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01

初めての投稿なので不具合等あるかもしれません。


R18になっているかもなのですが、直接的な性描写等は書いておりません。





















────────人々は、大いなる紋様を神々から与えられた。


魔法文明が発達したこの世界。

人々は宙を舞い、火を噴いて、水を操った。


摩訶不思議な湖に囲まれた一つの大陸。


大陸の東側に位置する、海沿いの大きな王国。

海と共に発展し、大陸随一の圧倒的な魔法技術を誇るオーシュダ王国。


世界は魔法文明の競争と、領地の奪い合いで混乱に満ちていた─────────























─────────その日、王国には冷たい雪が降り積もっていた。


物語は、ここから始まった。







きらり。

煌びやかなシャンデリア。


ぎちり。

軋む音を立てる麻縄。



しゃらり。

華やかなオーケストラ達による演奏。


ずるり。

寒さで悴んだ右足を引き摺る。




人々の笑い声と華やかなささやき声が舞踏会を彩り、王すらもその鮮やかさから逃げるように、会場を後にした。



ほったて小屋に静かに雪が降り積もり、白い髪の少女の身体を冷たく蝕んでいた。




雪を踏むたび、足の裏が麻痺していくような鋭い痛みが広がった。

もう、左足の感覚も既にない。

それでも、白い髪の少女はただ歩き続けた。


寒さで、頭がひどく痛む。


ぼろぼろの服は薄汚れて、小さな虫食い穴がいくつも空いていた。

白い肌のところどころには、あざのようなものがあり、青紫に変色している。

ひどく乱れた長い白い髪に、雪が静かに降り積もる。

前髪の僅かな隙間から、焦点の合わない藤色の瞳が虚空を見つめた。




生き物の性というべきなのだろうか。

少女は本能のままに、賑やかな声が聞こえる、明るい方へと向かった。




───────おぉ、、、おぉ、、、寒かろう、、、。


ほら、おいで、可愛い我が子よ。」



声が、遠くから聞こえた。

頭の中で喚く甲高い耳鳴りで、よく聞こえない。

少女は、城の明かりを背にした大男を見上げた。

ひび割れて、血が滲む唇を震わせ言う。



「、、、ごめんなさい、、、。」



大男────オーシュダ王国国王は、瞳に憂を帯びながらも優しく微笑んだ。


「我が子よ、、、謝らなくとも良い。


寒かろう、、、。」


細くて冷たい、見ず知らずの小さな少女を、王は我が子と呼び、優しく抱きしめた。

舞踏会の為に繕われた、豪奢な王族の服が汚れるのも厭わず。


白い髪の隙間から覗く虚ろな瞳が、王を見上げた。


灰色の長い髭に覆われた唇の隙間から、薄い雲のような息が時折見える。

その茶色の瞳の目尻に、優しそうな皺が刻まれているのが、印象的だった。


少女の寒さに蝕まれた身体に、滲むような温もりが広がった。


「、、、、、、ごめ、、なさい、、、。」


少女は掠れた小さな声で応えた。

言葉は、これしか知らなかったから。


王は、大きな身体で静かに抱きしめた。

少女の小さな身体を、雪から守るように。


少女は、その温もりに涙が滲んだ。


なぜなのかは分からなかった。

この感情すらも、分からなかった。



「、、、我が子よ、、、せめて、、、せめて、幸運があらんことを、、、。」


王は紋様のない右手で、少女の頭についた雪を払いのけ、その白い髪を優しく撫でた。


耳鳴りが脳を締め付ける。瞬きする度に天地がひっくり返る視界に、少女は髪を乱して王の胸に顔を埋めた。


遠くなっていく意識。

少女は、力なく目を閉じた。


ごめんなさい以外の、言葉を探しながら。

















──────っうぅ、、、はっ、、、はっ!!!!


