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社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命  作者: yukataka


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第七話「初納品、試練の始まり」

 初納品の日。

 朝日がまだ昇りきらない中、村人たちが工房に集まっていた。

「パン、全部で五百二十個!」

「予備含めて完璧だ!」

 村人たちが、次々とパンを籠に詰めていく。

 一つ一つ丁寧に、布で包んで。

「ケンさん、頑張ってください!」

 エミリアが、小さな手を握りしめて応援してくれる。

「ありがとう、エミリア。工房のこと、頼んだよ」

「はい! お留守番、しっかりします!」

「リーゼも、よろしく」

「任せて。エミリアちゃんと一緒に、次のパンを仕込んでおくから」

 リーゼが、笑顔で頷く。

 だが、その目には少し不安の色が浮かんでいた。

「心配するな。必ず、無事に戻ってくる」

「……うん。気をつけてね、ケン」

「ああ」

 馬車には、グスタフが待っていた。

「準備はいいか?」

「はい。行きましょう」

 パンを積み込み、馬車が動き出す。

 村人たちが、手を振って見送ってくれる。

「いってらっしゃい!」

「無事に戻ってこいよー!」

 その声援を背に、俺たちは街道へと向かった。


 馬車は、森の中の街道を進んでいく。

 朝靄が立ち込め、視界が悪い。

「グスタフさん、大丈夫ですか?」

「ああ、この道は何度も通ってる。目をつぶっても行けるさ」

 グスタフは、慣れた手つきで手綱を操る。

「それより、お前。昨日の件、引きずってないか?」

「昨日……バルトロメオのことですか」

「ああ。あいつ、絶対に何か仕掛けてくる」

「わかってます。でも、怖がってたら何もできない」

「その意気だ」

 グスタフが、ニヤリと笑う。

「まあ、何かあっても俺がいる。安心しろ」

「頼りにしてます」

 しばらく進むと、霧が濃くなってきた。

「……妙だな」

 グスタフが、眉をひそめる。

「どうしました?」

「この時期、こんなに霧は出ない。それに――」

 彼は、馬車を止めた。

「鳥の声がしない」

「……!」

 言われてみれば、確かに静かすぎる。

 森の中なのに、生き物の気配がまったくない。

「ケン、馬車の下に隠れろ」

「え?」

「いいから早く!」

 グスタフの声が、鋭い。

 俺は慌てて馬車の下に潜り込む。

 その瞬間――

 ヒュッ!

