる毎日。
それでも、この子は耐えてきた。
けれど、ひとつだけ耐えられないことがあった。
自分のせいで、お母さん竜まで冷たい目で見られるようになったことだ。
お母さん竜は、ドラゴピアの守護竜と呼ばれる、気高く強い白竜だった。
次期竜王とも名高かったその信頼は、この子を産んでから、少しずつ失われていった。
ドラゴンの子は、お母さんが大好きだった。
自分がどんなにバカにされても、いつもやさしく抱きしめてくれたから。
だから――
このしきたりの"犠牲者"に選ばれたとき、二つ返事でうなずいた。
自分さえいなくなれば、お母さんはまた胸を張って生きられる。そう信じたから。
本当は、もう会えなくなるのが怖くて、悲しくてたまらない。
それでも、今のままのほうがずっとつらいと思った。
そして、いよいよその時が来た。
大人のドラゴンたちが道を開ける。
ドラゴンの子は、とぼとぼと浮き島のがけっぷちへ歩いていき、眼下に広がる雲海をのぞきこんだ。
(ここから落っこちたら、死んじゃうのかな。だからだれも、もどってこれないのかな)
覚悟していたはずなのに、足がふるえる。
やっぱりやめたい、と思ってしまう。
でも、しきたりに逆らえるはずもない。
そのとき。
『ぼうや……』
背後から、やさしくて、強くて、世界でいちばん好きな声が聞こえた。
ドラゴンの子はハッと振り向く。
そこにいたのは、大きな白いドラゴン――お母さん竜だった。
りりしく美しい顔、そのやさしいひとみは涙でにじんでいる。
愛するわが子が、二度と戻らないかもしれない旅に出ようとしているのだ。
本当なら、今すぐこの子を連れて遠くへ逃げてしまいたい。
けれどそれをすれば、しきたりを破った罪で、親子ともども、楽園じゅうのドラゴンから追われることになる。
それでも――それでも。
お母さん竜の心は激しく揺れていた。
そんな気持ちを全部わかっていて、ドラゴンの子は最初で最後の勇気をふりしぼった。
自分のためにおかあさんを罪人になんて、したくないから。
『だいじょうぶだよ、おかあさん。ぼく、きっと……帰ってくる、から……』
声は震え、目からは涙があふれていた。
そんなことぜったいにありえないと、自分でもわかっているのに。
『いままで、ほんとうにありがとう。さようなら。だいすきな、おかあさん……!』
お母さん竜が思わず駆けだした、その瞬間。
小さな空色の体は、がけっぷちから空へと身を投げた。
あっというまに雲海へ飲みこまれ、地上へ向かって落ちていく――。
☆ ☆ ☆
ところ変わって、ここは地上の町、ふしぎ町。
カラフルな屋根の家が並ぶ住宅街のはずれ。
草のにおいがただよう空き地で、ふたりの女の子が向かい合っていた。
そのあいだでは、ふしぎな生きもの同士が元気いっぱいに戦っている。
「いまよ! ミルフィーヌ! 《ダッシュアタック》!」
声を張り上げたのは、長い金色の髪をふわりとなびかせた少女。
澄んだ碧いひとみ、雪のように白い肌。すらりとした体つきで、どこかお姫さまみたいな雰囲気を持っている。
彼女の名前は――アリス・ハートランド。
『ワオーン!』
背中に大きな剣をしょった、小型犬のような生きものが地面をけって突進する。
相手は、まっかなヒヨコみたいな丸い生きものだ。
ドンッ!
軽やかな体当たりが決まり、ヒヨコはくるくる目を回してひっくり返った。
「きゃあ! アカネちゃーん!」
あわてて駆け寄ったのは、もうひとりの少女。
太陽みたいに明るい笑顔。
元気いっぱいに跳ねる、緋色のポニーテール。
大きな黄色のひとみはきらきら輝き、健康的な肌は外遊びが大好きな証拠。
すらりと背が高く、ピンクのオフショルダーとマゼンタのミニスカートがとてもよく似合っている。
活発だけどやさしくて、まわりをぱっとあかるくする――そんな魅力にあふれた女の子。
名前は、花菱緋羽莉。
アリスの幼なじみで、大のなかよしだ。
「やったね、ミルフィーヌ! 初バトル、初勝利!」『ワンッ!』
アリスは飛びついてきたミルフィーヌをぎゅっと抱きとめ、ほおずりする。
うれしそうなその姿に、緋羽莉もにっこり笑った。
「ごめんね、アカネちゃん。ゆっくり休んで」
緋羽莉がやさしく声をかけると、赤いヒヨコは光の粒子に変わり、左手のスマートウォッチへ吸いこまれていった。
「わたしの負けだよ。アリスはやっぱり天才だね!」
緋羽莉は負けたというのに、くやしそうな顔ひとつ見せず、太陽みたいな笑顔でアリスをほめたたえた。
その言葉が心からの本心だということを、アリスはよく知っている。
いちばん長い時間をいっしょに過ごしてきた、大親友なのだから。
「ありがとう、緋羽莉ちゃん。でも、ミルフィーヌもほめてあげてよ」『ワンッ!』
「あはは、そうだね。ミルフィーヌもすごいねぇ」