、、、、夢、、、、?」


あまりにリアルな夢だった。


震える手で、額に触れる。


まだ頭に頭痛の不快感の余韻が残っている。

呼吸が短く、息が荒い。

ぎゅっと握った手に、汗が滲んだ。




昨日大学終わりに、久しぶりに映画を観に行ったせいなのかだろうか、、、。




「それよりも、、、明日も学校があるし。


早く寝ないと、、、。」


荒い呼吸を落ち着かせる理由を並べながら、震える手で髪をかきあげる。


いつものように自然に指に絡まる髪に、現実感が戻り、僅かに落ち着きを取り戻す。

そのままゆっくりと髪の先まで指ですくように手を動かす。




「、、、ん?」




、、、何かが、、違うような、、、?




漠然とした違和感に、一抹の不安を滲ませて、もう一度髪をかきあげた。


「、、、、なんか、、、手が、、、」


手をじっと見て、握っては開くを繰り返した。夜だからなのか、陰っていて見えにくい。

自分の意志のままに、ぼんやりと見える幼い手のひらが、グーとパーを交互に繰り返す。


「、、、小さくない?」


小さいのだ。

手が。


「、、、え、、、ここどこ?、、、私、アポトキシ○でも盛られた?」


自らの顔を小さい手でペタペタと触れてその輪郭を確認する。ベッドから転げ落ちるように、急いで降りた。


見知らぬ部屋に、嫌な汗をジワリとかく。


黒ずくめの男に攫われた記憶はないと思いながら、クローゼット横の大きな鏡の前に立った。


「なっ、、、、、この子って、、、」


鏡に映っていたのは、明らかに日本人の成人女性とはかけ離れた風貌であった。



驚愕で、開いた口が塞がらない。



黒色の髪に、特徴的な灰色の肌を持つ子供。

唇は艶めく濃い紫。

黄金の瞳が、月光を受けて鋭い眼光を放っていた。



───────アズハル・エラージ


乙女ゲームの悪役であり、第二王子の婚約者。雪の領地エラージを統べる公爵家の義娘だ。


現実離れした灰色の肌の頬に、震える指でそっと触れた。


悪役令嬢アズハルは、その人離れした外見と、粗暴な行動で人々から嫌煙されてしまう。

彼女は、自分とは何もかもが真反対な主人公ウィステリアの美しい容姿と、その真っ直ぐな性格に強い憧れと嫉妬を抱き嫌がらせを続ける。

そして、最終的には他国と繋がりを持ち、公爵家の資金を大量に注ぎ込んで主人公を陥れようとするが捕まってしまう。

彼女は公爵家のエラージの名を取られ、身分剥奪と共に、永久投獄となってしまうのだ。


「、、、転生、、、?アズハルに、、、?」


声が震える。

思考が追いつかない。


、、、、いや、、、


、、、いや、いやいや!そんなわけ!!夢だ!!夢!!そうそう、これは夢!


私は死んだ魚の目で、何も考えずに暖かい布団にダイブした。ふかふかのふわふわのベッド。私は大胆にも贅沢に、大の字で二度寝をした。




















優しく響く小鳥達のさえずりが心地良い。


カーペットの上。

清涼な空気に包まれながら、汗を滴らせていた。


冷たい空気が、頬に触れる。


「姉さん。」


開かれた扉に、視線を向けた。

こちらを捉える、気怠げに開いた黒い瞳は、どこか仄暗く冷たい印象を感じさせた。


「、、、、何してんの、、、。」


───────ジャック・エラージ


ひんやりとし冷気の元凶でありアズハルの義弟。

まだ幼さの残るふっくらした白い頬が愛らしい。ゲーム内では、その美人というべき整った顔と冷たくも美しい容姿にミステリアスな雰囲気で大人気であった。

後に腰まで長くなる美しい黒い髪はまだ短く、ところどころはねている。長いまつ毛に縁取られた黒い瞳を細めて、ジトリと見てくる。


、、、気のせいだろうか?やや引き気味な視線に感じるのは、、、。


、、、気のせいか!!!