 矢が飛んできた。

 グスタフが、剣でそれを弾く。

「出やがったな!」

 森の中から、複数の人影が現れた。

 汚れた服、武器を持った男たち。

 盗賊だ。

「へへ、お宝を運んでるって聞いたぜ」

 リーダー格らしき男が、ニヤニヤと笑う。

「大人しく渡しな。命だけは助けてやる」

「断る」

 グスタフが、剣を構える。

「この荷は、俺の命より大事だ」

「おいおい、パンごときで命を張るのかよ? 馬鹿だねえ」

「馬鹿で結構だ」

 グスタフの目が、鋭く光る。

 その瞬間――彼の雰囲気が変わった。

 元騎士の、戦士の顔。

「来い」

 盗賊たちが、一斉に襲いかかる。

 だが、グスタフは冷静だった。

 一人目を剣の柄で殴り倒し、二人目の武器を弾き飛ばす。

 三人目が背後から迫るが――

「遅い!」

 振り返りざまに、足を払う。

 盗賊が、地面に転がった。

「つ、強え……!」

「元王国騎士だぞ。盗賊風情に負けるか」

 だが、盗賊たちはまだ諦めていない。

「数で押せ!」

 十人以上が、一斉に襲いかかる。

 さすがのグスタフも、防戦一方になる。

「ケン、まずい! お前、逃げろ!」

「できません!」

「馬鹿野郎、死ぬぞ!」

「一人で死なせられるわけないでしょう!」

 俺は、馬車から飛び出した。

 武器はない。戦闘経験もない。

 でも――

「発酵魔法……応用できないか?」

 脳内で、必死に考える。

 発酵は、菌を操る力。

 ならば――

「【イースト・ブラスト】!」

 盗賊の足元に、魔法を放つ。

 地面が、ボコボコと泡立ち始めた。

「な、何だこれ!?」

「足が、沈む!」

 発酵によって地面が柔らかくなり、盗賊たちの動きが鈍る。

「今だ、グスタフさん!」

「ナイスだ、ケン!」

 グスタフが、動けなくなった盗賊たちを次々と倒していく。

「ぐあっ!」

「くそ、撤退だ!」

 盗賊たちは、慌てて森へ逃げていった。


「……ふう」

 グスタフが、剣を鞘に収める。

「何とかなったな」

「大丈夫ですか? 怪我は?」

「かすり傷程度だ。お前は?」

「俺も無事です」

「にしても、お前。発酵魔法で攻撃とは、思いつかなかったぜ」

「咄嗟に思いついただけです。でも、有効でしたね」

「ああ。お前、意外と戦えるじゃないか」

 グスタフが、肩を叩いてくる。

「だが、まだ油断するな。あいつら、絶対にバルトロメオの差し金だ」

「わかってます。急ぎましょう」

 馬車を確認する。

 パンは、無事だった。

「よかった……」

 もしパンが台無しになっていたら、アレクとの信頼も、村の未来も、全て失っていた。

「行くぞ、ケン」

「はい」

 馬車は再び走り出す。

 今度こそ、エルデンブルクへ――


 昼過ぎ。

 ようやく、エルデンブルクの門が見えてきた。

「着いた……!」

「ああ。長かったな」

 町に入ると、すぐに蒼銀商会へ向かう。

「いらっしゃいませ――ケン様、お待ちしておりました!」

 受付の青年が、笑顔で迎えてくれる。

「若旦那様もお待ちです。どうぞ、こちらへ」

 荷降ろし場に案内される。

 そこには、アレクが立っていた。

「来たか」

「はい。五百二十個、全て持ってきました」

「よし、検品しよう」

 アレクは、一つ一つパンを確認していく。

 その目は、真剣だ。

 形、色、香り、そして――

 一つ、口に入れる。

 沈黙。

「……合格だ」

 アレクが、頷いた。

「品質は申し分ない。契約通りの品だ」

「ありがとうございます……!」

 安堵の息を吐く。

「ただし」

 アレクの表情が、険しくなる。

「街道で、盗賊に襲われたそうだな」

「……はい」

「やはりな」

 アレクは、腕を組んだ。

「この数日、妙な噂が流れていた。『ベルガルド村の馬車を襲え』とな」

「やっぱり、バルトロメオの仕業ですか」

「おそらくな。あの男、今回の取引を快く思っていない」

「どうすれば……」

「いくつか手がある」

 アレクは、地図を広げた。

「一つは、護衛を雇うこと。だが、金がかかる」

「厳しいですね……」

「もう一つは、うちの商隊に同行してもらうこと。ただし、スケジュールが合わない時もある」

「それも難しい……」

「ならば、三つ目だ」

 アレクが、俺を見た。

「お前が、強くなれ」