緋羽莉はしゃがみこみ、やさしい手つきでミルフィーヌの頭をなでなでする。
すらりと長い指先は鍛えられているのに、ふれる動きはびっくりするくらい繊細だ。
ミルフィーヌは目を細め、しっぽをぶんぶん振った。
彼女ににとっても、緋羽莉は大好きな“もうひとりの飼い主”みたいな存在なのだ。
☆ ☆ ☆
この世界には、人間とワンダーというふしぎな生きものが共存している。
ワンダーとは、妖精や妖怪、怪獣に怪物、天使や悪魔、空想生物など――昔はバラバラに呼ばれていた存在たちの総称だ。
ワンダーは名前どおりふしぎなチカラを持ち、そのチカラは人間と絆を結ぶことで、さらに強くなる。
そんなワンダーとチカラを合わせて生きる人間……ワンダー使いのことを"ウィザード"と呼ぶ。
この世界は、ワンダーとウィザードが支え合うことで成り立っているのだ。
これは、そんな世界に生きる――ひとりの女の子と、空から落ちてくるひとりのドラゴンの男の子、そして仲間たちの、冒険と日常のものがたり。
☆ ☆ ☆
「あー、バトルしたらおなかすいちゃったね、ミルフィーヌ!」『ワンッ!』
空き地で緋羽莉と別れたアリスとミルフィーヌは、住宅街の歩道を並んで歩いていた。
午後のやわらかい日差しが、ふたりの影を長くのばしている。
今日は始業式。学校は午前中で終わりだ。
つまり――みんな大好き、なが~い自由時間のはじまり!
アリスは今日から小学5年生。
それは、パートナーのワンダーを戦わせるスポーツ"ワンダーバトル"が解禁される、待ちに待った日でもあった。
ワンダーバトルは、いま世界でいちばん人気のある競技。
もちろんアリスも、テレビ観戦も動画配信も欠かさない大ファンだ。
そんな記念すべき日の最初の対戦相手を、幼なじみで大親友の緋羽莉にお願いした、というわけである。
とはいえ、バトルは5年生から、というのは法律で決まっているわけじゃない。
もっと小さい子どもたちが遊び感覚でバトルをしている姿だって、町ではめずらしくない。
それでもアリスが今日までバトルをがまんしていたのは、家の保護者が決めたルールだったからだ。
アリスの保護者は、まじめを絵に描いたような人で、「バトルは分別がつく年齢になってから」という考えを、がんとして曲げなかった。
アリスはその約束を、今日までずっと守り続けてきた。
クラスメイトたちが楽しそうにバトルの話で盛り上がっていても、うらやましさをぐっと飲みこんで。
本当は、アリスは好きなことに一直線なタイプだ。
でも、大切に育ててくれた人との約束だからこそ、守りたかった。
だからこそ――はじめてのバトルで勝てた今、アリスの心は風船みたいにふくらんでいた。
「えへへ……♪」
思わずスキップしそうになった、そのとき。
「ん?」
アリスはぴたりと足を止めた。
頭の上から、なにかの“気配”を感じたのだ。
アリスは小さいころから直感がするどい。おかげで、ドッジボールではいつも無敵だった。
『ワンワンッ!』
ミルフィーヌも空に向かって警戒の声をあげる。
これはもう、なにかある。
アリスは真上を見上げた。
雲ひとつない青空――その中に、ぽつんと小さな黒い点。
それは、みるみる大きくなっていく。
どうやら、まっすぐこちらへ落ちてきている。
「なに、あれ……?」
最初はボールか何かかと思った。
けれど、形がはっきりするにつれ――手足のようなものが見えた。
生きものだ。
このままでは地面に激突してしまう。
アリスの頭は、一瞬で切り替わった。
「ミルフィーヌ、《パウシールド》!」『ワンッ!』
ミルフィーヌが右前足の肉球を空へ突き出す。
次の瞬間――
アリスたちの頭上に、ピンク色の半透明な、巨大肉球がパッと出現した。
ぷにん、とやわらかそうな見た目。
けれどその実、どんな衝撃も吸収する強力なバリアだ。
これこそが、ワンダーのふしぎなチカラ。
ぽよーーん!!
落下してきた生きものは肉球バリアに受け止められ、衝撃を吸収され、トランポリンみたいにふわっと跳ね上がる。
「よっ!」
アリスは両手をひろげてジャンプし、それをしっかりキャッチした。
アリスはキャッチだって得意。おかげで、ドッジボールではいつも無敵だった。
「ナイス、ミルフィーヌ!」『ワン!』
アリスはサムズアップし、それから腕の中の“落下物”をじっと見つめた。
やっぱり、生きものだ。
気を失っているのか、目は閉じられている。
体は空色で、おなかは白。
大きな目、手足、ツノにしっぽ。
背中には、まだ小さくて頼りない翼がちょこんと生えている。
サイズは5、60センチほど。
見れば見るほど――
アリスの目が、カッと見開かれた。わなわなと、手が震える。
「この子……ドラゴン!?」
そして興奮のあまり、近所迷惑ギリギリの叫び声をあげた。