ジャックの右腕には、手の指先にかけて白い複雑な紋様が刻まれていた。その右手の手のひらからは、魔法が制御しきれずに冷気が少し漏れ出ている。


「、、、おはようジャック!良い朝ね!」


私は白い歯を輝かせて爽やかな挨拶をした。

大粒の汗が朝日に煌めく。

可愛い義弟の視線がどこか冷たいだなんて、これが反抗期というものなのかな?と思いながら立ち上がった。


腕立て、腹筋、バービー、、、


1日目はさすがにキツかったが、1週間も経てばだいぶ慣れてきていた。


義弟の冷たい視線を背に受けて、茶目っ気を込めたウィンクを颯爽と返す。

タオルを無造作に掴んでベランダから庭へと出た。


「姉さん、、、やっぱり、頭でも打ったんだな、、、」


ジャックは、1週間前からどこか不審な義姉をちらりと見てから、ふいっと顔を逸らした。


扉を、ゆっくりと閉める。

ジャックは、自分の部屋へ足音ひとつ立てずに帰って行った。







朝は好きだ。


何より空気が綺麗だし、頭も冴えている。


タオルを首に巻いて、リズムよく呼吸を繰り返す。軽やかな足音が、公爵家の庭園の小道に響き渡った。


「おはようございます!!」


早朝から見回りをする衛兵達。

アズハルに気付いて敬礼をした。


私はにっこりと微笑んで会釈をし、小道を駆けて抜ける。





─────────この世界に転生なるものをしてから、1週間が経過していた。


最初は動揺こそしたものの、転生してしまったのなら仕方ない。受け入れ難いが、夢でない以上は、やるしかないのが現実というものだ。


エラージ家には、3人の子どもがいた。

1番年上の長男ナーヴァ以外の、長女アズハルと次男ジャックは、母に引き取られた養子だ。

長男であるナーヴァは今は会えないと、母から聞いている。特別な事情があるそうだ。


本館の他にも、敷地内には別館が存在していた。


「─────────水鳥が溺れてたんだよ!!」


6歳くらいだろうか。まだ辿々しさの残る幼い声。

別館から、子供達の声が聞こえて来る。


「嘘だよ!!ママが違うって言ってたもん!」


敷地中に響き渡る子ども達の元気いっぱいな声。それがここ、エラージ家のモーニングコールだった。


養母は、本当に心優しい人であった。

各地に視察や外交に赴いては、病の動物や孤児を引き取って、この屋敷に招き入れて懸命に診る人であった。

そのため別館は療養所と孤児院としての役割を持った建物となっているのだ。



、、、しかし、さすが公爵家というべきか。


隅々まで手入れが行き届いた庭園を横目に見る。



私は、前世で見たアニメの内容を記憶の中から探り出す。


ここの世界は紛れもなく、乙女ゲーム「エルピス」の世界であった。


大陸中から身分も種族も異なる個性豊かな学生達が集う、魔法学校が舞台。

少年少女たちが様々な想いを胸に入学するシーンから始まる、アクションを取り入れた大人気乙女ゲーム。


アニメ化も果たした人気作なので、前世では友達に薦められてアニメ作を見たことがあった。


そして私は、ゲーム内での悪役令嬢、アズハルに転生したというわけだ。


ゲーム内のアズハルは、ボサボサの髪の間から鋭い眼光を光らせては、親指の爪を噛み締めぶつぶつと何か呟いてはヒステリックに叫んでいた。

最終的には度の過ぎた行いをして、永久投獄となってしまうが、まぁ、気合いがあればバッドエンド回避くらい出来るだろう。


そんなことを呑気に考えて走りながら、屋敷の中のカーテンが固く閉ざされた一室をちらりと見やった。


可愛い。、、、いや、可愛すぎる弟、が最適解だろうか?

ジャック・エラージもまた、引き取られた子供の1人であった。奴隷として売られていた所を義母が大金を払って引き取ったのだ。虐待された過去を持ち、ここにきて一年経った今でも引きこもりがちだ。