「俺が?」

「ああ。護身術を身につけろ。魔法の使い方も、もっと学べ」

「でも、俺、戦闘経験なんて……」

「今日、盗賊を撃退しただろう? お前には、才能がある」

 アレクは、不敵に笑った。

「この町に、いい教官がいる。紹介してやろう」

「本当ですか!?」

「ああ。商人は、自分の身は自分で守る。それが基本だ」

 アレクが、部下に指示を出す。

「ギルバート、例の人を呼んでこい」

「了解しました」

 しばらくして、一人の女性が現れた。

 年は三十代前半か。赤毛を短く切り、革の鎧を身につけている。

 鋭い目つき。引き締まった体。

 一目で、只者ではないとわかる。

「紹介する。彼女は、セラ。元傭兵で、今はうちの護衛隊長だ」

「初めまして。ケン・サトウです」

「……ふーん」

 セラは、俺を値踏みするように見た。

「ひょろいね。こんなのを鍛えるの?」

「そのひょろいのが、今日盗賊を撃退したんだ」

「へえ? どうやって?」

「発酵魔法で」

「発酵? ……面白い魔法使うじゃん」

 セラが、興味深そうに笑う。

「いいよ、鍛えてあげる。ただし、厳しいよ?」

「お願いします!」

 俺は、深く頭を下げた。

「村を、仲間を守りたいんです。強くなりたい」

「……へえ。いい目してるじゃん」

 セラが、俺の肩を叩く。

「じゃあ、決まり。明日から特訓ね」

「明日……ですか?」

「そ。容赦しないから、覚悟しときなよ」

 その言葉に、背筋が凍る。

 だが、やるしかない。

 強くなるために――


 その日の夕方。

 アレクの計らいで、商会の宿舎に泊まらせてもらうことになった。

「グスタフさん、明日は一人で村に戻ってください」

「お前は?」

「俺は、ここで修行します。一週間くらい」

「一週間……リーゼたちが心配するぞ」

「手紙を書きます。ちゃんと説明するから」

「……わかった。お前なりの覚悟か」

 グスタフは、俺の頭を乱暴に撫でた。

「無理すんなよ。お前が倒れたら、村が困る」

「大丈夫です。必ず、強くなって帰ります」

「ああ。待ってるぜ」


 夜。

 宿舎の小さな部屋で、手紙を書く。

『リーゼ、エミリアへ

初納品は無事に終わりました。アレクさんも喜んでくれました。

でも、街道で盗賊に襲われました。今回は何とかなったけど、次はわからない。

だから、一週間修行してから帰ります。

強くなって、みんなを守れるようになりたい。

心配かけてごめん。でも、必ず戻るから。

待っていてください。

ケン』

 ペンを置く。

 窓の外には、月が浮かんでいた。

 リーゼたちは、今頃どうしてるだろう。

 エミリアは、ちゃんと眠れているだろうか。

 村のみんなは――

「待っててくれ。必ず、強くなって帰るから」

 月に向かって、誓った。


 翌朝。

 訓練場に立つと、セラが待っていた。

「よく来たね。じゃあ、始めようか」

「はい!」

「まず、走れ。訓練場を百周」

「ひゃ、百周!?」

「体力がなきゃ、戦えないよ。はい、スタート!」

 こうして、俺の地獄の特訓が始まった。

 走り込み、筋力トレーニング、剣の素振り、魔法の制御訓練――

 毎日、体中が悲鳴を上げた。

 だが、諦めなかった。

 守りたいものがある。

 その想いだけが、俺を支えた。

 そして――

 一週間後。

 俺は、明らかに変わっていた。

「いい動きになってきたじゃん」

 セラが、満足そうに頷く。

「合格。これで、少しは自分の身を守れるよ」

「ありがとうございました!」

「ま、まだまだだけどね。これからも練習は続けること」

「はい!」

「それと――」

 セラが、小さなナイフを渡してきた。

「護身用。いざという時、使いな」

「いいんですか?」

「商売道具は、大事にしなきゃね。お前のパン、美味しかったし」

 セラが、珍しく照れくさそうに笑う。

「じゃ、気をつけてね」

「はい。また、会いましょう」


 村への帰路。

 今度は一人だ。

 だが、怖くなかった。

 俺は、強くなった。

 まだまだ未熟だけど、前とは違う。

「待っててくれ、みんな――」

 馬車は、ベルガルド村へと走る。

 そこには、大切な仲間たちが待っている――

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