それでも義母は、少しずつでもジャックが外に出たいと思ってくれるようにと、小さな仕事を与えながら試行錯誤しているみたいだ。

今朝私を起こしに来てくれたのも、ジャックの立派な仕事の一つであった。

しっかりやり遂げてくれている姿に、義姉としても誇らしげな気持ちだ。


だが幸か不幸か、ジャックは強大な氷魔法を操ることが出来る数少ない希少魔術師でもあった。

その力に目をつけられ、暗殺集団に連れ去られてしまう。そのため、ゲーム内の舞台である学園では、ジャックは暗殺者という面を隠して暗躍する。



だが、可愛い可愛い義弟だ。

絶対にそんなことはさせない。



決意を胸に、ペースを速めようとした時。


花の香りを乗せて、柔らかな風がそよいだ。





「──────────アズハル」





優しい声に、振り返る。


柔和な印象の垂れ下がった目尻。ターゴイスブルーの瞳が朝日を受けてきらりと反射した。

目の下には濃い隈があるが、その荘厳な眼差しはどこまでも深く穏やかだった。


少し焼けた小麦色の肌。柔らかなウェーブを描く栗色の長髪が風に靡いていた。



「────────お出掛けを、しましょうか。」



───────フレイア・エラージ

暖かくも気品ある微笑みを浮かべるこの人こそ、公爵夫人でありエラージの領主。エラージ公爵家に嫁いですぐに夫を亡くしながらも、各地から領主が学びに訪れるほどの、統治の才能を持つ人でもある。


優しく差し出されたその手を、私はまだ小さなアズハルの手でぎゅっと握った。


「お母様、、、私は、何歳で学校に行けるのですか?」


唐突な私の質問にも、彼女はにっこりと微笑んで答えた。


「あと4年よ。16になれば学校に行けるの。

沢山のお友達が、アズハルを待ってるのよ。」


「はい、お母様。」


私もまた、笑顔で頷いた。

母に手を引かれるままに、美しい花々が彫刻された白い大理石の玄関を潜り抜け、屋敷内へと戻る。



、、、ということは、アズハルは今12歳というわけか、、、。

アーサーが連れ去られる日は確か、、、確か、アニメだと人混みに紛れて連れ去られるはずだけど、、、


、、、待てよ。


「ところでお母様、お出掛けって、、、?」


母は、可愛らしいドレスの入ったクローゼットの戸を開けて、にっこり微笑んで答えた


「王城よ。」










「、、、、。」


王城の温室の庭園。

色とりどりの小鳥達が囀り、飛び交う。


「、、、、。」


大きなシダ植物の葉が幾重にも重なり、その僅かな狭間から陽光が差し込む。


沈黙の中、私は白い丸テーブルの上の豪奢な菓子をつまみ取って食べた。


王族特有の銀色の瞳孔。

燃え盛るような赤い瞳の視線が、ジトリと私を射抜く。


『婚約者同士、楽しい時間を過ごしてね』

それだけ言って、お母様は去って行ってしまった。


沈黙の中、私の頭の上から足先まで、不躾に視線が往復する。

露骨に嫌そうな表情をしながらも、白い椅子に深く腰をかけて足を組み直し、彼はチョコを一つを掴んだ。


珍しい群青色の紋様が刻まれた右手。

毛先まで艶やかながらも、無造作にヘアセットされたガイルヘアは銀色の髪。

肌は手入れの届いた健康的なオリーブスキン。

口に放り込んだチョコを長い舌で受け、特徴的な長い八重歯で噛み砕いた。


───────バリージオ・オーシュダ


アズハルの婚約者でありオーシュダ王国第二王子。


そんな彼は、大層な三大特性を持っていた。


第一

自分の非は絶対に認めない。

第二

やると言ったらやり通すまで貫き通す。

第三

自分のペースに周りを巻き込んで振り回す。


、、、ルイ14世も唸りながらも太鼓判を押してしまいそうな、この特性。

バリージオの身勝手さに、ゲームプレイヤー達は最初は文句を言いながらも、その裏表のない真っ直ぐさがなんだかんだで憎めず、最後は結局好きではあったりした。


紅茶を一口飲んで、ウィステリアを悶々と思い浮かべる。


主人公であるウィステリアは、お淑やかながらも、間違っていると思えば物怖じせず意見を述べる。

本当に、素敵な女性である。

その柔和でありながらも強かで芯のある姿に、バリージオはだんだんと心惹かれていくのだ。


「おい、お前。何族なんだ。、、、それに、まだ紋様が出てないのか?」


バリージオは、鼻で笑いながら尋ねた。

私は少し目を伏せてから、ゆっくりと口を開いた。


「、、、さぁ。存じません。お母様に拾われた身ですし。紋様は、まだ出てないです。、、、バリージオ様のその紋様は、青色ということは水属性ですか?」


バリージオは、軽く笑って髪をかきあげながら答えた


「水?お前、頭悪いんだな。養子ってのはどいつもこいつも馬鹿ばかりなのか?王族が普通魔法なわけないだろ。希少魔法の鏡魔法だ。」


「鏡魔法ですか、、、身支度が便利そうですね。」


「おい、、、実際に、鏡を出現させるわけないだろ。魔法を跳ね返す能力だ。」


バリージオは眉間に皺を寄せ、机に片腕を乗せて前のめりになって答えた。


「そうですか。知りませんでした。、、、王族の方々は、みんな希少魔法なのですね。」


「、、、まぁ、、、そうだな。」


前傾姿勢で最初の二つの質問に答えていたバリージオが、最後の質問では椅子に背を預けて、茶を飲んだ。


、、、なるほど。最初の二つの質問は態度からして、嘘ではなさそうだ。


だけど、、、最後の一つは、何かありそうだな。


人は間違ったことを訂正したくなる生き物である。最初から不正解を答えれば正解が出てくるというものだ。


私は、空になったティーカップを机の上のソーサーに静かに乗せた。


、、、これ以上質問を重ねるのは賢い選択ではないか、、、


私はにっこりと微笑んでバリージオに向き直った。


「バリージオ殿下ではなく、バリージオ様、とお呼びしてもよろしいでしょうか?婚約者同士ですし。」





バリージオは、ぴくりと眉を動かした。



菓子の入っていた皿が、大きな音を立てて転がる。


机が、大きな音を立てて宙に舞った。


バリージオが乱暴に蹴り上げたのだ。


空になったティーカップが床に叩きつけられて、粉々に割れた。


チョコレートが回転しながら床を滑る。




小さな音を立てて、やがて止まった








一瞬の静寂






冷たい声が響いた









、、、捨てられたゴミを家族にした恥晒し一家の養子と俺が婚約だと?


、、、ふざけるな。冗談じゃない。







冷たい言葉は、ゆっくりと脳の中に入った。


やがて、じわりとその意味を理解していった。









、、、そうですか。


背筋を伸ばして、バリージオを見上げて微笑んだ。


「では、失礼いたします。」


優雅に一礼する。

背筋は伸ばしたまま、温室を後にした。










夕方。

夕焼けが山際へと沈んでいく。


私は、花々が彫刻された白い大理石の玄関をくぐり抜け、屋敷へ戻った。

柔らかな風が、私の頬を撫でるように優しく吹き抜けた。


「ふふ、婚約者様はどうだった?ジャックは心配していたけれど、、、相手は王族の方ですもの。やっぱりかっこよかったかしら?」


いつもの柔らかな声に、思わず顔が緩む。


「お母様、、、王族の方は緊張しちゃいます。

少し疲れました。


、、、出来れば数ヶ月は顔も見たくないです。」


私は、小さく笑って肩をすくめて言った。

そんな私を見て、母は頬に手を当て、少し考えて微笑んだ。


「、、、あらそう。、、、頑張ったのね。今日は、アズハルの大好きなシチューにしましょうか。」


何の詮索せず、母は優しく私の頭を撫でた。


「、、、はい、お母様。」


軋んだ心が、優しく解れていく。

今は、この温もりだけで良いと思えた。















母の計らいか、バリージオ第二王子とは、結局あれから会うことはなかった。


2ヶ月が経ったその日。

ジャックと私は母に連れられて、草原に来ていた。


懐中草というススキの穂のような形の葉の草原。

青い葉の一枚の全長は、1メートル近くと巨大。

柔らかくも弾力のある何ともその不思議な草。異世界のロマンが凝縮しているようであった。


私は欠伸をして、草の上に寝そべった。


「懐中草はね、乾燥させて煎って飲むと、夏風邪の防止になるのよ。」


母もまた、草原に腰を下ろし、ジャックも静かに母の横に座った。


「葉っぱふにふにだね、ジャック。」


相変わらず気怠げに開いた黒い瞳で、ジャックはちらりと私を一瞥した。


「、、、そうだね。」


ジャックは変わらず無愛想ではあったが、少しずつでも口数は増えていた。


夏でも清涼な気候のエラージ。

僅かな湿気を含みつつ、穏やかに流れる風に目を細めた。


時が経つのは、本当にあっという間であった。

星空を眺める母の横顔を盗み見る。


転生してから、様々な驚きがあった。


貴族といっても、この世は弱肉強食の世界。


爵位がいくら高くても、実力がなければ生きてはいけないシビアな世界であった。


ゲーム内でアズハルが処刑された理由は、統治している領地エラージが、敵国サファランと隣接していたからであった──────────


貴族という立場ある人間であれば、権力を行使し貴族界の構成や国情、内政の情報を盗み出すことは難しくはない。

そのため、特に貴族に関しては国が目を光らせ、情報漏洩させないようにしていたといた。


国の約3分の1程度を占める広大な領地であるエラージを敵の拠点地としてしまえば、国が傾く恐れが大いにある。

特別な能力もない上に国力にもならない令嬢一人。

損得と万が一を考え、安全策としての永久牢獄エンド、となってしまったのだ。

ジャックが姉を庇わなかったのも、お母様が託してくれた領地のためだと、今考えると理解できた。

きっと様々な想いから、結果的に断罪側についたのだろう。







─────────領地を納めるのは、並大抵の事ではない事を私は知っていた。


星空を眺める母に倣って、ぼんやりと月を眺める。心地良い沈黙に、瞼が重くなっていく。


母は、本当に立派な人であった。


領民達の事を考えてルールを定め、より良い土地にするために、常に学びを怠らない人であった。

夜遅くまで執務を行っては、少ない休みを子供達のために使う、優しい母親でもあった。

犯罪を犯した者を厳しく裁き、そして心に寄り添おうとする、心の広い人でもあった。

外交で様々な土地に出向いては、捨て犬や病猫、孤独な老人、、、損得関係無く、誰にでも優しく手を差し伸べては一生懸命に看護する、暖かい人であった。


領地の人々は、母のその目の下に、濃く深い隈があったのを知っていた。

労りの声を掛けようとするも、その優しくも荘厳な眼差しに捉えられ、誰もが口を閉ざしていた。


今私が生きているこの世界は、ゲームではない。


──────────現実なのだ。


現実は、あまりにも厳しかった。

現実は、あまりに無情であった。


だが、痛みからしか得られない学びが、大切なことが確かにあった。


母は人間であり、神でもなかった。

拾ってきても、助からない命もあった。


屋敷の裏。

少し離れた場所にある、埋葬場所で静かに涙を流している姿を見たことを思い出す。


一生懸命に改心するようにと言い聞かせても、犯罪を犯す者もいる。

何か悪い事があれば、この土地が悪いのだと、当たられる事もあった。

女はダメだと、性別を理由に理不尽に怒鳴られる事もあった。

沢山、沢山、領主として、想像しきれない程の責任や理不尽を、母は背負って生きてきたのだろう。



それでも母は、ずっと、前を向いていた。



アズハルはきっと、そんな母親の様になりたいと願った理想像と、醜いと後ろ指をさされて嘲笑われる現実に耐えきれなかったのかもしれない。


こんな自分でも、領主の娘としてありたいと願ったから。


"私"にとっては、ゲームの悪役だったかもしれない。

しかしそこには、一人の女性の複雑な人生があった。


断罪されるシーンで、アズハルはヒステリックにも泣き叫んでいたが、今思えば悲痛だったであろう。

後悔、疑問、怒り、悲しみ、憎しみ、、、

、、、辛かっただろう。




私のぼんやりとした前世の知識程度では、断罪される結末であるこの物語を変える事は出来ないかもしれない。

もしかしたら私が関わる事で、取り返しのつかない不幸が起きてしまうかもしれない。





それでも、お母様が産んでくれたこの命を、精一杯、生きていきたい。





母が優しく私の頭を撫でた。


どこまでも穏やかに、諭すように。

もう、眠りなさい、と瞳を縁取る睫毛を僅かに震わせながら呟く。


瞳の奥の、その影を隠して。


真っ暗な空に、光の弧を描く流れ星が流れた。


私は静かに瞳を閉じた。









長編になりそうなので、長期間かけてゆっくりと連載していく予定です

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